村崎さんは器用で不器用
「どこまで話しましたっけ」
「サークルで即売会に出て有名になったとこまで」
「そうでした」
グリーンカレーを食べつつ、話を再開する。私より先に手を付けた土屋先輩のカレーもまだ半分ほど残っているし、冷めるのにさえ気をつければ焦る必要もないだろう。
私も三日ぶりのまともな食事で早くは食べられないから、ちょっとありがたい。
「即売会って、現地で作品とお金をやりとりするイベントなんです」
「らしいな」
「でも色んな理由で現地まで来られない人や、来たけど売り切れで買えない人もいて」
「ふむ」
「そういった人向けに、フリマアプリなどで作品を転売する人がいるんです。転売屋と呼ばれています」
「転売屋」
「はい」
いくつか呼び方はあるみたいだけど、私の周りではそう呼ばれていた。
「それってあかんの?」
「値段を三倍とか五倍に釣り上げて利ざやを得てますが」
「あかんな」
実を言うと、ここで分かってくれない人も多い。買う側が納得してるんだからいいんじゃないかとか言う人もいて、土屋先輩はそうじゃないみたいでちょっと安心した。
お金だけの問題じゃない。ものを作る人と、それを好きになって買う人との間に不純物が入っているという話なのだから。
「んで? 転売屋と資本主義ドッグ……乾先輩となんか関係あるん」
「はい、私も後輩たちから教えてもらったんですが……」
あれは卒業を控えた年の瀬の、ゼミの卒論もだいたい出来上がった頃のことだった。
――昨年十二月――
「乾先輩、何か言ったらどうですか!」
「……どうかしたの?」
「あ、村崎先輩! ちょうどよかった!」
就職活動にゼミの課題。四年間の大学生活も終わりに近づく中、最後の関門といえるふたつもどうにか一段落した。
なら、半月ほど足が遠ざかっていた同好会に顔を出してみようか。そう思ってドアの前まで来たところで、中から大声が聞こえて驚かされたところだ。
「はぁい、ぱあぷる先生。ご無沙汰ね」
ぱあぷる。即売会で私が使っているハンドルネームだ。身内でそう呼ぶのはこの人くらいだし、どういう意図があるのかも分からないけど。
「乾先輩もお元気そうで何よりです。院の研究はいかがですか」
「順調よ。修士なんて適当に流してれば終わるもの」
教授だって留年の数を増やしたくはないだろうしね。
大学でまだやることがある、と大学院に進んだ乾先輩は、部室のソファで紅茶をすすりながらそう笑った。その様子を後輩たちが口を真一文字に結んで睨んでいる。
人の感情に鈍感な私でも分かる。
後輩たちは、何かに激しく怒っている。
「それで、どうしたの。廊下まで聞こえてたけど」
「この人、あのスケブおじさんと繋がってたんですよ!!」
「えっと、なにが?」
あのって何。スケブおじさんって誰。
「こら、今来た先輩にはそれじゃ分かんないでしょ。私から説明します」
まくしたてる一年生をなだめながら、三年の女の子が前に出た。今の会長を務めている折川ちゃんだ。
ぬいぐるみを作ってばかりで、実務的なことは何もしなかった先代会長――つまり私だ――と違って、新歓やプロモーションにも熱心な子だ。後ろに並ぶ後輩たちや、一回り広くなった部室が彼女の能力の高さを示している。
「スケブおじさんというのは、最近出てきた転売屋です」
「スケブおじさんって、同人誌の作家さんに無理を言って絵を描かせようとする人じゃなかった?」
「もともとそれをやっていた人が、今は転売屋にシフトしたそうで。前歴があだ名になったパターンですね。太陽にほ○ろのドックさんみたいな」
折川ちゃんの趣味は、昭和の刑事ドラマを観ることである。
「それで?」
「最近は『紫工房』も人気になってきたので、転売屋対策をとっていましたよね?」
「そうだね」
「村崎先輩の作品は特に人気なので、身元確認と一限を徹底していたんです」
一限。ひとり一個限定、という意味の即売会用語だ。
