早乙女さんはあと少し
「村崎」
「はい」
「……カモ見ながらでよか」
「分かりました」
写真はもう十分に撮ったということだろうか。右隣の村崎はカメラは首にかけたまま、やたらと真剣な目つきで池を泳ぐカモの群れをじっと見つめている。その様子や仕草は小さな身体に似つかわしいような、大人びた表情には合わないような。自分が惚れる女がまさかこういうタイプとは思っていなかったから正直まだ戸惑いがある。
でも、これが定位置だ。右のデスクに村崎がいて、無言でパソコンを叩いている風景。オレも目の前のパソコンを見ながら、目も合わせず話している日常。それがオレと村崎の『定位置』。
話すなら、これがいい。
「それで村崎、話なんやけど」
「はい」
ここまで来て尻込みしているようでは男として立つ瀬がない。慣れないものは仕方ないとして、言うからにはスパッと言う。
「オレ、お前に惚れたらしい」
間が空くこと、数秒。
「そうですか」
軽っ。
この流れで今から顔を合わせるのもおかしい気がして池の方を向いているが、思った以上にさらりと反応がきた。考えてみれば童顔なだけで可愛い顔をしているわけだから、こういうのにも慣れていたりするんだろうか。念のためマッツーを呼んだ意味とは。
だが踏み出したからには進むが吉。言うことは言う。それだけだ。
「最初はな、正直なんやねんこいつって感じやったっちゃけど。何考えとるかよく分からんし、何言い出すか分からんし」
「はい」
「でもよく付き合ってみるとな、村崎もいろいろ考えとるんやなって。オレよりよっぽど人のこと見とったし考えとったわ」
「そうでしょうか」
「そうなんやって。でも人間、それが分かってもらえんのはしんどいやろ? オレが分かってやれる立場になれればなーと思ってるうちにこうなったというかやな、まあそんな感じというか」
そろそろフワフワしだした。いい加減な心持ちで言っているわけじゃないが、池を見つめながら言い慣れないことを長々と続けるのは無理がある。
そんなギリギリのタイミングで、やっと村崎の方から反応があった。
「それで、その」
「おう」
「具体的に、どうすれば」
「具体的にか」
「はい」
当然の疑問だった。いわゆる「好きです」だけの告白は中途半端というやつだ。好きだからどうしてほしい、デートしたいのか付き合いたいのか結婚したいのか、そこが肝要なのは分かっている。
そういうことなら答えは決まっている。男は大きく出るものとはいえ、ここで嘘を言っても仕方ない、村崎との関係で考えるならば。村崎と何しているのが一番楽しいかで言うならば。
「オレとこれからも飯を食って欲しい」
「次はいつにしましょうか」
「……この後、空いとる?」
「空いてます」
「じゃあこの後で……」
「分かりました」
これは成功、でいいんだろうか。なんかもう顔を見れない。
店にでも入れば対面することになるだろうから、反応はそこで分かるはずだ。これからのことはそれまでに考えることにして。
「もう昼時やし、飯、行くか」
「行きます」
「いつものカレー屋でよか?」
「いつもの……」
「今日は何カレーになっとるんやろうな」
オレと村崎の行きつけな、行くたびに店名が変わっている謎のカレー屋。前回に行ったときは村崎が書いた長文レビューがそのまま店名になっていたはずだ。あれから少し経つし、また変わっていても不思議じゃない。
自然に会話できるか分からない今みたいなときこそ、ああいう分かりやすい話題のある店の存在がありがたかった。
「いつもの……」
「ん、気分やないか?」
あまり明るくない村崎の声に、上がりかけた腰が止まる。村崎がいつもどおりな感じだからいつもの店を選んだが、特別な店の方がよかっただろうか。
「今日、土曜ですよね」
「せやな」
「たしか土曜に行くと、いつもあの店員さんがいますよね」
「ああ、あのエプロンのお姉ちゃんな」
「そうです」
店名を変えまくる店長を影から支える、縁の下の力持ち的な店員さん。会社が休みの日に行くことが多いから、土日の休み――土曜休みは月に一度だが――に行くことが多く、そのタイミングでちょくちょく顔を合わせている。
「たしかに日曜とかはおらんこともあったけど、土曜には必ずおったような……」
「……でしたら今日は、別のお店がいいです」
この流れで知り合いに会うのは気まずい。そういうことなんだろうか。
なんにしても無理に行かせるものでもない。
「別んとこ行くか。肉と魚、どっちがよか?」
「どちらでも」
じゃあ肉で、といつもなら言うところだが。せっかくだから使いたいものがある。
「あそこにつがいのカモがおるな」
