#34 凍て付く波動を纏いて
「ちょっと待て、今のは聞き捨てならないぞっ、リズはこんなに可愛いだろーがっ!異論は認めなむぐっ!?」
いっ!と最後まで言うことが出来なかった…何故なら抱きかかえたままのリズが俺の頭を抱きかかえ返してきたから。
そうすると当然その二つの柔っこいマシュマロに一瞬で顔面が包み込まれるわけでして、目から口から鼻から全て塞がれてしまったと…いや、苦しいとかそういうのは全然無いんだけど、急に降って湧いた感触にこっちも一瞬で脱力させられたというか…。
それとどうでもいいけどリズが嬉しかったからなのか割と力込めてきたもんだから、持ってた依頼書がクシャってなってると思う。
「にひっ。うん、ナオトっ。みんながどー思ってよーが、ワタシはナオトにそう言ってもらえるだけで十分だからねーっ、にししっ」
『『『ハァ……』『…ふぅ……』』』
「ほらな。リズがんなことしたってタメ息しか出てこねぇんだよ」
「羨ましくも何とも思わんな」
「んなことされて喜ぶヤツぁここにはナオトくらいしかいねーってことだよ」
「………」
辛うじて耳は塞がれてなかったから皆が言ってることは聞こえたけど、これを喜ばない奴が居ることに驚きだって。
え?やっぱり俺がおかしい…というか大きい方が好きだからってこと…?いや違う、そこは当然リズだからだってっ。
ということはお前ら全員本当にリズはそういう対象にならないってことなのか…何でだろ?
やっぱり年齢的な?体型と比例してないとか…こっちの世界で合法ロリは需要無いのか?
後は…職業、受付嬢だから?毎日ほぼ顔合わせてるだろうし、俺よりいろいろ知ってる部分もある的な?
つまりこいつ等は俺とは違うってことを言いたいんだってのは分かった、どうも釈然としないけど…俺だけが変だって言われてるみたいで。
とか思ってると、今度は耳まで塞がれてしまった…反対側に抱きかかえていたもう一人のチビッ娘に。
「リズちゃんのそれ楽しそうなのさーっ、メイもメイもーっ!(ムギュー」
「……(いや、嬉しいんだけどさ…ここギルド……)『『『『ああぁぁあぁぁあっっ!!』』』』っ!?」
「メっ、メイちゃんっ!キミはそういうことしちゃダメだぁっ!」
「メイちゃんには早すぎるっ!」
「おいっナオトぉ!テメェいい加減メイちゃん降ろせやぁっ!」
『『『そうだそうだぁっ!』』』
「むぐぐぐぐっ!」
塞がれた耳でも怒鳴ってるっぽい大声は聞こえてきたから二人の胸に埋まったままツッコんだ…全く言葉になってないけど。
っていうかリズがよくてメイがダメな意味が分からんわっ!どこだよっ、どこが引っ掛かってるんだよっ!そこんとこ詳しく俺に説明しろっ!じゃないと俺が納得出来ないっ!
この状態じゃまともに話せないから、名残惜しいけどちょっと強引に二人からの拘束を外して負けじと俺も叫んだ。
「お前らの中の基準はどうなってるんだよっ!なんでリズはよくてメイがダメなんだっ!」
「んなの決まってんじゃねーかっ」
『『『『可愛いからだよっ!!』』』』
「お前にはモッタイないくらいなぁっ!」
「何故貴様のハーレムに居るのか理解できんっ!」
「こればっかりはナットクいかねぇんだよっ!」
「ってかメイちゃんが穢れるからマジ降ろしやがれっ!」
『『『『そうだそうだっ!』』』』
「穢…っ………。……よぉく分かった、お前ら全員俺に喧嘩売ってるってことがなっ!」
メイが穢れるとかフザケたこと言いやがって、俺が嫁達を穢すわけないだろうっ!こうやって抱きかかえてるだけで穢れるとか、俺はそこまでの存在なのかっ。
あとメイばっかり可愛がりやがって、リズだってなぁ、こんなに可愛いだろーがっ!俺の嫁ディスるとか、覚悟出来てるんだろうなぁっ!
