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冬休み前になって、三者面談があった。私は午前中、春臣は午後からだった。
先生は私の成績表を広げ、学年でトップです、と言った。そして、大学のパンフレットを幾つか取り出し、並べて置いた。
「近くの大学のです。このレベルなら、きっと受かるでしょう」
「そ、そうですか……」
母は、パンフレットを遠慮がちに見ている。私だってそうだ。それは、この付近では難しいとされる大学だったからだ。
「先生、俺じゃ無理ですよ」
「ああ、今のままじゃ無理だ。だけど、受験まであと一年もある。今から勉強すれば、何も問題はないだろう」
「俺、将来やりたいこととか決まってないんです」
「それでいいさ。殆どは、そうだ。私だって、教師に興味があったわけじゃない」
教師の台詞として、それはどうなのだろうか。腹を割って話してくれている、と考えれば悪い気持ちはしないが、それは私だけだ。現に、母はあまり面白そうではない。
先生は私から視線を逸らし、
「お母さんとしては、どうでしょうか」
と尋ねた。
自分に振られるとは思っていなかったのか、母はやや動揺したように見えた。
「いい大学に入ってもらいたいですけど、最後に決めるのはこの子ですから」
「それはそうです。ですが、親も一緒になって悩むのが筋では」
先生の言い方には、棘があった。母は、いっそう不愉快そうな顔になった。
家で話し合ってください、という当たり障りのない言葉で、先生は面談を締め括った。もっと引き延ばされると思っていたので、肩透かしを食らった気分だった。
私は部活があると言って、母を先に帰らせた。
「本当は、部活なんてないんだろう」
「ありません」
「じゃあ、どうして」
「帰りの車で、母親の愚痴を聞かされるのが嫌だからです」
前々から、母はこの先生のことが気に入らない様子で、今までにも何度か悪口を聞かされたことがあった。歩いて帰るのは面倒だが、汚い言葉を聞かされるよりはずっといい。
先生は、暇だ、と呟いた。午後の面談まで、まだ時間があるからだろう。同じく私もやることがなかったので、自然と会話する流れになった。
「お母さんは、冬嗣君に興味が薄いのかな」
「薄い、と言うか、優先順位が低いんだと思います」
「どうして、そう思うんだい」
そう聞かれ、私はしばらく黙った。返事をしたくなかったわけではない。家族の仲を誤解されないよう、慎重に言葉を選ぶ必要だったからだ。
春臣が私より贔屓にされてるという感覚は、昔から小指の先ほどあった。そもそも、私の父と母は、子供は馬鹿でも元気ならそれでいい、と思っている人たちだ。だから、小生意気な私より、可愛げのある春臣に心が向くのだろう。それについてまったく不満がないと言えば嘘になるが、好き好きがあるのは仕方ないことだと納得している。私にも少なからず、そういう一面があるからだ。
この考えをオブラートに包んで伝えると、先生は、
「つまり、ほんの少しだけ兄が贔屓されてるけど、君は鷹揚にしているんだね」
とあっさり要約してしまった。
まったく分かっていない。別に、私は父と母に不満などない。何故なら、私が彼らの立場だったとしても、春臣を可愛く思うであろうからだ。
「俺が親でも、春臣を贔屓にしちゃいますよ」
「おやおや。自分が悪いと思って諦めるのかい」
「いや、そうじゃなくて……」
誤解を解こうとしたが、先生の口元が笑っていた。それを見て、冗談か、と私は安心した。そして、こんなことは言うべきでなかったと反省した。相手が誰だろうと、家族のことを吹聴すべきではない。それが広まれば、尾ひれがつくことになる。それは私の望むところではない。
他で喋らないで欲しいと頼むと、先生は頷いてくれた。それから私の顔を見つめて、ふう、と小さい溜息をつき、
「疲れているね、冬嗣君」
と言って微笑んだ。彼女は美しかった。