第七十三話 獣の殺し方
「…………ハハッ!ハハハハハッ!ハハハッハーッハハッ!!!」
アランの指摘にヴァッシュは思わず笑っていた。腹を抱えて盛大に。
「よく見てんじゃねぇか!ああそうだァお前の言う通りだぜ。俺は魔装能力を使ってねぇ。今までの力は全部魔装具の特性による身体強化、要するにただの『おまけ』だ。大抵の奴はこれを魔装能力と勘違いするんだがな。お前、どうやって気づいた?」
「お前の戦い方についての疑問点は二つ。馬鹿げた身体能力と異常な反応速度だ。だからお前の魔装能力は身体強化を含むものか、それか未来予知の類か……その二つで考えてたが、今のでどちらも違うと分かった。お前が感電してるからな」
「感電だぁ?」
「そうだ。魔装能力にしろ聖装能力にしろ、ただ身体能力を強化するだけの単純な能力なんて無い。出来たとしても、それは能力の延長線上にあるものだ」
なぜ魔装能力や聖装能力が特別視されているのか。それは魔法では再現できないような特別な力が使えるからだ。
ただ身体強化をするだけの能力などあり得ない。身体強化くらいなら魔法でも十分再現できる。
聖装能力や魔装能力で身体強化をするなら、それは力の使い方の一つに過ぎない。本来の能力はもっと高度なものであるはずだ。それこそ体の状態異常などすぐに治せるくらい程には。
「仮にお前の魔装能力が身体強化を含む力だとすれば、感電くらいすぐに直せる。もしくは最初から無効化できる。少なくとも俺が今まで見てきた強化系の聖装士は皆そうだった。だがお前は今も麻痺している最中だ。つまりお前はただ身体能力を強化しているだけに過ぎない。なら消去法でお前の馬鹿力は魔装具の特性によるものだと判断できる。そしてお前の異常な反応速度も同じだ。お前の魔装能力が予知の類ならさっきのフェイクも見抜けたはずだ。だが見抜けなかった。お前は予知なんて使えない、全部ただの直感で対応してきたからだ」
「それを確かめるために水魔法で幻像を用意したのか。そしてそれを気づかせないために氷の壁を………考えるじゃねぇか」
「頭脳派なモンで。お前も頭脳派目指してみるか?策が決まった瞬間ってのは結構楽しいぞ」
「いいや、遠慮しておく。そういうのは趣味じゃねぇからな……それで」
痺れが弱まってきた体を動かし、ヴァッシュはアランに啖呵を切る。
「こっからどうするよクソガキ!?種は分かった。だがそれだけじゃあ俺には勝てねぇ。俺の直感も体も何も衰えてねぇからな!」
ヴァッシュの発言は正しい。
アランはただヴァッシュの戦い方の種を理解しただけに過ぎない。重要なのはこの情報を如何にして勝利に繋げるかだ。
「安心しろ。その辺はちゃ〜んと考えてあるからさ」
アランは剣先を向け、
「悪いけど、お前みたいな獣の殺し方なんてとっくに知り尽くしてる」
「ハッ!ならやってみろォ!」
ヴァッシュは砲台から光線を放つ。光線は空中で多数に分裂し、タイミングと方向をズラしてアランを襲う。
アランはその場で全ての光線を切り払った。間髪入れずに突っ込んできたヴァッシュが放った砲台の薙ぎ払いを身を逸らして回避し、そこから勢いをつけて刺突を放つ。
横へ跳ねて回避するヴァッシュ。続けて巨大な光弾を放ってくる。
「《雷光波斬》!」
光線と雷撃が相殺する。その拍子に生じた爆発の勢いに乗って二人は再び距離を取った。
辺りを爆煙が覆う。互いの位置を掴む方法は魔力探知しかない。
「ハッ!そんなまどろっこしい真似するわけねぇよなァ!」
しかしヴァッシュにそのような器用な戦い方は存在しない。
天井に向けて光弾を三発放った。一発で一階の天井、二発目で二階の天井、三発目で屋根を破壊した。
砕けた天井から大量の瓦礫が降ってくる。攻撃範囲は部屋全体。もはや敵の居場所など関係ない。
轟音と共に瓦礫が降り注いだ。一階の床は完全に瓦礫に埋もれてしまった。
