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早乙女さんはうなぎ

【訂正のお知らせ】前回、豚のかばやきをフライパンで作っておりましたところ、魚焼きグリルに変更しました。「早乙女さんちにグリルはない」と過去に書いた気がしていたためですが、別作品との勘違いでした。申し訳有りません。

豚バラを煮こんで柔らかくしてからタレ付けてグリルで焼く。角煮ならぬ角焼。ばりうまい。

“ピンポーン”


「おーい、土屋遥斗、万難を排して戻ってきちゃったぞー」


「土屋か、ずいぶん早かったな」


 夜からの復帰と言っていた土屋だが、その帰りはそれより早く。


 インターホンが鳴ったのは、彼が出ていって一時間半ほど経った頃だった。


「大山さんがな」


「大山さん? 会社の大山さん?」


 土屋が勤める会社は俺の前職場で、かつての俺の席が土屋のデスクだと聞いている。


 係長の大山さんは俺の向かいだったから、席替えしていなければ土屋とも向かいのはずだ。


「その大山さんが肩代わりしてくれたっちゃん」


「……仕事だったのか」


 土屋の説明によると。


 顧客にトラブルがあって対応が必要だと、例によって課長(ハゲカッコウ)から電話があったらしい。


「そんなん言ったら、村崎も来るって言うやん? あいつが疲れとるけん肉祭りしとるのに、本人がかたらん(さんかしな)かったら意味ないやろ」


 だから友達との用事だと嘘をついて、客の会社に向かっていたという。


 それを聞いた係長の大山さんが、どういうわけか「いいから村崎さんのところに戻りなさい」と言ってくれたらしく。自宅から電話で対応するだけで戻ってこられた。


「あ、分かっとると思うばってん、これ村崎には秘密な」


「……村崎には、な。ミオさんにはそれとなく言っておいてやるよ。そういう仕事の話は好印象だぞ、あの人には」


 そうしたところで、ミオさんと土屋が交際まで至るのは正直イメージできないが。


 純粋に友人として、善行を積んだならもう一人くらいは知っていてもいいはずだ。神は見ていると人は言うが、神しか見ちゃいけない道理もない。


「マッツー」


「なんだ」


「あなたが神か」


「向こう百年は人の身の予定だ」


「長生きしてゴッドマッツーば見るのを目標にするわ」


「まあ立ち話してないで上がれよ。冷たい麦茶あるぞ」


 靴を脱いで玄関を上がった土屋を連れてリビングへ。


 廊下からリビングへのドアを開けた途端、濃厚な肉の匂いがどっと流れ出した。


 電気はつけていない。薄暗い部屋にはパソコンとスマホが並べられ、スクリーンにはプロジェクターからの映像が映し出されている。


 全て、映しているのはうなぎを焼く動画だ。ひとつだけ生きたうなぎの映像が混ざっているが小骨のようなものだろう。


 それらの中心、リビングに置かれたテーブル。そこでは、ミオさんと村崎がどんぶりをじっと、じいっと見つめている。


「これはうなぎ、うなぎおいしい、これはうなぎ」


「うなぎ、うなぎ、おいしい、うなぎ、うなぎ、うなぎ」


 うん。土屋の願い通り、村崎もすっかり元気になったみたいだ。ミオさんと仲良くかばやき丼を食べている。


 土屋のぶんも材料は用意してある。ただ一時間空けてから丼飯は食い気がしないかもしれないし、聞いておかなければ。


「土屋もいるか?」


「な、何を?」


 何を、とは。見れば分かるだろうに。


「豚のうなぎだよ」


「豚のうなぎ」


「豚のうなぎのかばやきだ」


「……マッツー、オレ、こんな話ば聞いたことあるっちゃけど」


「おう?」


「南米の奥地の方にな、肉でおびきよせた猛毒の虫で幻覚を見せる刑があるって」


「ああ、それなら俺も聞いたことがある。ものが全然違うように見えて、石や土、果ては自分の手足すら食べ物だと思って食らいつくらしいな。どうした急に。それがどうかしたか?」


