第八十三話 想定外
オルレアは高速で剣を振り回し、大量の斬撃を放った。それもただ直進するのではなく、奇妙な軌道で迫ってくる。
軌道が読めない。的確に迎撃するのは難しい。
「《出力拡張・灼熱砲火》」
周囲から特大の火炎放射を複数放つ。性に合わないが、軌道が読めないなら強引に潰すしかない。
廊下を埋め尽くすほどの熱線は容易く斬撃を砕いた。代わって現れた爆煙が周囲を覆う。
するとその中を突っ切り、飛来する魔力の気配が感じられた。先んじて《結界》を唱えて前方に生成した結界が、飛来してきた剣と衝突する。
それはオルレアの魔装具ではなかった。おそらく床や壁の一部を剣に変えて放ったのだ。
(なら次は……)
────ッ!!
直後、剣が爆発した。
アランの表情に驚きはない。冷静に結界で爆発を防ぐ。
投擲物に二段構えの攻撃を仕込んでいる事くらい予想していた。迎撃ではなく敢えて防御を選んだのもそのためである。
「芸がないな。ネタ切れか?」
振り向きざまに右フックを放つ。いつの間にか背後に立っていたオルレアは、それを剣で止める。
「これも難なく防ぎますか。恐ろしいほどの洞察力……もはや予知の領域ですね」
「褒めても何も出ないぜ?」
「では自らの手で奪いましよう」
その時、足元にオルレアの魔力が流れたのをアランは感じた。その場から飛び退いた直後、オルレアの周囲の床から巨大な棘が突き出てきた。
「派手だねぇ〜」
呑気に呟き、《結界》を発動する。直後に前方に並ぶ棘が砕けた。
その向こうから雷撃が飛来する。結界で受け止めると、そのまま着地した。
(面倒だな。空中戦にでも持ち込めたら楽なのに)
オルレアは距離を問わずに戦えるバランス重視の魔装士だ。特に厄介なのはこの一方的な戦闘スタイル。
相手の遠距離攻撃は魔装能力で防ぐか弾くか、いづれにせよダメージを与えるのは難しい。
だがこちらから近距離攻撃を仕掛けても、重力のベクトルを操作することで防がれる。それ以外の防御手段もあるから、的確に防御を潰すこともまた至難。アランに攻撃のチャンスがあるとすればカウンターだ。
オルレアが攻撃に来る瞬間は防御がない。こちらから攻撃は通るが、近づければ相手の思う壺だ。周囲の物に命令して好き勝手してくるだろう。
(だったら……)
思案しながら構えるアランへ、
「時にアラン・アートノルト、魔装士の扱いについてどう思いますか?」
訳の分からない問いをオルレアが投げてきた。思わずアランも「は?」と困惑の声を漏らす。
「真面目に戦うんじゃなかったのかよ。つーか、そんなの興味ねぇし」
「もちろん真面目ですよ。大真面目に質問しています」
「あー大体分かった。アレか、お前ら魔装士集団の目的が『魔装士の扱いを変えること』みたいな話で、その一環で俺の見解を聞こうと」
「察しがいいですね。その通りです。我々の目的は世界の変革。魔装士への認識と扱いを変える事です」
素晴らしいでしょう、と笑顔で言うオルレア。
「現在の魔装士の扱いはとても酷いものです。誰もが恐れ、忌避している。挙げ句の果てには『厄災』とまで呼ばれる始末。おかしな事とは思いませんか?魔装士とて人間です。皆と同じ扱いを受けて然るべきだと言うのに、人々は闇の力を持つというだけで魔装士を冷遇する。とても看過して良い状況ではありません」
ある意味、オルレアの言い分は正論である。現状、世間の魔装士に対する印象は良いものではない。
当然だ。魔装具が持つ闇の力は人に害を及ぼす。耐性のないものが触れれば精神や身体を汚染される程だ。悪い印象を持たれても仕方ない。
そんな闇の力を操る者がいるとすれば、同様に悪印象を向けられるのも自然な事だろう。
それを否定し、変えたいとオルレアは言っている。
