#35 真の理由
クリス女史から発せられる凍気も何のその、いつも通りの口調で話し掛けてくるのは、俺にとっては毎度お馴染みのこの御方。
「ん?こんなとこで固まって何やってるんだ?」
「ガズさん…あんたスゴいよ……」
「?何がだ?」
「場の雰囲気無視して突っ込んでこれるとことか……」
「……あぁ、クリスもいたのか。それにメイもいるってことは…いつものアレか。大方今日はそこにナオトもいやがるから騒ぎすぎてシボられてるってとこだろう、違うか?」
「寸分違わず正解してるし……」
このおっさん、空気は読まないくせにちょっと見回しただけで状況把握出来る程の洞察力発揮してるし…ハイゴールドランクの冒険者は伊達じゃないって?いや、それは関係無いのか?
「で?もうカタはついたのか?」
「きっ、聞いてくれよガズさんっ!クリスさんが俺らを出禁にするとか言うんだぜっ!ヒドくねぇかっ」
「んなことされたらお飯の食い上げになっちまうって!」
「メイちゃんのクエストすらもうこっちに回さねーとか、いくらなんでもやり過ぎだって思わねぇっ!?」
「……あなた達、本気で出禁にするわよ………(ギンッ!」
『『『ヒィッ!!』』』
「まぁ落ち着けクリス。お前らもナオトが一緒にいるからって騒ぎ過ぎだ。メイがナオトのもんだって分かってるだろうが。ったくしょうがねぇな……おいっマサノリ!」
「はい、なんですか?師匠」
何やらガズのおっさんがこの場をどうにかしようとしてるっぽい…一緒に来てた正典を呼んだ後、俺の所というかリズに寄って来て持ってた依頼書をブン取ってからメイに話を持ち掛けた。
「メイ、もうこの際だ、マサノリと専属契約しちまえ。そうすりゃメイが来る度こんなことにはならねぇだろ。マサノリもそれでいいな」
「え?っと…僕はいいですけど、メイちゃんはそれでいいの?」
「うーん…メイは受けてくれるなら誰でもいいのさー。マサにーちゃんが専属でもかまわないのさー」
「だそうだ。今のお前のパーティーなら余裕でいけるだろうしな」
「はぁ。メイちゃんがいいって言うなら…。みんなもいい?」
「あぁ、マサがそう決めたのならそれで構わないぞ」
「マーちゃんの〜お好きなように〜、うふふ〜っ」
「あたし達はモチロンマーくんに付いてくよーっ」
どうやらガズのおっさんは正典をメイの専属パーティーにしようとしているらしい。
メイも依頼を受けてくれるのなら誰でも構わないそうだから、正典が専属になってもこれと言って気にはならないっぽい、まぁこっちから頼んでいる事だし、依頼の内容からして冒険者に対して特段要望があるってわけじゃ無いのは分かるけど…誰にでも出来そうだし、鉱石採掘なんて。
あそこの洞窟も冒険者ならそれ程難易度が高いってわけでもなかったからなぁ…あ、でもリオが居なくなってからもしかしたらその影響で様変わりしてるなんてこともあるかも?
けど見た感じ正典のパーティーなら問題無さそうかな、ガズのおっさんも余裕だろうとか言ってるし。
お姉様方も正典の決めた事にすんなり従うみたいだ…本当に好かれてるんだな、正典。
もうそれハーレムパーティーでいいんじゃないか?正典の見た目は男にしては身長が割と低目で可愛い系の顔立ちのイケメンだから、ちょっとオネショタチックになってる気がしなくもないけど。
「ということだ。オマエ等もこれでいいなっ?」
「いやいやガズさんっ、そりゃねーわっ」
「そうだぜっ、俺らみんな心待ちにしてたんだからよっメイちゃんのクエストを!」
「そういうことだ。いくらガズさんでもそんな勝手を認めるわけにはいかんなっ」
「…ガズが勝手に収めようとしているのはこの際置いておくとして、メイがそれでいいのなら悪くない案ね。それならメイが来る度にこんな騒ぎも起きないでしょうし」
「えっ、ちょっ、クリスさんっ!?」
「いやいやそりゃねーってクリスさんよぉ!」
「待ってくれ!仮にそうするとして誰でもいいならこの若造じゃなくてもいいだろうっ!」
「だったら俺達のパーティーが専属になるって!」
「ちょ、おまっ、抜け駆けすんなやっ!」
「やはりここは我々採掘屋が専属契約を結ぶべきだなっ!」
「なに得意気に言ってんだよっ!こればっかりはそう安々と譲る気は無ぇぞっ!」
当然そう簡単には納得いかないらしい皆…まぁ強引に決めて纏めようとしてるんだからそれなりの反発はあるだろうと思っていたけど、うん、やっぱりいくら何でもメイのこと気に入り過ぎだろうお前等…ただ単に可愛いって理由だけじゃ無い気がするんだけどなぁ。
「オマエ等…俺が決めた事にケチ付けるとはいい度胸だな、ん?」
「ぐっ…い、いやっ!マジでコレばっかりは退けねぇっ、いくらガズさんでもな!」
「そ、そうだっ、俺達のメイちゃんへの想いはガズさんでも止められないんだよっ!」
「メイちゃんと関わり持つためならガズさんだろうが黙って言うこと聞くわけにはいかねーんだって!」
…やっぱりおかしい、ここまで執着するなんてよっぽどの理由があるとしか…メイの何がお前等をそこまで衝き動かしているんだ?
