第七話 異端者の実情
「…………ん?」
その時、アランは目を覚ました。
目に映るのは寝る前と同じ学園長室の光景。だが部屋が少し暗いような気がする。
それに、
「リデラは……?」
リデラがいない。どこへ行ったのかとソファから体を起こすと、
「ようやく起きたかアラン。まさか五時間以上も寝るとは思わなかったぞ」
声をかけてきたのはシリノア。彼女は部屋の事務机の椅子に座っている。
「リデラはどこに行ったんだ?」
「あの子ならとっくの前に出て行ったぞ。今頃食堂で食事中なんじゃないか?」
「食事中……交流会か。ってあれ?そうなると今何時だ?」
「もうすぐ十九時だ、ちなみにお前が寝たのは十三時だ」
「めっちゃ寝てたんだな俺」
「まったくだ。入学式の最中にも寝ていたというのにまだ足りなかったのか?」
「おい何でそれを知ってる」
「見えていたからな。もしかしてお前、寝不足だったのか?」
「まぁ、歓迎試合で緊張してたし……」
何もアランが歓迎試合に怯えていたのは今日だけの話ではない。出場が決まった時からずっと頭痛を抱えていたし、今日が近づくにつれて睡眠時間も減っていた。それだけアランは歓迎試合に消極的だったのだ。
「緊張か。このくらいの試合でいちいち緊張しているようでは学年次席は守れないぞ?」
「うるせぇ。俺だって好きで学年次席やってるわけじゃないんだ。現に学年次席になってから色々と面倒な役割を課せられてるわけだし」
「私としてはお前には首席になって欲しいんだがなぁ」
「無茶言うなよ。今の俺じゃあどうやってもアリシアには勝てない。アイツは聖装具も才能も実力も何もかもがぶっ飛んでやがる。あれは小細工でどうにかなる次元じゃない。アイツに勝ちたいなら、アイツと同等かそれ以上の圧倒的な力が必要だ」
「ははっ!相変わらず弱気だなぁお前は」
「正当な自己評価だ。いくらアンタが俺の師匠でも限界はある。所詮俺は聖装具を使えないただの異端者だからな」
「それはそうかもしれんが、アランよ。後輩がいなくなった途端に『師匠』呼びか?
「何年もそう呼んできたんだ。アンタもその呼ばれ方の方が慣れてるだろ?」
「まぁそれはそうだが」
慣れた様子で会話するアランとシリノア。二人の間の空気感はどう考えても生徒と学園長のものでは無いが──それもそのはずだ。
このシリノア・エルヴィンスこそ、アランが度々口にしてきた『師匠』なのだから。
アランがシリノアと出会ったのは十歳の頃。とあるきっかけからアランはシリノアのもとで暮らすことになり、そこでアランはシリノアから魔法や勉学、体術、実戦経験など、戦いに必要な全ての事を教わった。
今でもあの頃の修行は凄まじくハードなものだったとアランは思う。起床してから寝る前まで修行、修行、修行、修行……学園で教わっている事など比にならない程過酷な日々を送っていた。
そうして育てられることしばらく、十六歳になったアランはこの学園に入学し、同時期にシリノアはこの学園の学園長になった。それ以降もアランはほぼ毎日のようにシリノアに会いに来ており、時には修行に付き合ってもらっている。
アランが戦闘時に使う手袋型魔導器『虚空の手』を授けたのもシリノアだ。シリノアがアランのために自作し、学園に入学する前に授けたのだ。
今アランがこれだけの力を手にしているのは全てシリノアのおかげだ。だからこそ、アランはシリノアには本当に感謝している。
アランにとってシリノアは師匠であると同時に母親のような存在だ。それ故、シリノアの前ではアランはいつも以上に気が緩んでしまうのだが。
「だがアラン、他の者がいる前では気をつけるよう何度も言っただろう?他の者たちは皆、私を『大聖者シリノア』として見ているんだ。お前が学年次席とはいえ、一介の学生がタメ口で話している光景など見れば混乱どころでは済まないぞ」