「はぁ……」
盛大にため息を吐いてから、アランは言った。
「つまんね」
それは至極どうでも良さそうに。
「お前らの言い分は分かるよ。実際、魔装士の扱いは良くない。でもそれは仕方の無いことだ。誰だって危険物があれば遠ざけたくなるだろ。魔装具の闇はまさに危険物だ。それを扱う魔装士が忌避されても仕方ない。その理屈が成り立つ以上、魔装士への印象を変えるのは現実的じゃない。諦めるしかないってのが半分。もう半分は、単純にどうでもいい。俺は魔装士じゃないし、関係ない話をされてもなぁ」
腰に手を当て、小首をかしげる。
「他者への差別と排斥は集団に生きる人にはどうしようもないものだ。異分子が見つかれば皆で叩く。それが均衡を維持し、同時に集団の結束を高めるからだ。それ故に、一度攻撃された者が地位を上げるのは容易じゃない。それくらいお前らも分かってるだろ?」
「無論、全て承知の上です」
「承知の上で魔装士としてリフレイムに混乱をもたらすか。一体お前らがどんな結末を目指してるのかは知らねぇが……」
アランはオルレアに手招きしながら、
「お前らが俺の邪魔になる限り、俺はお前らを否定する。さっさと来いよ。ここでその夢物語を終わらせてやる」
「ははっ!これではどちらが悪者か分かりませんねぇ。ではお言葉に甘えて」
オルレアは床を強く踏んだ。
「《渾沌写す不協和音》」
足元から発生した音が廊下に反響し、アランの耳に入る。
その時だった。一瞬、アランの体の動きが止まった。
否、止められた。
(音に何か仕込んでやがったか!)
硬直していては反撃は出来ない。その隙にオルレアはアランと距離を詰める。だが間合いに入ることはなかった。
「まずはその守りを剥がしましょうか」
再び靴底を鳴らして音を響かせる。それも一度ではなく何度も続けて。
これを続ける限り、アランの動きは止まり続ける。並行してオルレアは雷撃を放った。
雷撃が当たったのはアランではなく、アランが纏っていた結界だ。
(やはり結界を張っていましたか)
アランならば、既に勝ち方を確定させていると思っていた。
カウンター。それが自身の攻略法であることは自覚している。過去に何人かカウンターで決着を狙っていた者もいた。
ならば、その考えを逆手に取ればいい。
カウンターは後手に回る。そこで動きを止められようものなら詰むのは必至だ。
「少し安直すぎましたね、アラン・アートノルト」
彼の防御は剥がせた。周囲に魔法を仕込んでいる気配もない。無防備な今ならトドメを刺せる。
靴底を鳴らしながらオルレアは接近する。間合いに入り、アランの頭部に刺突を放った。
だが、
「安直なのはテメェだ、阿呆が」
あろう事か、行動不能であるはずのアランはオルレアが剣を持つ手首を掴んだ。
剣は額に届く寸前で止まった。身体能力についてはアランが上回っている。オルレアの腕は微動だにしなかった。
「チッ」
驚きはあった。おそらくアランはオルレアの想定以上に早く、それこそ一回目の妨害を受けた直後には対策を編み出していたのだろう。
だがこの程度で諦めるオルレアではない。
直後、オルレアのスーツからナイフが突き出た。ナイフは一人でにアランへ向けて射出される。
常人が目で追える速度ではない。そんな攻撃を至近距離だ。構えていなければ攻撃を止めるのは不可能だ。
「悪いけど……」
空いた片手を当然のようにナイフの軌道上に手を滑らせ、
「お前みたいな奴の相手をするのは初めてじゃないんだ」
あっさりとナイフを掴んでみせる。
当たり前だが、通常武器や魔導器より魔装具や聖装具の方が強力である。故に多くの者は魔装士は魔装具を使うのが当たり前と考えがちであり、同様に魔装士も他の武具に頼ろうとは基本的に思わない。これは聖装士にも同じことが言える。
