エピローグ
「ねえ、あなた」
そう呼ぶ声に振り返れば、そこには最愛の妻がいた。もちろん声でわかっていたし、その呼び方をするのはたった一人だけということももちろんわかっていたのだが。
「……なんだ?」
そんなつもりはなくとも言葉が厭わしそうに聞こえてしまうことなど百も承知で、しかし無愛想は変わらず。それさえもまとめて包み込んでしまう妻の微笑に男……アルベルト・トリスターは、ずっと惚れている。
「どこまでがあなたの策略だったのかしら」
二人の間にもうけた子供は七人。中々の大人数だ。そんな子供たちは皆既に伴侶を見つけ、独り立ちした。いつまでも家にいるかと思われた問題児ですら。
「どこまで、とは?」
「トリスターのお家のために娘達は嫁ぎ……トリスターのお家のために息子達は嫁をとる……、ほんとうにそれだけだったの?」
彼女の言わんとすることはよくわかった。確かに子供達の中にはさほど強い政略がないものもあった。次男や末娘の相手はほとんど身内みたいなものだ。
「……さあ、どうだろうか」
トリスターのため。
栄華と発展のため。
それはつまりは幸福になるための手段でしかない。
野心や野望、それは幸福に付随した副産物に過ぎない。
彼らの求める幸福のために用いられた手段が、経緯が、少し、人を敵にするものだっただけのこと。
時たま遊びに来る、子供達の幸福な笑顔こそがアルベルトの望みであり、トリスターの真の野望であることを知っているのは当主である彼だけ。
「ふふ、あなたはそういう人でした」
……隣で幸福そうに笑う、自身の妻も、知っているのかもしれない。
あるいは、その子供達ですら。
ある国に、悪徳の一族と呼ばれる家があった。彼らは、その欲望のままどんな悪をも辞さない。彼らがそれを求めるまま、誰にも邪魔をさせない。
自己幸福のために犠牲を厭わない彼らは、やはり悪徳の一族そのものなのだろう。
おわり。
エピローグのあとおまけにしようかと思ったのですが、なんか雰囲気的にこっちが最後の方がいい気がしたので。これにておしまいです。