第3話 やるときはやります。一応
深愛がミタリーを抱っこし、デューを従えて廊下を歩いている。
昨日アルバートに言われた言葉が、今だに深愛のテンションを下げっぱなしにしていた。
「そんなに落ち込んでも仕方ねぇだろうが……言っちまったもんは。
それに人との共存ってもよ……別に俺らがあいつらに手を出さなきゃいいだけの話だろ?」
デューはいつも大雑把だが、慰め方も大雑把だ。
それでも、深愛にとっては有難いものではある。
『そうですが……。「ソフィア」様の発言となると、重みが違いますからね』
ミタリーは慎重な意見を述べた。
「うん……まだ一ヶ月程度だけど……この世界の「ソフィア」の存在の大きさは私にもわかってきていますから……」
アルバートに毎日のように受けた「帝王学」やら「この世界の歴史」の講義のおかげで、深愛ですらこの世界の状況は少しずつだが理解し始めている。
そして自分が呼ばれている「ソフィア」という存在の大きさも――。
「……まぁ「ソフィア」様は俺たち「アイコーン」の母であり、この「オイコノミア」の世界を生み出した創造主様だ。
ミアは「ソフィア」の生まれ変わりとされているからな。
その「ソフィア」様が人との共存を望まれた――となれば、それは神様が望んだ――と同義になるわけだ……。
その分、俺たち「ソフィア」様を守護する「プレーローマ(守護者)」も忙しくなるわけだが……」
デューが簡単だが、深愛へ説明を行う。
それはすでにアルバートからも話を聞いている。
そしてその「ソフィア」の生まれ変わりである深愛を、排除しようという勢力の存在があることも。
そんな深愛たちの前に――人垣が出来ていた。
「なんだ……ありゃ? 」
デューが不思議そうに見つめている。
深愛もなんとなく釣られて――その輪の中心にはアルバート。
そして取り囲む者たちの表情は皆――険しいものだった。
どうもアルバートと言い争いをしている様子に見える。
「アルバート……何してるの? 」
『私が様子を見てまいりましょう。ここはミア様が行かれる必要はございません』
心配そうにしていた深愛を気遣う意味も込めて、ミタリーが深愛の手からするりと抜け出ると――たちまち一人の女性の姿に変化した。
この城で働く侍女たちと同じ服に身を包んだミタリー。
おかっぱ頭の至って普通の女性の姿だった。
「……ああしていると、ごく普通の侍女なんだがなぁ……」
デューが呟く。
「……そうですね」
本当に。と深愛はため息をついた。
本当は白猫のミタリーをとっても気に入っているのだが、こういう場合は仕方がないと諦めてのため息だった。
「と、ミア。俺には敬語なしって言ってんだろ。
「もふもふ」する時は、嫌がる俺を蹴り倒すくせによぉ……。
どうしてこう言動に差があるかねぇ……」
「大きなお世話。「もふもふ」は私が生きていると実感できる、最高の幸せの時間なの」
「……へぇ、へぇ」
デューは呆れた様子で肩を竦めた。
ミタリーが近づき――輪の中に入っていくと、その変化はすぐに現れた。
背後に深愛やデューがいることに気がついた者たちが、一斉にアルバートの前から立ち去ったのだ。
すぐにミタリーを連れたアルバートが深愛の元にやってきた。
「ありがとうございます。ミア様」
「……何があったの? 」
言い寄る深愛に、アルバートは一瞬、答えることを憚る態度を見せた。
「先日の勇者一行とのやり取りの件でございました。
納得出来ないという者たちが、アルバートをあのように責めていたのです。
ですが、ミア様がここにおられることに気がついて……そそくさと。
ミア様ご自身に言う勇気もないくせに……卑しい者たちでございますから」
俯き加減に――ミタリーは説明を施す。が、その姿が何故か恐ろしく感じるのは――。
普通の侍女姿のミタリー。実は一番怖い存在なのかもしれない。と深愛は思っていた。
「……ごめんなさい……」
深愛はアルバートから顔を俯け――小さな声で謝った。
「……何故謝るのですか……ミア様? 」
不思議そうに言い返してくるアルバートに、深愛は慌てて顔を上げる。
「一度言ってしまったことは、もう仕方がありません。
撤回しようもないのですから……謝っても遅いですよ」
アルバートの笑みとともに吐き出された言葉に――深愛の表情は一瞬で――凍りついた。
「……アルよぉ……もう少し優しい言い方はないのか……お前」
「仕方ないだろう、本当のことだ。
だから俺たちが、それを実現しなければならないのだから……。
忙しくなる。
もちろんミア様にもそれ相応の責任をとっていただきますから、ご心配には及びません」
呆れるデューに――涼しい顔で言い返し。
深愛には満面の微笑みで――容赦ない言葉を放つ。
「え……ええ。
謝ってごめんなさい。もう謝ったりしないから。安心してください、アルバート。
で。次は何をすればいいのかしら? 」
「もちろん、帝王学の講義です。
ここのところあまり進んでいませんからね。今日は進められるところまでどんどん進めましょう、ミア様」
「……よろしくってよ……」
深愛とアルバートのやり取りに、デューは頭を抱えた。
深愛の腕には、いつの間にか白猫に戻った――ミタリーがいた。
「頑張ってくださいませ、ミア様。
ミア様の大好きな極上のミルクティーを入れて差し上げますから」
「……うん、頑張る。
そうしたら、また「もふもふ」していい? 」
「はい、お好きなだけ」
そう言う白猫に、今にも泣き出しそうな笑顔で頷く深愛。
そしてそのまま視線はデューに向かう。
「わーかったよ。お好きなだけどうぞっ!! 」
「やったっ」
もうやけくそで言っているだろうデューの姿に、それでも深愛は嬉しそうに声を上げた。
「では、ミア様……参りましょうか」
「……はい」
アルバートに促され。
深愛は渋々勉強部屋へと向かうのであった。