ひとりぼっち、ふたりとも
……誰も居ないな。
新学期が始まってから半年……というのに誰も僕に近寄ろうとしない。寧ろ一定の距離を保って離れている。
暗黙の了解みたいに、みんな僕を「居ない者」として扱ってくれている。
「行くか……。」
僕はパンを持っていつもの場所へ向かう。
途中までは、どこにでもある学校の光景だ。笑い声、机を引く音、誰かの名前を呼ぶ声。
けれど——あの角を曲がった途端に、世界は一変する。
ざわめきが遠のき、空気が一段静かになる。
足音だけがやけに響くこの階段。
屋上手前。人が来ず、なのにトイレのようなアンモニア臭も無い。孤独を満喫するにはぴったりな場所。
だから今日も僕は、ここに来る。
「あ、センパーイ、随分遅かったやないの〜」
「人の事を箸で指すな。お前のほうが教室近いんだから仕方ないだろ……」
こいつのせいで孤独の満喫はできないわけだが。
この無礼な女は二宮秋葉。
年は僕より一つ下の後輩で——
この場所を共有する唯一の存在である。
「それにしても秋やのに気温が凄い高い……
センパーイ、なんかええもんない〜?」
「そんな物はないから諦めろ。恨むなら地球温暖化を恨むんだな。それよりちゃんと敬語を使え!一応僕、先輩だぞ」
「そんなん言うても……一応センパイって言うとるんやけどなぁ、それにセンパイの敬うとこってどこなん?」
「それは……ないかもだけど……」
「やろ〜?センパイぼっちやもんね〜?」
「それはお前もだろ!!ていうかだからここにいるんだろうが」
「ゔっ……耳が痛い……」
この阿呆の軽口に付き合いながら隣に座ってパンの袋を開ける。
「あ、クリームパン。センパイ好きやよね〜」
「まぁな…」
「ふぅん……クリームパンにチョコスティックパン…相変わらずの甘党やなぁ…惣菜パンとか欲しくならんの?」
「僕はこれでいいんだよ。」
そう吐き捨ててクリームパンに一口かじりつく。うん美味い。安物ながら安定の味だ。
「へぇ~…センパ〜イ、そのパン一口くれへん?」
「なんだよ突然……絶対に嫌だ」
「え~~、センパイのケチ〜…この卵焼きあげるからさ〜、お願いやって〜」
「そんなのいらないしお断りだ」
そんな事すれば間接キスだ。付き合ってもないのにそんな節操のない行動はするべきではない。
「そっかー………」
明らかに落ち込んだ様子で顔を俯かせた。
……なんだろう。この湧き上がる罪悪感は。
胸の奥に、妙な引っかかりが残る。
そこからしばらくの間、変に沈黙が襲いかかる。妙な気まずさ……謝るくらいはしたほうがいいのだろうか?
二口、三口とパンを食べていると静寂を破るように二宮が口を開く。
「そっか〜……センパイ、間接キス恥ずかしいんやね〜?見た目に反して可愛らしくてええと思うよ〜?うちは」
恥ずかしい?この僕が?
確かに二宮は仲のよい後輩だが所詮はそこまで。僕がこいつに意識をするなどというのは断じてあり得ない!!
「恥ずかしいわけないだろ?」
「やったら……証明してみてや、一口ちょーだい?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらこちらを見つめる二宮。そんな彼女の挑発に僕は……
「あぁ…ほら好きに食え!」
見事に乗ってしまうのだった。
二宮は僕の持ってるパンを受け取る——事はなく僕の手から直接パンを頬張った。
「ん…甘い……」
そんな当たり前の感想を述べ彼女は元の位置に戻る。ともかくこれで難は去ったのだ。僕は僕の食事に戻るとしよう……
「それじゃセンパイ、これお返し」
「へっ?」
僕が驚いて彼女の方へ振り向くと箸で卵焼きを摘んでこちらへ向けていた。
「はい、あーん」
あーん……ってまさか僕にこのまま食べろと?流石にそれは……羞恥心が……
そんな考えを知ってか知らずかニヤニヤと再び笑みを浮かべるこいつに僕は……
「じゃあ貰うぞ……」
羞恥心を押し殺してなるようになれとその卵焼きを頬張る。
「どう……やった……?」
「あぁ……美味しかったよ…?」
正直、本当に美味しかった。少し甘すぎる気もするが、それでも美味い。
それにしても、半年も一緒に過ごしているのにこいつが料理できるとか知らなかったな。なんというか、普段の二宮からは想像できない意外な一面と言うか……
少しして羞恥心が息を吹き返して来た……
今考えたら僕、かなりまずいことをしたのでは?
変な音を鳴らす心臓を抑えて手に持っていたクリームパンをようやく食べ終え、もう一つの袋を開けようとして……
キーンコーンカーンコーン
瞬間、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「はぁ?!僕まだパン一つしか食べてないんだけど?!」
「それじゃセンパイ!」
いつの間にか僕の隣から階段下に移動していた二宮は不敵な笑みを浮かべて——
「“また明日”、やね?」
「あ、あぁ……」
そう言って二宮はこの場を後にした。
「………って!僕も急いで教室に戻らないと!!」
◇◇◇
うちこと、二宮秋葉は恋をしている。
相手は、この場所を共有する一原陸。うちの一つ上の先輩で……うちの好きな人……。
アホみたいに鈍感で子供っぽくて、つい、からかいたくなる。でも——
「ちょっとくらい……意識してくれてもええやんね?」
クスッと変な笑みが溢れた。