「いや、オレの勘違いならいいっちゃけど」


「そうか。……こんな会話、前にもした気がしないか」


「する」


 たしか二ヶ月くらい前だった気がする。ウノマ――ウノから始まるデスマーチの略だ――の日だっただろうか。


 どうにか村崎に一勝させようと精神を磨耗したミオさんが、守護神たるぬいぐるみたちと会話を始めていたような。


 その隣で村崎が無心にアカイさんをスリスリスリスリしていたような。


 その後にいろいろあったせいか、どうも記憶にもやがかかっている。


「そもそも、早乙女さんと村崎は何ばしよるん?」


「絶滅危惧種のな」


「絶滅危惧種?」


「絶滅危惧種の保存に貢献しようとしてる」






――一時間前・午後十三時二十分――


「最近また出番の減っていたプロジェクター、久しぶりの仕事がこれか……」


 ネットでうなぎのかばやき動画を検索しながら、俺は横でファンの音をたてるプロジェクターに同情していた。


 前の会社にいた頃には、何の意味があるのか分からない仕事もいろいろやったが。さすがに『うなぎの絶滅を防ぐためにかばやき動画を流す』には敵わない気がする。


「先輩、うなぎをさばくところから映っている動画の方がうなぎ(ぢから)があるのでは?」


「うなぎ(ぢから)


 うなぎをうなぎたらしめている力のことだろう。たぶん。


「でもきらんちゃん、さばかれるのを見ながら食べるのはちょっと……」


 うなぎが腹を開かれるところを想像してか、ミオさんが表情を固くする。たしかに静止画ならともかく、動画でリアルタイムに見ながらとなると少し刺激が強いかもしれない。


「ミオさん、命をいただく側として、その姿からも目をそらすべきでないと私は思います」


「そうだけど……」


「普通に生きてる動画を別に出したらどうだ。大画面で魚の解体を見ることもないだろ?」


「なるほど。では私のスマホは生前のうなぎ一家にしましょう。いい動画あるかな……?」


「家族うなぎなのね……」


「まあ、リアリティは出るかもしれん」


 やたらとはりきって準備する村崎に、ミオさんもちょっと気圧されている。やるとなれば真剣なのが村崎だが、こんなところでも発揮されるとは。


「ねえ松友さん、本当にこれでうなぎに見えてくると思う? それはそれでちょっと怖いのだけど……」


「まあいいじゃないですか。これでグラム百四十八円の豚バラがうなぎになるならお得ですよ」


「そ、そうね」


「それに……」


「それに?」


「最近、村崎に元気がなかったらしくて。この集まりも土屋が村崎のために言い出したことなんですよ」


「そうだったの?」


「ええ。その村崎があんなにはりきっているなら、とことん付き合ってやりたいと思うんです」


「……そうね。せっかくのパーティだもの」


「心配しなくても大丈夫ですよ。もし本当にうなぎに見えたところで、ケガしたりするわけでもありませんし」


「だといいけれど……」


 そんなことを言っているうちに、手頃なうなぎ動画を見つけたらしい村崎がスマホを机上にセットしている。


「できました先輩。うなぎ結界の完成です」


「うなぎ結界」


 うなぎ以外のものをうなぎたらしめる結界のことだろう。たぶん。


「さっそく効果を確かめましょう」


「正直言って効くとは思えんが……。よし、やってみるか。いいですかミオさん、この丼は今からうなぎですよ」


「これはうなぎ、これはうなぎ……」


「検証開始です」







 時は戻って現在。


 検証結果は。


「思ったより効いた」


「なして……?」

そろそろ各話タイトルの『早乙女さんは~』縛りが苦しくなってきました。黄波戸井ショウリです。「きわどいしょうり」と読みます。黄波戸井ショウリです。


長くなったので分けました。

明日も対豚バラ用うなぎ結界の中です。

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