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早乙女さんは着替えたい

「松友さん松友さん」


「ミオさん、近いです。スマホの画面が近いです」


「きらんちゃんがね、どっちがいいですかって!」


「それはよかった。でも人間の明視距離は二十五センチなんですミオさん」


「めいしきょり」


「無理なく見られる限界の近さのことです」


「このくらい?」


「ほー、オオカミ人間に……これはナースですか」


「どっちがいいと思う?」


「どちらも似合うと思いますよ」


「そうかな?」


「ええ、ミオさんなら可愛くなると思いますよ」


「じゃあ間をとって、ナースにオオカミの耳としっぽをつけるとか」


「マニアックですね」


「そうかな?」


「ミオさんでなくてもマニアックになると思います」


 この前、村崎がミオさん宅にやってきたのはお茶するためというのもあるのだが。一番の目的は、きたるハロウィンに向けての衣装の相談だ。


 あくまで村崎の得意なのはぬいぐるみ作りだが、既存の服を改造して衣装にするくらいはできるらしい。ミオさんが差し出すスマホにはそんな村崎とのチャット画面と、衣装のイメージ写真が表示されていた。


「私もね、小さい頃は看護師さんになりたかったんだー」


「いいですね。目指さなかったんですか?」


 血が見れないから断念する、という人は一定数いるらしい。ミオさんもそのくちだろうか。


「松友さん」


「はい?」


「憧れだけで務まる仕事じゃないんだよ」


「なるほど」


 憧れなしには就かない仕事で、でも憧れだけで人の命を扱ってはいけない。そこには難しい葛藤があるのだろう。


「夜勤でまっくらな病棟を歩く覚悟がいるんだよ」


「そっちかー」


「だって病院だよ? まっくらな病棟で、そこかしこに誰かが無念の最期を迎えた部屋があって、非常灯がぼやーって光ってて、歩くとカツーンカツーンって音が響くんだよ?」


「…………」


「…………」


「……次に病院に行ったときは看護師さんにもっと感謝しましょう」


「そうしよう」


 病院の話はともかく、ハロウィンまであと一週間と少し。ヤングは荒ぶりトラックは回転する渋谷や、ゆるキャラと二次元アイドルと二刀流剣士までが混在する池袋にミオさんが行きたがるとは思わずスルーしていたのだが。


 実は一度やってみたかったとのことで、急ピッチで準備を進めている次第である。


「それでですねミオさん」


「うん」


「とりあえず仮装するということは分かるんですが」


「うん」


「あと何をやればいいのかが分かりません」


「えっ」


「正直言うとですね、メンバーの誰一人としてそれらしいことをやったことがなくてですね」


「そうだったんだ……」


 パーリーなピーポーとは無縁の人生であった。ハロウィンなんて、ネットサーフィン中に誤タップするソーシャルゲームのバナーが水着から魔女コスになる時期というイメージしかない。


「とりあえずカボチャは買ってきました」


「でっかい!」


「ひと抱えはあるハロウィン用の黄色いカボチャ、おひとつなんと千九百八十円(イチキュッパ)


「スキャラッパ……」


 なんだそれ。


「つちやさんが教えてくれた。検索したら一件しか出てこない奇跡の単語(ワード)だったんだって」


「過去形?」


「死んだって言ってた」


 死んだらしい。


「話を戻しますが、このスキャラッパンプキンをランタンにしたら、あとの予定はまったくの白紙です」


「白紙・オー・ランタン……」


「ジャック・オー・ランタンみたいに言わないでください」


 罪深きジャックが天国にも地獄にも入れてもらえず、夜闇の中をあてどなく彷徨うために灯すランタンだという。切り裂きジャックといい、ジャックさんシリーズには妙に怖いものが多い気がする。


「語呂はにてると思う」


「白紙・オー・ランタン」


「はくし・おー・らんたーん」


「似てますね」


「だよね!」


 大発見と言いたげに机をバンバンするミオさんは今日も元気だ。元気のあまり仕事をがんばりすぎて、ちょっとお疲れらしく精神が幼くなっている。


「そんな白紙なのでネットでも調べてみたんですけど、海外でもいろいろバラバラみたいで」


「例えばどんなことしてるの?」


「ケーキにコインや指輪を入れて焼き、食べたピースに入っていたもので運勢を占うっていうのを見つけたんですが」


「楽しそう!」


「気をつけないと歯が折れるとのことで」


「やめよう」


 オーブンで焼く都合上、どうしても金属とか陶器、石でできたものしか使えない故の悲劇である。


「あと、あるカナダのご家庭ではカボチャでランタンを作りまして」


「普通だね」


「取り出した種をオーブンで焼いてはみんなでカリカリ食べるのを、夕方から日付が変わるまでひたすら繰り返すそうです」※


「……楽しいの?」


「やってみます?」


「それは来年でいいかなー」


「来年もやるんですかね」


「やるといいなー」


「今年何をやるかも決まってませんけどね」


「そうだった」


「そうなんです」


 ミオさんとしてもハロウィンというものを体験してみたいという話で、具体的にあれがしたいこれがしたいとかはないらしい。


 となれば、できることをやるのが正解だろう。


「カボチャ料理でも作りますか」


「おいしいよねカボチャ」


「家庭の味、って感じですよね」


「あー……うん。そうだね。うちはあんまりそういうの作らなかったから」


「松友家の味でよければ教えますよ」


「それがいい!」


 どんなハロウィンになるかは未知数だが。楽しいイベントにはなりそうだ。

※カナダ旅行で出会ったご家族がマジでやってました。


さて、のっぴきならない大事な用に追われて旬を過ぎてしまったハロウィンネタです。


ちなみにのっぴきならない大事な用とは、愛知県は犬山のキャンプ場でホットサンドを作って食べることです。ポイントはタマネギを多めに入れること。入れすぎて切れなくなったけど。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは、初めまして、この作品を2度目の読み直しをしてたら、のっぴきならない事情が、もろもろ地元のことで少し面白かったです。なにかかきたくなってしまってすいません。
[良い点] 面白いです! [一言] 看護師になるのを血が見れないから断念する、を滅茶滅茶猟奇的な解釈をしてしまいました(合掌)
[良い点] 安定のキャラ設定 (ブレなし) [気になる点] 終身雇用均等法(要平仮名)→あ [一言] えーと 所謂一つの カップルの会話を斜め上 (一時流行ったクオーターびゅー) で、放置プレイ(…
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