第八十八話 理屈を超えた戦い
アラン達に逃げられた後、オルレアはアランを追うのではなく、その場で待機していた。先程アランの中にいるナニカに一方的にやられたばかりの今、こちらからアランを刺激するのは危険と考えたのだ。
オルレアが動かずとも、必ずアランはオルレアを討つべく現れる。その時に備えて待っていると、
「ほう……これは意外な展開ですね」
オルレアの前に人影が現れた。
相手は二人。アラン・アートノルトとフィーネ・リフレイム。
彼らに外見的な変化はない。だが雰囲気が明らかに違う。良い意味で、二人の心境に大きな変化があったようだ。
「……何があったのかは予想できます。その上で聞きたい。何故貴方がそんな真似をしているですか?アラン・アートノルト」
『叡傑の暴虐者』とまで呼ばれるアラン・アートノルトが、たった一人の哀れな少女のために戦おうとしている。それも並々ならぬ覚悟で。
オルレアにはとても信じられない事だった。
「言いたい事は分かる。正直、俺もハッキリとした答えは言えない。自分でも分かってないからな」
フィーネを背に庇うように、アランは前に出る。
「取り敢えず、今はただ自分の気持ちに従ってお前らを倒す」
「出来るのですか?先程魔鎧騎士に惨敗した貴方に」
「嘘が下手だな。表情に余裕が無いぞ。実は焦ってんだろ」
「そう言う貴方は、すこぶる調子が良さそうではありませんか」
「ああ、絶好調だ」
『虚空の手』から一本の剣型の魔導器を取り出す。
今のアランは調子が良い。フィーネのおかげだ。アランは彼女を支えるために己の出来得る全てを賭けても構わないと思っている。
フィーネがアランの中途半端な心境を解消し、彼の調子を引き上げる着火剤となったのだ。
「驚きましたね、フィーネ様。一体どのようにして彼を口説いたのですか?」
「難しい事はしてないわよ。ただお互いに思ったことを全部打ち明けただけ。とても普通な事よ」
「そんな事で彼の心を変えるとは……いえ、むしろ貴方のような人だからこそ彼のトリガーとなり得たのですか」
フィーネの凡人っぷりをオルレアはよく知っている。だからこそ、彼女がアランの心を開くことなど出来るはずが無いと思い込んでいた。
「これは失念ですね。先に貴方を排除しておくべきでした」
まさか慈悲では無いだろう。アランのような他者の救済と破滅の両方を望む歪んだバケモノが、ただの善意如きで他人のために本気になるとは思えない。
フィーネの何がアランをその気にさせたのかは分からないが、これでアランとフィーネは共に十分な障害となった。
「やりなさい、魔鎧騎士。手加減は無用です。あの二人を全力で殺しなさい」
オルレアの指示に従い、鎧を模った厄災が前に出る。
冷たい鎧から放たれるのは膨大な闇の気配。圧倒的な魔力に空気だけでなく、この階層全体が怯えるように震えていた。
フィーネも僅かに恐怖を感じた。だが、それはほんの少しだけ。
「大丈夫」
そう言って、進むべき道を共に切り拓いてくれる者がいる。
彼は信じている。フィーネ・リフレイムという人間を。彼女がただの非才の少女に過ぎないと知っていながら、それでも彼女のために戦場に立っている。
ならばフィーネもまた彼を信じなければならない。
如何なる恐怖や絶望に面したとしても、一瞬たりとも疑いはしない。己の苦難を越える日まで、彼と共に走り抜ける。彼女もまた強く心に決めた。
「任せたわよ、アラン」
「ああ。アンタは貰い事故を受けないことだけ考えてろ」
「そうね。気をつけておくわ」
フィーネは距離を取り、《結界》を発動して身を守る。多少の貰い事故は防げるだろう。
それを確認してアランは魔鎧騎士とオルレアを視界に収める。
そして理解した。
「……なるほど、そういう事だったか。その死骸、ただリヴァイアサンの力を器に定着させただけの物なのに、何でそんな忠実に働くのかと思ったら、お前が魔装能力で制御してるのか」
『リヴァイアサンの断片』の断片を兵器に変えたところで、そこに人間のような理性は芽生えない。それでもオルレアの指示に従っている事が、アランは気掛かりだった。
