早乙女さんと写メりたい
「さて、と」
明けて、翌朝。土曜日である。
趣味の実況逆変換――テレビ番組のネット実況だけを見て、内容を推測するという遊びだ――を終えて、パソコンの電源を落とす。
土曜の朝であれば、小さな女の子がボーっと生きている大人を叱る番組がオススメだ。共感、反発、同意、反論。いろんな意見が飛び交ってなかなか見応えがある。
「言われてみれば、『溌剌』の『溌』も『剌』もまったくどんな意味か知らないのに、合体したのは当たり前に使うっておかしいよな……」
今日はそういう内容だったらしい。実況からの推測だから正解は分からないけど。
連休明けから一週間が終わり、迎えた週末。休日の朝としては悪くない滑り出しだ。
「まずは……テンノスケの水やりだな」
我が家の守護神、サボ原テンノスケはサボテンの鉢植えである。脇に置いてある霧吹きに天然水を満たして一吹きし、横のメモパッドから前回の日付を消して今日の日付を記入した。
サボテンの水やりは月に一回か二回でいいので、こうしておかないとタイミングが分からなくなる。
「……ん」
テンノスケの隣、直射日光を避けた場所に置いたタコのぬいぐるみが目についた。ミオさんのぬいぐるみ選びに付き合ったときに買った、真っ赤なタコのアカイさんだ。特徴としてとにかく手触りがいい。
そんなアカイさんの足の根元から、中の白い綿がちらっと覗いている。
「ちょくちょく触ってはいたが、こういうところからほころぶのか。裕夏の部屋にあったやつ、チェックしてやればよかったか」
そういえば、裕夏の水没したスマホも業者から戻ってくる頃合いか。
土屋のスマホ、ミオさんのあーちゃんと、水没した半導体からデータを吸い出すことにかけては神がかった業者だ。きっと余さず吸い出してくれたに違いない。裕夏に送ってやれば喜ぶだろう。
「こっちの修理も自前でやるのは難しい、か。村崎だな」
スマホを預かろうと言った時、ものすごい躊躇されたのだけは未だに解せないが。
それはともかく、アカイさんの修理が必要だ。このタコはなにしろ手触りがいい。手触りが良すぎて、気づけば無意識のうちに触っている。小さなほころびもすぐに広がってしまうだろう。
こういう時、ぬいぐるみの修繕が得意な知人がいると非常に助かる。
自分:
村崎、ちょっといいか
スマホのチャットアプリでメッセージを送ると、すぐに既読がついた。
村崎きらん(新人):
はい、なんでしょうか
「……そういや、名前変えてなかったな」
自分:
写真を見て欲しいんだが、アカイさんにほころびができてな。直し方、分かるか?
村崎きらん:
これでしたらすぐに直せますよ。そんなに難しくもないかと
自分:
俺でもできるかな?
村崎きらん:
文字で教えるのは難しいです
自分:
それもそうか
村崎きらん:
明日でよければ、御宅へ伺いましょうか
自分:
来てもらうのも悪い。こっちから行ってもいいか
村崎きらん:
いえ、ミオさんとの約束がありますので。シトラも連れて伺います
「シトラ……。ああ、村崎のぬいぐるみか。ミオさんとお揃いの」
まだ俺が村崎と同じ会社にいた頃、ゲームセンターでとってやった紫色の猫のぬいぐるみだ。ミオさんにも同じものをとってあげたので、ふたりにとってはお揃いのアイテムになる。
ミオさんの方は、たしか『ゆーちゃん』といったか。
自分:
約束って、同じぬいぐるみを抱いて写真を撮るとかいう?
村崎きらん:
未だに果たせていませんので
自分:
いや、それならミオさんの都合を先に確認しないといけないだろ
返信まで、しばらく間があった。
村崎きらん:
すみません、なんとなく松友先輩がいるならミオさんもいるような気がしていて
自分:
俺たちはアヒルの親子かなんかか
村崎きらん:
アヒルは好きです
自分:
で、ミオさんと写真を撮りたいからウチに来ると
村崎きらん:
はい。八月に入ってから土屋先輩の顔しか見ていない気がして、そろそろ他の人と会いたいんです
自分:
お前らの夏に何があったらそんなことになるんだ
村崎きらん:
何もなかったからそうなったんです
自分:
そうか
村崎きらん:
そうなんです
「そういえば……」
自分:
村崎は大学は茨城って言ってたよな
村崎きらん:
そうですが、それが?
自分:
いや、そっちの友達とかいないのかなと
俺や土屋は地元が九州だからこっちに知り合いはいないが、茨城なら電車で一本だろ?
