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第七話 異端者の実情

「はぁ……はぁ……」


粗い息をしながら、一人の少年が森の中を歩いていた。

その姿は見るに耐えなかった。着ている服はボロボロ。そこから覗かせるのは痩せ細った体と、傷跡だらけの皮膚。

文字通りの死に体で、少年は森を歩く。今にも倒れてしまいそうなほどに、おぼつかない足取りで。


「ぁ……ここ……どこだ?」


我に帰ったように不意に呟いた。もはや自分が今どこにいるのかも分からない。

俺は何でここにいるんだ?どこへ向かおうとしているんだ?何のために歩いているんだ?

霞んだ思考で考えてみるが、答えは何も出ない。目的も何も持たない少年はただ訳もなく歩くことしかできなかった。




歩くにつれて少年の足取りが悪くなっていった。

ただでさえ光の無い目から生気が抜け、呼吸はどんどん乱れていく。

平衡感覚すらも曖昧になってきた。立っているのか、倒れているのか。そもそもとして生きているのか、死んでいるのか。



「…………ぁ?」



その時、少年の体を浮遊感が襲った。

何も見えない。何も理解できない。少年は抵抗もせずその感覚に従って体を落とす。

直後に体全体に衝撃。手をついてみると、地面らしき物に触れた。どうやら自分は倒れてしまったらしい。


「……おき……ないと」


手に力を込める───が、体は一向に持ち上がらない。どれだけやっても腕に力は入らず、体は地に伏したまま。

もう少年には起き上がるだけの力すらも残ってはいなかった。悟った少年は起きることを諦めると、そのまま地に身を預ける。


「………ここまで……なの…か……?」


湧き上がる諦念。悔しいが、もう動くことすら出来ない自分に出来る事はない。あとはここで野垂れ死ぬのが必然だろう。

そんな無情な現実を、少年はただ受け入れるように瞳を閉じる。脱力したためだろうか、他の感覚まで曖昧になってきた。

今の今まで無理やり動かしてきた体もいよいよ限界を迎えたらしい。


「…………」


もはや少年は何も語らない。

口を開いたところで現実なんて変わらない。こんな場所で、こんな死に体の人間を助けてくれる者など存在しないのだから。



(ああ、そうか……)



そう、助けてくれる者はいない。今も昔も、どんな状況であっても。誰一人として救ってくれる者はいなかった。

それが俺の運命なのだろう。憎まれ、疎まれ、忌避されて。(ごみ)のように生きながらえて、最後にはこうやって一人惨めに死に絶える。もしも神様という者のが居るのなら、ソイツはさぞかし酷い奴なのだろう。

何も悪いことなんてしていない。ただ普通に生きて、普通を望んで、当たり前に生きたいと願った俺の人生が、こんなにも酷いものだなんて…………


(どうして……こんな…ことに……)


望んでこうなった訳じゃない。好きでこんな人生を選んだ訳じゃない。ただ偶然■■■に選ばれ、■■■に成っただけなのに、周りは許してくれなかった。たったそれだけの理由で、皆が俺を見放した。


(クソ……!)


自覚するほど湧き上がるのは負の感情。その思いをありったけ込めて、貧弱な拳を握る。


───嗚呼、(にく)い。憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!

俺の運命も、俺をこんな目に貶めた奴らも、そして何より『聖装士』も。何もかもが憎くて仕方がない。


(お前らが……お前らさえ……いなければ……!)

