早乙女さんは見極めたい
「シトラちゃんがもう少し右の方がいいかしら」
「そうですね。もう一回撮ってみましょう」
アカイさんの修理はすぐに終わった。
難しくない修理だと言うので次回は自分でやろうと思い、直しているところを見学させてもらったが……。正直、早すぎて何をしているのかもよく分からなかった。動画は撮ったので後で見返そうと思う。
ともあれアカイさんを名誉の負傷から救った村崎は、俺といっしょにお隣のミオさん宅にお邪魔していた。今はシトラとゆーちゃん、お揃いのぬいぐるみを並べての撮影会中である。
深夜テンションで義姉妹の誓いを交わしただけあって、実に仲が良さそうでいいことだと思う。
「では、シトラを四ミリ右へやりますね」
「それだとカメラに対する角度が変わってしまうわね。ええと、関数電卓と分度器、どこにしまったかしら……。松友さん、知らない?」
「仕事の道具ですから、確かそこの収納にしまいましたよ」
「さすがね。取ってくるわ」
「私は毛並みの乱れを直しておきます」
俺の想像していた撮影会とは、だいぶ趣が違ったことだけが誤算だったが。
「村崎が一眼レフカメラを持ち込んだ時点で気づくべきだったか……」
『お揃いのぬいぐるみを持ち寄っての撮影会』
そう聞いて何を想像するかは個人の自由だとは思うけども。
少なくとも俺は、ぬいぐるみを抱いたふたりを俺がスマホで一枚撮って「映える」とか「映えない」とか言う感じだと思っていた。
それが何故、村崎が専用のクシと針でぬいぐるみの毛並みを整え、隣でミオさんが関数電卓を叩いているのだろう。
「うん、この角度でオーケーね。これでさっきと同じようにカメラを見てるはず」
「私、関数電卓なんて初めて見ました」
「建築関係の仕事に関わったことがあって助かったわ」
「なるほど」
「さて、撮影の続きといきましょう」
「はい、照明、カメラ設定、ともに問題ありません」
家にバシャバシャとシャッター音が鳴り響く。どうやら、写真というのは何十枚も撮って良いものを厳選するのが当たり前らしい。
動かない被写体にそこまでの差が出るのかと訊いてみたが、「出ます」と三文字で返事された。出るらしい。
「これ、もう少しかかりそうな感じですかね?」
「どう? きらんちゃん?」
「大丈夫そうです。これだけ撮ったら終わります」
「そうですか。じゃあ……」
「じゃあ、次はふーちゃんたちも入れて一枚と、私たちが抱いて一枚ね」
「そうですね。他にもいい構図が思いついたら追加しましょう」
「…………」
俺は黙って、ケトルの電源を落とした。
ティータイムが三時だと誰が決めた。
五時が近づこうという頃、俺はティーポットとお茶請けを載せたお盆をテーブルに置いた。
「お茶、入りましたよ」
「あら、ありがとう松友さん」
「ありがとうございます。ひと段落しましたし、休憩にしましょうか」
「ひと段落、か……」
ぬいぐるみ同士、ぬいぐるみと人間と済んで、終わったとみてお茶を差し込んでみたが。まだ続きがあるらしい。
レンズの光学特性について語り合いながらテーブルについたミオさんと村崎は、今やいっぱしの職人の顔になっている。
「あれ? ミルクティーじゃないんですね」
「そういや前回はミルクティーだったな。今日はほうじ茶で、お茶請けはこれだ」
「……え?」
お盆の上のお茶請けを目にしたミオさんの、動きが止まった。
「ミオさん、どうしました?」
「よう、かん」
その視線の先では、三切れの羊羹がてらてらと透き通った光を放っている。
「たまには、甘いものも大事ですからね」
「ようかん……!」
三千里を経て母親に会ったような顔をしているミオさんの前に、羊羹と付け合せの載った皿を置いた。さらば職人。ようこそ親孝行。
「松友先輩、この黒いのって塩昆布ですか?」
「ああ。羊羹と塩昆布、これで意外と相性がいいんだ」
専門の茶店や甘味処でも、ぜんざいと塩昆布をいっしょに出したりすることがある。羊羹と塩昆布で出している店は聞いたことがないが、事前に試してみたところなるほど悪くない取り合わせだった。
「へえ。スイカに塩みたいなものですか」
「だろうな。黒餡じたい、煮る時に塩を入れるしな。はいミオさん、ほうじ茶です」
「甘い、甘いよ……。甘いものだよ松友さん……!」
村崎の前では姉の仮面を被るミオさんだが、割と頻繁に割れていることに本人は気づいているのだろうか。それは未だに謎である。
羊羹をじっくり味わうように食べながら、ミオさんは目尻を光らせている。
「まあ、喜んでくれたようで何よりです」
「松友先輩」
「なんだ村崎」
村崎の方はというと、ミオさんはそういう姉だと受け入れている様子だ。
空気を読む機能がオミットされているとも(土屋に)言われる村崎が気を遣う、唯一と言っていい相手がミオさんなのかもしれない。
