その2
今回の依頼にあった私立高校と、待ち合わせ場所である赤根駅は、医院がある黒山市に隣接するあかね市にある。
医院の最寄駅から赤根駅までは、電車で20分程度とそれほど遠くない距離であり、上代と乾は無事に医院の業務を終わらせて、待ち合わせ場所である赤根駅の中央改札前に着いた。
構内のデジタル時計は17時55分を表示している。あかね市の中でも、主要な駅の1つである赤根駅は利用客が多い。加えて学生や社会人の帰宅時間と重なり、構内は人が多かった。この中で、相手側と合流できるのかという心配はあるが、とりあえずは遅れずに到着できたことに2人は安堵する。
依頼を引き受けた後は、山田を介さずに、直接仲介者である久我とグループメッセージでのやりとりを行う。そこに『2人の名前と特徴を先方に伝えてあるから、声を掛けて来てくれるはず。今井さんは女性の方だよ』とメッセージが届いていた。
後はこのメッセージを信じて、見つけてもらうまで待つしかない。
「あの、すみません、乾さんと上代さん、でしょうか?」
すぐに、若い小柄な女性が2人に声を掛けてきた。その女性はやや不安そうな様子であるが、そうです、と2人が返事をすると、安心したかのように笑顔になる。
「よかった、長身の男性2人っていう特徴はお聞きしてたんですけど、間違ってたらと心配しました。初めまして、今井です」
「乾です」
「上代です」
「今日はよろしくお願いします。理事長さんからのご紹介と伺っていますが、今日は私と、担任の先生が同行させてもらいます」
担任教師がすぐ近くに車で待機していると、今井はその場所へ案内をし始めた。駅前ロータリーの送迎スペースにあった自動車に近付くと、運転席から中年の男性が降りてくる。
「初めまして、担任の木村です。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げて挨拶をする木村に、2人も名前を名乗り、同様に挨拶を返す。さっそく向かいましょうと、今井は助手席、上代と乾は後部座席に乗り込み、自動車はスムーズに発進した。
「今日お邪魔するのが、保護者さんと生徒本人から許可が取れたご家庭で、1人だけなんですが…。」
入院中の生徒はやむなしとして、他2人の生徒や保護者から、面会の許可が下りなかったことに対してだろう、運転手である担任の木村は、申し訳なさそうにそう言った。
「私たちみたいな外部の人間が来るとなると、抵抗があるのは当然ですので」
「その、すみません、理事長の紹介とはいえ、大まかにしかお2人のことをお聞きしていなかったので…、急でしたし、保護者の方にうまくお話しできなかった部分もあると思います」
乾の返答に、尚更申し訳ないという様子で木村はそう答えた。
「大まかにというと、どういう風にお聞きしましたか?」
木村の言葉に、気になって上代が質問した。
「『オカルト的なものが原因かもしれないから、専門家にお願いした』と…」
理事長がどういう経緯があって、その筋に依頼を出したのかは不明だ。理事長自身も詳細はわからなかったのだろうが、それだけの情報で保護者に説明をしてよく許可が得られたなと、上代と乾は感心した。少し話しただけで、物腰の柔らかさや人柄の良さが感じ取れる、この木村の影響は大きいのだろう。
それでも自分の子どもの問題にオカルトという言葉を用いられては、不信感を抱く親が大半ではないだろうか。そこをうまく言い換えて説明をしたに違いないが、やはり警戒するのが普通だろう。
「お2人は、霊能者とかそういうお仕事をされているんですか…?」
助手席の今井が後部座席の方を向いて言った。
今から保護者と生徒に会わせる、初対面の男2人の素性がどのようなものなのか、知っておかないといけないのは当然だ。
「霊能者とかではなくて、私も上代くんも、普段は内科医院で働く職員です」
「え、そうなんですか」
驚いた声をあげる今井に、上代が続けて言った。
「あの、おうちにお邪魔して、いきなりテレビの心霊番組でやるような、祈祷とかお祓いとかはしないので安心してください。まずは家と生徒さんを見せてもらって、お話をさせてもらうだけなので」
「拒否されればすぐに出ていきます」
シロや犬神の存在を公表するわけはいかないので、こうやって真摯に説明することで信用してもらうしかない。
「見たり話したりするだけで、原因がわかるってことですか?」
今井は興味津々といった様子で聞いてくる。
「僕ら、俗に言う“みえる人”みたいなもので、もし、生徒さんたちが見えている黒い影を僕たちも視認出来たら、対処できる可能性はあります」