 

やり返したい。今まで俺が踏みにじられてきたように、彼らにも同じ絶望を与えたい。

じゃないと割に合わないじゃないか。どうして俺はこんなにも理不尽な目に遭っているのに、彼らはのうのうと生きている。

そんなこと、許せるはずがない。だから俺が、俺が───


「……………」


そんな憎しみに反して、少年の体は無情にも死に近づいていく。

救いは無い。憎しみも果たされない。最後までただ己の運命と世界の全てを恨んだまま、少年は最後の眠りについた。






***






そして、


「…………ん?」


その時、アランは目を覚ました。

目に映る景色は寝る前と同じ学園長室の光景。だが部屋が少し暗いような気がする。それに、


「リデラは……?」


リデラがいない。どこへ行ったのかとソファから体を起こすと、話しかけてきた声が一つ。


「ようやく起きたかアラン。まさか五時間以上も寝るとは思わなかったぞ」


声をかけてきたのはシリノア。彼女は部屋の事務机の椅子に座っている。


「リデラはどこに行ったんだ?」


「あの子ならとっくの前に出て行ったぞ。今頃食堂で食事中なんじゃないか?」


「食事中……てなると交流会か。ってあれ?そうなると今何時だ?」


「もうすぐ十九時だ、ちなみにお前が寝たのは十三時だ」


「めっちゃ寝てたんだな俺」


「まったくだ。入学式の最中にも寝ていたというのにまだ足りなかったのか?」


「おい何でそれを知ってる」


「見えていたからな。もしかしてお前寝不足だったのか?」


「まぁ、歓迎試合で緊張してたし……」


何もアランが歓迎試合に怯えていたのは今日だけの話ではない。出場が決まった時からずっと頭痛を抱えていたし、今日が近づくにつれて睡眠時間も減っていた。それだけアランは歓迎試合に消極的だったのだ。


「緊張か、このくらいの試合でいちいち緊張しているようでは学年次席は守れないぞ?」


「うるせぇ。それに俺だって好きで学年次席やってるわけじゃないんだ。現に学年次席になってから色々と面倒な役割を課せられてるわけだし」


「私としてはお前には首席になって欲しいんだがなぁ」


「無茶言うなよ。俺がアリシアに勝てるはずが無い。アイツの()()は『奇跡』を司るアルティメットチート聖装具だ。そんじょそこらの聖装具とは訳が違う。加えてアイツ自身あらゆる才能がカンストしてるような奴だ。もう俺が頭を振り絞って勝てるような次元じゃないんだよ」


「ははっ!相変わらず弱気だなぁお前は」


「正当な自己評価故の結論だ。いくら()()()()()()()()でも限界はある。所詮俺は聖装具を使わないただの異端者だからな」


「それはそうかもしれんが、アランよ。後輩がいなくなった途端に『師匠』呼びか?


「何年もそう呼んできたんだ。師匠もその呼ばれ方の方が慣れてるだろ?」


「まぁそれはそうだが」


すっかり慣れた様子のアランとシリノア。会話する二人の間の空気感は生徒と学園長のそれでは無かった。

だがそれもそのはず。このシリノア・エルヴィンスこそ、アランが度々口にしてきた『師匠』であるのだから。


アランがシリノアと出会ったのは十歳のころ。とあるきっかけからアランはシリノアのもとで暮らすことになり、その中でアランはシリノアから魔法や勉学、体術、実戦経験など、戦いに必要な全ての事を教わった。

今にして振り返ればだいぶハードな訓練だったとアランは思う。最初の方は平穏に暮らすついでに魔法や勉学を教わっていただけなのに急に修行の日々に変化したのだから、適応するのには苦労した。まぁ事情が事情だったからそれも仕方なかったが。

そうして育てられることしばらく、十六歳になったアランはこのエルデカ王国立聖装士学園に入学し、同時期にシリノアはこの学園の学園長になった。それ以降もアランはほぼ毎日のようにシリノアに会いに来ており、時には修行に付き合ってもらっている。

ちなみにアランがいつも戦闘時に使う手袋型の魔導器『虚空の手』を授けたのもシリノアだ。シリノアがアランのために自作し、学園に入学する前に授けたのだ。


今アランがこれだけの力を手にしているのは全てシリノアのおかげである。だからこそ、アランはシリノアには本当に感謝している。

アランにとってシリノアは師匠であると同時に親のような存在だ。それ故シリノアの前ではアランはいつも以上に気が緩んでしまうのだが。


「だがアラン、他の者がいる前では気をつけるよう言っただろう?お前と違って他の者たちは皆私を『大聖者シリノア』として見ているんだ。一介の学生がタメ口で話している光景など見れば混乱どころでは済まないぞ」