ただクエストを依頼しに来てあのおつかい姿を見たってだけじゃ、ここまでにはならないと思うんだけど…。
ここ以外でメイと接点があると言えば…あ、そういや確かギアとドルムのおっちゃん達の所で防具のメンテ手伝………って、おいっまさかっ!アレかっ!?アレを見たのかっ!?
「おいっお前等っ、まさかとは思うけどメイの鍛冶姿見てたってことはないよなっ!?」
『『『『『(ギクッ!』』』』』
「ハ、ハハ…な、なんのコトかなぁ?……」
「そそ、そんなことは知らないなぁー………」
「おっ、オレは何も見てないぞぉ……?」
「な、何を言ってるのかなー?ナオトくんはぁ……ハハハ」
確定した、これもう完全にメイのあの姿を見てたってわけだ…おっちゃん達の店は割とオープンな造りだし店内から工房内が普通に覗けてたからな。
ってことはあの今にも零れ落ちそうなこの胸に全員ヤラれたってことかっ。
確かに同じ男としてアレに惹かれるのは分かっちまうけどなっ、お前等こそメイを穢してんじゃねぇかっ!よくそれで人の事言えたなぁっ!散々ロリコンだなんだってイジってきたクセにお前等だって同類だろうがっ!いや違う、俺はロリコンではないから同類にはならないけれどもっ!
っていうか俺の嫁をそんな邪な目で見てんじゃねぇよ!俺?俺はいいんだよっ嫁だしなっ!いやホントは良くないですゴメンナサイっ!
「……ふぅ…。クエスト終わりの次いでに防具のメンテをメイにお願いしてその姿を拝見しよう、と。つまりはそういうことなんだよな?なっ?」
『『『『『…………』』』』』
「……おい、全員目ぇ逸らさないでこっち見ろって、なぁ?」
「…?尚斗さん、メイちゃんの鍛冶姿がなにか関係あるんですか?」
「正典は見たことないのか?」
「はい、僕はないですけど」
「そっか。えっとな、メイが鍛冶する時はな…上着てないんだよ」
「…え?それは…上半身裸ってことですか?」
「うんっ、そうなのさー。それがメイの鍛冶スタイルなのさー」
「えっと、それってつまり…そういうことなんだよね……」
未だに俺の腕の中にいるメイが応えて、正典が今のメイの服装…いつものオーバーオール姿を見て理解してくれたらしい。
その格好を思い浮かべて少し顔を赤くしてる…意外とウブなんだな、正典は。
まぁ、ここに居る冒険者達みたいに鼻の下伸ばしてないだけ偉いぞ、うん。
「正典の想像通りだよ。こいつ等はそれを拝みたいがために毎度毎度こうして騒ぎ立ててる、と」
「…?メイの格好がおかしいのさー?」
「あ、いや、メイは悪くない…うん、悪くないぞ」
「そっかー、なら良かったのさーっ(ニパッ」
くっ…無邪気……こんな娘のあの姿を邪気丸出しで見てたとか、恥ずかしいことこの上ない…。
言い訳するとメイはドワーフだからこういう身体付きで、夢の中ではもう既にお手付きしちゃってて当然そのご立派なモノは直で目の当たりにして感触まで堪能させてもらっていたので、どうしても思い出してしまうといいますか…。
夢の中で自重出来ていない自分がやっぱりダメな気がしてきた…けど、夢の中でそうしているからこそ現実ではこれくらいで抑えが効いているんだと思いたい、チビッ娘達の前ではっちゃけるのだけは絶対に避けなければ…身体が出来ていない娘にそういう事しちゃ終わりだから、俺が。
「ほぉ?なるほどなぁ…。そんな理由で俺に盾突こうとは…。よぉく分かった、オマエ等全員シメんといけねぇってワケだな」
『『『『『っ!?』』』』』