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
───受付カウンター、一番、二番窓口
「…ったく、なーにやってんだかアイツら」
「ホントよね、メイちゃんがクエスト持ち込むようになってから目の色変えちゃって。カワイイのはわたしも認めるけどさっ」
「今日はそこにナオトまでいやがるからいつにも増して騒がしいな」
「オレぁカワイイよりキレイ派だからなぁ…こうしてファルさんやユリカさんに受付してもらってる方が断然いいなっ」
「そう言っていただけるのは嬉しいのですが、私もその、ナオト様の身内ですので……」
「そうなんだよなぁ…。あー、もうちょっと早くファルさんに会えてればなー」
「情開なぞ俺達冒険者には殆ど用はないからな。ファル殿がここに来てくれたのはナオトが居たからとは理解しているが、やはり納得は出来んな…」
「ホントソレな。いくら漂流者だからって、こんなにキレイどころが集まるとかワケわかんねーよ」
「そう?ナオトくらいの強さで、しかも漂流者特有のあの偉そうな感じがまったく無いんだから、同じ女として寄っていくのはなんとなく分かるけどねー」
「ファルさんもそういう感じ?」
「私はその、色々ありましたので…。ただ、他の皆様は恐らくそういった部分もあるのではないかと思います。ナオト様のお側は絶対的な安心感があると言いますか…この方と一緒に居たいと思わされます」
「かぁーっ!完っ全にノロケられてるぜっ…。けど、まぁいっか!こうして毎日顔見られるようになっただけでヤル気が出るってもんだしよっ」
「そういうことだな。では今日も気合いを入れて行くとするか」
「よっし、行こう!じゃあファル、またねーっ」
「はい、皆様お気を付けて行ってらっしゃいませ。…………ふぅ」
「…?お疲れですか?ファルさん」
「あ、いえ、そういう訳ではありません。まだ少し慣れていないと言いますか、前の職場ではこういったやり取りは数える程…しかも漂流者相手としかしてこなかったものですから、思いの外気が張っているようで……」
「そうでしたか。でもここの方達は皆さん気の良い人達ばかりですから、もっと気楽にしても大丈夫だと思いますよ。私も最初は緊張してましたけど、皆さんのおかげで大分慣れましたし」
「ユリカ様でも緊張なさっていたのですね…。今のユリカ様からは想像しにくいのですが」
「私は少しだけですが元の世界でこういった接客の経験があったので、多少早く馴染めたのかもしれないです。でもやっぱりここの皆さんが相手だからというのが大きいですね、本当に良くしてもらってます」
「そうですね…私も早く馴染めるよう頑張っていきたいと思います」
「ファルさんなら大丈夫ですよ、先程のやり取りも自然でしたし。リズさんもいますからそこまで気を張る必要もないと思います。ゆっくり馴染んでいきましょう」
「はい、そうしてみます」
「ところで…あれはどうしましょうか?さすがに少し騒がしいですよね……」
「私が行くからいいわ、二人はそのまま仕事続けててちょうだい(ピキッ」
「「……あ、はい………」」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
こいつ等…俺に対してなら何言われようが気にしないけどな、嫁達をぞんざいに扱うような物言いだけは看過できないぞっ、そこんとこだけははっきりさせといてやるっ!と、意気込んで突っ掛かろうとしたら、俺を除くこの場にいる全員が───
『『『『っ!?!?(ゾワゾワッ!』』』』
──一瞬で凍りついた。
リズなんか痙攣気味にガタガタ震え出してるし…。
俺も出鼻を挫かれた感じになって、勢いが完全に殺がれてしまった。
そして訪れるヒンヤリとした冷気…いや、実際にじゃなくて感覚的なものだけど、この空気が冷え込む感じは以前にも味わったことがある。
あの時もやっぱりリズ絡みだったよな…こうやって抱っこしてる状況も同じだったし。
全員凍てついた身体で何とか首だけをギギギっていう効果音が聞こえてきてもおかしくないような感じで、その冷気の発生源の方へ向けると…
