村崎さんは挑みたい
「お久しぶりです」
「……あら、奇遇ね」
たいていの物語では、再会というのはどんなものであれドラマチックなものだけど。
私と彼女のそれは、拍子抜けするほど簡単であっけなかった。
「先輩はお元気そうで」
「ぱあぷる先生もね」
「もう先生じゃありません」
「ふうん? 昔は先生のつもりだったんだ?」
「そう呼んだのはあなたが最初です」
「あなたが自分でそう思ってたんだ、って言っただけだけど」
「そうですか」
大きめの即売会を選んで初参加したのだろう、端の方に与えられたスペースには、売り子の乾先輩とメンバーらしい女の子たちが座っている。
長机にテーブルクロスをかけた上に並べられているのは、ぬいぐるみではなくドールだった。
「綺麗な子たちですね」
「でしょ」
さも当然のように言う乾先輩の後ろで、女の子の一人が口元を抑えながら目を輝かせている。たぶん彼女が作者なのだろう。
社交辞令でなく、本当に美しい人形だった。既製品と手作りのパーツを混ぜた時に起こりがちなアンバランスさがまるでない。それだけのセンスとバランス感覚に加えて、衣装の縫製技術にはまだまだ伸びしろが感じられるのだから相当だ。
こちらの界隈に明るくない私にも分かる。彼女たちはきっと、遠からずジャンルの大手になる。
……あの頃の私たちも、傍からはこんな風に見えていたんだろうか。
「で、どれにする? 見るのは自由だけど長居とお触りは禁止よ」
「頒布物を見に来たわけではありません」
後ろの女の子の表情が暗くなった。次回は何かいただくから許して欲しい。
「じゃあ何? 身内の挨拶ってのなら手短にね」
「カモタウロスのことを伺いに」
「……ああ、フリマアプリ見たの? 取りに来ないから仕方なく売ったんだったわね」
「何度も取りに伺ったはずですが」
「そうだっけ?」
「そうです」
そうだ。預けたぬいぐるみを返してもらおうと乾先輩の家に行くと、何曜日の何時でも留守だった。事前にアポを取っても『急用ができた』とかで会うことができず、私はそのまま卒業してしまった。
「もしかして、アレ? 売れたのを見て自分の取り分をもらいにきた、みたいな?」
「違います」
「まあ作者先生だものね。権利はあるんじゃない?」
「出品された八つのうち、六つを買ったのは私です」
「……ッ」
初めて乾先輩が返答に詰まった。
しかしそれも数秒足らず、すぐに口調ももとに戻る。
「で? 金返せって言いに来たわけ?」
「それよりも先に言うことがありませんか」
「なによ」
「謝ってください」
「はぁ?」
「謝ってください、と言いました」
「いや、聞きとれなかったわけじゃないわよ。なんで悪いこともしてないのに謝らないといけないのかって言ってんの」
「転売屋と手を組んだり、人のものを勝手に売るのは悪いことじゃないんですか」
「……お姉さん、もしかして『紫工房』の人?」
それまで黙ってやりとりを聞いていた、乾先輩の後ろのサークルメンバーさんたち。そのうちのひとりが私を睨んでいる。さっきの人形の作者さんだ。
なぜ彼女が私のサークルを、『紫工房』のことを知っているのだろう。
「そうです。私が代表でした」
「お話は聞いていますよ。後輩たちで結託して、ぬっころさんに雑用とか売り子とか全部押し付けてたんですよね」
ぬっころさん。乾先輩の今のハンドルネーム、なのだろうか。
同人はジャンルが変われば構成する人も変わる。ぬいぐるみの世界では知らない人のいない有名人も、ドールの界隈ではほとんど無名だったりする。
逆を言えば、問題を起こした人物でも名前を変えてジャンルを移ればイチからやり直せることがある。乾先輩もそうしてドールの世界に移ってきたのだろう。前の界隈で得たサークル運営のノウハウだけは、そのままに。
「そんなことはありませんが」
「そうやって使い倒したあげく、自分たちの不手際で転売屋のカモにされた責任をぜんぶ押し付けて追い出したんでしょ」
「そんなことは」
ありません。