「おっ?なんだよっ、お前等も俺らと同じことしたかったのか?」
「だったら最初っからそう言えよなー」
「そうだぜ、仲間が増えるのは大歓迎さぁっ」
「よし、んじゃ今からでもやるか?」
「いやぁー助かるわー、マジ助かるわーホントマジで」
「師匠、やるならちゃんと手加減してくださいよ?本当に」
『『『『『(ブルブルブルブルっ!』』』』』
ガズのおっさんも正典同様理解したみたいだけど、そんな巫山戯た理由で噛み付いてきてたとは思いもしなかったんだろう…シメるとか言い出してるし。
いつも扱かれてるラナファン五人組と正典まで便乗してきた、多分扱かれる負担が減るのは大歓迎とか考えてるんじゃないのかと。
正典は正典で変な心配してるし…どんなシゴキ方してるんだか。
それを聞いて首から上が千切れ飛びそうなくらいの勢いで横に振り全力否定を示す冒険者達…どうやらガズのおっさんのシゴキは有名らしい、ちょっと見てみたい気もする。
「ならこの話はこれで終わりだ。おらっ、散れ散れっ」
『『『『……………』』』』
これ以上は無理と判断したのか、スゴスゴと解散していく冒険者達…その背中からはしょんぼり感が漂いまくってる、そんなに見たかったのか?メイの鍛冶姿。
いや、まぁ実際俺も見て目を奪われたけどさ、アレは見世物ではないです、メイは真剣にやってるんだから。
そんな目で見てしまった俺が言うなって話だとは思うけど。
あと別にクエスト受けてなくても普通に防具のメンテ頼めば偶然でも会えるかもしれないぞ?ただもうお前等に見せる気はないからギアとドルムのおっちゃんにメイの鍛冶姿を見せないよう言っておくけどな、当然。
「……ったく、アイツ等調子に乗り過ぎだ。クリスもこれでいいな?」
「ええ、そうね。これでメイが来る度こんな事にはならないでしょうし。それに…リズがそういうこともしなくなるでしょうし、ねぇ?リズ」
「エッ!?っと……ソ、ソウデスネー」
「分かっているのならさっさと降りなさい?ここは何処で今は何なんでしょうね?」
「コ、ココは冒険者ギルドで、今は勤務中デス……」
「まったく何度言わせれば気が済むのかしら、本当にもう…。これじゃ安心して後を任せられないじゃない……」
「…?後…って、あぁ、産休の……」
クリス女史もガズのおっさんの仕切りに納得してくれたみたいだ、もう凍気を発生させてはいない…が、一段落付いたところで矛先がこれまたまだ俺の腕の中に居るリズに向けられた。
でもいつもよりは柔らかい感じだ、首根っこ掴まえて引き摺るようなことはしてこないし。
その理由は何となく分かった、確かに常時ピリピリしているとお腹の子に障りそうだしな…。
しかし居ない間をリズに任せるとか大丈夫なんだろうか…俺でも少し不安になる、まぁ俺が見ていない時のリズの仕事振りがどんな感じなのか分からないから何とも言えないか。
俺が居るからこうやって勤務中でも平気でじゃれあってくるんだろうし。
「今すぐってわけではないからまだいいのだけれどね。だけどリズ、今後はそのつもりでいてちょうだい。分かった?」
「ハ、ハイ………」
ということで、やっと二人を降ろすことが出来た…別に嫌だったとか苦だったってわけじゃ決してないけど、やっぱり目立ってたしな。
リズもちょっとだけしょんぼりしつつ、メイのクエストを処理する為に正典達と受付カウンターまで戻って行った、クリス女史も一緒に。
で、何故かメイもそれに付いて行った…こっちは相も変わらずニコニコしながら。