「そりゃ分かってるけど。なんか師匠に敬語を使う気にはならないんだよなぁ」


「はぁ……やはり礼儀作法は教えるべきだったか?」


「しょっちゅう飯を焦がしてたアンタにどんな礼儀を払えと」


「仕方ないだろう。私は料理は嫌いなんだ」


ため息をつくシリノア。シリノアのもとで育てられただけあって、アランはシリノアの手料理を何度も食べてきた。

だが驚いたことに、シリノアは料理が凄まじく下手だった。調味料の分量を間違えるわ、焼き加減を間違えるわ、『美味しそうだから』という理由で意味不明な物を混ぜ込むわでマトモに食べられた料理の方が少なかった。『何が大聖者だふざけやがって』と何度思ったことか。

そのためシリノアの料理のヤバさに耐えかねたアランが途中から代わりに料理を作るようになったのだ。


「ところでお前、随分とリデラ・アルケミスと仲良くなったみたいだな。お前が寝てる間に色々と聞いたぞ」


「え、アイツ何か言ってたか?」


「ああ、お前のことを『意味不明な人』だと言っていた」


「……はぁ?」


心の底から困惑の声が漏れた。

え、だって俺相談に乗ってあげたじゃん。そりゃその前に歓迎試合で負かしたりその後風紀委員から逃げるために協力してもらったりはしたけど、それでもお悩み解決に尽力したじゃん。

だから『憧れの先輩』とまではいかずとも『頼れる先輩』くらいには成れたかな?って思ってたのに『意味不明な人』とはこれ如何に。 


「『相談には乗ってくれたし実際凄い人だとは思ったけど、聖裝士なのに聖裝具を使わず、しかもその理由すら話さないところが気に入らない。あと実力は高いくせに何でも面倒くさがる態度も気に入らない。とりあえず色々とムカつく』とのことだ」


「クソっ、否定できねぇ……」


あまりにも正論で固められた評価にアランは言い返す余地もなかった。


「私も聞かれたが、お前結局聖装具のことは話さなかったんだな」


「話せるわけねぇだろあんなモン。ったく、どいつもこいつも……聖装具が使えるなら使ってんだよ。なのに……はぁ……」


ため息をつく。こっちだって好きで聖装具抜きで戦っているわけじゃないのだ。使えるなら使ってる。だけど使えない理由があるからこうやって聖装具抜きの戦い方をしているわけで……


「なぁんで俺の聖装具って、こんな『石屑(いしくず)』なんだろうなぁ……」


己の不運を呪いながら、アランは自身の聖装具をその手に具現化させた。






だが次の瞬間、アランの手に握られていたのは剣を(かたど)っただけのナニカだった。

見てくれは確かに立派な剣と言えるだろう。形状は長剣で、両刃の刀身は中心に線が刻まれていおり、柄の(つば)部分はやや刺々しいデザインをしているのだが、明らかにおかしな点が一つ。

その剣は全体が一切の漏れなく『石』で出来ていた。石の刃には光沢も剣の鋭さも無く、石の柄は掴むだけで手にパラパラと石屑がついてくる。しかも剣のあちこちにヒビが入っていた。

聖装具と呼ぶにはあまりにもお粗末な外見だ。河原に落ちている石の方が綺麗まであるかもしれない。

信じられない話だが、これがアランの聖装具なのだ。別に呪いの類を受けて石化したとか、そういうわけじゃない。本当に元からこういう剣なのだ。


しかし人によってはこう思うだろう。こんな石屑でも実は凄い力を秘めているんじゃないかと。

見てくれに反して実は切れ味が凄かったり、他の聖装具とは比にならないほど凄い聖装能力を宿しているんじゃないかと。そんな救いを願う者もいるだろう。

アランも最初はそう思った。そうだったら良かったなと、心の底から何度も思った。


だが、現実は残酷なのである。


「えいっ」


直後、アランは剣を部屋の床に向けて振るった。ボロボロの刃は石屑を(こぼ)しながら、床と激突する────が、しかし。

床に触れた瞬間、刃は木っ端微塵に砕け散った。砕けた刃の破片が床に散乱し、光となって空気に溶けていった。


見ての通り、この剣には切れ味も耐久力もない。ちょっと床と触れただけで砕け散るほどに脆いのだ。

なら残る希望は聖装能力だが、この剣にはなんと、聖装能力は────────無いッ!