その固定観念は時として致命的な隙に繋がる。オルレアはそこを狙っていた。
「これも止めますか……通常武器による不意打ちは決まりやすかったのですが、異端者である貴方に固定観念などありませんか」
「まぁな。それと、お前はもう詰みだ」
「何を───」
「《凍結》」
足元から氷が拡散する。オルレアを腰まで氷漬けにするだけでなく、周囲の床を凍らせ、さらに二人の周囲を半球状の氷で密閉した。
「お前の魔装能力は汎用性が広くて厄介だ。だがお前の魔装能力は主に『周囲の物』に干渉する。だから干渉する物が無くなれば戦闘力は大幅に落ちる」
明らかにオルレアの表情に焦りが見えた。
アランの読みは正しい。オルレアの魔装能力は触れた対象に命令を下す能力。極めて汎用性の高い、それこそほぼ万能に近い能力だが、大きな弱点がある。
それは『環境への依存度が高い』ということ。オルレアの魔装能力は命令を下す対象がいなければ大幅に脅威度が下がるのだ。
自身の魔力を物質へ変換する術もあるが、それは魔力消費の激しい戦法だ。全ての操作対象を魔力から生成した物質に依存する場合、消耗の激化は避けられない。いづれにせよ、戦闘能力の大幅な減少は変わらない。
「この距離じゃ空気もいじれないな。どう操作してもお前にも悪影響が及ぶ。床は凍ってるから触れられない。周りも氷で覆われて届かない。なんだ、万能と言っても少し制限すればこの程度か」
敢えて嘲笑するアラン。オルレアも認めたと言った風に苦笑した。
「たったこれだけの戦闘で私の魔装能力の弱点を二つも見抜くとは。貴方が初めてですよ」
「それは光栄。で、こっからどうする?」
「死になさい」
瞬間、剣が爆発した。
直前に周囲の湿度を極限まで下げた。オルレアにとって、この大きさの物体から出せる最大火力での爆発だった。至近距離で直撃すればタダでは済まない。
「油断しましたか?自傷する覚悟くらい既に決めています」
爆発の余波を受けたのはオルレアも同じだ。
術者であるオルレアの負傷は比較的軽度だが、手と腕は火傷している。剣の破片が皮膚を裂いて所々が出血していた。
「さぁ、今度こそ──」
魔装具を再顕現させようとした。だが言葉が吐けなかった。
「ガっ……ア!?」
首に強い圧迫感。同時に足が浮いた。
首が掴まれていた。それをしたのは他でもない、
「流石テロリスト、覚悟は決めてるな。だがお前も考えが足りてないぞ。自傷の覚悟は俺も決めてる」
オルレアの首を掴みながら、アランは不敵に笑う。
彼の負傷はオルレアより酷い。両手は『虚空の手』のおかげで無傷だが、それ以外は重傷だ。
黒い焦げ跡の付いた両腕は使い物になるかも怪しい。顔も三割ほどを火傷が覆っている。剣の破片による負傷もあった。普通なら負傷や痛みで立つことすら出来ないはずだ。
だがそれでも、彼は笑ってみせた。まるで痛みを感じていないかのように。
「魔装具も手放した。今のお前に抵抗はできねぇ」
首から手を離した直後、
「《瞬間超強化》ッ!」
胸部に強烈な打撃が炸裂した。
瞬間的に出せる最大威力の打撃を叩き込んだ。オルレアは凄まじい勢いで吹っ飛び、数十メートル離れた廊下の端の壁に激突した。
「がはッ……!」
口から血が出る。砕けた肋骨が肺や筋肉を切った。衝撃による脳震盪から思考も定まらない。
もしアランの腕がボロボロでなければ、今の打撃で心臓まで損傷していただろう。
このままでは──。
「チッ!」
壁を蹴って斜めに転がり込む。直後に移動してきたアランが放った打撃が壁を穿った。
「《歪狂の導き手》!!」
顕現させた魔装具を床に刺し、幾重にも壁を展開する。
