番外編:土屋さんは納めたい
海に行った後、土屋視点のお話です
オレ、土屋遥斗は考えていた。
幾度となく思い出すのは、この前の海で聞いた早乙女さんの言葉だ。
『この映画は取引先の方のオススメよ。家に映画用のプロジェクターがあるけど使ってない、って言ったらブルーレイを貸してくださるようになったの』
感動の医療映画に目を泣きはらした早乙女さんも大変にうるわしかった。まあそれはそれとして、オレはここからひとつのヒントを得た。
「プロジェクター、か!」
その単語を聞いた時、オレの身体に電撃が走った。
家にプロジェクター。
家に映画用プロジェクター。
「かっこええ……!!」
天井からウィーンって出てくるようなのが理想だ。壁のすぐ近くに置いて使う短焦点タイプもスタイリッシュでいい。
普通にテーブルに置くやつでも魅力十分だろう。ネットで調べたらスクリーンと合わせて二万円台で揃うというから驚きだ。
その手軽さで、買ったその日からこう言えてしまう。「ウチ、スクリーンで映画観れるっちゃけど?」、と。
「しかも、よ」
それだけでも楽しすぎるが、多少なりとも気心の知れた相手なら、家にお誘いする理由にも使えるだろう。
「しかも、しかもやぞ」
その殺し文句で女の子を家に呼べたとする。だがそこで慌ててはいけない。あくまで紳士的に振る舞うのがスマートな男というものだ。
かといって紳士なばかりでは何も進展しない。
「でもプロジェクターがあれば……!」
スクリーンの前にソファを置いておけば、自然とそこに並んで座る流れになる。
そしてプロジェクターで映画を観るために、自然に電気を消すことができる。
「暗い部屋、ソファで隣同士、洋画特有のちょっとアハーンなシーン。これはいける!
いや、いかんけども!!」
あらぬ空想をしかけて頭からブンブンと振り払った。
今のオレには早乙女さんという人がいる。早乙女さんの家にもプロジェクターがあるのだから、誘うとすれば別の女性ということになる。
惚れた女がいるのに二心を抱くなど、男子としてあるまじきことだ。
「…………うん」
だが。そうと頭では分かっていても。
購入ボタンをクリックしてしまうのが男のサガなのだ。
「……というわけで、お前に来てもらったっちゃん。どんな感じになるかだけ試させてくれ」
「そうですか。交通費だけいただけたら帰ります」
「待ちい、待ちいや」
「なんですか。手間賃もくださるんですか」
「待って?」
家に着くなり帰ろうとする後輩を、ひょいと持ち上げて玄関前に戻した。
仔猫みたいな扱いにさらに機嫌を悪くしたらしい村崎は、三十二センチ下からオレのことを睨みつけている。
「土屋先輩、分かりますか」
「え、何が?」
「電話で呼ばれて来てみたらモテたくてプロジェクターを買った話だった人の気持ちが分かりますか、と聞いているんです」
なるほど、言葉にすると我ながらけっこうひどい。だがこちらも帰られたら困るわけで、一応もてなしの用意もしてあったりする。
「そこんとこなんとか。ばり高かメロンパンば用意しとるけん付き合うちゃらんや」
「メロンパン……」
帰ろうとしていた村崎の足が止まった。
「駅前の専門店の、並ばんと買えんやつやぞ?」
「ロットは?」
「十五時の」
「ぐ……」
一時間半ごとにワンロットが焼き上がるシステムを知った上で、何時の品かを確認してくるとは。さすが村崎、メロンパンに関してだけは抜かりない。
ちなみに現在時刻は十七時半だから、最新よりひとつ前のロットになる。焼きたてロットでないからかちょっと悩んでる。
ここはあとひと押し。
「熊本県は阿蘇の火山から新鮮ミルクも取り寄せとるぞ」
「仕方ありませんね」
「カモナマイハウス」
ありがとう、ふるさと納税。
「へぇ、男性の部屋ってもっと乱雑なものかと思ってました」
「どげんや、なかなかやろ」
「いいじゃないですか。松友先輩やお姉……早乙女さんのお部屋よりコンパクトで私は好きですよ」
村崎の言うとおり早乙女さんの部屋よりは落ちるが、独り身には十分な洋室1DKがオレの城だ。
築十四年なので綺麗とは言いがたくも、そこはゴムの木を置いたりして潤いを与えてある。
「マッツーは人のよさを不動産屋につけ込まれて、あの高かマンションに住んどるらしいけどな。オレは収入相応をきちっと探したってわけよ」
「松友先輩、お金のことを考えるの嫌いそうですもんね。株とか得意そうなのに」
