第七十七話 理不尽な格差
「…………と、ここまでが詳細になります。他に知りたい事はありますか?」
「いや、十分だ。知りたい事は知れたよ」
話を聞き始めて暫く、ようやく話に区切りがついた。
「ところでアンタ、もしかして最初から気付いてたのか?」
「もちろん。こんなの事情を知っていれば誰でも分かりますよ。矛盾と違和感がたっぷりありますからねぇ。むしろよく今まで隠し通せたものです」
「まぁ一般人に渡るような情報じゃないし、貴族連中が知っても意味ないし。皇族とその関係者さえ気付かなければ隠し通すのは可能だろうな。手間はかかるけど」
会話を終えて、アランは席を立つ。
「じゃあ俺はこの辺で。次来るのがいつになるか分かんねぇけど、まぁ元気にやれよ」
「ええ。お互いに」
その言葉を最後に店を出る。
話していたのは大体三十分くらいだろうか。座り続けたせいで腰が痛い。
一度その場で背伸びをすると、アランは皇城に向かって歩き出した。
***
皇城に戻った後、まずアランが向かったのはフィーネの部屋だった。
フィーネには少し用がある。それに今日はほとんど暇になるので、彼女の元で時間を潰すつもりだった。
「せっかく時間があるなら、チェスでもやらない?」
フィーネと話し始めて早々、そんなことを言われた。
「チェスぅ?アンタ遊戯とか出来んのか」
「それくらい出来るわよ。馬鹿にしないで。逆に貴方はチェス出来るの?」
「まぁやった事はあるけど」
初めてチェスをやったのは学園に入学した後だ。アシュリーに寮でチェスをやろうと誘われ、初めて遊び方を知ったのだ。
最初は難しいと感じていたが、慣れていく内にチェスの面白さを理解した。
それ以降アランはアシュリーと偶にチェスをするようになった。ちなみに他の友人たちはアランとアシュリーの勝負について行けずにチェスを諦めた。
「経験があるならルールは分かるわね。じゃあちょっとチェス盤を持ってくるわ」
「この部屋にチェス盤あるんだな」
フィーネは席を立つと、チェス盤や駒をテーブルに持ってきた。
「さぁ始めるわよ。私これでもチェスは結構自信あるの。先攻と後攻、どっちが良いか決めさせてあげる」
「じゃあ先攻で」
迷わず選んだ。チェスは先攻が有利とされているからだ。
そうして二人のチェスは始まった。
まさか他国の皇女とチェスをやる日が来るとは思わなかったが、やるからには勝ちたい。
アランの得意は頭脳戦。持ち前の高い頭脳が発揮されるのは遊戯も例外ではない。
常に慎重かつ容赦の無い一手を終始打ち続け───。
「────チェックメイト」
先にその言葉を言ったのはフィーネだった。
「…………」
思わず呆けるアラン。
盤面の状況はアランが詰んでいる。ここからどう駒を動かしてもキングが取られる。
「……ちゃんと考えてやってたんだけどな。負けたよ。さすが皇女様だ」
「ふふん。そうでしょ、強いでしょ。チェスだけは兄様や姉様にも負けた事無いんだから」
「アンタ兄妹いるのか?」
「いるわよ。兄が二人と姉が一人。私末っ子なのよ。ちなみに長男のセシル兄様は聖裝士だったりするわ」
「へぇー。お偉いさんでありながら聖裝士か。アリシアと同じだな」
「さすがにアリシア・エルデカほどじゃないわよ。と言うより、リフレイムにエルデカ王国の『最高戦力者』程の聖裝士はいないわ。世界的に見ても貴方たちは飛び抜けてるのよ」
「そうだったのか。そりゃビックリ」
「貴方もその最高戦力者でしょ。なんで他人事みたいに言ってるのよ」
「俺そういうのに成ったつもりないし。国のために聖裝士として尽くす気なんてねぇよ」
「ならどうしてリフレイムに来たのよ」
「国王命令」
「あーなるほど。それは災難だったわね」
「まったくだ。こっちはまだ学生なのに、なんで長期休暇を捨ててまで働いてんだか」
リフレイムに残ったのは自分の選択だが、後悔が無いとは言えない。
未練は大いにある。リフレイムの人々を守ってやりたいという思いと同じくらいに、リフレイムの未来を台無しにしてやりたいという思いも未だにある。
だから昨日ヴァッシュと戦った時も、自分が死ぬ寸前まで本気になれなかった。今回の一件に本気になるほどの価値を感じられないから。
「仕事の方はそれなりに頑張るさ。まぁこれ以上やる事はあまり無いけど」
「もう無いの?もしかして犯人捕まえられたの?」
「捕まえてないよ。首謀者たちは今も元気にシャバの空気を吸ってるだろう。ただこっちもいい加減勝つ算段は立てられた。後はアリシアと相談しながら頑張るが……」
アランはフィーネを指して、
「それはそれとして、フィーネ。一つアンタに頼みがある」
「え、頼み事?」
「内容は後で話すよ。急ぐ事じゃないし。今は気楽に遊ぼう。チェスのリベンジさせてくれよ」
「いや……そんな事言われた後じゃ集中出来ないわよ」
「そっかぁ。じゃあ仕方ないな。圧勝させてもらうとしよう」
「なっ!負けるとは言ってないわ!もう一回負かしてやるわよ!」
「じゃあ再戦といこう。次も俺が先攻でいいな?」
「ええ上等よ。やってやるわ」
再び始まるチェス合戦。その後も何度かチェスを続けたが、アランは一度も勝てなかった。
***
「あー負けた負けた。もういいよ、諦める」
疲れた表情でアランは敗北を宣言する。