転売屋だって一個じゃ大した儲けにはならないので、対策としては一定の効果がある。さらに転売屋ブラックリストを作って売らないよう注意すれば、かなりの被害を抑制できると折川ちゃんに聞いたことがある。
売り子がきちんと機能していれば、だが。
「……最近の売り子って、乾先輩にお願いしてたよね」
「そういうことです」
どんな対策も、サークル側に内通者がいれば簡単に破られてしまう。
少し時間を空け、帽子でもかぶって出直されたら。後ろで他の作業をしているメンバーにはまず気づけないだろう。
それに対抗するには、来場者と対面する売り子の働きがとても重要だ。
「これ見てください!」
さっきの一年生の子が、スマホの画面を見せてきた。
フリマアプリのようだ。『SOLD OUT』の赤帯がついた写真には、たしかに私も見覚えがあった。
「カモ子とネギ助に、カモナンバン……」
どちらも、直近のイベントで頒布した私の作品だった。
「イベント直後に出品されてて、なんでだろうって話してたんです! それで色んな人の証言を集めてみたら、乾先輩が何個も同じ人に売ったのは確かなんですよ!」
転売屋からお金を受け取り、手を貸す。
なるほど、そういう手口はあるかもしれない。
「乾先輩」
「なぁに、ぱあぷる先生?」
「彼女たちはああ言っていますが、本当なんですか?」
こういう話は結局のところ、本人が認めるかどうか。そこに尽きる。
私の問いに、彼女はさらりと、本当に何事もないように言った。
「一生懸命やったけど、気づけなかったのよ」
――現在――
「……転売屋とお金のやりとりがあったことの証拠がない以上、『うっかり』と言われてしまうと決め手にかけるんです」
「そのままのらりくらりと躱されて、村崎は卒業、サークルは空中分解、か」
「はい。乾先輩に預けていたカモタウロスたちも取り返せずじまいでした。サークルが崩壊してイベント参加が取りやめになったので、転売屋を通さずに直接売ったんだと思います」
「なるほどな」
この前、ミオさんがフリマアプリで見つけてくれたカモタウロスやアヒルドダック。売られていた分はすべて買い取って確認したけど、確かに私の作品だった。
「本当は、就職してもあの子たちとサークルを続けたかったんです」
「そうか」
「続けたかったんです、けど」
「楽しかったんやな」
「はい」
楽しかった。ひとり黙々と針を使っていた私にとって、初めての同志たちだったから。
それも、すっかり昔のことになってしまった。
「……ひとつ、聞いてよか?」
「どうぞ」
グリーンカレーをちびちびと食べながら少しの間を置いて、土屋先輩が先に口を開いた。
「当時はともかく、今なら裁判でも起こせば勝てる案件やろ」
「分かりません」
あの乾先輩のことだ。何かしらの対策はしているかもしれない。
「それもそうか。ばってん、泣き寝入りすることはないやろ。むしろ村崎ならすぐにでも弁護士のとこに行きそうなんやけど」
「それは」
その通りだ。
「そうせんで、ブッ倒れるほど悩む理由がなんかあるん?」
「理由……」
「そう、理由」
理由はある。
たぶんだけど。普通の人から見ればつまらない、悩む理由にすらならないような理由。こうして夜に呼び出してまで相談に乗ってもらって、そんな理由を言ったら土屋先輩はどう思うだろうか。
いつから私は、人に怒られるのを『怖い』よりも『嫌われたくない』と捉えるようになったのだろうか。
「言ってみ?」
「……怒りませんか?」
「聞いてから決める」
「です、よね」
「言いたくないなら言わんでよかぞ」
なら。言わないほうが。
「言うまで待つけどな」
「……選択肢の意味ないじゃないですか」
「待ち時間は偉大やぞ。数分の間でプロポーズの成否が変わることすらあるっちゃから」
どうやら逃してはくれないらしい。
逃さないでいてくれるらしい。
「ミオさんが」
「早乙女さんが?」