そう言おうとして、気づいた。ぬいぐるみ作りのできない乾先輩が、サークルの事務方に回っていたのは事実。そして転売屋とつながっていた証拠がない、イコール、濡れ衣で追放されたと言われれば反証もできない。
乾先輩のことだから何か対策しているかもと思ったけど、事実をうまく隠してメンバーを味方につけていたようだ。
「帰ってください。移籍先のサークルにまで嫌がらせに来るなんて……!」
「いえ、私は」
「これ以上はスタッフを呼びますよ!」
「う……」
いつの間にか周囲の注目も集まっている。何かあればスタッフの行動も早いだろう。
こうなれば引き下がるしかない。まだ、乾先輩に謝ってもらってもいないのに。
息が苦しい。視界がにじむ。人間関係の上手い乾先輩に勝てるわけがないと、思い知らせるように心臓がバクバクと鳴っている。
その閉塞感を、無力感を。右からの大声が消し飛ばした。
「なるほどなるほど、話はよーーーーーーーく分かりました!」
乾先輩もサークルの子たちも、周りの参加者までもが一斉に振り向いた。
その視線の先には、浅黒い肌をジャージに包み、スニーカーをはいたやや大柄な男性。
「どーもどーも、いい仕事してますねー」
むやみとスポーティな土屋先輩がそこにいた。新任の体育教師みたいな外見が、可愛らしいドールの並ぶ背景からあまりにも浮いている。
「な、なんですかあなたは」
「彼女の先輩をやってる者です。ウチの後輩がお世話になったようで」
「そ、そう。職場でできたお友達ってこと? そうなの」
乾先輩は突然のことに戸惑っているらしい。
私も戸惑っている。事前に聞いていたけど、戸惑っている。
「せん、せんぱい、見てるだけって約束じゃー」
「キミは黙ってなさい」
いくら練習しても棒読みから抜け出せんかったろうが、と私にしか聞こえない声で耳打ちしてきた。くやしい。
「えっと、それで、先輩さんが何か御用で?」
「彼女、どうも最近元気がなくてですねー。それが思いつめた顔で出かけるって言うもんですから、強引についてきたんです」
「はぁ」
「ところで、ウチの後輩の作ったものを奪って勝手に売ったというのは事実で?」
「勝手にじゃありませんよ。私に預けたままのものを取りに来ないから仕方なく、です。売るのだって手間がかかるんですよ? 捨ててもいいものを、かわいそうだからやってあげたのに……」
「転売屋がどうのという話は?」
「それも完全に私が被害者ですよ。証拠もないのに、いきなり責任とらされて追い出されたんですから。たぶん、同好会のイニシアティブをとるために邪魔だったんでしょうね」
「なるほど」
後ろの子たちの刺すような視線も浴びながら、土屋先輩はうんうん、と頷いている。
出てきたはいいけれど、どうするつもりなのだろう。乾先輩を糾弾しようにも証拠は何もない。このままだと私が話すのと何も変わらない。
乾先輩もそれを分かっていて、今も堂々と胸を張っている。
「私は何も悪いことはしていません。それだけははっきり言っておきますからね」
「そうですね。ここまで聞いていて分かりましたが、あなたの言ってることの方が正しい」
「え、あの、先輩……?」
「残念だが事実だ。彼女の言うことは筋が通ってる」
こんな流れは知らない。「黙って見てろ」とだけ言われていたけど、ここで説教されるなんて聞いていない。
「あ、あら。話の分かる方なのね。残念ね、ぱあぷる先生。先輩さんもこうおっしゃってるわよ?」
勝ち誇った顔という表現をよく小説で見かけるが、ああいうのを言うのだろうか。
にやにやと私に話しかけていた乾先輩に、土屋先輩はまた尋ねた。
「それで?」
「はい? それで、というと?」
質問の意味が分からない様子に、土屋先輩はもう一度尋ねた。
「あなたが正しいから、なんですか?」
「……何が言いたいんですか」
そう聞き返された土屋先輩は、すう、と息を吸い込んで。
「たかが『正しい』程度の奴がオレの後輩ば泣かしたとか、って聞いとるっちゃろうが!!」
「ッ!?」