「羊羹に塩昆布、こんなに合うなんて思っていませんでした」
「だろ? 俺も試して驚いたよ」
「それでご意見をいただきたいんですが」
「合わんぞ」
「先輩」
「合わんぞ」
「まだ何も言ってません」
言わんでも分かる。
「いいか村崎。よく聞け」
「はい」
「メロンパンに塩昆布は、たぶん合わない」
「なぜ分かったんですか……?」
「さあな」
村崎のメロンパンフリークぶりは、土屋からちょくちょく聞いているのだが。
心の底から不思議そうな村崎が面白いから、それは黙っておこう。
「松友さんはたまに人の心を読んだみたいに先回りするのよね。わかるわ」
糖分を摂取して姉モードに復帰したらしい。ミオさんはほうじ茶をすすりながら、訳知り顔で何か言っている。
ミオさんは単純に表情が豊かすぎるだけなのだが、言ったところでどうなるものでもない。これも黙っておこう。
「先輩、そんな特技があったんですね……。私なんて言われても人の心が分からないのに」
「ああ、うん。まあそういうことにしておく」
「さて、お茶が済んだら次の撮影に行きましょうか」
「そうですね。そういえば、ミオさんって新しいぬいぐるみを買ったんですよね? それは撮らないんですか?」
村崎の言葉に、ミオさんが固まった。
「え? あー、あれね。どうしようかな、って……」
「? 無理にとはもちろん言いませんが……」
「えっと……」
村崎が小首を傾げる。
これは、あのパターンだ。
「ミオさん、見せるだけ見せてみたらどうですか。きっと村崎なら良さが分かりますよ」
「そ、そうね!」
席を立ったミオさんが、部屋の隅のダンボールへと向かった。本心では見せたかったことが、早めの足取りから伝わってくる。
「そこは変わらない、か」
「先輩?」
「こっちの話だ」
村崎が好きそうだと思って買ったはいいが、見せる段になって不安に駆られたのだろう。怒られないかとか、気に入らないんじゃないか、とか。
つまり、いつものミオさんである。
「ところで先輩、私はどんなぬいぐるみかとか聞いてないんですが……。先輩はもう見ました?」
「いや、まだだな」
俺もちょっと変わり種だとだけ聞いていて、実物は見ていない。
ダンボールを開けて戻ってきたミオさんの手元に、村崎とふたりで注目した。
「これなんだけど……」
「……鳥? いや、鳥のぬいぐるみか筋肉のぬいぐるみか、どっちですか?」
そのぬいぐるみは、筋肉だった。
ふーちゃん達と同じ、動物がおすわりしているタイプのぬいぐるみではある。顔も鳥だし同系統といっていいだろう。
問題は、上半身がマッチョな人間の男のそれだという点だ。
「ほ、ほら、ミノタウロスっているでしょ?」
「いますね」
ギリシャ神話に登場する、頭が牛で身体が人間の怪物だ。
「これはミノタウロスと見せかけて、頭が鳥になってる……」
「……カモタウロス」
ミオさんが言う前に、村崎が言った。
「そうカモタウロス! いいセンスしてるわよね! ……あれ? きらんちゃん、これ知ってるの?」
「いえ。想像で言っただけです」
まあ、それだけストレートなネーミングなら当たるだろう。俺でも三回答えたら当てられたと思う。
「そ、それでどうかな。きらんちゃん、こういうの好きかなって……」
このふたりが、ちょくちょくチャットで会話しているのは知っている。
その結果、村崎の趣味がこれだとミオさんが結論づけたというのなら。一体どういう会話なのか、激しく気になってきた。
「ミオさん」
「は、はい」
不安に駆られすぎて敬語になっとる。
「……最高です」
「そ、そう? よろこんでもらえた!?」
「はい、これを選んでもらえてとても嬉しいです」
「よかった……。筋肉を布で再現するなんて、他であんまり聞かないから思わず買ったのだけど。けっこう高かったのよね」
「たしかに高いですよね、こういうのは」
ぬいぐるみは高い。
俺も専門店に行ったから知っている。特にネット通販だと一点物も多く、高いものは本当に高いらしい。
「じゃあ、きらんちゃん」
「ええ、ミオさん」
そこで俺は気づいた。
ふたりが、職人の顔に戻っていることに。
「「撮影の時間といきましょう」」
夕食、ご飯だけ炊いておくことにしよう……。
がんばれ、カモタウロス。
47都道府県を踏破していて、「地味だけど実際に行かないと分からない地元ネタ」を全県ぶん書ける作家が必要だって? ここにいるぞ、黄波戸井ショウリです。
(あなたの県のいいところ言おうか? どこ住み?)
久々にレビューをいただきました! ありがとうございます!
「剣も魔法も登場しないが、正に現代ファンタジイ」と、上手いこというなーと思いつつも……
これはファンタジイではありません。現実です
そうこれは現実なんです。うちの隣には綺麗なお姉さんが住んでて出勤すれば愉快な同期と可愛い後輩がががががががっがあああがg