「……なんの騒ぎかしら、ねぇぇぇ………」
…こめかみに青筋を浮かべて、それをピクピクと動かしながら笑顔を貼り付けているクリス女史が、そこに居た。
背中の辺りから見えてはいけない何かが漂っているような…。
リズはもう既に分かっていたのか俺の首に腕を巻き付けてそっちを見ないように顔を埋めてた…身体の振動はそのままで。
反対側のメイはというと、ギョッとした顔のままカチンコチンに固まってる。
「……リズ」
「ひゃっ、ひゃいっ!」
キンキンに冷えた視線と共に放たれたクリス女史の呼び掛け一声で、俺の腕の中でピシッ!っと背筋を伸ばすリズ。
なんかもう完全に条件反射、だから俺言ったのに…こうなるって分かっててもやるんだからなぁリズは。
俺に抱きかかえられたままだからか、流石に顔まではクリス女史には向けられずまだ俺の方を向いている。
そしてその目は俺にこう言っていた…「助けてナオトっ!」と。
これ、ギルドでリズに絡んでるとこうなるのがお決まりのパターンになってるよな…。
「あー、その、クリ「ナオトさんは黙っててくれる?」ア、ハイ」
「(ちょっ、ナオトぉっ!)」
「(すまんリズ…あれは無理)」
リズに向けられていた冷視線をそのまま向けられ黙れと言われれば、流石に俺も従わざるを得ず…アレに歯向かうことの出来る勇者は、俺の知る限り恐らく一人しかいないだろう…。
これはもうどうしようもないから素直に雷を落とされるしかないな、と思いきや、ある意味この騒動の発端となったメイから救いとなりそうな言葉が発せられた…本人もその自覚があるんだろう。
「ク、クリスねーちゃん……ごめ、ごめんなさいなの、さぁ……。メイがまた、依頼しに来ちゃったから………」
さっきリズが言ってたから、メイが依頼しに来ると大体こんな感じになってるのは分かってた。
けど多分前は今程の騒ぎにはなってなかったんだろうな、と…そう考えると元凶はやっぱり……。
『『『『メイちゃんのせいじゃないっ!!』』』』
メイのごめんなさいの一言でクリス女史からの冷気を瞬時に解凍させて一斉に叫んできた冒険者達、メイは悪くない、と。
つまりは──
「悪いのは全部───」
『『『『コイツだっ!!(ビシィッ!』』』』
──ですよねー。
息ピッタリ、シンクロナイズドスイミングばりの揃った動きで全員俺に向かって指差した……異議ありっ!っていう吹き出しが大量に見えた気がする。
分かったよ、もう俺が全面的に悪いってことでいいよ、こんな所で二人も抱きかかえてるんだから潔く認めます……。
「ナオトさんのせい?そんなわけ無いでしょう、何を言ってるのかしらあなた達は。メイが来る度ああだこうだ騒いでいたのは知っているのよ?今日ほどではなかったから見逃してはいたけれど、私にも限度があるということは理解してもらえているのかしらね?」
『『『『う……っ!』』』』
非を認めて素直に謝ろうとしたら、クリス女史は俺のせいじゃないって言ってくれた…それでまた全員指差し態勢のまま固定されてるし。
でも今日はほぼ俺のせいだよな…こいつ等の言う通り。
お願いされたとは言えこうやって目立つような事してるのは事実だし…ここまで騒がれるとは思わなかったけど。
本当にどんだけメイのこと気に入ってるんだか皆。
「メイも謝ることなんて何一つないわよ。こうして依頼持ってきてくれるんだから感謝こそすれ迷惑だなんて一切ないんだもの。あなた達も、今後もこうやって騒ぐのならメイの依頼は私の独断で指名依頼にするから」
『『『『っ!?』』』』
「ちょっ、待った待ったクリスさんっ!」
「そりゃねーぜっクリスさんよぉっ!」
「そ、それは横暴過ぎるだろうっ!」
『『『そっ、そうだそ「どうやら出禁になりたいようね?(ピキッ」ぅ…………』』』
…最早完全にこの場を支配したクリス女史に立ち向かうことの出来る猛者は存在せず、このまま収束の一途を辿るかと思われたその時、場の空気も読まず割って入って来る人物が…こういう所でも歴戦の強者感出さなくったっていいのに。