ヴァッシュは被った瓦礫を退かし、次いで服に付いた石屑を払い落とす。
今頃アランは建物の外に出て瓦礫を回避しているか、それとも瓦礫の下敷きになっているか。
未だに視界は判然としないが、ヴァッシュには確信があった。アランはすぐ近くにいるという確信が。
「そこかッ!」
直感による判断からヴァッシュは光弾を放つ。
爆煙を突き破った先、光弾が何かに当たった感覚があった。
そこからはアランの魔力も感じられる。アランに直撃したと確信するヴァッシュだったが、その確信はすぐに消える。
そこにあったのはアランではない。床に突き立てられた一本の剣だった。
剣を中心に結界が展開されている。先程感じた手応えはあの結界に当たったことで生じたものだったのだ。
「おいおいどういう事だこりゃ!?」
ヴァッシュは直感から、すなわちほぼ無意識的に行動を選択する。それは思考の過程を挟まない分、判断速度に於いては優位がある。
しかしヴァッシュの戦い方はデメリットもある。思考せずに行動するので、判断の正確性は落ちる。
現状はまさにそれだ。敵の気配を感じ取った瞬間に攻撃を放った故にヴァッシュは攻撃対象を見誤ったのだ。
そしてアランがこの隙を逃すはずがない。
「ッ!!」
ヴァッシュの背後、爆煙の中から現れたアランが左手に持った剣を薙ぎ払う。
反射的にヴァッシュは体を逸らしたが、やや遅かった。
刃がヴァッシュの右肩を薄く切り裂く。肩から血が流れるが、それでもヴァッシュはアランから意識を逸らさない。
今の攻撃は左腕によるものだ。まだアランは右腕を使っていない。
それにアランが今握っているのは普通の剣。先程の『閃剣ライキリ』ではない。
煙のせいでよく見えないが、恐らく右腕を後ろに回して隠している。そちらに『閃剣ライキリ』を持っている可能性が高い。
(いいぜ、対応してやらァ!)
即座に足を引いて体勢を直す。
薙ぎ払いか、刺突か、斬撃か、武器による攻撃に見せかけた魔法攻撃か。
あらゆる攻撃に備えて砲台をヴァッシュは構えた。
だが、
「……は?」
結果は全ての予想を超えた。思わず攻撃の手を止めてしまった程に。
煙の中から現れたアランの凶器は───。
「《舞い捌く雷影の鎌主》!」
──帯電した一本の鎌だった。
剣を捨て、空いた左手を右手と共に鎌に添える。
狙ったのはヴァッシュの脚。振るわれた鎌の一閃を、しかしヴァッシュは寸前で跳んで回避した。そのまま大きくアランから距離を取り、地面に降り立つ。
致命傷は避けられたが、完璧には避けられなかった。ヴァッシュの左脚には傷跡がしっかりと刻まれている。
「お前剣士じゃなかったのかァ!?」
「剣しか持ってないなんて言ってねぇよッ!」
確かにアランが普段からよく使う武器は剣だ。だがそれは決してアランが剣しか使えないという意味ではない。他の種類の武器も『虚空の手』には入れてある。
アランは一瞬でヴァッシュとの距離を詰めた。
再び鎌を振る。砲台でヴァッシュは防ぐが、アランの攻撃は止まらない。
動いた軌跡に雷の残像を引きながら、高速で各方向からヴァッシュを攻め続ける。まさに舞うかのような変則的かつ自由な動きだ。
ヴァッシュの対応は次第に遅れを見せ始めた。雷の残像がヴァッシュの判断を鈍らせているというのもあるが、それ以上にヴァッシュは今のアランの戦い方に適応できていなかった。
ヴァッシュのような直感派の欠点は判断の正確性だけではない。
直感派の戦闘者は基本的に状況を深く考えない。戦闘中に経験した事を材料に無意識的に最適解を選択する。
それ故に彼らには共通の弱点がある。それは戦闘中に一度も経験していない未知の出来事だ。
ヴァッシュはアランを剣と魔法に特化した戦闘者だと思い込み、適応し続けてきたからこそ、突然現れた全く新しい鎌を用いた戦闘スタイルに瞬時に対応できていなかった。
「ヂッ!!」
