第20話 みんなの思い
アルバートが戻ってきたデューに深刻そうな表情で話をしている。
深愛の腕に抱かれているミタリーはその内容はわかっているが、深愛にはわかるはずもない。
そこは勉強部屋の前。
講義を終えて出てきた深愛とアルバートに、デューが鉢合わせをした形だった。
深愛はずっと心配そうに、そんなふたりの会話を見ている。
否。正確には深刻な顔をしているアルバートに視線を向けている。かもしれない。
「ミア。私たちは先に部屋へ戻っていよう」
「……そうね」
クレアがそう声をかけ、深愛を部屋へと誘導する。
ミタリーには深愛の心境の変化がわかってきていた。
少しずつ、自分の置かれた立場を理解し、それに立ち向かおうと考え始めていること。
そして……自分をとりまく人物たちに、親愛の感情を抱き始めていること。
それが一番変化したのが、アルバートなのかもしれない。と。
◆◆◆
「ミア様が考えていることとは、真逆の方向へ向かい始めているということか」
「なぁ、アル。[セトの世界]は人たちにまかせりゃいいんじゃないか?
俺たちがでしゃばることでもないだろう?
それともお前の母親が人だから、どうしても気になるのか?」
「……それもあるということは否めない。
だが、もののついでにミア様が話したとは言え、やはり[ソフィア]が望んだ世界を俺は実現させてみたいんだ……」
「ミア様の祖父、アドルフ様が望んで出来なかったことでもあるからなぁ。
それがこうじて、人の女性と結婚して[セトの世界]に行っちまったが。
俺からしたら、潔さは認めるが。無責任にも程があると思うぜ、あの方は」
と、ここまで話してデューが狼に戻った口元に、手を当てる。
昔からこの話題になると、アルバートが怒るのだ。
「あの方の悪口はやめろ」と。
そして恐る、恐るアルバートを見る、と。
呆れたようにデューを見ていた――だけだった。
「お前は何度も口を滑らすな。あれほど俺が怒っても……だ」
「……驚いた。怒らねぇのか、お前」
「怒る気持ちから呆れる気持ちが強くなったよ。
でもあの方は、けしてこの世界のことを忘れたわけではなかった。
ちゃんとミア様を残してくださったのだからな」
「……結局、そこか……」
すでに深愛の祖父、アドルフは他界しこの世界にも、深愛のいた世界にも存在していない。だが、アドルフはその血縁として深愛を残していた。
[ソフィア]となれる女性。その器。
だが、深愛はそうじゃない。[ソフィア]の器としてだけじゃない、その心も受け継いで生まれてきているのだ。とアルバートは信じているように、デューには思えた。
「俺たちゃミアを守り、いつかあの方が完全な[ソフィア]様になる日のために、[プレーローマ(守護者)]としてついている。
ミアが完全な[ソフィア]様として少しでも早く目覚めるよう、お前もミアに教養を身に付けさせているんだろう?
ミアがミアのままで[ソフィア]様になることはないんだぜ?」
デューの言葉に、アルバートがその表情を歪める。
「言っておく。
あまりミアに入れ込むな。あとで辛い思いをするのはお前であり、消えていくミアなんだぜ?」
「……それを言うな……」
「人の血を引くお前が、ミアの失言に付き合うことはねぇって言ってんだ。
それはミアもわかってる。
人の世界のことは少し放っておけ」
「……」
アルバートはそれ以上、デューに答えることはしなかった。
デューもため息を漏らし。それ以上アルバートを責めることはしなかった。
◆◆◆
深愛は白猫のミタリーを膝に抱き。ソファの背もたれに止まる黒い鸚鵡の姿になった、クレインの頬の羽をかいてやる。
そうしてアルバートが戻ってくるのを待つ。
「ミア。なんだかさっきほど楽しそうじゃないね」
紅茶を持ってきてくれたクレアに、そんなことを言われる。
「だって……クレアがいつもの姿に戻っちゃったから……あの可愛い白い犬がいつもの姿ならいいのに……」
真顔で深愛がため息をつく。それはそれは残念そうに。
「あれがいつもの姿じゃ、ミアのこと守れないだろう?」
「私が楽しくない……」
呆れるクレアに、深愛が再びため息をついた。
「どこのお嬢様だ……本当に。あ、ここのお嬢様か……」
頭まで抱えるクレアに、深愛は苦笑いを見せる。
「……嘘よ。別なことを考えていただけ。最近デューの姿を見てないなってね」
「あれもあれで以外と忙しいからねぇ。
そのために私たち[近衛騎士団]もいるのだから。
心配しないでもいいよ」
「うん。心配はしてないわ」
笑顔の深愛が増えたことはいいことだ。と、クレアは思う。
兄アルバートから、深愛の話を聞いたとき、正直[ソフィア]としてやっていけるのかと心配になった。
せめて、兄の心配を取り除いてやりたいと、クレアは深愛についたのだが……。
考えていた以上に、深愛は成長しているのではないか。と、クレアは思っていた。
その考えを決定的にしたのは、あの[家庭教師]の件だ。
いきなり乗り込んできて、幼少時代の深愛のことを捲し立てたと思うと、突然深愛のことを無能扱いし始めた。
それに怒りを感じ。クレアだけではない、クレインもホリーも剣を向けてしまったことを話していたが。
深愛は冷静にあの女性に接しただけではない。
自分たちを大切な友人と話し、恐ることなく女性をあのバカ王子ごと退けたのだ。
後でその女性との関係を自分たちに語り。
「考えてみれば、あの女性も可哀想な人なのかもね」
などと余裕の笑みを浮かべた。
そんな深愛を見ていると、深愛をそう変えたのはアルバートではないかと思えるのだ。
兄が姿を見せないと、深愛はどこかそわそわとして落ち着かない。
アルバートは深愛に嫌われているからとクレアには話しているし、深愛はアルバートに疎まれていると告げている。
二人共、互いに心配しあいながら、真逆のことを相手が感じていると思っているのだろう。なんとも面倒な――不思議な関係である。
扉をノックする音が聞こえる。
「アルだわ」
すでに音でわかるらしい。
「アルバートです、ミア様」
「どうぞ」
先ほどとまるで表情が違う。
活き活きとした深愛は、扉を開けてアルバートが入ってくるのを待つ。
「遅くなりました、ミア様」
「大丈夫。大事な話だったんでしょう?」
「そうでもないですが。デューの話がくどいので」
あの兄から、そんな冗談が?
クレアが驚いていると、デューが後から入ってきては
「お前……ふざけんじゃねぇぞ」
と怒っていた。
こんなにも兄が、あのアルバートが変わるものなのだろうか?
クレアは驚き。その兄を変えたのは深愛なのだろうか、と考えた。
考えて、少し面白くなく感じたことは、表情に出さないよう、クレアは気をつけていた。