さらに自分の足元の床を操作して自身を後ろへ突き飛ばした。無理矢理だがアランから距離は取れた。
「流石にタフだな」
「職業柄……体の頑丈さには自信があるのですよ」
「ヴィル・カルマースも似たようなことを言ってたよ」
オルレアは口元の血を拭いつつ、可能な限り負傷を治療する。
完治はしなかったがマシにはなった。それでも先程の負傷の影響が大きい。今まで程キレのある動きはできないだろう。
アランも《治療》で体を治癒した。彼の傷は瞬く間に治り、数秒後には完治していた。
「ただの治療魔法で治癒できる怪我ではないでしょう……普通」
「鍛錬と身体についての勉学を積めば出来るさ。誰でもな」
「なら私にも《治療》を使わせて欲しいのですが」
「嫌だね。そのままくたばれ」
吐き捨て、アランは床を蹴った。
「……何を、してるの……?」
「ッ!?」
アランの足が止まった。
聞こえた声は背後から。この声は知っている。ここ数日で何度も聞いた。
だがこれは最も想定していなかった事態である。
「なんで……お前が」
振り返った先にいたのは予想通りの人物。
セミロングの銀髪と蒼い双眸。青や銀を基調としたこのドレスも見覚えがある。
フィーネ・リフレイム。先程アランとアリシアが皇城から逃したはずの彼女は、何故かこの場に立っていた。
***
───皇城の中庭にて。
グサリと、肉が裂ける音が響く。ヴァッシュの腹にアリシアの剣が突き刺さっていた。
「グ…ゥ…ごッハァ“……!」
刺突は届いた。吐血するヴァッシュから剣を引き抜き、さらにアリシアはヴァッシュを蹴り飛ばす。
吹き飛んだヴァッシュは皇城の壁に叩きつけられた。そのまま力無く地面に倒れる。
「はァ……はァ……やるジャねェか……恐れ入っタゼ。こコまで根性のアる奴トハ思わなカった」
負傷を厭わずに攻撃してきたアリシアの精神の強さを、純粋にヴァッシュは賞賛していた。
アリシアは聖装能力で負傷を癒しながらヴァッシュに近づく。今の内に意識を奪うつもりだ。
「だがナァ……クソガキ」
壁に手を付けてヴァッシュは無理矢理立ち上がった。
だが失血過多でふらついている。戦える状態ではない。
「詰メが甘イのは、いタダけねェナ」
「何が言いたのですか」
「こノ前の黒髪のガキなら、最後、蹴りジャなく俺の首を掻き切っテただロウよ。意識じゃなク、命を奪うタめにな……アァ、それが正しい。俺でもソウする。これハ殺し合いダカらナァ……相手を生かスのは論外だァ」
「なるほど。そういう意味では、確かに私は甘いのでしょう。アラン君にも何度か言われましたからね。ですが私は人を殺さないと決めているので。それが甘い行いでも、曲げるつもりはありません」
「カカッ!そりゃ結構!そレがお前の信念なラ、否定はシねぇが……」
笑いながら、満身創痍の男は言う。
「死んでも、後悔するなよ?」
───瞬間、空気が変わった。
変化はアリシアにもハッキリと感じられた。
空気が重い。大気中の魔力の濃度が変わったのか。全方位から圧をかけられているような感覚だ。
「まさか……!?」
マズい。今すぐ彼を気絶させなければいけないと、直感から悟る。
地を蹴って駆け出した。彼女の速度なら一瞬あればヴァッシュに刃を届かせることはできただろう。
だがそうならなかった。ヴァッシュに近付くほど、何故かアリシアの速度が落ちていた。
故にアリシアの攻撃が間に合うことはなかった。
「傲血たる簒奪者……」
溢れる獰猛な獣の吐息。
拳を握る。砲台を持ち上げる。最高潮に達した力と精神は周囲に波及し、闇夜の深度を深めていく。
時は満ちた。月が浮かぶ夜の下、赤眼の獣は腕を広げて産声を上げた。
「真髄解放ォォォォォォッ!!!」
瞬間、闇が爆発した。