「そりゃ分かってるけど。なんか師匠に敬語を使う気にはならないんだよなぁ」
「はぁ……やはり礼儀作法は教えるべきだったか?」
「しょっちゅう飯を焦がしてたアンタにどんな礼儀を払えと」
「仕方ないだろう。私は料理は嫌いなんだ」
シリノアのもとで育てられただけあって、アランはシリノアの手料理を何度か食べてきた。
だがシリノアは料理が凄まじく下手だった。それも並大抵の下手さではない。シリノアの料理はマトモに食べられる物の方が少なかった。『何が大聖者だふざけやがって』と何度思ったことか。
そのためシリノアの料理のヤバさに耐えかねたアランが途中から代わりに料理を作るようになったのだ。
「ところでお前、随分とリデラ・アルケミスと仲良くなったみたいだな。お前が寝てる間に色々と聞いたぞ」
「え、アイツ何か言ってたか?」
「ああ、お前のことを『意味不明な人』だと言っていた」
「……は?」
──え、だって俺相談に乗ってあげたじゃん。そりゃその前に歓迎試合で負かしたりその後風紀委員から逃げるために協力してもらったりはしたけど、それでもお悩み解決に尽力したじゃん。
だから『憧れの先輩』とまではいかずとも『頼れる先輩』くらいには成れたかな?って思ってたのに『意味不明な人』とはこれ如何に。
「『相談には乗ってくれたし実際凄い人だとは思ったけど、聖裝士なのに聖裝具を使わず、しかもその理由すら話さないところが気に入らない。あと実力は高いくせに面倒くさがりな所も気に入らない。とりあえず色々とムカつく』とのことだ」
「クソっ否定できねぇ……」
あまりにも正論で固められた評価にアランは言い返す余地もなかった。
「私も聞かれたが、聖装具のことは話さなかったんだな」
「話せるわけねぇだろあんなモン。ったく、どいつもこいつも……聖装具が使えるなら使ってんだよ。なのに……はぁ……」
こっちだって好きで聖装具抜きで戦ってるわけじゃないのだ。
使えるなら使ってる。だけど使えない理由があるから、こうやって聖装具抜きの戦い方をしているわけで……。
「なぁんで俺の聖装具って、こんな『石屑』なんだろうなぁ」
己の不運を呪いながら、アランは自身の聖装具をその手に具現化させた。
だが次の瞬間、アランの手に握られていたのは剣を模っただけのナニカだった。
見てくれは立派な剣と言えるだろう。両刃の刀身は中心に線が刻まれていおり、鍔はやや刺々しい作りをしているのだが、明らかにおかしな点が一つ。
その剣は全体が一切の漏れなく『石』で出来ていた。石の刃には光沢も剣の鋭さも無く、石の柄は掴むだけで手にパラパラと石屑がついてくる。しかも剣のあちこちにヒビが入っていた。
聖装具と呼ぶにはあまりにもお粗末な外見だ。河原に落ちている石の方が綺麗まであるかもしれない。
信じられない話だが、これがアランの聖装具なのだ。何かしらの外部的要因によって力を失って石化した、という訳ではない。本当に最初からこういう剣なのだ。
しかし人によってはこう思うだろう。こんな石屑でも実は凄い力を秘めているんじゃないかと。
見てくれに反して実は切れ味が凄かったり、他の聖装具とは比にならないほど凄い聖装能力を宿していたりと、そんな希望を願う者もいるだろう。
アランも最初はそう思った。そうだったら良いのになと、心の底から何度も思った。
だが、現実は残酷なのである。
「えいっ」
アランは剣を床に向けて振り下ろした。ボロボロの刃は石屑を溢しながら、床と激突する。
だが床に触れた瞬間、刃は木っ端微塵に砕け散った。砕けた刃の破片が床に散乱し、光となって空気に溶けていった。
この剣には切れ味も耐久力もない。ちょっと床と触れただけで砕け散るほどに脆いのだ。
なら残る希望は聖装能力だが、この剣にはなんと、聖装能力は───────無いッ!