そう自分で言っておいて、上代は恥ずかしくなった。
嘘はついていないのだが、今井や木村から見れば、「他の人が見えないものを見ることができます」と自称する男たち、ということになるのだ。痛い、痛い奴過ぎる、と、勝手に他人の感情を想像して、自分自身に精神的苦痛を与えるのは上代の悪い癖であった。
「それを証明できるものがないので、信じてくださいと言っても難しいと思います。現に、霊感商法のような詐欺もありますから」
「絶対に詐欺ではありませんので…」
理事長の指示で迎えに行き合流したはいいものの、素性のわからない男たちに不安を感じていた今井と木村だったが、話を聞く限り、上代と乾から悪意は感じられない。
そして、自分たちでは目の前の生徒に何もしてあげられない、という現状に、何か解決の糸口があるならという縋る気持ちもある。
少し考えて、先に今井が口を開いた。
「全部は信じがたいですが、理事長直々ということもあるので、ご協力よろしくお願いします」
そう言って、ぺこりと頭を下げる今井に、木村も話を続ける。
「私からも、よろしくお願いします。今、私らが生徒たちにできることって限られてて、どうしたらいいもんかと悩んでいたので…突破口が見つかるといいんですが…」
今井と木村の言葉に、上代と乾は一先ず安心した。
「あっ、理事長さんから校内の様子も見てもらってくださいと言われているのですが、面会が終わったら、そのまま学校にいらっしゃいますか?」
はっと思い出した様子で、今井が再度後部座席の2人に振り返って言った。
そうさせてもらえるように、久我が理事長に話を通してくれていたのだろう。どこに原因があるのかわからないため、生徒たちに関わる場所や物を見る機会は多いほどいい。
久我の根回しに感謝しつつ、上代と乾は快諾した。
「ちょっとここに駐車して、歩いていきますね」
しばらく走った後、4人が乗る自動車は住宅街の中のコインパーキングに入った。自動車を降りて、今井と木村を先頭に4人は閑静な住宅街の歩道を歩いていく。
『遅くなった』
歩く上代と乾に並走するように、医院の受付に現れたのと同じ獣――乾家の守り神、犬神がするりと姿を現した。
『大丈夫です、今ご自宅に向かっているところですので』
今井と木村に気付かれないように、乾は頭の中で話しかける。
上代も犬神の方を見つつ、同じように頭の中で話しかけた。
『こんばんは、犬神様』
『こんばんは、菫。シロはどこだ?』
菫とは、上代の下の名である。シロの所在を聞かれて、自分の上着の左ポケットを指さした上代に『ああ、寝ているのか』と犬神は言った。
『起きてるよー、こんばんは、イヌガミサマ』
ひょっこりとポケットから顔――といってもシロには顔と呼べるパーツはない――を覗かせて、シロは元気よく犬神に挨拶する。
『こんばんは。もうすぐ仕事だろう、そんなとこに入ってないで、よく観察しておくんだぞ』
『はーい』
まるで親が子どもに言い聞かせるように、犬神はシロを諭した。
シロはポケットから飛び出して、犬神の方へふわふわと飛んで行きその背中に乗るが、犬神に嫌がる様子はない。
『シロ、自分で飛びなよ』と上代は注意するが、犬神が『かまわんよ』と言うので、上代は何も言えなくなってしまった。
上代やシロと犬神の付き合いはそう長いとは言えないが、関係は良好である。見た目からはわからないが面倒見の良い犬神に、シロは懐いていたし、犬神も満更でもない様子だった。
犬神はシロを背中に乗せたまま、空中を漂いながら一行について行く。
それから少し歩いたところで、犬神の黒い鼻先がピクリと動いた。シロも『おー』と声を上げる。ほんの少し空気が変わるのを、上代と乾は感じた。じわりと湿った、冷たい空気が漂っているようだ。今日は天気も良く気温も低くないので、天候のせいではない。きっと、犬神とシロはそれよりももっと、他の何かを感じたり、見えたりしているのだろうが、とくに言及することなくついて来ている。
もうすぐに生徒の自宅に着くのだろうと、上代は思った。
湿った冷たい空気が少しずつ濃くなってきている。今井が「ちょっと冷えてきましたね」と言って、着ていたカーディガンの前ボタンを留める。
木村が振り返って、上代と乾に「ここです」と言った。
しかし木村が言う前に、2人はこの多くの家が建ち並ぶ住宅街の中で、どれが生徒の自宅なのかわかっていた。
その家だけが、黒い霧のようなものに覆われていたから。