「ええ、本当に苦労しました。自我が無いとは言え、自身より遥かに格上の存在にリードを繋げるのは。おかげで魔鎧騎士を戦わせている間は私は一切戦えません。状況としてはフィーネ様と同じですね」
オルレアも魔鎧騎士から距離を取る。魔鎧騎士は大剣を顕現させて構えた。
魔鎧騎士の赤い眼光には果てしない殺意が宿っていた。理性を持たないが故に、一切の余情を含まない純粋な殺意。圧倒的な厄災がたった一人の人間へ向けられる。
「《闘則術式一型・鬼神身昇》」
アランもまた剣を構える。魔法を唱えた瞬間、彼の全てが大きく変わった。
筋肉や内臓、神経、さらに細胞に至るまで。全体的な身体能力の超向上と共に、全身の感覚が冴え渡る。熱く滾る決意とは反対に、彼の漆黒の双眸には残酷な程に冷たい殺意が見えた。
ここに立つのは異端者でも暴虐者でもない。ただ一人の少女のために己の全てを懸けると同時に、目的のためにあらゆる障害を滅殺する理不尽な暴力の化身だ。
二つの莫大な力の解放により、さらに空間が震撼する。
一歩。
両者が踏み出したタイミングは同じだった。床を陥没させるほどの威力で踏み込み、そして蹴る。
瞬間、甲高い音と共に暴風が吹き荒れた。
暴風の中心でアランと魔鎧騎士の矛が激突する。威力は互角だった。そのまま両者は剣戟を繰り返す。
人知を超えた者たちの激突は当然の如く、周囲に影響を及ぼした。剣を振るたびに床や壁が抉れ、剣を激突させるたびに爆発の如き衝撃が起こる。それほどの激突を彼らは毎秒百回を超える勢いで続けていた。
「《刃則術式二型・乖那抜殺・十解》」
「《oq_c#+<・f+L.a;M》」
同時に両者が剣を引き、さらに威力を上げて放つ。
技の激突は一瞬にも満たぬ間に完結した。気付いた時には衝撃で天井と壁が消し飛んでおり、続けて床が崩落した。
アランはこの程度の事態は予想していたが、魔鎧騎士は違う。理性を持たない故の予想能力の欠落。魔鎧騎士は足場の崩落から体勢を崩した。
「《闘則術式三型・破虐龍昇濤》」
その隙を狙い、莫大な破壊力を宿した拳が魔鎧騎士の腹部を殴り上げた。
直撃した魔鎧騎士は打撃の勢いに抵抗できない。そのまま天井を全て突き破り、風を切りながら雲を越え、最終的に上空三キロメートル地点ほどまで吹き飛ばされた。
ようやく勢いが止まった魔鎧騎士は空中で体勢を立て直す。あれ程の一撃に直撃していながら、魔鎧騎士は腹部の鎧にヒビが入った程度の傷しか負っていなかった。
強靭な身体構造とアランを遥かに凌ぐ魔力量による異次元の耐久力。その脅威を目にしながら、アランは攻撃の手を緩めない。
「《刃則術式六型・苦螺天呪蓬莱暗槍連華》」
地上からここまで離れれば、戦闘による周囲への被害は考えなくていい。
魔鎧騎士を囲むように、周囲に千を超える闇色の槍が現れた。さらにその槍の向こう、魔鎧騎士から二百メートルほど離れた場所にアランは滞空していた。
魔鎧騎士が攻撃に出るまで猶予がある。アランは即座に槍を放つが、魔鎧騎士の対応速度も尋常ではなかった。
「《or/i#m:1aw》」
異質な声が響いた瞬間、槍が全て砕け散った。
何かされたと悟ったと同時に痛みが走る。腹と肩が抉られていた。
(あの時の空間干渉か)
最初に戦った時、アランを一瞬で戦闘不能にした魔鎧騎士の技。その正体を戦闘開始前からアランは考えていた。
あの技は指定範囲内の障害を全自動で攻撃し続ける技だ。それも自身の力を概念へ昇華させて空間に混ぜる事で、攻撃に防御貫通効果と必中効果を付与している。
基本的に概念とは抵抗できるものではない。世界に存在する全てに強制される絶対の理だ。
その概念が攻撃となり、範囲内に存在する者に牙を剥くのだ。馬鹿げた技だが、それに対抗し得る魔法を既にアランは会得している。
「《封印領域解放・不穢不朽絶対不滅》」
大気が波のように揺れる。視覚には映らないが、何かがこの空間に作用した事を魔鎧騎士は感じ取った。