そう、聖装能力が無いのだ。聖装具であれば絶対必ず一切の例外無く宿しているはずの聖装能力が無いのである。
つまるところこの剣は切れ味ゴミ、耐久力ゴミ、そして聖装能力も無いという正真正銘の『ボロボロの石剣』なのである。
***
そもそも、どうやって聖装具を手に入れるのか。それは『聖装契約の儀』を執り行うことで入手できる。
『聖装契約の儀』とは執り行うとで自分の本質や才能に最も合った聖装具が自動で選定され、その聖装具と契約することが出来るというものだ。
ただしこの儀式を行えるのは聖装士の才能を持った者だけに限られる。才能がなければ儀式を行なっても聖装具と契約出来ずに失敗する。
そしてアランも聖装士なので、もちろん『聖装契約の儀』の経験がある。
幼少の頃にアランは『聖装契約の儀』を執り行い、
そして■■■■■■■■■■■■今の聖装具という名の石屑を手にしていた。
「やっぱりダメか……はぁ……」
アランは握っていた剣を手元から消滅させた。
彼が戦闘で聖装具を使わない理由は一つ、自身の聖装具が使い物にならないからだ。こんな使ったところで何の役にも立たないガラクタをわざわざ戦闘で使う意味など無い。
そしてアランが周囲に自身の聖装具の事を話そうとしない理由もまた一つ。聖装具の正体を周りに知られた後の反応が怖いからだ。
聖装士とは聖装具を所有するからこそ成り立つ存在だ。しかしアランの剣は聖装具と呼ぶにはあまりにもお粗末な代物。
こんな聖装具と呼べるかも怪しい石屑を持つ者を、きっと周囲は聖装士と認めないだろう。そうなるのが怖いから、アランは頑なに聖装具のことを話そうとしないのだ。
「なぁ師匠、マジでこんなのが聖装具なのかな」
「聖装具だな、間違いなく。なにせお前が聖装具として召喚出来ているのだからな」
シリノアまでも諦めの言葉を溢す。
それもそうだろう。こんな石屑に何ができる。剣はもちろん、鈍器にすらならない。
だがこの剣が本当にただの石屑であるはずがないのだ。聖装具とは全てが強力な代物、それだけは絶対だ。アランの聖装具だけ例外というのはあり得ない。
必ずこの剣にも何か使い道があるはずなのだ。今は力を発揮できずとも、何かしらの条件を満たすことで力を発揮できる。そんな聖装具である可能性だってある。その路線でアランもこれまで色々と試してきた。
尤もその条件とやらは欠片たりとも理解できなかったが。
「マジでいつになったら使えるようになるのかな……これ。まさか俺が死ぬまで石屑のままなんて言わないよな?」
「それはお前次第なんじゃないか?結局その剣の契約主はお前だ。その剣を理解し、使いこなせる者はお前しかいない」
「なら早く力を発揮して欲しいんだけどなぁ」
これまで数え切れないほど周りから『なぜ聖装具を使わないのか』と聞かれてきた。そのたびに適当に誤魔化してきたが、いつまでも誤魔化しているのも限界がある。
一日でも早くこの剣の真価を発揮させたいところだ。
「あぁ……ダメだ。もう病んじゃった。師匠なんか面白い話して」
「無茶を言うな。こんな立場にいて面白い話など舞い込んでくるわけないだろう」
すっかりネガティブになったアランの無茶ぶりをシリノアは拒絶する。今や彼女は学園長。そんな立場にいて面白い話など舞い込んでくる筈もなく、アランの要求はあえなく砕け散った、かと思われたが。
「……いや、そういえば一つあったか?」
「え、マジであったの?」
「面白い話とは言えないが、最近王国の東にある遺跡の立ち入り許可が出ただろう?」
「遺跡……『パレスの地下遺跡』のことか?」
「ああ、その遺跡なんだが、少しうちの学園で利用しようかと思っていてな。新入生たちにグループ分けさせて探索させようかと計画している」
「いやいや、新入生にやらせるったって危なすぎるだろ。遺跡攻略は戦闘力さえあればなんとかなるようなモンじゃないんだ。それも『パレスの地下遺跡』はまだあくまで攻略許可が降りただけで、完全な安全保証があるわけじゃない。『魔法生物』だって……」
「それら全て踏まえた上で計画しているんだ。遺跡攻略は危険が伴うが、同時に色々な経験が出来る。まだ経験の浅い新入生にはもってこいだ。もちろんその分引率者は多く連れて行くつもりだから……まぁ、死人が出ることはないだろう。多分」
「学園長がそれでいいのか……」
およそ学園長とは思えないシリノアの考え方に、アランは顔をしかめた。
「まぁ別に俺は何も口出しはしないけどさ、何かあっても知らないぞ?」
「何かあったらその時はその時だ。最悪私が出向く」
「て、適当すぎる……」
シリノアの方針の犠牲になる新入生と同伴させられる者たちが可哀想だ。そんなことを考えながら、アランはソファから立ち上がる。
「帰るのか?」
「ああ、そろそろ腹減ったし。寮に戻って休むとするよ」
「そうか、なら帰り道には気をつけるんだな」
「不安になること言わないでくれよ……」
最後にとんでもないフラグ発言を聞きながら、アランは学園長室の扉を開ける。
「じゃあな師匠、また明日」
「ああ、しっかり眠れよ」
その言葉を最後に、部屋から去っていった。
***
「…………ふむ」
アランが出て行った後の扉を、眺めながらシリノアは呟く。
久しぶりにアランの剣を見たが、やはり変化は無かった。それにあの様子からしても、アランはまだ何も気づけていないらしい。
「いや、気づこうとしていないのか」
これでも少しだけだが『封印』は解いてある。あとはアランの意思次第で自覚は可能なはずなのだが、一向に変化がないのはそれだけアランが■■を嫌っているからか、それとも──。
「……まったく、我ながらとんでもない奴を弟子にしてしまったものだ」
一人呟くと、シリノアは事務机に置かれたコーヒーを飲んだ。