「ミオさんが、選んでくれたぬいぐるみだから……」
ミオさんが、私が喜ぶだろうと選んでくれた。
自分の作品をそう思ってもらえて、とても嬉しかった。それに乾先輩と転売屋の手を通したことが、あまりに苦しかった。
裁判でも起こしてミオさんがその事実を知るのを想像したら、体が動かなくなった。
「ミオさんは、そんなことで私を嫌ったりする人じゃないと思います」
「やろな」
「私の話を聞いたら、『大変だったわね』って言ってくれると思います」
「言いそうやな」
「そうと頭で分かっていても、考えてるうちにどうしていいか分からなくなって」
「……そうか」
「もう私が黙っていれば丸く収まるかなと、そう思ったんですが頭から離れなくて。ぬいぐるみを取り戻すのにお金も使い果たして、いろんな心配で夜もよく眠れなくて」
そうして、気づけば私は病院にいた。
「そうか」
「土屋先輩なら、どうしますか? 男の人だと殴り合いとかするんですか?」
それとも、普通の人はこんな悩みは抱かないから関係ないのだろうか。
くだらないことだと、思うのだろうか。
「……覚えとるか、村崎」
質問に、質問が返ってきた。その意図を読めず聞き返す。
「何をですか?」
「六月に、早乙女さんのぬいぐるみば取り戻した時のことよ」
「忘れるわけありません」
「あの時な、早乙女さんのおかげで会社は助かったし社長の首もすげ替わったしでオレらは万々歳やったやん。けど早乙女さんは、オレらに迷惑かけたって気にしとったらしい」
「それは松友先輩から伺いました」
「オレな、今もういっぺん早乙女さんに感謝しとる」
「……どういうことですか?」
「どうもこうもないわ。早乙女さんがカモタウロスば見つけてくれたおかげで、全部精算できるってことよ」
オレもオレで調べとったんや、と、土屋先輩はここ数日で探り当てたらしいことを語りだした。
「そもそも、なして乾先輩はこのタイミングでカモタウロスば出品したんやと思う?」
「言われてみれば……」
たしかに不自然だ。
人気というのは時間が経てばだんだんと落ちてゆく。
売るのなら紫工房が崩壊してすぐに売ればよかったのに。サークルが解散しましたと告知して価値を上げるにしても半端な時期だ。
「あいつな、また同じことばしようとしとる」
「同じこと?」
「これから有名になりそうな作者にすりよって、転売屋ビジネスに一枚噛むやつよ。紫工房の次の獲物を見つけたらしい。資本主義ドッグと同じアイコンのSNSアカがそげん言いよった」
「次の……」
また同じような、被害者が。
「でな? そのイベントが、今週末にある」
「すぐじゃないですか。……もしかして、カモタウロスを今売ったのって」
「新しい仕事の前の在庫処分やな」
「在庫、処分」
在庫処分。
私のカモタウロスたちが、在庫処分。
「イベントに行けば乾先輩に会える。向こうはこっちが来るとは思っとらんから逃げられもせん」
「で、でも私は、私には……」
どうしていいか分からない。
そう言おうとして、土屋先輩の返事の方が早かった。
「オレは行くけんな」
「はい?」
「乾先輩ってのはオレの後輩のもんば盗んで、生活費まで使わせて、ブッ倒れるまで追い込んだ。そうやろ」
「まあ、有り体に言えば」
「オレはマッツーみたく優しくはなかぞ。やられたもんを有耶無耶にはせん」
「え、ええ……?」
「付き合え村崎。お前がおった方が旗印が豪華になる」
何を言ってるんだろうこの人。
私の悩みを聞いてもらうはずだったのに。別に仕返しの手伝いをしてもらうつもりじゃなかったのに。
でも。
「……仕方ありませんね」
なぜか、高揚している私がいる。
素直に怒れる人もいれば、怒るのが苦手な人もいる。そんな話。
なお『スケブおじさん』は実在します。大量のスケブと色鉛筆を携えてコミケなどに出没し、私もサークル参加した時に一度見たことがある(被害には遭ってない)(小説だから遭いようがない)





