第八十話 狂宴の幕開け
「来なさい、《狂歪の導き手》」
オルレアの手に現れたのは黒く、細長い剣だった。剣からは魔装具特有の闇の魔力が感じられる。
剣を握ったオルレアは踏み込んでアランに剣を薙ぎ払う。
受け止めても良いが、オルレアの魔装能力が精神干渉系のものである事を考えると安易にオルレアの攻撃には触れない方がいい。アランは飛び下がって回避した。
「《灼熱砲火》」
十数発の火炎放射を放つ。
速度は圧倒的。一瞬で目の前に迫った熱線を、しかしオルレアは全て弾いた。
それどころか熱線が方向を変えてアランへ返ってきた。すかさずアランは『魔法崩し』によって熱線を無効化する。
「やはり魔法は効きませんか。私の魔法も発動しませんし。聞いていた通り、魔法を無効化できるんですね」
ヴァッシュからの情報だろう。おそらくアランの手札は粗方オルレアには知られている。
だがアランも同様にオルレアの魔装能力について事前情報を得ている。
精神干渉系であるのは前提として、アランの魔法を跳ね返した事。そして魔法による自己強化が使えないにも関わらず、正確に熱線を弾いた事。
これらの情報から推し量るに───。
「お前の魔装能力は『自分を含め、触れた対象に命令を下す能力』ってところか?精神干渉系としては上等なものじゃないか」
「そうでもありませんよ。生物への命令は本人の意思力次第で、ある程度抵抗できますし。認識の改竄も事実との矛盾に気付けば意外と簡単に破られます。生物に対して大きな効果を与えるのは簡単ではないのです」
オルレアが剣を床に刺すと、
「代わりに、非生物に対する効果は優れていますがね」
直後、床から棘が伸びてきた。
床に命令を下して変形させたのだ。アランは熱線で棘を粉砕する。
間髪入れずにオルレアが突進してきた。素早く距離を詰めるとアランの心臓目掛けて刺突を繰り出す。
「おっと」
身を逸らして刺突を避ける。次いで足払いでオルレアの体勢を崩しにかかるが、その前に距離を取られた。
飛び下がる最中、オルレアの剣先が光った。そこからナニカが放たれた。
攻撃は透明で目には見えなかったが、アランは直感で躱した。
一瞬遅れて後方の壁に穴が空いた。避けていなければアランも風穴を空けられていたに違いない。
「空気を圧縮して撃ったのか。おっかない真似するじゃねぇか」
オルレアが空気に命令を下せば、アランから空気を奪って窒息させる事も出来そうだ。
ならば室内で戦うのは得策ではない。ここは一度オルレアを部屋の外に叩き出す。
「《雷撃》》」
連続で雷撃をオルレアにぶつけるが、悉くオルレアは弾き返す。
自身に雷撃を弾くよう命令を下しているのだろう。加えて雷撃に触れた瞬間、雷撃に別方向へ飛ぶように命令を下して弾く負荷を減らしている。これなら高威力な攻撃でも問題なく弾けるはずだ。
だが、それはそれとして利用できる。
「ほいっと」
雷撃が飛ぶ。それはオルレアの横を過ぎて壁に当たると、壁で反射してオルレアの背後に迫った。
オルレアは自身に下した命令により、自動的に背後の雷撃を叩き切る。
それはアランに背中を晒す行為だ。
「《瞬間強化・氷鎧》」
一瞬でオルレアの背後に迫ると、横腹に回し蹴りを放つ。脚は氷で覆われている故、直接体がオルレアに触れることはない。
寸前でオルレアは腕を翳して蹴りを防ぐが、勢いに乗せられて吹き飛ばされた。
部屋の壁すら突き破り、そのまま廊下に転がり出る。
「くっ……私の魔装能力を逆手に取りましたか」
「分かりやすい弱点だからな。狙うに決まってんだろ」
アランも廊下に出てきた。
オルレアの魔装能力はかなり幅が効く。周囲の物体を操る事も、自身に命令して自己強化する事もできる。
しかし命令は所詮命令だ。命じられたものはあくまで命令通りに動き、不測の事態が起きても行動の優先順位は変えられない。
アランはその特性を逆手に取ってオルレアに隙を晒させた。
「本当に良く頭の回る方ですが……良かったのですか?私を廊下に出して。皇城内にいる者が戦いに巻き込まれますよ?」
「その事なら気にするな。避難はとっくに済んでる」
「何を……」
オルレアは改めて皇城内の気配を探り、そこで気付いた。
(気配が……全く無い?)
