早乙女さんは種の保存に貢献したい
「ミスジってあんま食ったことなかったっちゃけど、こげな味っちゃね」
焼き肉も終盤に入り、大トリの登場である。
「ちょっと独特だからな。だからかミスジが一番好きって人もちょくちょくいるぞ」
ミスジ肉。
弾力がありつつも柔らかくさっぱりした食感が特徴の希少部位。表面に稲妻のような白い筋が走っているのが特徴だ。
少し離れたスーパーに置いているのを見かけてから気になっていたのだ。肉祭りをするにあたり、これはチャンスと買ってきた次第である。
「ところでミスジってどこのお肉なんですか?」
「肩甲骨の内側だな。場所的にはロースとかに近いが、あまり動かさない筋肉だから柔らかいらしい」
「つまり人で言うと……この辺かしら?」
ミオさん、前かがみになって肩を縮めないでください。どこにとは言いませんが注目が集まっています。
「そげん聞くとよけい柔らかく感じるけん不思議なもんやな」
「プラシーボ効果、ですね」
「そうそう。グルメ漫画なんか読んどると、よく食材の解説をしだす料理人がおるやん?」
「あー、いるな」
「あれも実はプラシーボ効果、もっと言えば催眠術の一種なんやないかと密かに疑っとるっちゃけど、どうやろ?」
「……ありうるかもしれん」
審査員にウンチクを聞かせて催眠状態にし、なんか美味いと感じさせて勝つ。
そういう特殊能力だと言われたら納得してしまいそうな漫画、確かにいくつか心当たりがあるような。
「松友さん、お肉はこれで終わりかしら?」
「野菜もだいたい使いきりましたね」
「あ、そうですね。焼肉はこれで一段落かな」
そんなことを考えている間に、ミオさんが空になったトレーを寂しげに見つめていた。カルビに始まった焼肉はロース、野菜、ベーコン、ミスジと経て、ひと通り終えたことになる。
家に来た当初はどこか元気がなかった村崎も、肉でだいぶエネルギーが充填されたようで。光の戻った目で部屋の中をキョロキョロと見回している。
「村崎、どうした?」
「いえ、ふーちゃん達はどこに行ったのかなと」
いつもはリビングに置かれているぬいぐるみの所在が気になっていたらしい。
「ふぶき達なら、松友さんの部屋にお邪魔してるわよ」
「匂い対策でな」
「なるほど」
家で焼肉をやるにあたり、最大の問題が匂いである。
早乙女宅には数日かけて各種対策を施してあり、ぬいぐるみの移動もその一環だ。
「で、だ。焼肉も終わったし、次を出そうと思うけどみんなまだ食べられるか?」
「……ん、すまん。オレはちょっと出んといけんくなった」
もう少し何か食べようか、というところで土屋がスマホを見ながら席を立った。
「先輩、会社からですか?」
「いんや、村崎は気にせんでよか。自転車ば借りとった友達がウチに来るらしい。急に必要になったんやと」
続いて席を立とうとした村崎を制止する。用件からして一度家に帰るのだろう。
土屋の家はここから三駅。戻ってくるかそのまま帰るか、どうも微妙なところだ。
「どうする? もう解散にするか?」
「この後ウノとかして、夜には飲むっちゃろ? それまでには戻ってこれると思うけん飲みから復帰するわ」
時計を見ると昼の一時。
たしかにタイミングとしてはちょうどいいくらいだろう。
「分かった。夜からだな」
「土屋さん、暑いから気をつけてね」
「はい早乙女さん! 行ってきます!!」
ダッシュで玄関へ向かった土屋の足音は、すぐにエレベーターに向かって消えていった。
しかし、これは少し難しい事態になった。
「んー、どうするかな」
「どうしました?」
「いや、もう一品用意してあったんだ。精がつくものをと思ってな」
「まだ食べていいんだ……!?」
そのつもりで、焼肉は量を控えめにしてあった。
まあ、土屋には夜の肴に出してもいいしな。二人には食べてもらうとしよう。
「精のつくものというと、うなぎでしょうか?」
「おいしいわよね、うなぎのかばやき。絶滅危惧種って言われるとちょっと気が引けるけど……」
「実はパンダより絶滅が近いそうです。ニュースで言っていました」