《鬼神身昇》による身体強化の一環で向上した回復能力のおかげで、今のアランは擬似的な自動再生が可能な状態だ。負傷を自動再生しながら空気を蹴り、魔鎧騎士への接近を試みる。
当然その代償は安くはない。体が次々に傷を負っていく。
だが傷は浅い。概念を封印するアランの魔法、《封印領域解放》によって『負傷』の概念を封印した事で、魔鎧騎士の技の効果を大幅に削げている。
「《刃則術式一型・瞬刃》」
この程度の負傷なら自動再生で十分事足りる。アランは魔鎧騎士に超高速で突貫した。
百メートルを超える距離を瞬きの間に詰め、刺突を放つ。魔鎧騎士はそれを大剣で受け止めた。
激突の衝撃で周囲の雲が吹き飛んだ。街明かりから遠く離れた美しい夜空の下、再び両者は姿を歪ませた。
音すら置き去りにしながら、空中を縦横無尽に飛び回る。剣や砲撃、斬撃の数々が、凄まじい密度で常に激突を繰り返していた。
「《砲則術式二型・天羅轟咆》」
剣を交えた直後、魔鎧騎士の腹に手を当てる。手元から放出された極大の砲撃が、魔鎧騎士を突き飛ばした。
だが魔鎧騎士もただ受けるだけではない。すぐに大剣で光線を空へ弾き飛ばす。その時には先程いた場所から五百メートルは移動させられていた。
そこは魔鎧騎士が発動した《死屍海儀葬域》の範囲外である。
「《砲則術式一型・天地砲宮覇王光域》」
魔鎧騎士の背に光線が当たった。少し体勢が傾いた瞬間に、今度は下から迫った光線が魔鎧騎士を打ち上げ、さらに横腹、頭上、右腕、左肩にと次々に全方位から無数の光線が襲いくる。
如何に強靭な鎧でも耐久値に限界はある。証拠に魔鎧騎士の右肩が抉れた。
ようやく負傷と呼べる傷が付いた。それを契機にさらにアランは攻撃の密度を上げる。
だが、これは同時に魔鎧騎士のボルテージを跳ね上げる契機にもなった。
「aoara1ok!.+LZ!!」
魔鎧騎士が雄叫びを上げた。それだけで魔鎧騎士を中心に、全方位へ凄まじい衝撃波が放たれた。衝撃波はアランの光線すら押し返した。
「《or/i#m:1aw》」
再び展開される厄災の領域。必中必殺の攻撃の襲来を予期し、アランも《封印領域解放》で対抗する。
出力勝負ではアランがやや劣る。浅い傷だが、アランはダメージを受け続けていた。
(つくづく厄介だな)
過去に《封印領域解放》を破った者は何人かいる。だが単純な出力差で破られたのは初めてだ。
力の規模はほぼ互角。手札の数や技巧、知能はアランが上回るが、魔力量や出力、身体能力では魔鎧騎士に劣る。考え無しに戦ってもアランの勝率は高くない。
ならば取るべき手段は限られる。
「《闘則術式五型・廻駆神雷舞光》」
炸裂する雷鳴。魔鎧騎士はさらに上空に飛ばされていた。
見えなかった。魔鎧騎士の動体視力でも捉えきれない速度。音速すら超える、光速に近い速度でアランは動いている。
この動きを追いかけるのは魔鎧騎士でも難しい。範囲攻撃として《死屍海儀葬域》の展開を試みるが、それより早く衝撃が襲う。魔鎧騎士は再び遥か遠くへ吹き飛ばされた上に、衝撃で術式構築が妨害された。
概念干渉はこの上なく強力だが、発動には例外なく超高度な術式構築が求められる。少しでも術式構築が阻まれれば、その瞬間に術式は成立しなくなる。
故にこの攻撃を続けている限り、魔鎧騎士は《死屍海儀葬域》を使えない。
アランは何度も光速で魔鎧騎士に突撃する。周囲にはアランの動いた軌跡が光の帯となって広がっていた。
空中を跳ね回りながらタイミングや方向を調整しては、魔鎧騎士に迫る。魔鎧騎士を突き飛ばすだけでなく、触れるたびに鎧を斬っていた。
今は魔鎧騎士の回復速度よりアランの攻撃速度の方が速い。光速と共に繰り出される斬撃は着実に魔鎧騎士にダメージを蓄積している。視認不可能な攻撃に対し、魔鎧騎士は身体の防御力を上げて耐え続けていた。
だが、それも今の内だけだ。
次の瞬間、魔鎧騎士の正面で光が瞬いた。
光を認識した時には、既に目の前にアランがいた。魔鎧騎士が動くより早く、アランの攻撃が直撃したはずだった。