自分とアラン、それと下の階にいるであろうフィーネとアリシア以外の一切の魔力の気配を感じなかった。
「お前とフィーネを部屋に留めたのは皇城にいる皆を避難させる時間稼ぎでもある。だが普通にやればお前は気配の変化から気付くだろう。だからアリシアに頼んだんだ。『聖裝能力でフィーネの部屋から感じられる周囲の気配を誤魔化してくれ』って」
「なるほど。いつまで経っても皇城内の気配に変化が無かったのはそのためですか」
避難が済んでいる今なら余計な事は気にしなくていい。
フィーネの避難も時期に済むだろう。アランがオルレアにわざわざオルレアに探偵染みた真似をしたのはフィーネが逃げる時間を稼ぐためだ。
フィーネが巻き込まれる事を考慮しなくて良いのなら、最初からオルレアを殺しにかかっている。だがアリシアはそれを許さないだろうから、フィーネの安全を考慮した策を立てた。
「テメェらのせいで俺の休暇は台無しになったんだ。だからその恨みをここで晴らす。タダで死ねると思うなよ?」
『虚空の手』を両手に付けながら、アランはニヤリと笑ってみせた。
***
一方、アリシアとフィーネは。
「もう少しで外に出られます。その後はなるべくこの城から離れてください」
フィーネの手を引いて走り続けるアリシア。
既に上階から戦闘の気配が感じられる。これ以上戦闘が激化する前にフィーネを逃さなければいけない。
だがフィーネは浮かない顔をしていた。
「……アリシア・エルデカ。オルレアはどうなったの?」
「………っ」
オルレアは首謀者の一人であり、彼女を誘き出すために貴方を利用した。
そんな事実を伝えられるはずもなく、アリシアはただ押し黙る。
「オルレアも一緒に戦わせるつもりなの?確かにオルレアは強いけど、それならそうと言ってくれたら」
「フィーネさん」
真実を教えられない事、そして騙してしまった事による罪悪感を押し殺しながら、
「必ず後で全てお伝えします。今はとにかく逃げて──」
言いかけた瞬間だった。
突然アリシアは足を止めた。次いで周囲を見回す。
「ど、どうしたの……?」
「……フィーネさん」
重々しく言う。
「私が同行できるのはここまでのようです。後はご自身で逃げてください」
「え?」
「早く!」
叫んだ直後、近くの壁が爆音と共に砕け散った。
土煙が上がる。その向こうから聞こえたのは、
「あぁぁぁぁやっとこの時が来たぜェ。待ちに待ったメインディッシュ……今夜は最高の夜になりそうだ」
荒々しい男の声。現れたのは赤髪の男、ヴァッシュ・ガーバランドだった。
手には彼の魔装具である砲台を持っている。既に臨戦態勢だ。
「って、おいおいこりゃあどういう事だ?あのガキいねぇじゃねぇか!いや、この気配……もしかして上か?」
「止まってください。貴方がヴァッシュ・ガーバランドですね」
アリシアは前に出る。
同時に彼女の両手に双剣が現れた。アリシア・エルデカの聖装具である《神話を紡ぐ双煌》だ。
「あ?テメェ誰だ?」
「アリシア・エルデカです。貴方の事はアラン君から聞いています。ただちに投降してください。さもなくば、少々痛い目をみてもらいますよ」
「アリシア・エルデカ……あぁ、クソアマが言ってた奴か。確かあのガキに勝ったんだっけか?」
「そのガキというのが誰のことかは分かりませんが……」
アリシアは双剣を構えて言ってのける。
「貴方が以前戦ったアラン・アートノルトよりも、私は強いですよ」
「そうかそうか!なら楽しめそうだ……!」
激戦を予期し、楽しげに笑うヴァッシュ。
既にフィーネは逃げた。その内彼女は安全な場所まで辿り着く。
フィーネに被害が届かないよう注意しつつ、ヴァッシュを倒す。それが今のアリシアの役割だ。
