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早乙女さんは働きたい

「……絵本にビジネス書のカバーをかぶせるって、誰に対する見栄なんですかミオさん」


 この場にいない家主兼雇い主に、俺は思わず突っ込んだ。


『経営者と労働者、どちらとも手をつなぐために素手で働く』みたいなコピーの書かれたテカテカのカバーの下に、『おおかみリンちゃん 旅にでる』のファンシーな表紙が見え隠れしている。


「でも、これできちんと中身を把握できているらしいところはさすがというか」


 本棚、というやつは使っているうちにだんだん並びがバラバラになっていくものだ。


 初めて窓からこの部屋に入った時は空っぽだった本棚が埋まって、すでに三週間ほどが経つ。例に漏れず並びの粗が気になりだし、ちょっと整理してみようと手を付けたのが十五分前のことだった。


「これは、絵本。これも、絵本。動物図鑑はかくさなくてもいいのでは……」


 そもそもなぜ、こうして夜にひとり本の整理をしているのか。


 答えは単純。ミオさんがまだ帰ってこないからだ。


「しかしミオさん遅いな。珍しい」


 何時になるか分からないという連絡はあったが、一〇時を回っても帰ってこないというのは予想外だった。いつもは定時に上がって六時に帰宅、多少長引いても七時台には帰ってくる人だけに心配になる。


 夕食はまだ手を付けずにテーブルに並べてあるけど、これから食べるのにハンバーグはちょっと重いだろうか。


「昨日も付き合いで観れもしない映画を観てたし、いろいろ立て込んでるんだろうな。何か胃にやさしいもの……ご汁でも作っておくか」


 ご汁は漢字で呉汁と書く。


 大豆か枝豆をすりつぶして味噌汁に入れた郷土料理で、名作グルメ漫画『クッ○ングパパ』にも複数回登場した滋養食だ。


 郷土料理だと聞いていたからてっきり福岡の料理なんだと思ってたが、調べたところ全国各地に同じようなものがあるらしい。全国区な郷土料理ってそれもう郷土料理なのかと突っ込んではいけない。


「これだけ片付けたら豆を……うん?」


 最後の一冊、と思って手にとった本が、他の絵本や図鑑とは質感が違うことに気づく。カバーは相変わらずビジネス書だが、中の紙は光沢のないノート用紙だ。 


「日記か、これ?」


 字からしてかなり昔、まだ子供の頃に書かれたものらしい。


 だが日記は卒業アルバムといっしょに、最後に開封したダンボールから出てきたはずだ。それは表紙をごまかすこともなく別の棚に収まっている。


「なんでこれだけ別保管なんだろう。いや、でも勝手に読むのはまずいか。同じ場所に戻して……」


『今日はそろばんがなくなった』


 閉じようとして、ちらと目に入った一文が気にかかった。


 そろばんという単語には覚えがある。ミオさんが風邪を引いた次の日、生卵獺祭を飲んで納豆をかき混ぜるミオさんから、納豆を取り上げた時の反応。


『わたしのそろばん返して』


「あれって、昔の記憶と混ざってたのか……?」


 悪いと思いつつ、少しだけページをめくる。


『うわばきがなくなった』


『キーホルダーがどこかにいった』


 二日に一回ほどのペースでそんな文が現れる。


 そして、秋のある日の日記。


『あーちゃん、どこ。みかちゃん、なんで』


「あーちゃんって、確か」


 ミオさんが大事にしていた喋るぬいぐるみの名前だ。ふーちゃんにちょっと似ている、と言っていたはずだ。


「このみかちゃんっていうのは、人間の友達……?」




“ピンポーン”




「あ」


 インターホンの音に物理的に飛び上がった。人間、本当に驚くと漫画みたいに体が浮くらしい。


 ミオさんが帰ってくることをすっかり忘れていた。慌てて日記を元の場所に戻し、玄関へ向かう。


 俺は知っている。このパターンは。


「今、今開けますからねー」


 鍵を開ける。


 すぐにはドアが開かないが、ここは焦らずじっと待つ。


 二十秒ほど経って、おずおずとドアが開いてアイメイクの濃いめなミオさんが覗き込んできた。


「ただ、いま?」


「はい、おかえりなさい。今日は大変でしたね」


「松友さんが、松友さんがいる……。なかなか返事がないから、ほんとにいないのかなって……」


「遅れてすみません。でもちゃんといますよ」


 お仕事ですから。


「そ、そうだね。お仕事だもんね。そう、お仕事は、きちんとやらないと……」


「ええ、だから俺は明日も明後日も、その次もいますよ。賃金が出る限り!」


「わぁ、おっとなー」


 出迎えが遅れると、俺が仕事を嫌になって逃げたのでは、と加速度的に不安になっていくのがミオさんだ。


 信用されてないのかな、と思ったこともあったが、ビジネスの現場以外ではそういう人らしいと分かってからはなるべく合わせるようにしている。


「ミオさん、晩ごはんはまだですか?」


「う、うん、まだ。おそくなってごめんね……?」


「いえいえ。今日のご飯はハンバーグの予定でしたが、時間も時間ですし軽いものにしますか?」


 ちら、と時計を見ると時刻は午後一〇時十五分。脂ものを食べることが罪深い時間に突入しつつあるのが気になる。


「かるいものって?」


「ご汁とかなら、すぐに作れますよ」


「ご汁」


「お味噌汁に大豆をすりつぶしたのを入れたやつです」


「お豆腐、油揚げときて、ついに大豆そのものが入っちゃうの……!?」


「しかも今日のお味噌汁の種は湯葉です」


 豆腐を作る過程でできる白い膜、湯葉。


 言うまでもなく原料は大豆だ。


「大豆With大豆with大豆にそんなパターンがあったなんて……」


「さあ、どっちにします?」


「両方!」


 ハンバーグにご汁。


 それもタンパク質が豊富でいいだろう。ちなみにハンバーグは豆腐ハンバーグとかでなく牛豚のやつだ。……さすがに、ちょっと量は削っておこうと思う。


「じゃあ、支度しますから着替えててください」


「わかったー」


「……あれ?」


 また『手伝って!』のパターンかと思ったのに。


 というか、今日のミオさんは疲れてるはずなのにちょっとしっかりしてる。たぶん中学生くらい。


「いや、中学生くらいしっかりしてる二十八歳ってなんやねん」


 寝室に消えたミオさんを見送り、俺も自分にツッコミつつ台所へと向かった。




 なぜミオさんがこんなにも忙しそうだったのか。


 その理由を、俺は土屋からの電話をきっかけに知ることになる。

モンハンやっていて更新が遅れました。嘘です。ほんとに嘘です信じて下さい。

(下書きを消してしまうミスでした。申し訳ありません)

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