あろうことか、アランの腕は魔鎧騎士に掴まれていた。
動きが見えずとも、攻撃が来る方向とタイミングさえ分かれば反撃は可能だ。それが馬鹿げた芸当である事は言うまでもないが、魔鎧騎士は何度も光速によるアランの攻撃を受けたことで遂に攻撃を見切るに至った。
「aj._q#*,q!vzs」
魔鎧騎士はアランの腕を掴みながら、空いた片手で大剣を振りかぶる。
狙われたのはアランの首。仮にアランが掴まれている腕を切り落としても、この距離では逃げられない。
否、そもそもアランは逃げようとしていない。ここまで含めて彼の想定内だ。
「《砲則術式七型・天鎖糾罪之焔》」
周囲の空間が波打つように歪んだ直後、そこから光の鎖が飛び出た。
魔鎧騎士は鎖に絡め取られる。するとアランの腕を掴む力が一気に緩んだ。その隙にアランは魔鎧騎士から距離を取る。
この鎖の効果だろう。鎖が絡みついた瞬間から、魔鎧騎士の魔力出力や身体能力が全体的に低下していた。
「受け取れ、ウチの王女から学んだ技だ」
上空に巨大な法陣が展開されていた。
法陣から降り注いだのは眩く輝く巨大な炎の柱。魔鎧騎士は炎に直撃した。
温度にすれば一万度に及ぶ圧倒的な火力。超高熱によって鎧が溶け出した。
「oaa;ij12#!」
炎の中で魔鎧騎士は暴れている。
力を制限され、炎に身を溶かされているにも関わらず、魔鎧騎士の圧倒的な怪力は健在だった。体を動かすたびに鎖にヒビが入り、数秒後には鎖を破ってしまった。
解放された魔鎧騎士は咆哮を上げる。その衝撃で火柱は軽く消し飛ばされた。そのまま魔鎧騎士はアランに突っ込んだ。
アランの眼前で魔鎧騎士は大剣を薙ぎ払う。アランは避けずに刃を身に受け、刃に体を両断された。だがアランから血は流れることはなかった。
アランの輪郭が揺らいだ瞬間、体が火の粉を散らして煙のように消滅した。
幻覚。そう理解した時には既に遅い。背後から凄まじい衝撃が魔鎧騎士を襲う。
衝撃に抗えず、魔鎧騎士が大きく吹き飛ばされる。熱で脆くなっていた鎧には大きなヒビが入っていた。
魔鎧騎士は負傷を再生を試みるが、治ったのはヒビだけだ。鎧に溜まった莫大な熱が離れない。今も鎧は溶けかけている。
「暫くは消えないぞ、それは」
罪を濯ぐまで消えない神罰の炎。それがこの魔法の正体だ。
アリシアなら聖装能力を解除するまで、永遠に相手を焼けただろう。だが、アランのものはアリシアの技に似せた魔法に過ぎない。相手を焼き続けられるのは数分が限界だ。
それでも効果は十分あった。やはり熱は有効だ。脆くなっている今の内に徹底的に叩くしかない。
「《or/i#m:1aw・vi,’no#%I》」
距離を詰めるアランを迎え撃つべく、魔鎧騎士は剣を掲げた。
概念干渉領域の展開。加えて発動された未知の技により、魔鎧騎士の周囲に大量の水製の龍が現れた。
数にすれば数千はくだらない。蛇のように体を畝らせ、龍がアランに迫り来る。
「《封印領域解放・不穢不朽絶対不滅》」
魔鎧騎士が光速移動に慣れた今、速度重視の戦術は魔鎧騎士には通用しないだろう。アランは再び『負傷』の概念を封印した。
「《砲則術式一型・天地砲宮覇王光域》」
続けて放った大量の光線が水製の龍と激突し、相殺し合う。
激突のたびに凄まじい衝撃が拡散していた。周囲一帯で繰り返される激突の中を突っ切り、アランは魔鎧騎士に接近戦を挑む。
再び超高速で繰り返される剣戟。衝撃で距離を離しては斬撃や砲撃を放ち、爆発の中でまた距離を詰めて激突する。状況は依然として拮抗していた。
変化が起きたのは激突の回数が二千を超えた時。
アランが距離を詰めた瞬間、『虚空の手』の中でアランの指が切れた。《封印領域解放で抑えきれなかった《死屍海儀葬域》による攻撃だ。
指の負傷から剣を握る力が弱る。その隙に魔鎧騎士はアランの剣を手元から弾き飛ばした。無防備になった瞬間を逃さず、空いた片手でアランの腹を殴る。
直撃。貫通はしなかったが、骨が折れた。内臓も潰れかけだ。