「今回は特別に許可が下りてんだ。今日は盛大に暴れて──」
「《身体強化》」
気付けばヴァッシュの目の前にアリシアの姿があった。
刺突を繰り出す。ヴァッシュは砲身で防ぐが、そのまま後方へ突き飛ばされた。
「─主よ、この者に裁きの天譴を─」
さらに生成された大量の光の剣がヴァッシュに迫る。
「ハハッ!いいねぇ!」
哄笑を上げながら発射口を向けると、光線を放った。凄まじい威力の光線は光の剣を容易く薙ぎ払う。
アリシアを巻き込むつもりで光線を放ったが、ヴァッシュの視界にアリシアの姿はなかった。
ならば、
「後ろか!」
振り向きざまに砲台を薙ぎ払う。
確かに背後にアリシアはいた。だが彼女は砲台を紙一重で回避した。まるで最初から攻撃が来ると分かっていたかのような正確さで。
「それも見えてますよ」
踏み込み、剣でヴァッシュを切り上げる。
反射的にヴァッシュが体を逸した故、大したダメージにはならなかった。薄皮一枚と言ったところか。
そこから勢いを付けてヴァッシュは砲台を振り払うが、やはりアリシアには当たらない。飛び上がって砲台を回避し、空中でヴァッシュに剣先を向けた。
再び周囲に現れた光の剣がヴァッシュに放たれる。ヴァッシュは発射口を床に付け、光弾を放った。
ヴァッシュの足元が爆ぜ、周囲が爆煙に包まれる。
「オラァァァァ!!」
それも束の間。ヴァッシュは滞空するアリシアの背後に現れた。
アリシアの後頭部目掛けて砲台を振り下ろす。当たれば簡単に頭蓋は砕け散るだろう。
だが、
「うおっ!?」
横合いからヴァッシュに光の剣が飛来した。
反射的に砲台を翳して防ぐが、ヴァッシュは壁まで吹き飛ばされた。
ヴァッシュを追うように光の剣が迫る。壁から床に移動し、廊下を駆けるが、追い付いたアリシアが横に並んだ。
走りながら二人は激突を繰り返す。剣と砲身を交えるだけでなく、光線や斬撃も撃ち合いながら廊下を疾駆していた。
破壊力だけならヴァッシュが上回るだろう。だがアリシアはその差をものともしていない。
常にヴァッシュの先を行っていた。どんな状況下でもヴァッシュの攻撃を全て回避、もしくは迎撃し、逆にアリシアは一切外すことなく攻撃を当て続ける。
今のところ大したダメージではないが、ヴァッシュは少しずつ負傷を増やしていた。
(ほとんど力を解放してない状態でこのレベル……あのガキに勝ったのはマグレじゃなさそうだな)
内心でヴァッシュはアリシアへの評価を改める。
彼女の強さはアランとはまた方向性が違うが、単純な戦闘能力だけならアランを凌いでいるかもしれない。
コレは単純な力が意味を為さない。悉くこちらの攻撃を潰され、一方的に攻撃される。
如何なる聖裝能力を宿しているのか。ヴァッシュには皆目検討が付かない。
「ま、だからどうしたって話だよなァ!!」
こんな状況下でさえ、ヴァッシュは歓喜していた。
直感がさらに冴え、動きは素早さを増していく。その変化はアリシアの目にも明らかだった。
アリシアがこのような戦い方が出来ているのは、文字通り未来を見ているからだ。
奇跡を司る聖装能力、それを利用して数秒先の未来を見た上で行動する。余程の相手でもない限り、彼女を出し抜くことは出来ない。
だがまさに今、その余程の事態が起きていた。
ヴァッシュが次第にアリシアに追い付き始めたのだ。
アランからも聞かされていた。ヴァッシュは典型的な直感型の戦闘者であり、圧倒的な判断速度の高さが強みの一つであると。
予知に合わせてアリシアが動けば、ヴァッシュは即座にその動きに対応する。ただの直感で奇跡の身技に追い付くなど馬鹿げた話だが、それをヴァッシュは成し遂げてみせた。
(アラン君以来ですね……真っ向から私の予知と張り合ってきたのは)