「パンダよりも」
たしかにうなぎは『絶滅危惧種』。『危急種』のジャイアントパンダよりも絶滅の危機に瀕していると国連でも認められている。
俺としても、あの魚が地球上から消えてなくなるのは望むところではない。
「かばやきではありますが、うなぎじゃないんですよ」
「パンダ?」
「違います」
美味いのだろうか、パンダ肉。熊の仲間だし、竹と笹の香りがして悪くは無さそうだが。
答えあわせは今度ネットで調べるとして。冷蔵庫から取り出したのは俺が一番得意な肉。
「豚肉?」
「角煮とかに使うブロック肉の茹でたやつ、ですかね」
「ええ、うなぎのかばやきならぬ、『豚バラのかばやき』です」
『かばやき』の語源には諸説ある。蒲の木の樹皮に似てるからだとか、香りが早く漂う焼き物で香疾焼と書いたとか。
いずれにしても、別にうなぎでなくてはならない決まりはないのだ。
「これは豚バラブロックを一時間ほど茹でて柔らかくしたものです。まず、これを厚めにスライスします。真ん中に切り込みを入れるのがポイントです」
この料理には焼肉用のホットプレートよりもガスの火が向いている。余分な脂を落とすため、今回使うのは魚焼きグリルだ。
スライスした豚肉をそのまま焼き、軽く温める。
「表面が焦げる前に引き上げて……。タレにつけます」
「これはうなぎのタレ?」
「はい。スーパーで買ったやつで十分おいしいですよ」
手作りするなら、醤油とみりんと酒と砂糖と化学調味料を煮詰めればいい。プロの世界だと混ぜる割合とか煮詰め方に職人技があるのだろう。
「タレに浸したら、粗熱がとれるのを待って」
こうして冷ますとタレの味が肉に馴染む。大事な工程だ。
「グリルに入れてまた焼く、と」
「あ、すごいです先輩。もうかばやきの香りが」
「香りが早いから香疾焼だ、って説があるのも分かるだろ」
香ばしい香りがしたらまたタレをつけ、何層にも焼き付けてゆく。
何回かつけて焼いてを繰り返し、見慣れたかばやきの色になったのを見計らってご飯の上に載せた。
「最後にタレをかけて、刻んだ青じそを載せたら、完成」
「あら、見た目もちょっとうなぎっぽいような」
「それが最初に入れた切り込みです。うなぎの開きっぽくなるんですよ」
パーティ用のミニサイズなら一人前が三百円以下というコストパフォーマンスの優秀さ。
豚が絶滅しない限り、ニアイコール現代文明が滅亡しない限りは資源が尽きない持続性。
現代日本にマッチした料理と言えるだろう。
「こっちだとあんまり馴染みはないかもしれませんね。岡山には豚のかばやき専門店もあったりするんですよ」
「専門店まで……」
「さあ、冷める前に食べましょう」
テーブルに運び、箸をつけるとタレの香りがふわりと立つ。脂のしつこさを消す青じそとの相性も抜群だ。
「おいしい! 豚丼ともまた少し違った感じね」
「松友先輩、普通のお肉も使えたんですね……!」
普通ってなんだ普通って。畑の肉だって立派な肉だろうに。
ともあれ気に入ってもらえたようで何よりだ。土屋もこういうのは好きだろうし用意して正解だった。
「作った俺が言うのもなんですが、アレですね。うなぎの代わりとはちょっと違いましたね」
見た目は似せても、やはりそこは豚と魚。
味の違いはどうしてもある。
「……あ」
「きらんちゃん、どうかした?」
「あの、さっき土屋先輩と話していたことなんですけど」
土屋が出ていく前に話したことというと。
確かミスジの特徴の話から、グルメ漫画の食材解説が……。
「……プラシーボ効果?」
「こんなに見た目も匂いも似ているんです。
あとひと押しすれば、本当にうなぎに感じられるのでは?」
この時、この段階で。
俺が止めるべきだったのだろうと、思わずにはいられない。
ソーシャルゲームFGOのガチャに先週追加され、
私の元になかなか来てくれなかった沖田さんを……
ついに!! 引けました!!!
応援くださったみなさん、ありがとうございます!!!!
黄波戸井さん大勝利!!!!
ここんとこ沖田さんの話ばっかですみません。次回から別の話します。たぶん。





