第7話 決意
馬車で帰り道を進みながら、今日の出来事について考える。
貴族の爵位を決めるときに中世ヨーロッパのものを参考にした。
古代ローマや東洋の爵位を参考にしてオリジナルものを作ろうとしたが、会議でわかりやすく馴染みのあるものを取り入れたほうが良いとなった。
それは俺も賛成だ。
固有用語ばかりの世界観はあまり作りたくない。嫌いじゃないけどファルシのルシがコクーンでパージみたいなスタイリッシュなものは生み出すのに大分労力と時間がかかる。
だから、この世界は基本的な5等の階級に辺境伯と騎士階級を入れたものとしている。
大公と呼ばれる存在はいるが、名誉的な等級で王弟のみ唯一そう呼ばれているはずなのだけど……。
ううん、悩んでいても仕方ないな。父親に聞いてみよう。
会話に集中すれば尻の痛みから解放されるかもしれないし。
唐突に訊ねたりすれば不振がられるかもしれないと思ったが杞憂だった。
むしろ上機嫌で話してくれた。
話してくれるのはうれしいのだけど、早口で熱く言葉をまくし立てる。
心の底から慕っているのはわかるけど、ちょっと気持ち悪いよ、親父殿。
長い話を自宅に到着するまでたっぷりと聞くことになった。今日の出来事のなかでいちばん疲れた気がする。ああ、あれだ。飲み会で聞かされる上司の自慢話と似ているかな。
結論からいうと、俺の疑問は父親の説明だけでおおむね解決することが出来た。
父親の話を要約するとこうである。
昔はどこにでもいるような騎士で、平凡な見た目をしている若者だった。腕っぷしは強くないものの、未来でも見通したような先見性と豊富な知識で人を動かす参謀タイプ。
気遣いも上手く、人の扱いにたけていたため。どんどん周囲に味方を増やしていった。
そのうちの一人が親父殿ということだろう。
しかし、いくら優秀といっても、騎士として働いているだけでは、ただの軍人止まりで大公どころか本来の爵位である侯爵にすらなれない。
騎士のままではどうしようもない。そう考えたのかはわからないが、大公は騎士をやめ、魔法の勉強を始めた。
剣の才能はからきしだめでもこちらには才能があった。異例のスピードで魔法を習得し、あっというまに宮廷魔道士の地位まで手に入れてしまった。
宮廷魔道士として多くの貴族ともつながりが出来た大公は、当時は侯爵家だったクレアンデル家の令嬢、つまりアンリエッタの母親にあたる人物と結婚し婿養子となったのである。
その後、婿養子なのにクレアンデル家の当主となった大公は、隣国との戦争で活躍し、軍上層部のコネと宮廷魔道士としてのコネをフル動員して、自力で切り取った土地を領土として拝領し、大公となった。
……嘘みたいな話だなぁ、出来の悪い立身出世物語かな。
しかし転生前の世界でも農民から天下人や皇帝になった事例はいくらでもあるし、ありえなくないことではないと思う。
まぁ、爵位が変わることぐらいは別に良いか。
大事なことはアンリエッタが当主の座を継いで大公となり、立派な悪役令嬢に成ってくれればそれでいい。
親父殿の話では、最近の大公はたびたび体調を崩すことがあるようで、長くはないかもしれないとのこと。
人の不幸を幸いと言ってはいけないのだろうが、それについては本来の流れに従っているようで何よりである。
しかし、アンリエッタの性格はどうなのだろう。少しばかりお転婆かなと思えるところはあるが、悪人とは程遠い性格をしている。
……そう考えるとちょっと不安になるな。
侯爵が大公になるぐらいの変化が起きているのだから、アンリエッタにも変化が起きているという可能性は否定できない。
自宅に戻ると資料室へと直行する。
目的は親父殿が集めているスクラップ記事である。先日見つけたファイルのほかに比較的最近の記事を集めたファイルを発見したことを思い出したのだ。若い時ほど活躍していないためか、最初のファイルよりも大分薄かったので、暇なときに調べようとスルーしていた。
記事に目を通す。
……うん、あれ、ちょっと。なんだよ、これ。
ああ、どうして俺は、こちらを読まなかったのだろう。後悔の念からファイルを床にたたきつける。
ああ、畜生。この世界のシナリオは破綻している。
ここ数年、ゲームの開始時点の状況と決定的に違うものがいくつか存在しているのだ。
最もたるものはクレアンデル家が侯爵から大公に爵位が上がり、位人臣を極めつつあること、そして、物語を動かす役割を与えられた貴族や主人公に立ちはだかる敵勢力が軒並み排除されている。
これでは騒乱も戦役も発生しないだろう。現に物語開始直前に発生するはずの事件がどこにも新聞に書き込まれていない。
どうしてこうなったと頭を抱える。なぜこんな平和な世界になってしまったのか。
しかし、どこかでこんな展開を見たことがあるような気がするような。
そうだ、あれだ。この世界に来る直前にインターネットの某掲示板に考察スレだ。
『アンシャン・レジームと革命戦争』の内容について、ファンが勝手に考察をするだけの場所なのだか、なぜか最近は俺ならあの展開をこうして、死ぬべきキャラクターを生存させるだのなんだの、勝手な願望が書き込まれたような。
ひょっとして、この世界には俺と同じように転生した人物がどこかに存在していて、勝手に世界の流れを変えているのではなかろうか。
そう考えると大公の異常な出世も理解できる。
アンリエッタのろくでもない未来を回避するために、クレアンデル家の権力を強化し、本人を悪役令嬢からほど遠い性格になるように教育したとか。
もちろん大公が転生者であるという確証はない。しかし一番疑わしいのは事実だ。
そう思うと、大公に抱いていた感情が憎しみへと変わっていく。
許せない。俺の作品を勝手に変えやがって。
怒りの感情のままに、こぶしを床にたたきつけた。
……ならばやることは一つだ。こんなふざけた世界なんて修正してやる。そしてこう宣言する。
「アンリエッタを立派な屑に仕立て上げ、きっちりと断頭台送りにしてやるぜ!」