これは一筋縄ではいかない。アリシアもまたさらに気を引き締める。
飛来した光の剣をヴァッシュが全て弾き返した瞬間、アリシアは壁を蹴って切り掛かった。その突撃を体を逸らして回避すると、発射口をアリシアに向けて光線を放つ。
だが届かない。彼女の前に展開されていた光の障壁がそれを阻んだ。さらに光の障壁から全く同じ質量の光線がヴァッシュに返ってきた。
光線によってヴァッシュは壁に打ち付けられる。追ってアリシアが刺突を放つが、寸前で避けた。
「自動反射か!良いモン持ってんじゃねぇか!」
光線に直撃した割には大した負傷はない。依然楽しげに笑いながら発射口を床に当てる。
今度はアリシアの足元から光線が上へ放たれた。
アリシアは障壁を全方位に展開して光線を防いでいる。そこへヴァッシュは砲台を刺突させた。
障壁と砲台が激突する。当然、その衝撃はヴァッシュへ返ってきた。
だが、
「この程度で止まるかよォ!!」
なんという事か。ヴァッシュは返ってきた衝撃を耐えるばかりか、発射口から後ろへ光線を放つことで反動を付けて刺突の威力を上げてきた。
瞬く間に障壁は破壊された。咄嗟に双剣を翳して刺突を防ぐが、アリシアは突き飛ばされた。
(とんでもない怪力ですね……!)
流石のアリシアもこれには驚愕した。
未だ嘗てこの反射を力押しで強行突破した者はいなかった。
二日前、本気を出したアランを相手にヴァッシュが戦えていたという事実の重さを痛感する。
「─主よ、彼の者を縫い止めたまえ─」
アリシアの周囲から光線が放たれた。ヴァッシュは全て弾き飛ばすが、一発だけ違う軌道を見せた光線があった。
光線は床に着弾した。着弾箇所が光り出した直後、そこから光の鎖が現れた。
鎖はヴァッシュへ伸び、彼の右腕に絡みつく。
「なんだこりゃ!?」
ヴァッシュの意識が鎖に向いた隙を突いて、アリシアは凄まじい勢いでヴァッシュに接近した。
至近距離で剣を薙ぎ払う。ヴァッシュは砲台で受け止めるが、続けて振るわれたもう一本の剣は右腕を束縛されているヴァッシュには防げない。
鎖に囚われたまま、ヴァッシュは跳躍することでその一閃を回避する。次いで空中から光線の発射を試みるが、アリシアはそこまで含めて予知している。
アリシアが先に光の剣を放った。狙ったのはヴァッシュの腹。
切先がヴァッシュに触れるが、剣は甲高い音と共に剣が弾かれた。
「……っ!?」
予知では刺さっていた。だが結果が違う。
つまり、アリシアが予知の通りに行動した後からヴァッシュは行動を大きく変えたという事だ。
「そんなガラクタが通るかよ!」
ヴァッシュの周囲に赤い杭のような物が現れた。
おそらく魔装能力によるものだ。放たれた杭を全て障壁で受け止めた上でヴァッシュへ跳ね返すが、杭はヴァッシュに届く寸前で溶けて消滅した。
自身の魔装能力は反射されても効かないのだろうか。警戒してアリシアは一度ヴァッシュから距離を取る。ヴァッシュも腕に絡みついた鎖を力尽くで引きちぎった。
これで状況は仕切り直した。
「合格だァ、クソガキ……テメェ相手ならマジでやっても問題なさそうだ……!」
ヴァッシュから感じる魔力が急激に増えていく。
「赤月の血王ァァァッ!!」
煌めく魔装士の赤眼と深度を深める闇の魔力。
ここからの戦いは今までの比ではない。予知した未来に備え、アリシアもまた出力を上げる。
「─主よ、この身に闇を砕く神聖の極光を─」
瞳が金色に輝き、背中から翼のように光の粒子が放出され始めた。
二人は矛を構えると、床が陥没するほどの勢いで前へ出た。
激突と共に暴風が巻き起こる。彼らの戦いはさらなる激闘へ突入した。
綿砂雪です。
受験終わりました。大学に入ってからどうなるか分かりませんが、引き続き投稿していきます。




