第十一話
それから司と夏子は離婚した。
親権はもちろん司だ。
それで多少は状況の改善につながるかと思っていたのは司の浅はかな考えだった。
悠の瞳のことでのいじめは絶えず、幼稚園を転々としていた。
悠をいじめるのは決して子供だけではない。
司と悠は保護者にも言葉の暴力を受けていた。
そのことで一時期警察沙汰になったこともあった。
その時司の相談に乗ったのが、杉田だった。
いじめはなくなりはしなかったが、あと数週間で卒園ということもあって、少々ほっとしていた。
その矢先、司は小学校に入学したばかりの悠を残して、事故でこの世を去った。
そして、今までおばである春子が育ててきた。
これが春子の知る事実。
時々彼女は考える。
本当に司は事故だったのか――と。
しかし、真実はわからない。
杉田から連絡を受けた春子は、リビングのソファーに腰掛けた後、ふと思い出した。
それは、生前司が、杉田に言った言葉だ。
杉田は、司の前に立っていた。
「司、もう悠君は大丈夫だ。一人で立ち上がろうと一生懸命だよ。いや、もう半分立ち上がっているよ」
返事は返ってこない。
当然だ。失ったものは取り戻せない。
命も…希望も…。
何もかも失う前に気づいていれば…。
「司、前に言ったよな?力を貸してくれって――」
司はいじめられ傷ついた悠をおんぶして、杉田に向き合った。
「杉田さん、悠のこと幸せにしてやりたいんです。右目をすごくきにしていて最近よく一人で泣いているんです。まだ6歳なのに…。救ってやりたいんです。親のエゴかもしれません。でも…お願いします。力を貸してください。杉田さんの力が必要なんです!!」
そう言った。
すると、杉田は
「あぁ、力だってなんだって貸してやる」
と言って、司の肩をたたいた。
「ありがとうございます」
いつしか二人は親友になっていた。
しかし、その数日後、司は死んだ。
つまり杉田にすればあれは遺言だった。
「司。俺今日初めて悠君がお前に見えたよ」
杉田は照れ臭そうに笑って見せた。
「お前もよく悠君をいじめる奴らに殴りかかろうとしてたもんな。今日悠君のその姿を見て、親子だと思ったよ」
そう言うと杉田はしゃがみ、線香と缶珈琲をそっと供え、手を合わせた。
――悠の為にありがとう――
そう司に言われた気がした。
司が杉田に感謝したのは、司の願いがかなったから。
そう信じている。
――んじゃ、また来るな。
そう心の中で呟いて司の前から立ち去った。
学校から帰宅した悠は春子の腕のなかで泣き続けた。
それこそ本当に涙が枯れてしまいそうな程に。
何とか過去編終わりました!!




