因縁 77 騎士
ミシェールとエルバルトは、小遣いの半分を、修道院の面々の為に、金平糖を買った。
ドルファンが露店を回る事を提案し、大きな通りに並ぶ幌屋根の小さな行商人の店を回った。
異国の商品もあり、ヴィヴィアンナも満足そうにしている。
エルバルトが巻き貝を耳に当て、目を閉じている。
ミシェールは珍しい柄の布に、目がチカチカしていた。
ヴィヴィアンナは自身の帽子を買い、すぐに使った。
ミシェールとエルバルトは、アクセサリーの店で相談しながら購入し、残ったお小遣いで、ミシェールは動物型の甘いパンケーキを、エルバルトはポテトを焼いてバターを乗せた物を買った。
初めての買い食いで、使用人に案内された噴水近くのベンチに座った。
周りの平民は立って食べてたので、エルバルトが真似をしようとしたが、使用人に全力で止められた結果だった。
ヴィヴィアンナはそれを同じベンチに座って見守り、護衛はヴィヴィアンナの側に騎士団長が立つだけで、少し離れた周囲に何人かを配置されている。
人を掻き分け、現れた綺羅びやかな服の男が、騎士に止められた。
「ー!」
男が何かを発すると共に、騎士はその口を封じ、すぐに私服の騎士が近寄り、巡回している衛兵へとその男は引き渡される。
男が一言目を言った瞬間、ミシェールはヴィヴィアンナに、エルバルトは侍女長に耳を塞がれていた。
だがミシェールの耳にも、僅かに届いた。『悪魔の子』と。
ミシェールの頭を抱え、ミシェールの耳を手で塞いでいるヴィヴィアンナ。そっとその肩にミシェールが触れる。その肩が震えていて、ミシェールは撫でながら言う。
「大丈夫です。平気です。母は母、私は私ですから」
その隣りで、侍女長がエルバルトから離れ、触れた事を侘び、エルバルトは笑顔で首を振った。
まだ震えているヴィヴィアンナに、ミシェールは小さく言う。
「パンケーキが落ちてしまいました。お姉様にも食べて欲しかったです」
ヴィヴィアンナがそっと離れ、涙目で笑う。
「宿で待ってる皆にも、使用人、騎士にも食べて頂きましょ」
「では、ポテトも良いですか?あの人に、食べて欲しいです」
チラリと、落ちたポテトを見てから、ミシェールは見上げた。
「勿論よ!屋台ごと来て頂いて、選んで貰いましょ」
珍しいミシェールからのお願いと、上目遣いにヴィヴィアンナは目に見えて表情が明るくなった。
二人の為に泣いてくれたヴィヴィアンナに、ミシェールはむず痒さを感じていた。
「やっぱこれだよな」
宿で待機組だったデューは、焼きポテトに目を細めて同僚を見た。
「安上がりなお貴族様なこって」
「お前だって好きだろ?」
「俺は平民だからな。安上がり上等」
「美味しい物に平民も貴族もないだろ」
デューと同期の悪友が盛り上がっているので、ミシェールは満足した。ヴィヴィアンナの機嫌を直すために、デューの事を持ち出したが、デューがポテトを好きなのは、何回かの食事で知っていた。
ただ、まさか屋台の味も知っているとは思ってはいなかった。
周囲では、宿の出入り口まで移動した屋台が2台並び、使用人や騎士が思い思いに注文して楽しんでいる。
宿の一階にある食堂でそれぞれ座り、溢れた者は階段に座ったりしている。ミシェールは食堂の奥でエルバルトと果汁水を飲み、皆の様子を楽しんでいて、ヴィヴィアンナは側の椅子でお茶を飲んでいる。
ミハエルは屋台の側で、立ってポテトを串で刺して食べており、店主を恐縮させている。
ミハエルが食べ終え、ゆっくりとミシェールに歩み寄ってきて、歯を見せて笑う。