アランは吹き飛ばされそうになるが、その前に魔鎧騎士の手を掴んだ。大きく頭を振りかぶり、魔鎧騎士の頭にぶつける。
ただの頭突きだ。大したダメージにもならない。だが魔鎧騎士の体勢が少し揺らいだ。魔鎧騎士の反撃を待たずに、アランは蹴りを繰り出す。
寸前で魔鎧騎士が左腕で蹴りをガードするが、勢いは抑えきれない。魔鎧騎士はそのまま吹っ飛ばされた。同時に腕にヒビが入った。
「《砲則術式二型・天羅轟咆》」
翳されたアランの掌から極大の光線が放たれる。狙ったのは負傷した魔鎧騎士の左腕。
光線は的確に左腕を貫いた。熱による軟化に加え、度重なる攻撃。遂に魔鎧騎士の左腕が大きく欠けた。回復しない限り、使い物にならないだろう。
アランは接近しながら、『虚空の手』から双剣を取り出す。対する魔鎧騎士はその場で大剣を構えた。
右腕から大剣にかけて莫大な魔力が込められている。左腕を壊したからと言って油断していい状況ではない。
「「ッ!!」」
接近した瞬間、両者が剣を振りかぶる。
膂力では魔鎧騎士が勝っていた。桁外れな威力の剣撃に加え、大剣を振る度に斬撃が放たれる。さらに斬撃は剣筋とは異なる軌道で動いていた。
一振りで二撃の攻撃。魔鎧騎士は手数でもアランに並んだ。
魔鎧騎士の攻撃は全て致命傷になり得る。如何に常軌を逸した回復能力があろうとも、即死すればどうしようもない。それが人間という生物だ。
一手でも誤れば死ぬことは目に見えている。それでもアランは一瞬の予備動作も隙も見逃さない。絶えず思考を巡らせ、確実に魔鎧騎士の攻撃を捌き続ける。
この状況に於いては攻撃が最大の防御だった。
両者は今も周囲に大破壊の攻撃を展開している。加えてこれほど苛烈な接近戦を繰り広げている今、これ以上技を行使する余裕は無い。
威力で押し切るか、距離を取って体制を立て直すか、奇策で意表を突くか、それとも体の限界が来るのを待つか。
決着は不意に訪れた。
甲高い音と共に金属片が空を舞う。アランの武器が限界を迎えて砕け散った。
彼の武器は何の特徴もない通常武器や魔導器しかない。どれだけ魔法で強化しても、性能に於いては聖装具や魔装具に劣る。それこそ『リヴァイアサンの断片』から作られた魔鎧騎士が持つ大剣と比べれば、性能差は歴然だ。
故にこれは必然的な結果であり、同時にあまりに無情な終幕だった。
「AL*+<C,xqa」
魔鎧騎士はこの致命的な隙を逃すことなく、大剣をアランへ刺突させた。
大剣が腹に刺さる。そのまま魔鎧騎士は大剣を横に振り抜き、アランの体を大きく切り裂いた。
さらに腰から肩へ斜めに一閃。貫通はしなかったが、骨や内臓ごと大きく切り裂かれる。
「ガッ……アァ“」
夜空に大量の鮮血が散った。心臓や肺まで及ぶ致命傷。急激に呼吸と意識が浅くなる。衝撃で魔法の効果も絶えた。
アランは重力に従って落下する。魔鎧騎士はその場で体を修復しながら、静かに死に近づくアランの姿を見つめている。
──ああ、らしくねぇ。なんでこんな馬鹿な事にマジになってんだ俺は。
確かにフィーネのことは可哀想だと思う。俺だって救いを求める奴を無心で見てられるほど腐ってない。
だが他人を救うために全力を尽くせるほど、俺は善人じゃないだろ。人が救われる事と傷付く事の両方を等しく望み、さらにそれを全く悪びれないクソ野郎だ。
俺はフィーネに恩も愛着も何も無いし、本気で救うに値するだけの価値も見出していない。ただ可哀想と思っただけ。俺がフィーネのために本気になる理由など無いはずだ。
昨日の俺が今の俺を見れば『あり得ない』と驚愕していただろう。今でもこの行いに対する疑問は山ほどある。俺にとってそれだけ訳の分からない事を俺はしているはずだ。
だけど───。
「ははッ……笑えるな」
思わず苦笑する。理解できない行動を取った自分、そしてそんな自分を『それでも良いか』と受け入れてしまっている今の自分に。
どんなに理性的に考えても、どんなに疑問をぶつけても、この胸に宿る熱意は微塵も衰える気配を見せなかった。
