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第1話 その名は「にゃ王」?

 洞窟内のドームに満ちた冷気を伴った空気が、肌を刺すような痛みを誘う。



 だが深愛みあは、極上の絹で織り上げられた真紅と純白を基調としたドレスを着込んでいたため、この寒さにはなんとか対応出来ている。


 ただしシャスシャスという衣擦れの音が、耳障りなのは難点だが――。

 

 そして今。彼女はある人物を待っていた。



◆◆◆



「ここかっ!!」

 まもなくして、その声は響いた。

 深愛の緊張は一気にピークに達する。

「ここに「魔王」がいるのねっ!!」

 女性――たぶん、自分と同じ年頃の少女のものだろう声もする。


 

 それは人数にして四人ほど。

 銀色の簡易的な甲冑に身を包んだ者。

 木製の杖を片手に、深緑色の長いローブに身を包んだ者。

 頭からつま先まで、相当な重量があるだろう騎士風の者――の姿がある。

 細身の剣を携えた、勇ましい少女の姿もあった。


 

 これが「勇者ラルフ様とその仲間たち」なのだろう。

 深愛は見たまんまの勇者一行に――ため息をつきたくなった。

 が、脱力している暇はない。

 深愛はこれからこの勇者様たち一行と「対決」しなければならないのだ。




◆◆◆




「出てこい、魔王っ!!」

 簡易な甲冑を着込んでいる――少年が叫ぶ。


 

 深愛は大きく息を吐き出した。

「ミア様。ここが正念場です。頑張ってください」

 自分の後ろに控えている灰黒髪の男――アルバートが声をかけてきた。

「……わかっています」

 出来ればこの男だけには言われたくない。

 すべてはこの男が元凶なのだ。こうしてここにいなければならない――今の自分も。

 だが、今は気にしてなどいられない。

 


 深愛は一歩を踏み出した。




◆◆◆




「私はここにいます」

 凛とした少女の声が――岩肌に反響し――ラルフの耳にも届いた。

 ラルフたちが見上げる洞窟の壁の窪み――そこに人影がある。

 ラルフたちを見下ろすように、赤い髪、真紅と純白のドレスに身を包んだ気品を漂わせる少女が一人――立っていた。



「……あんたが魔王……なのか?」


 

 厳つい体――浅黒い肌、ボサボサの髪。ぎょろりとした大きなつり上がった目。耳までさけた口。鋭利な獣のような牙。人の身長の倍はあろう大きさの化物。


 

 ラルフはそんな「魔王像」を子供の頃から想像していたし――おとぎ話に出てくる魔王もそんな姿をしていたのだ。

 でも――自分を見ている少女は――どう見たって普通の「人間」だ。



 しかも――可愛い。


 

 しかしラルフは気を引き締める。やつは「魔王」なのだ。

 人々を苦しめる「魔族」の王なのだ。何が飛び出すかわからない。



「私はあなたたちを戦いに来たのではありませんっ!!」

「魔王」を名乗る少女は告げた。



「ふざけないでっ!!今まで私たちを苦しめてきたでしょうっ!?」

 パーティの中の紅一点――キャサリンが叫んだ。

「すべてが私たちの仕業ではないはずです。

 「魔族」に見せかけた「人の仕業」もあった……はずではないですか?」

「今更逃げてんじゃないわよっ!!」

 女同士だからか?キャサリンが容赦ない。



「逃げてなどおりません。事実を知っていただきたいのです。

 いかがですか?」


 確かに。全部が全部、「魔族」の仕業ではない。

 山道などで人々が襲われる大部分は「魔族」に見せかけた、山賊の仕業だというし。

 海で商船を襲うのは「海の怪物」を名乗る「海賊」だという。

 ラルフも仲間たちと旅を続けて行くうちに、そんな話をあちこちで耳にした。



「言いくるめられてはいけませんよ、ラルフ」

 魔導師であるフレデリックが、俯いたラルフに囁いた。

「そうだな」

 ラルフは「魔王」を見上げた。


「でも「魔族」が人を襲ったのは事実だ。そんな話はごまんとある。

 でなければ、こうして「冒険者」なんていう仕事が成り立つもんかっ!!」

 ラルフの言葉に、仲間たちが一斉に脱力した。



「そういうことじゃないでしょ、ラルフっ!!」

「そうだ、ラルフっ!!冒険者なんて仕事はこの際どうでもいいからっ!!」

 キャサリンと全身甲冑のジョージに突っ込まれる。

「わ、っわり」

 ラルフはもう一度気を取り直す。

「「魔族」がいるせいで、俺たちは安心して暮らしていけないんだよっ!!」



「それは嘘」

「魔王」は冷静にラルフに返答した。



「「魔族」がいるから人間は安心して暮らせない。「それは嘘」です。

 でなければ、わざわざ「魔族」と呼ばれる者たちが、こうして人々が住む世界との間に「境界」を設けて、世界を分けるはずがありません。

 私たちは人々との共存を望んでいるのですっ!!」




◆◆◆




「おい……アルバート。ミア様……言っちまったぞ」

「そうだな」

 深愛の護衛についてきた二人――。灰黒髪をオールバックにして、きっちりと近衛騎士団の団服に身を包んだ「魔王」の側近であるアルバート。

 もう一人――というには、全身毛むくじゃらで、顔は狼。最低限の防具だけを身に付け、「二本足であるく狼」の、デュー。


 