「良い買い物をしたな」
「ヴィヴィアンナ様が払われるので、私じゃないです」
「そうだな」
首を横に振ったミシェールに、ミハエルは左眉を上げ、僅かに笑った。
ミシェールは、持っていた包み紙を、エルバルトと二人で持ち、ミハエルに差し出した。
「ん?俺に、か?」
二人が無言で頷いたので、ミハエルはそれを受け取り、包み紙を開く。
出て来たのは剣の形のブローチで、剣の柄には、赤い石が嵌っていた。
「閣下は、兄とヴィア様を守って下さりました。私達にとって、閣下は立派な騎士様です」
ミシェールがミハエルの目を見て言い、エルバルトも真っ直ぐと見ている。
「騎士様か。悪くないな」
ミハエルが大口を開けて笑うと、上機嫌なミハエルの様子に、デューの同期の悪友が右手を挙げる。
「閣下!呑んで良いですか?!」
「一杯だけ、おごってやる」
「セコ!」
笑いながら言ったミハエルに、同期の悪友は声を上げて笑い、釣られるように他の騎士達が笑い、使用人達も笑う。
それに、屋台の二人の店主は顔を見合わせ、笑った。
屋台の店主達も、ここに呼ばれるきっかけとなった騒ぎは、耳に入った。
噴水の近くには食べ物系の屋台が集まるのだ。
『悪魔の子』と呼ばれたのは、ここに二人の店主を呼んだ貴族の女性と、一緒に居たのを見ている。
どんな恐ろしい子なのか?、どちらなのか?と、思ったが、こんなに賑やかで、騎士が主人に平気で軽口が言えるのだ、決して悪い子には思えなかった。
きっと何かの行き違いがあったのだろう。と店主達は結論づけた。
その日、仕入れたポテトは完売し、騎士達に残念がられ、パンケーキは、焼くのが間に合わなくて、店主は嬉しい悲鳴を上げ、ヴィヴィアンナが生地を材料費に色を付けて買い上げ、宿に手間賃を払い、厨房で次々と焼かれた。
夕暮れ時、宿の一階は静まり返っていた。
満足そうにお茶を飲む者、お酒をゆっくり味わう者、外に出てタバコをふかす者、使用人用に取った部屋に戻った者など様々だ。
ミハエルは宿の三階にある一番大きな部屋に戻っていて、その部屋の中にある寝室のベッドに横たわり、ブローチを窓に向けて掲げ、眩しそうに見ていた。
「良い買い物じゃねえか」
口の端を上げ、ミハエルは一人笑う。
側に控えている執事は、無言で頷いた。
ヴィヴィアンナは大きな部屋の居間で、ミシェールとエルバルトと並んでソファに座っていて、向かいにはドルファンとアンナジョリー。
エルバルトの横、デューが不服そうに立っていた。
「閣下には土産があって、なんで俺にはないんだ?」
「ポテトをデューに食べて欲しいて、シェリーが言ってくれたのよ?十分じゃない」
拗ねた声に、ヴィヴィアンナがコロコロと笑い、ドルファンとアンナジョリーも笑う。
「ブローチは残るだろ?自慢されて面倒だし、羨ましい」
「困った人。ね?」
ヴィヴィアンナに同意を求められ、ミシェールとエルバルトは頷いていた。
ミハエルは時間もお金も惜しまず、デューを助けてくれたと、この旅で実感し、ミシェールとエルバルトは何かお礼がしたくて、悩んだ末に選んだのが、剣の形のブローチだった。
エルバルトがそれを握った時、ミシェールも頷くしかなかった。
ミハエルはデューを守るために、尽くしてくれていた。
ヴィヴィアンナの事も、命と尊厳を守る為の結婚だと知った。
剣を持たないけども、二人を守り抜き、心を守っていたのだ。そんなミハエルを、騎士と呼ばずに、なんと呼べば良いと言うのか。