捌けなかった攻撃が体を裂く。動きも次第に鈍くなり、アランの攻撃への対応速度が落ちていく。
アランはここで勝負を決めるつもりだった。なぜヴァッシュが魔装能力を使わないのか分からないが、むしろそれは好都合。使われる前に決着を付けるのが最善だ。
だが、
「舐めんなよクソガキッ!!」
ヴァッシュが足元へ放った魔力が地中で炸裂し、彼を中心に爆発を起こした。
範囲攻撃で強引に距離を離したのだ。砲台に魔力を込めながら、爆煙に満たされた周囲の中に紛れた気配に集中する。
今のヴァッシュは機動力が鈍っている。近接戦闘でアランに勝つのは難しい。
ならば狙うべきはカウンター。先程のように見誤らないために慎重にアランの動向を観察する。
それは直感ではなく理性による、ヴァッシュにとっては全く慣れの無い行動だった。
「そこかッ!」
感じた気配に対して砲台から光弾を放つ。万が一これが失敗しても良いよう、ここは後隙の少ない光弾を選んだ。
光弾は何かに当たった。だが迫ってくる気配が消えない。どうやら弾かれたようだ。
それはつまり、そこにアランがいる事を意味している。
確信したヴァッシュは前に踏み込む。砲台を逆さに持ち、後方に向けた発射口から光弾を放った。
反動を利用してさらに勢いを上げて砲台を刺突させる。アランほどの反射神経と速度があったとしても、この刺突は至近距離で回避できるものではない。
直後、ヴァッシュの目の前にアランが現れた。アランは構わずヴァッシュに直進している。
故にヴァッシュの刺突はアランに直撃するかと思われたが、しかし。
「《爆雷》」
アランに砲台が当たる寸前、ヴァッシュの体の内側で何かが爆ぜた。
アランが先程までの斬撃でヴァッシュの体に付与していた電気が爆発したのだ。
「がハッ!?」
ヴァッシュの口や鼻から血が溢れる。体が痺れて上手く動かない。
このような状態で刺突を安定させられるはずもなく、ヴァッシュの刺突は軌道が大きく逸れた。
アランは身を捻ってそれを回避する。さらに鎌をヴァッシュの脚へ振るった。
今のヴァッシュなら確実に当たる。そう思っての一撃だったが、ヴァッシュも只者ではなかった。
「まッだァァァァッ!!」
ヴァッシュは光弾をさらに放つ。反動で自身を吹き飛ばし、無理やりアランの攻撃から逃れた。
何度か瓦礫の上を転がった後、体を起こす。
体は痺れて上手く動かないが、ここは気合いで動かした。
「よく言うだろ、慣れない事はするもんじゃないって。慣れない理性的な判断でカウンター狙ったって、読まれるのがオチなんだよッ!」
アランは鎌をヴァッシュへ放り投げた。回転しながら迫る鎌をヴァッシュが光弾で弾いている隙に、《跳躍》でヴァッシュの背後に移動する。
遅れてヴァッシュも振り返る。今は俊敏な動きはできない故、ここは光線で反撃を試みた。
だが、
「それはもう見飽きたよ」
アランの右手にはいつの間にか槍が握られていた。
槍をピンポイントに砲台の発射口に突っ込む。槍に阻まれて蓄えた魔力を放出し損ねた砲台は、内部で魔力を爆発させてしまった。
砲台に大きくヒビが入り、反動でヴァッシュも体勢を崩す。
その隙にアランは一気に畳み掛けた。
「《封印領域解放・万象静染停結世界》」
直後、周囲の光景が一変した。
ヴァッシュのすぐ側に漂っているのは数百に及ぶ光線や魔弾、斬撃など。それらが一斉にヴァッシュに放たれた。
回避の猶予はなく、無論防御できる規模でもない。
ヴァッシュは全ての攻撃に直撃してしまった────。
魔法の衝撃により、爆煙が辺りを漂っていた。
戦いが終わった港は元の静けさを取り戻した。穏やかな波音だけが響く世界の中、鈍く醜い音がした。次いで液体が飛び散る音が響く。
やがて爆煙が晴れていく。壊れた屋根の向こう、夜空から降り注いだ月明かりが照らしたのは───。
「………ぶッ……があッ“…!?」
赤い棘に腹部を貫かれた、アランの姿だった。