「人との共存」を高らかに宣言した深愛の言葉に、デューからアルバートへ質問が出され――アルバートは簡単に答えただけだった。


 

 それも口元は笑っている。



「悪い奴だねぇ、お前も」

「……そうか?」

 


 呆れるデューに、アルバートは深愛の背中を――頼もしそうに見つめていた。




◆◆◆




「……本当なの?」

 キャサリンの戸惑いはもっともだ。


 

 今までこんな話を聞いたことがない。

「魔王」自ら「人との共存」を望むなど――。

「本当に信じていいんだなっ!?」



「構いませんっ」

 赤い髪の少女はラルフの問いに断言した。



「……わかったっ!!俺もあんたを信じるっ!!」

 再びラルフの言葉に、仲間が一斉にコケた。



「バカかっ!!簡単に敵の言葉を信じるんじゃねぇよっ!!」

 ジョージに羽交い絞めにされ、ラルフは耳元で叫ばれた。

「うるさいっ!!鼓膜が破れるっ!!」

「あんた、本当に救いようのないバカでしょうっ!!バカだ、バカだとずっと思っていたけど、正真正銘のバカだわ」

 キャサリンは――呆れるというより、ラルフを見捨てていた。

「……とにかく、今の言葉は撤回してくださいっ!!まだ間に合いますっ!!」

 フレデリックは冷静にラルフに助言を行った。



「ありがとう、勇者ラルフ。私もあなたの言葉を信じます。

 これで人と魔族が争う歴史に幕が下ろせる。

 私たちはこれ以上「魔族」から人に害が及ぶことがないと、お約束いたしましょう」



「……ほらぁぁっ!!魔王がせっかく、こういうことを言ってくれてるんだぞっ!!

 争わないでよかったじゃないかっ!!」

 この重要な瞬間がわからない――バカなラルフならいざ知らず。


 

 「魔王」自身がこう宣言していることは――本当に人と魔族の長い争いの歴史に終止符が打たれる――とんでもない瞬間に、自分たちは居合わせたのではないだろうか。


 

 キャサリン、ジョージ、フレデリックの三人はただ――「魔王」へとクギ付けになっていた。




◆◆◆




 すでに――深愛の思考はいっぱいいっぱいだった。

 


 私、間違ってないよね?事前にアルバートと打ち合わせした通りだよね?

 これが終われば、私は自分の「世界」に戻れる。そういう約束だ。

 だから「魔王」を「演じている」。そうこれさえ終われば、私は開放されるのだっ。


 

 深愛の緊張は全身を圧迫し、体にも変調をきたしていた。足は震え、全身から冷たい汗が吹き出している。

 明らかに限界だった――。


 

 デモ、コレサエオワレバ……。


 

 深愛は今――その一念だけで、この場に立っているのだ。

 



◆◆◆




「ありがとう、魔王っ!!

 これで俺たちは戦わないですんだぜっ!!

 俺はラルフ・ベンジャミンって言うんだ。あんたの本当の名前を教えてくれ」


 

 ことはそう簡単に済む問題ではない。

 だが、ラルフのバカさ加減がこの際役に立つ。



「ラルフ・ベンジャミン……勇ましい良い名前です」

 本当か?こいつただのバカだぞっ!?仲間たちの心の声は、当然魔王には届かない。

「そうですね。私の名前は……」

 何故か。ここで「魔王」の声が詰まった。




◆◆◆




 名前を名乗るなんて、脳内台本にはないっ!!

 ど、どどど……どうしよう……。

 深愛は内心――慌てふためき、我を忘れていた。



「わ……私の名前は」



 (魔王……深愛です)――そう言うだけだ。頑張れ深愛っ!!




◆◆◆




「わ……私の名前は」


 

 ラルフたちの視線が一斉に、少女に注がれた。


「ま……にゃ…おう……」

「にゃ……おう?」

 少女の口から漏れた言葉――「にゃおう」。



「そうかっ!!あんた「魔王」じゃなくて「にゃ王」なんだなっ!!

 だから歴代の「魔王」と言うことが違うと思ったぜっ!!」

 嬉しそうにラルフは――言い放った。




 就任一ヶ月の新米「魔王」と、少々おつむの出来が悪かった「勇者」の対決はこうして幕を閉じる。


 




 そうして紡がれる伝説。


 人と魔族の長き歴史に幕を下ろした素晴らしき「勇者ラルフ」と「にゃ王ミア」。


 その歴史的出来事はここからはじまり――深愛のおぞましき――地底深く封印したい汚点も、末永く語られることになるのである。


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