そう、聖装能力が無いのだ。聖装具であれば絶対必ず一切の例外無く宿しているはずの聖装能力が無いのである。

つまるところこの剣は切れ味ゴミ、耐久力ゴミ、そして聖装能力も無いという正真正銘の『ボロボロの石剣』なのだ!


***


今更だが、ここで聖装具の入手方法というものを解説しよう。

聖装具の入手方法はただ一つ、『聖装契約の儀』を執り行うこと。

『聖装契約の儀』とは執り行うとで自分の本質に合った聖装具が自動で選定され、その聖装具と契約することが出来るというものだ。

ただしこの儀式を行えるのは聖装士の資格を持った者だけに限られる。前提である生まれつき膨大な魔力を持っている事や、その他諸々の才能など、それらが基準を満たしていなければ儀式を行なっても聖装具と契約出来ずに失敗する。


そしてもちろん、アランも聖装士なので『聖装契約の儀』の経験がある。

幼少の頃にアランは『聖装契約の儀』を執り行い、

そして■■■■■■■■■■■■■■■■■気づけば今の聖装具という名の石屑を手にしていた。


「やっぱりダメか……はぁ……」


呟き、アランは握っていた剣を手元から消滅させた。

アランが戦闘で聖装具を使わない理由はただ一つ、自身の聖装具が使い物にならないから。こんな使ったところで何の役にも立たないガラクタをわざわざ戦闘で使う意味も理由も無い。

そしてアランが周囲に自身の聖装具の事を話そうとしない理由もまた一つ。聖装具の正体を周りに知られた後の反応が怖いからだ。

聖装士とは聖装具を所有するからこそ成り立つ存在だ。しかしアランの剣は聖装具と呼ぶにはあまりにもお粗末な代物。

こんな聖装具と呼べるかも怪しい石屑を持つ者を、きっと周囲は聖装士と認めないだろう。そうなるのが怖いから、アランは頑なに聖装具のことを話そうとしないのだ。


アランにとって『自分が聖装士である』という事は何よりも大切な事だから。


「なぁ師匠、マジでこんなのが聖装具なのかな」


「聖装具だな、間違いなく。なにせお前が聖装具として召喚出来ているのだからな」


アランの問いにシリノアまでも諦めの言葉を溢す。それもそうだろう、こんな石屑に何ができる。剣はもちろん、鈍器にすらならない。

だがこの剣が本当にただの石屑であるはずがないのだ。聖装具とは全てが強力な代物、それだけは絶対だ。アランの聖装具だけ例外というのはあり得ない。

必ず何かこの剣にも使い道があるはずなのだ。今は力を発揮できずとも、何かしらの条件を満たすことで力を発揮できる。そんな聖装具である可能性だってある。その路線でアランもこれまで色々と試してきた。

尤もその条件とやらは欠片たりとも理解できなかったが。


「マジでいつになったら使えるようになるのかな……これ。まさか俺が死ぬまで石屑のままなんて言わないよな?」


「それはお前次第なんじゃないか?結局その剣の契約主はお前だ。その剣を理解し、使いこなせる者はお前しかいない」


「なら早く力を発揮して欲しいんだけどなぁ」


これまで数え切れないほど周りから『なぜ聖装具を使わないのか』と聞かれてきた。そのたびに適当に誤魔化してきたが、いつまでも誤魔化しているのも限界がある。

一日でも早くにこの剣の真髄を発揮させたいところだ。


「あぁ……ダメだ。もう病んじゃった。師匠なんか面白い話して」


「無茶を言うな。こんな立場にいて面白い話など舞い込んでくるわけないだろう」


すっかりネガティブになったアランの無茶ぶりをシリノアは拒絶する。今や彼女は学園長。そんな立場にいて面白い話など舞い込んでくる筈もなく、アランの要求はあえなく砕け散った。


