早乙女さんは食べたくて食べたい
ミオさんが決算報告に向けて汗を流す中、俺は家で準備を進めて。ようやっと迎えた週末。
早乙女宅では、楽しい楽しい祭りが開催されていた。
「入れるに決まっています。味のさっぱりしたものも入れないと、全体のバランスが悪いからです」
「それを果たすのがネギと豆腐だろ。水分の出るものをこれ以上入れたら、それは焼き物じゃない。煮物だ」
「お姉……ミオさんは関東の方ですから、もちろん入れますよね?」
「残念だな村崎。ミオさんはもう本物の味を知ってしまった側だ」
「なっ、こちらが偽物とおっしゃいますか松友先輩!」
「地方を舐めるなよ……! 人口やTVチャンネルの数で負けても、食い物の味なら関東にも勝てるのが福岡だ」
「どっちですかミオさん」
「はっきり言ってやってくださいよミオさん」
「すき焼きに白菜は!」
「入れるか、入れないか!」
「えっとね、正直どっちもおいしかった……」
繰り返す。
楽しい楽しい祭りが開催されていた。
「やめーーーーい!」
「どうした土屋」
「土屋先輩にはミオさんに質問したあとでゆっくり詰問しますので。今はお待ち願います」
「なんでオレだけ詰問やねん。食い物のことで喧嘩するのはやめえ!」
俺たち三人が重大な問題について議論しているところに、土屋が割って入った。手には、焼きとうもろこしが三つ載った皿が握られている。好きらしい。
「でも先輩……」
「ええか村崎。ちょっと聞け」
「はい」
何か言おうとした村崎、スッと椅子に座って両手を膝に載せた。素直だ。
「素直すぎて逆にやりづらか……。まあええわ」
そう言って烏龍茶を一口飲むと、土屋は改めて切り出した。
「オレの実家は長崎にあるっちゃけどな」
「諫早市とおっしゃってましたね」
「そうそう。やけんオレは長崎県民なんやけど、父ちゃんは福岡出身、母ちゃんは熊本出身やったんよ」
土屋曰く、その二人の食文化の違いが土屋家に影を落としていたという。
「やれ、ラーメンのスープが濃い薄い、刺身醤油が甘い辛い、揚げパンにはきな粉か砂糖か、果ては学校に水筒を持って行かせるか行かせないか。ことあるごとに騒いどった」
「松友さん、水筒って?」
「福岡市は水道水があんまりおいしくないこともあってですね。水筒持参の学校も多いんですよ」
熊本は水道水を飲むことに抵抗が薄いらしく、水筒持参はあまり一般的でないと聞いたことがある。
じゃあ東京の水と比べてどうかと言われると、ちょっと判断が難しい。福岡市との差はあんまり感じないけど、水の味の違いって正直分かりにくいし。
「そうなんだー。福岡のお水、東京とはちょっと味が違うけど飲めないってほどじゃなかったけどなー」
違うらしい。そういえばミオさんはオゾン殺菌された東京の水道水、『東京水』を愛飲してる人だった。
「続けてもよか?」
「ああ、すまん。どうぞ」
「まあ、つまりよ。ものの食べ方なんざ地域ごとに違いがあって当たり前。そこに優劣をつけようって発想が不毛なんよ。白黒つくはずもなか、ついたところで誰も幸せにならん。そうやろ?」
「たしかに」
「そうですね……」
思えば、長崎は江戸の昔から海外に開かれていた文化交流の地だ。別のものを受け入れることについては、これほど鷹揚とした土地もあるまい。
土屋の意見は、実にそこの出身者らしかった。
「分かればよか」
「たしかに、長崎皿うどんなんかも現地じゃウスターソースをかけて食べるらしいしな」
長崎皿うどん。
パリパリの揚げ麺に、具だくさんのあんかけをかけた長崎の料理だ。ちゃんぽんと並ぶ名物料理で、長崎では至るところで食べられる逸品である。
「え、そうなんですか?」
「聞いたことあるわね。本当に長崎限定だそうだけど」
「俺たちからすれば考えられない食べ方も、現地では正義なわけだ。それを強要しない姿勢は見習っ「いや、かけるやろ」
うん?
「皿うどん、ウスターソースは、かけるやろ」
「いや、実は一回試したけど俺的にはあんかけだけの方が……」
「マッツー」
「なんだ」
「表出ろや」
「二分前の発言はどこ行った?」
繰り返す。
楽しい楽しい、とっても楽しい祭りが開催中である。
開始早々にそんないざこざは起こりつつも。
“ジュウウウ!”
「うしーーーー!!」
「くあー、にじみ出る脂がたまらん!」
「先輩、レモンは、レモンはどこですか!?」
牛カルビが鉄板に載ったらすべて片付いた。
畑の肉こと大豆が偉大なら、牧場の肉こと牛肉も偉大。そういうことだろう。
「レモンなら冷蔵庫だ。もう切ってあるぞ」
「とってきます」
「うし、うしだ……うしだよ……!」
「はいミオさん、食べごろですよ」
「ふぉぉぉ……!!」
カルビを焼くのは意外と難しい。
鉄板に載せたその瞬間から、カルビはジュウジュウと肉汁を散らし加速度的に焼けていく。ちょっと油断するとすぐに焦げ付いてしまう絶妙な世界がそこにはある。
「マッツー、慣れとんなー」
「豚肉の方が得意だけどな」
そこで役に立つのが、俺の得意料理・豚の生姜焼きで培ったノウハウだ。
ホットプレートに肉を整列させると、白い脂がたちまちに光沢を帯びてゆく。
炙られたタレが発する醤油と砂糖の香気が脂の香りとともに部屋に満ち、開け放った窓と換気扇に流れてなお食欲をそそる。
箸で持ち上げた時、肉がぷるんとふるえたら『上手に焼けました』の証だ。
「ほい、食べごろです。こっちもだ村崎」
脂をしたたらせるカルビ肉は、口に入れた途端にタレと一体化する。
肉の硬さに好みはあれど、「タレと絡める」という点においては柔らかい方が吉だ。焼きたての肉、タレ、米が混ざり合う感覚は焼肉でしか味わえない。
「ね、ねえ松友さん」
「なんでしょう?」
「ほんとにいいの? ほんとに?」
あんなに楽しみにしていたミオさんなのに、いざ食べ始めたら不安になってきたらしい。
これは、あれか。
ここ数日の食事とのギャップで、現実を受け入れられないのか。なんてこった。
「ミオさん」
「う、うん」
理路整然と説明してもいいが、ここは食事の場。
シンプルに、本能に訴えることこそ正義だ。
「いいんです」
「でも……」
「ミオさんは仕事だって大変なのに、たくさん我慢して、頑張りました。ここにある肉は、ミオさんが自分で手に入れたものなんです」
「わたしが」
「そうです。ミオさんのものだから、ミオさんが食べていいんです」
「……る」
「はい?」
「食べる!!」
「はい、召し上がれ」
よし。こんな場で後先など考えるだけ損だ。
もうすぐ終わるこの夏を、ミオさんにめいいっぱい楽しんでもらうこと。今日はそれだけを考えよう。
沖田さんが引けません。2年半ぶりに課金というものをしても引けません。黄波戸井ショウリです。
今日は遅まきながら『天気の子』を見る予定なので、傷ついた心を癒そうと思います。
ところでなんと、感想が700件を突破しました。ありがとうございます!
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