「はい」
「そんでここにメロンパンがある」
「どこのですか」
「いや、これはコンビニの」
「貴賤はありません」
「そうやなくてな」
誘拐未遂女のことを聞いて、たしかにカモにエサやるのもいいかもしれないと思って交番横のコンビニで買ってきたものだ。こういう遊びをやってみるのも、こういう日なら悪くない。
「これちぎって投げ込んで、オスのカモが食ったら肉でメスのカモが食ったら魚にしよ」
「カモにメロンパン……」
「少しな、こん中のやわいとこを少し」
「なるほど」
「よし。せーの!」
放物線を描いたパンの欠片は風に流されつつも池に着水した。カモのつがいからは少しだけ距離ができてしまったが、存在には気づいたようで向かってゆく。先行しているのはどうやら茶色いメスの方か、と思ったところで。
パンが消えた。
「……水中に引きずり込まれましたね」
「なして?」
「おそらくは……」
村崎が言いかけた所で、水中から小さく出ている暗緑色の頭が見えた。
「カメか」
「カメですね」
「カメってパン食うんやな……」
「今のカメ、オスかメスか分かりましたか?」
分かるわけない。
「……もう一回投げるか」
「それはやめたほうがいいかと」
「なして」
「カメはパンを食べますが、あまり身体にはよくないらしいので」
「なるほど」
「公園の生き物がパンの食べ過ぎで早逝することはままあるそうです」
となれば勝負なしだ。
肉でも魚でもない食べ物ってあっただろうか。そう考えて、思いつくものといえばひとつしかない。
「村崎」
「はい」
「この近くでメロンパンの美味い店は?」
「駅と反対方向に一軒あります」
「そこ行くか」
「行きます」
池の縁から立ち上がり、来た道とは逆方向の左側、駅から離れる方へと歩き出す。後ろからついてくる村崎の足音は、歩幅のせいか少し早い。
一世一代の大博打。思っていたほど熱い展開でもドラマチックでもなかったが。
これはこれで、悪くない。
「……どこ行くのかしら」
「時間的に、昼食ですかね」
俺とミオさんが交番から戻ると、ちょうど土屋と村崎が立ち去ろうとしているのが見えた。慌てて物陰に隠れてその後ろ姿を見送るミオさんは、まるで自分のことのようにハラハラしている。
「行き先、前に話してたカレー屋さんじゃないわよね?」
「そこだと何かあるんですか?」
「きらんちゃん、そこの店員さんが土屋さんとお似合いじゃないかと思ってたことがあるみたいだから……」
成功にせよ失敗にせよ、たしかにこのタイミングで行く場所じゃない。でも、どうやら杞憂のようだ。
「そのつもりなら駅に向かうはずです。反対方向に歩いてますから大丈夫でしょう」
「そう……。それで、どっち? 成功? 失敗?」
「それはあとで訊けば分かるとは思いますが、おそらくは」
「おそらくは?」
息を呑むミオさんに、村崎を指差してみせる。しばらく首を傾げていたミオさんだが、得心が行ったように口元で手を合わせた。
「何も心配はないんじゃないですかね」
「そうみたい」
あれだけ耳を紅くしている村崎が、土屋の半歩後ろを歩いているのだから。
(追記)コミカライズ担当作家の野地先生が今回のファンアートくれました。神。
https://twitter.com/nojittaka/status/1254399287963709441
さて、長かった土屋・村崎の話も区切りがつき、このことが松友さんとミオさんの関係にも影響を……というところで。
『月50万もらっても~』の1巻が発売になりました! 各書店・通販・電子書籍サイトでお手にとっていただけるとうれしいです……!
あと絵師のアサヒナヒカゲ先生が、発売記念にミオさんのイラストくれました。Twitterのヘッダー(私のマイページの1番上に出る横長の画像)にも使ってますので見てみてください!
https://twitter.com/WalkingDreamer/status/1253887520124792834
最後にさらっと書くのですが、1巻が売れれば出る2巻については改稿でなく書き下ろしを予定しております。
福岡を舞台にした2章を書籍化するには(大人の事情などで)超大幅な改稿が必要であり、ならば「もっと松友さんとミオさんを掘り下げられる内容を新しく書こう」と考えた次第です。
「ストーリー知ってるし……」と1巻に興味が沸かなかった方にも喜ばれるような1冊を目指しています。追って詳細を連絡しますので、ご期待いただければ嬉しいです。
(ここまでのお話を楽しんでいただけた方は、下の☆☆☆☆☆から星いくつだったか教えて頂けたら嬉しいです)





