プロローグ ヤツはそう言い切った
「貴女には何も期待はしておりません」
ヤツはそう言い切った。
自分を「この世界」に連れてきた張本人である。
深愛はじっと男――アルバートを睨みつけていた。
灰黒の髪をオールバックにして。「美形」と言う言葉を三次元に再現したような精悍な面立ちに、初対面で思わずクラっときた。
ようは――「ひとめぼれ」だ。
だが出会ってすぐ。開口一番に深愛の淡い思いは――破壊尽くされた。
「貴女には何も期待しておりません」
おかげで今は――「憎しみ」以外、この男――アルバートに何も感じなくなった。
深愛は、この世界では「女王様」なのだそうだ。それも「伝説の」。
それを「女王」とは呼ばずに「ソフィア」と呼ぶらしい。
だから――自分に傅く者たちからは「ソフィア」様と呼ばれている。
正直――意味がまるでわからない。
自分の立場だってほとんど理解出来ていないのに――。
ここへ来て一週間。
事態の把握にもいたらないのに。この男。アルバートが「嫌い」ということ以外、あまり興味がない。 いや――興味は別にあるのだが、今はこの男が「嫌だ」という感情以外何も浮かばない。その想いだけで、深愛はここにいるのだ。
どれだけ不幸なのか――と自分を慰める日々を送っている。
◆◆◆
今は――深愛の「勉強部屋」と言われる部屋に、このアルバートと深愛のふたりっきり。
だが――まかり間違っても「間違い」は起こらない。起こるはずもない。
神経質、真面目すぎ、意地が悪い、鬱陶しい、最悪、顔だけ、殺意を抱く、毒舌、嫌味、毒舌、嫌味――かたっ苦しいと「憎悪」以外あらわしようもないこの男が、「何も期待出来ない」深愛へそんな行動を起こすはずもないのだ。「好意」というものを微塵も感じてはいないだろう。
そう言う意味ではトコトン安心出来る。
男は「顔」じゃない。ということが、よ―――――くわかった。痛感出来た。
「ミア様。今は勉強に集中なさってください」
アルバートがいつもの小言を深愛に放つ。
まだ出会って一週間なのに。「恒例」となった小言。十円ハゲが出来ないのは不思議なくらいだ。そのうち胃潰瘍で血を吐くぞ、私。
深愛はそんなことを考えながら――「少し疲れたのです」とささやかな抵抗をしてみせた。
深愛は――自覚ある「二重人格」だ。と思っている。
外面は人に嫌われないよう、言葉使い、態度の細部に気を遣い、人の表情を見極め――問題のないように振る舞う――お嬢様。
内面は――イメージからはとても想像もつかないような口調で――毒づいている。
この時も{うるさいな。しかたがないでしょうがっ!! }とアルバートの言葉を受け流していた。
「……ミア様。言いたいことがあるなら、どうぞ遠慮なさらずおっしゃってください。
私は貴女の忠実な下僕なのですから……」
憂いの表情を崩さない深愛に、アルバートがそんなことを言ってくる。
それには深愛の眉尻が、ぴくんと反応してみせた。
{何がだ? どこがだ? 「下僕」? 随分と傲慢な「下僕」くんだな。
「忠実」は間違いだっての。 いつ主人に噛み付こうか、牙を研いで待ち構えている「狂犬」のくせに。「狂犬的な下僕」だろうって。 ピッタリだよ、こいつに。
あぶない、あぶない。こいつの言うことを信じたら大変なことになる。
本当に可哀想な私……}
ネガティブ思考で、深愛は自分を慰めてから。
「大丈夫です。こんなによくしてもらっているのですから」
と、「建前」を口にしてみた。
「その割にお顔の表情と言葉が合っていませんね」
アルバートの笑みにイライライライラが募っていくが――我慢する。
「そんなことありません……」
少し影のある声を表情で――この場をやり過ごす。
十七年間こうしてやってきたのだ。
この演技には自信があるし――例えバレても――誤魔化せばいい。
「……そうですか」
深愛の予想に反して、アルバートはそれ以上ツッコミを入れてこなかった。
それはそれで――つまらない。けど。まぁ――これ以上何もないことに越したことはないのだから。
これ以上こいつと――関わるつもりもないのだから――。