「頭を使ったゲームは自信あったんだけどな……アンタ賢いな」
「貴方も結構やるわね。最後の方はちょっと焦らされたわ」
「ちょっとかよ……これでもアリシアとのチェスは七割は勝ってるのに」
「アリシア・エルデカともやったの?」
「やったよー。アリシアとはそれなりに仲良いから」
「何があったのよ貴方たち……」
平民出身の者(経歴上)と王女がチェスをする程に仲良くなる理由など思い付かないだろう。ましてやそのきっかけが喧嘩とは誰も思うまい。
「で、こっからどうする?頼み事の話はまだ後でも良いんだけど……なんかやりたい事ある?」
「やりたい事……そうね」
フィーネは少し思案顔をすると、
「なら私も貴方に聞いてみたいことがあるの」
「聖裝具の話はしないぞ」
「聖裝具の事じゃないわ。むしろ貴方のような人とは無縁の話よ」
「無縁?」
何を話されるのか全く検討が付かないアランに、フィーネは言う。
「ねぇアラン………『才能』ってなんだと思う?」
それはあまりにも意外な内容だった。
「………それは理屈に基づいた堅苦しい話をしろって事か?」
「何でも良いわ。貴方なりの見解を聞きたいの」
「急に話が難しくなったな……」
そのような難しい事はあまり考えずに生きてきたので回答に困る。
だが何かしらは答えなければいけない。何故かフィーネはやけに真剣な顔をしている。
彼女にとっては重要な事なのだろう。
「理屈で語るなら、才能ってのはある分野に於いて平均以上、それこそ優秀と言える結果に至れる事を保証する、先天的に備えられた素質だろうな。持って生まれたらラッキーみたいな感じ」
「如何にも理屈的な見解ね。なら貴方の持論はどうなの?
「うーん、持論かぁ……」
暫く考えた後に口を開く。
「そうだな…………俺にとっては、才能は『この世で最も理不尽な格差』だよ」
「格差……?」
「才能は先天的なものだ。後から獲得することは出来ないし、だからこそ才能の有無という差は絶対に変えられない」
生まれた環境や時代など、世界には生まれた時から決まっている事がいくつかある。
才能はその最たる例だ。如何なる努力をもってしても揺るがない、理不尽な素質にして現実である。
「才能がある奴はほぼ必ず優位に立てる。挑戦すれば優秀な結果が得られる。まったく素晴らしい事だ。誰もが羨むに違いない。ならソイツは才能を得るに相応しい理由があったのか?前世で徳でも積んだのか?いいや無い。才能は全部親から与えられるものだ。本人のアレコレなんて関係ない。そんな馬鹿みたいな経緯で手に入れた才能によって結果を変えられるんだ。これ以上に理不尽な格差があるか?」
「それは……確かに」
アランの持論にフィーネは納得していた。
「才能なんて全部マグレだ。ラッキーで手に入った素質に過ぎない。だがそのラッキーが人生を分ける可能性は大いにある。どの分野に於いてもな」
「随分深い持論を持ってるのね。聖裝士なのに」
「もしかしてアンタ、聖裝士は苦労を知らない天才しかいないと思ってるのか?」
「そこまでは言わないわ。でも戦闘という分野に於いては、聖裝士は天才がほとんどなのは間違いないでしょ」
「確かにそれはそうだな」
聖裝士とは才能があるからこそ成れるものだ。
その後の成長がどうあれ、聖裝士であるというだけで、それなりの才能がある事は明らかだ。
アランだってその一人だ。聖裝具が使えずとも魔力量や魔法のセンスは一般人を上回っている。
一般的に見ればアランもまた才能を持つ側なのだ。
「逆にアンタはどう思ってるんだ。才能について」
「私の見解?貴方と似たようなものよ。生まれた時から決まってる覆しようのない絶対的な差。その差を乗り越えられる事もあるけど、楽な事じゃない。肉体的にも精神的にも辛いものがあるわ。才能によって楽な道を生きている人を見ながら頑張るなんて………本当、碌でもない道よ」
「…………そうか」
静かにアランは答える。
彼女の意見には触れなかった。これ以上詮索すれば触れてはいけないナニカに触れるという予感があったから。
「……なんだが、ごめんなさい。せっかく来てもらったのに、変な話しちゃって」
「いいよ。偶にはこういう話も悪くない」
「そう……貴方は変わってるわね」
「よく言われるよ。それより話も一区切り付いた所だし、そろそろさっきの頼み事について話したいんだが」
「いいわよ。話してちょうだい」
そうしてアランは考えていた要件を話した。
内容は長くなかった。彼が頼んだことなど大した事ではない。
「え、そんな事でいいの?」
「ああ。明日は首謀者を捕まえるために俺とアリシアで暴れる事になるだろうからな。その時、皇族に何かあったらいけない。だから絶対に部屋からは出ないでくれよ。オルレアさんと一緒に待機していてくれ」
「もはや頼み事ですら無い気がするけど……分かったわ。明日は貴方の言う通りにする。オルレアにも伝えるわ」
「感謝するよ。これで楽に済む」
安堵したような素振りを見せるアラン。
「これで要件は終わり?」
「ああ。もう無いぞ。後はゆっくりダラダラしよう。チェス以外に何かしたい事とかないか?」
「そうね。じゃあ今度は…………」
その後も二人は何も気にせずに時間を過ごした。
皇女の割には思想がやや庶民的なフィーネと過ごす時間は意外と楽しかった。良いリラックスになったと思う。