村崎きらん:
一本……。ええ、一本ですね。一本です
自分:
なんだ、その含みの有る感じは
村崎きらん:
つくば市辺りまで来てみれば分かりますよ。市内に線路が通っていることと、電車で移動できることとは同義ですが同義ではないんです
「……よく分からんが、まあ機会があれば行ってみるか。確かつくば市まではつくばエクスプレスが通ってて、その東に土浦とか水戸があるんだったな。軽く観光するのもアリだろう」
上京してから一年半ほど経つが、そういえば北関東には行ったことがない。茨城、栃木、群馬、そしてそれより北は未踏の地だ。
「そういえば、『未踏の地』って言おうとした姉ちゃんが『未開の地』って言っちまって、そっちの出身者がいて気まずくなったことがあったなー」
北関東も東京近郊には違いないわけだし、移動も便利な方だろう。研究学園都市らしいつくばで植物園でも見て、魚介が美味いらしい大洗で海鮮を食べて帰ってくる。
茨城を知る日帰り旅行としては、ちょうどいい旅程じゃないだろうか。
自分:
まあ、秋になったら行ってみるさ。それで、村崎はそっちの友達とは遊んだりしないのか?
村崎きらん:
友達は少ない方ですので
自分:
ぬいぐるみ好きなんだし、その仲間とかは?
村崎きらん:
いません
即答だった。
以前、同じような話題になったときに「しょ、小学校まではいたよ!?」と返してくれたミオさんとは似て非なる反応だった。
自分:
まあ、学生時代の過ごし方も人それぞれか
村崎きらん:
そうです。うぇーいと言えば楽しいわけではないんです
自分:
パリピへの偏見がひどい
とりあえず、ミオさんの都合は俺から聞いておこう。後でまた連絡する
村崎きらん:
よろしくお願い致します
そして半日後。陽があらかた落ちた夕刻。
広い公園の片隅に設置されたブランコに座るミオさんに、俺は村崎との約束のことを話していた。
「……という感じなんですが、明日ってどうでしょう? 何かありますか?」
「あのね! きらんちゃんの好きそうなぬいぐるみが届いたところだったの!」
「では?」
「それも写真とりたい! いっしょに!」
「分かりました。伝えておきますね」
ランニングの時間とは、すなわち自分に問いかける時間だと俺は思う。走る苦しさに折れそうな心と、血肉の躍動に沸き立つ心と、目指す理想のために前を見続ける挑戦の心。例えふたりで走っていても、そこには孤独な戦いがある。
そして、ミオさんはひとりでいると思考がネガティブになりがちな人である。
夕方になるのを待って一緒にランニングに出たミオさんが、走り終わったときに若干の幼児退行を果たしていたのは、たぶんそういうストレスのせいだと思う。
「でも珍しいですね。ぬいぐるみは直接手にとって買いたいって言ってたのに」
陽は沈んでもまだまだ暑い。流れる汗を拭きながら、俺はミオさんの言葉を思い出していた。先述の、ミオさんのぬいぐるみ選びに付き合った日に聞いたことだったと思う。
そのポリシーに反して、先ほど届いたぬいぐるみは、どうやらネットで注文したものらしい。
「ぬいぐるみ作りって、アマチュアでも上手な人がいてね。そういう人たちの作品って、特別なイベントに行くか、ネットでしか買えないんだー」
「へえ、特別な品って感じでかっこいいじゃないですか」
「うん、買ったのは初めてだけど、きらんちゃんも気に入ると思う」
こうして明日の予定は決まった。
となると、考えるべきことがある。後輩といえど客が来るならお茶は出したいところだが。
「お茶菓子をどうするか……」
「ま、松友さん? きらんちゃんもいるし、その、ケーキとかでも……」
「ほうじ茶と漬物とかでもいいですかね?」
「……おいしいよね、好き」
「それはよかった」
羊羹くらいは、こっそり用意しておこうと思う。
https://twitter.com/WalkingDreamer/status/1161926986928836608
↑アンケート結果出ました↑
こちらプチ人気投票でして、結果はこんな感じでした。
松友 裕二 18%
早乙女 ミオ 47%
土屋 遥斗 7%
村崎 きらん 28%
投票くださった方、ありがとうございます。
(感想で投票くださった方のぶんも、友人に頼んで入れてもらいました)
メインヒロインが一番人気というのは、当たり前のことではありますがちょっとうれしいというか安心しますね。
土屋は……7%の中に女の子がいるといいね。うん。
機会があればまたやります。