だが、


「……いや、そういえば一つあったか?」


「え、マジであったの?」


「面白い話とは言えないが、最近王国の東にある遺跡の立ち入り許可が出ただろう?」


「遺跡……『パレスの地下遺跡』のことか?」


「ああ、その遺跡なんだが、少しうちの学園で利用しようかと思っていてな。新入生たちにグループ分けさせて探索させようかと計画している」


「はぁ!?新入生にやらせるったって危なすぎるだろ!遺跡攻略は戦闘力さえあればなんとかなるようなモンじゃないんだ。それも『パレスの地下遺跡』はまだあくまで攻略許可が降りただけで、完全な安全保証があるわけじゃない。『魔法生物』だって……」


「それら全て踏まえた上で計画しているんだ。遺跡攻略は危険が伴うが、同時に色々な経験が出来る。まだ経験の浅い新入生にはもってこいだ。もちろんその分引率者は多く連れて行くつもりだから……まぁ、死人が出ることはないだろう。多分」


「学園長がそれでいいのか……」


およそ学園長とは思えないシリノアの考え方に、アランは顔をしかめた。


この世には所々に遺跡というものがある。それは地下迷宮であったり地上の建物であったりと多様だが、その大半が千年以上前から存在している、いわば歴史の遺物だ。

発見された遺跡はまず国から調査団が派遣され、ある程度の安全確認が行われる。その結果入っても問題無いと判明すれば立ち入りが許可されるようになり、一部の者たちは各々の目的を抱えてやって来る。

 

ここで『安全確認』とは言ったが、これはあくまで比較的安全と言える遺跡の手前側に限ったもの。つまり『入るだけなら問題ないよ』という許可を下しただけで、遺跡の奥地については一切安全保証がなされていない。

そしてシリノアが言う『パレスの地下遺跡』はまだ立ち入り許可が下されたばかり。攻略者などいないし、安全面も不安だらけ。

いくら引率がいるとは言え、そんな場所に新入生を送るとは。経験を積むという意味では確かに良い場所だが、さすがにこれは……


「まぁ別に俺は何も口出しはしないけどさ、何かあっても知らないぞ?」


「何かあったらその時はその時だ。最悪私が出向く」


「て、適当すぎる……」


何年も見てきたが、やはりシリノアは良くも悪くも変わっていない。経験を重視するのは良いが、その犠牲になる新入生と同伴させられる者たちが可哀想だ。

そんなことを考えながら、アランはソファから立ち上がる。


「帰るのか?」


「ああ、そろそろ腹減ったし。寮に戻って休むとするよ」


「そうか、なら帰り道には気をつけるんだな」


「不安になること言わないでくれよ……」


最後にとんでもないフラグ発言を聞きながら、アランは学園長室の扉を開け、


「じゃあな師匠、また明日」


「ああ、しっかり眠れよ」


その言葉を最後に、部屋から去っていった。




***




「…………ふむ」


アランが出て行った後の扉を、一人眺めながらシリノアは呟く。

久しぶりにアランの剣を見たが、やはり変化は無かった。それにあの様子からしても、アランはまだ何も気づけていないらしい。


「いや、気づこうとしていないのか」


これでも少しだけだが『封印』は解いてある。あとはアランの意思次第で自覚は可能なはずなのだが、一向に変化がないのはそれだけアランが■■■を嫌っているからか。

まったく難儀なものだ。時間はかかるとは思っていたが、まさかここまで上手くいかないとは。


「励めよアラン、全てはお前次第だぞ」


一人呟くと、シリノアは事務机に置かれたコーヒーを飲んだ。

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