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目的地まで案内すると、中学生らしき集団は口々にお礼を言った。一緒に何か飲みませんかと誘われたが、断った。もうすぐ午後の授業が始まるからだ。
私が学校に戻ったのは、ぎりぎりの時間だった。あと少しで授業が始まる。食後の運動としての散歩だったが、遠出しすぎたようだ。急いで階段を上り、廊下を歩いていると、何かが爪先に当たった。見ると、携帯電話のようだ。少し先に、同級生たちが歩いている。彼女たちの持ち物だろうか。
「落しませんでしたか」
追いついて尋ねると、一人が私の手から携帯電話を奪い取った。そして、何事もなかったかのよう喋りながら立ち去った。
「酷い奴だな」
背後から声をかけられたので、振り返った。担任の先生だった。腕組みをして、右手で持ったバインダーと教科書をぶらぶらさせている。
先生は私の隣に並び、
「彼女、昨日私のところに来て、こう頼んだのさ。赤点にしないでください、ってね。補習で冬休みが潰れたら、友達と旅行に行けないからだそうだよ」
と聞いてもいないことを教えてくれた。
私はどう返事をしていいか分からなかったので、そうですか、とだけ言った。すると先生は、にやりと笑ってこう続けた。
「泣きそうになって頼むから、情けをかけてやろうと思ったのさ。だけど、今の態度を見て気が変わった。腹が立つから、赤点にしてやろう」
「先生が、そんな個人的な感情で動いていいんですか」
「おいおい。教師が人間をやってるんじゃなくて、人間が教師をやってるんだぜ。そりゃ、時々はこうやって感情に素直にもなるさ」
この人は生徒から人気があり、保護者からの評価も高い。だから、私は彼女がこんなことを言うのが意外だった。
「俺なら、気にしてませんから」
「君がどうかじゃない。私の気に障ったから、彼女を赤点にするのさ」
先生は歩き始めた。私も教室に行かなければならないので、自然と足並みが揃った。
「しかし、君。気にしてないと言ったけど、本当かい」
「まったくではないですけど、引きずるほどじゃありません」
よく知らない相手に携帯電話を触られたのだ。それが不可抗力であったとしても、人によっては気持ち悪く思うだろう。まして、彼女は思春期だ。私も思春期だから、その気持ちは何となく分かる気がする。
「心が広いんだな、君」
そう言われたが、私は返事をしなかった。
教室が近づくと、先生はその話題に触れなくなった。代わりに、私のテストの結果が良かったと言ってくれた。もう点数は知っていたので、あまり嬉しくはなかった。