「なー」
ギャンブル、儲け話、投資。そういったものと距離をおきたがる印象は入社直後に出会った時からあった。
その点でいえば、決まった給料で穏やかに働ける今の仕事はきっと性に合っているに違いない。
「それで、これがくだんのプロジェクターですか」
「安いやつやけどな。買ってみたら普通に面白かったわ」
「なるほど、会社のより小さくてオシャレな感じなんですね」
「ちなみに色は情熱の赤よ」
プロジェクターにも家庭用と業務用とある、というのは調べて知った。
デザインとか端子とか違いはいくつかあるが、家庭用は色の良さ重視、業務用は明るさ重視と思っておけば間違いないらしい。業務用は広く明るい会議室でも使うからだろう。
「それで、映画は何を観るんです? ネト◯リ辺りで探しますか?」
「んにゃ、もう決めてある。ネットで調べといた」
「といいますと?」
「万が一にも間違いが起こらんよう、『絶対にいい雰囲気にならない』って言われとる映画を見つけといたぞ」
「安全意識を評価すべきか、万が一を想定されていることに引くべきか悩ましいです」
村崎の物言いが辛辣なのはいつものこととして、俺は配信サービスから目的の映画を検索してプロジェクターに繋いだ。
「これや。実写版『デ◯ルマン』」
「デビ◯マンって実写版あったんですね。なんでいい雰囲気にならないのか分かりませんが……」
「村崎も知らんかったか。映画好きとか言っとらんやった?」
「それなりに見ますけど、見つけたものをそのまま観る感じなので。あんまり調べたりはしないんです」
「ほーん。まあ観たことないならちょうどよか。観ちゃろうや」
「その前に先輩」
「うん?」
「約束のブツを」
「ブツ」
「阿蘇で育った牛乳を」
「分かった、分かったから真顔で迫るな。微妙に怖いわ」
こうして村崎協力のもと始まった、オレの今後を左右するかもしれないプロジェクター試写会。
映画の内容についてはネタバレになるので、
「CGは、よかったな」
「CGは、よかったですね」
に留めておくとして。
プロジェクターの効果について、ひとまずの結論が得られた。
「土屋先輩」
「なんや」
「完全にリラックスして休日を謳歌する感じになってませんか」
「村崎もそう思っとった? 実はな、右に同じ」
「本来の目的、なんでしたっけ」
「いや、うん。すまん村崎」
「はい」
「人選、間違えたな!」
「分かりきった結論、誠にありがとうございます先輩」
「……怒っとる?」
「いいえ、とても楽しかったですよ。早乙女さんたちに今日の経緯を事細かに報告したくなるくらいには」
「ハウステ◯ボスのチーズケーキあるっちゃけど、持って帰らん?」
「仕方ありませんね」
ありがとう、ふるさと納税。ありがとう、地元長崎。
実証できず、試せもせず。かくしてオレのプロジェクター計画は幕を閉じた。
それから、二週間後。夏真っ盛りのとある休日。
“プルルル プルルル ピッ”
『はいもしもし、村崎です』
「村崎ー! ちょっとウチまで来ちゃらんや!」
『今度はなんの実写版ですか。巨人を駆逐するやつですか勘のいいガキが錬金するやつですか火星でG退治するやつですか。どれか教えていただければ相応の理由でお断りします』
「断るんかい! いや、今度は映画と違うんよ」
『と、いいますと?』
「家に生ハム原木ば置いとると良か、って聞いて買ったっちゃけど、想像より量がヤバい。食いに来ん?」
マッツーと早乙女さんも誘ったが、「いくつ?」「アウトです」と謎の会話が聞こえて断られてしまった。
『そうですか。お断りします』
「村崎よ」
『なんでしょう』
「高級アンデスメロンがある」
『……仕方ありませんね』
このあと、めちゃくちゃ生ハムメロンした。
ありがとう、ふるさと納税。
ありがとう、ふるさと納税。
ちなみに私の家にはまだプロジェクターも生ハム原木もありませんが、『からくりサーカス』コミックス全巻があります。
『からくりサーカス』が全巻家にあると、ブクマしてもらえなくても「まあ本棚に『からくりサーカス』あるしな」ってなるし、評価されなくても「しなくていいのか? 俺は家で『からくりサーカス』全巻とよろしくやっている身だぞ?」って気分になれるので笑顔を求められる小説家になろうに『からくりサーカス』は有効。
(※Twitterの例のアレ)