不思議な気分だ。熱に浮かされている、というのだろうか。理屈とか正論とか、そういう要素が全てどうでもよく思えるんだ。
(そうか……アリシアはいつも、こんな気持ちだったのか)
なんとなくアイツの考えが理解できた。
この前リオと話した時にも思ったが、我ながら俺は自分勝手なヤツだと思う。
全力を尽くすのはいつだって自分のためだ。唯一例外を挙げるとするなら師匠への親孝行があるだろうが、アレは俺なりに理由がある。
俺は師匠から大き過ぎる恩を受けている。師匠は聖装具も使えない半端者である俺なんかを今この瞬間まで育てて、支えてくれている。ならばどんな形であれ、師匠に『育てて良かった』と思ってもらえるような弟子になりたいと思うのは、おかしな事ではないはずだ。
俺は今まで本当の意味で理由も無しに他人のために、それも無価値な誰かのために全力を尽くしたことなど無かった。
だからいつもアリシアのことが分からなかった。どんな思考回路をしていたら、理由を持たずに見ず知らずの他人のために全力になれるのかと。
結論から言えば、俺は根本から間違えていた。
多分アリシアは最初から利益とか理屈とか理由とか、そういう難しい事は考えてなかったんだと思う。
ただ自分が正しいと思った行いを貫き通す。それでアイツが他人を救うのは『偶然アイツにとっての正しさが他人のためになるものだった』というだけだ。それこそ難しい話ではない。
(なんだ、俺もアイツの理想にアレコレ言える立場じゃなかったな)
人間の営みとは極めて複雑怪奇なものだ。全てが理屈や正論で片付けられるほど単純ではない。なんて事のない偶然が結果を左右することもあるし、合理性から外れた馬鹿な行いが事を解決する時もある。世の中なんて結局そんなものだ。
なら俺もこれ以上、難しい事を考えなくて良いだろう。
偶には馬鹿になるのも悪くない。今、重要なのは俺がフィーネを助けたいと心から思っている事だ。
思いのままに戦え。ただこの熱情に従って、助けたいと思った者のために全てを尽くせばいい。
だって───。
「──この選択に後悔することなんて、絶対にあり得ねぇ!!」
今一度己の覚悟を確かめるように叫びを上げる。
理由?具体案?そんなの知るか!!後で好きなだけ考えたらいい。
心が決まったなら後は進め!如何なる苦難が阻もうとも、彼女との約定を果たすまで突っ走れ!
「《起死回生》ッ!」
瞬間、死にかけだった体が一瞬で完治を果たした。
呼吸と意識が正常に戻った。魔力も身体も十分。まだまだ戦える。
「《闘則術式二型・冠絶拳業》!!」
夜闇にアランの姿が掻き消える。
一瞬の間に起きた想定外の復活と急激な速度の上昇。魔鎧騎士は視界からアランを外してしまった。
そして次に魔鎧騎士が気付いたのは、
「So,c#1!?」
魔鎧騎士の左肩から先が消し飛んでいる事だった。欠損は治していたにも関わらず、アランは魔鎧騎士の左腕を一瞬で破壊したのだ。
今までのアランの攻撃力ではあり得ない現象。本能的に魔鎧騎士は理解する。
また一段階、アランのギアが上がった。
「《oq_c#+<──」
「させるかぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
技を発動する暇を与えず、アランは魔鎧騎士に接近して打撃を放つ。魔鎧騎士は大剣で拳を受け止めた。
今までの攻撃をさらに超える破壊力と衝撃。なんとか拳を止めることは出来たが、大剣が耐えられなかった。一瞬で亀裂が大剣の全体に走り、限界を迎えて砕け散る。
アランと同じく、魔鎧騎士も致命的な隙を晒した。
「テメェも堕ちろ!ガラクタが!」
魔鎧騎士の右腕を掴んで拘束。さらに空いた右手で魔鎧騎士の頭部を掴んだ。
そして、
「《砲則術式終型・獄王災禍天魔月葬》!!」
直後、両者を中心に凄まじい大爆発が起こった。
太陽のように拡散した漆黒の炎は一切の光を映さない。周囲の全てを飲み込み、アランもろとも魔鎧騎士を獄炎の中に落とした。




