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第六話 プチ逃走劇と大聖者

アリシア・エルデカを語る肩書きは主に三つ。

一つはこのエルデカ王国の王女という身分。二つ目はこの学園の学年首席、すなわち学年最強という称号。

そして三つ目というのは、彼女がこの学園の生徒会長であること。

アリシアは生徒会長、そしてその下には生徒会役員を従えている。

今俺がこんな状況に陥っているのは間違いなくアリシア絡みだ。昼飯の時に交流会の話を聞かずして逃げ出した俺を捕らえるつもりに違いない。

なら今俺たちを包囲してる連中は生徒会なのか、そうかと思ったが多分違う。

感じる魔力源の数は明らかに生徒会のメンバーの人数を超えてる。それに生徒会の奴らは今頃次のレクリエーションの準備で手が空いていないはずだ。となると包囲している相手は別の組織か。

どこのどいつだ?アリシアの指示に従い、こういう時に戦闘要員として起用される組織は?


────風紀委員会。


そうだ、風紀委員会はアリシアの管轄下、そして学園の治安維持のために戦闘要員としても起用される組織だ。

だが風紀委員のトップこと風紀委員長はあの堅物だ。アイツは良くも悪くも自身の役割に忠実。そんなアイツが俺を捕らえるためだけに風紀委員を動かすか?

別に俺は校則に違反したわけでも、学園の治安を乱したわけでもない。つまるところ風紀委員に狙われる理由が無いのだ。

ならどうしてアイツが風紀委員を動かした?どうしてアリシアの指示に従った?

アイツも実力者だ、たとえ生徒会長(アリシア)からの指示であろうと、納得出来なければ跳ね除けるような奴なのに────


(……まさか)


それに気づいた瞬間、アランは全てを察した。


「アリシアめ……王女権限であの風紀委員長(カタブツ)に命令しやがったな……!」


いくら堅物の風紀委員長でも王女様からの命令には逆らえない。だからアリシアは俺を捕らえるために風紀委員長に王女として命令したってわけか。

なんなの?そんなに俺に今晩の交流会に参加してほしいの?自由参加どこ行った?

だがこちらもそう安々と捕まる気は無い。まぁアリシアも俺が逃げることを想定したからこうやって人数を用意したのだろうが。


「先輩?本当にどうしたんですか?」


「上等だ…やってやるよ…!」


「何をやるつもりですか!?」


傍らで驚愕してる奴がいるが気にしない。とりあえずどうやって逃げるかだ。

真っ先に思いついたのは食堂入り口からの正面突破。あそこに配置されてる人数は十五人。確かに風紀委員の連中は皆それなりに優秀な聖裝士だが、アリシアや風紀委員長ほどじゃない。故にたとえ戦闘になっても勝つことは出来るだろうが、それ以上はわからない。

アリシアのことだ。俺を逃さないよう罠を張らせていてもおかしくない。実際過去にアリシアから逃げようとしたら似たようなことされたし。


(やるならここで……だな)


外に出れば奴らと遭遇するのは必至。逃げるのならこの場でだ。

どうする?土属性の魔法でも使って床に潜って移動するか?だがこの床は普通の地面とは似ても似つかない性質だ。潜るには集中しても二十秒はかかるだろう。それだけの時間があれば、奴らは俺を狙ってここに入ってこれる。

時間を稼ぐ手段が必要だ。結界でも張りたいところだが、結界を張りながらこの床に潜るのはさすがに……


(いや、待てよ?)


考えて、思い出す。そうだ、今の俺は一人じゃない。協力してくれそうな奴ならすぐ側にいるじゃないか!

閃いた俺はすぐさま傍らの少女に頼み込む。


「リデラ、頼む。今すぐ俺たちの周りに結界を張ってくれ」


「えぇ!?なんでそんな意味不明なことを……」


「必要なんだ頼む!じゃないと俺がアリシアに捕まるんだ!」


「どうして!?」


「マジでお願い!この通りだから!」


言いながら速攻で土下座をかます俺。プライド?何だそれは?知らない言葉だな。少なくとも俺の辞書にそんな言葉はない。


「う……ううん、まぁ分かりましたよ。先輩には色々話を聞いてもらいましたし、今回だけですからね!」


「ありがとう!お前は最高の後輩だ!」


「馴れ馴れしくしないでください!さっさとやりますよ!どうせ時間無いんでしょ!」


「ああ、頼む」


言った瞬間、アランは手を床につける。唱えた魔法は土属性の魔法《浸透(フォール)》。接地面に潜り込むことが出来る魔法だ。

とは言えこの魔法は万能ではない。基本潜り込めるのは普通の地面だけで、建物の床や壁などに潜り込むとなると難易度が跳ね上がる。

そうこうしていると外の魔力源が動き始めた。風紀委員たちがアランの行動を阻止せんと慌てているのだろう。


「《結界(シールド)》!」


風紀委員を食い止めるべく、リデラが生成した結界がアランたちの周囲を覆う。直後に風紀委員の面々が入ってくるが、結界に阻まれて進めない。

こうなったら結界を破壊するしかない。風紀委員たちが武力行使に出ようとするが、しかしここは食堂だ。派手に力を行使して食堂を破壊しようものなら元も子もない。

故に彼らが選んだ攻撃手段は武具単体による単純かつ高威力な集中攻撃。風紀委員の各々が聖装具をその手に取る。剣や鉄槌、戦斧などなど。全員が本気でリデラの結界を破壊しにきている。およそ後輩(リデラ)に対する遠慮というものが微塵も感じられない。

相手はこの数、しかも全員が聖装具まで持ち出してきたのだ。どれだけリデラが頑張っても二十秒も持たないだろう。

 

しかし、先を行ったのはアランの方だ。


「リデラ!俺の手を取れ!」


「え!?なんで!?」


「お前も逃げるんだよ!じゃないと奴らに捕まるぞ!」


「なぁんで私まで共犯扱いなんですか!!て言うかそもそもこの人たち誰ですか!?」


「その辺は後で話してやる!だから早くしろ!」


「あぁもう分かりましたよ!」


叫びながらリデラが手を取る。

そして、


「《浸透(フォール)》!」


直後、二人の体は突如として床に沈んでいった。


***


「あ〜あ、逃しちゃった」


「まさかあのリデラさんがアランに協力するなんて……アランの奴、リデラさんに何をしたんだ?」


アランたちが沈んだ後の床を、残された風紀委員たちは眺める。

彼らの顔には若干の不安が見える。今回の案件は王女様直々の風紀委員への依頼。もしアリシアが失敗したと知ればどうなるか。


「大丈夫かな。私たちアリシア様に罰とか下されないよね?」


「流石にそれは無いと思いたいですけどね。そもそも相手が強すぎますし。アランさんは聖装具無しで委員長と渡り合ったバケモノです。私たちが勝てるわけないじゃないですか」


「まぁ後は委員長がアリシア様に話つけてくれるっしょ。俺たちはさっさと委員長に報告してこのままその辺を見回りしておこう」


「見つけたところで私たち程度があの二人を捕まえられるとは思えないけどねぇ〜」


「委員長が来てくれたら希望はあったのに、なんで俺たち下っ端に任せるんだ」


「あの人管轄外の事柄には絶対に干渉しない主義だから。今回の件もアリシア様に命令されたから渋々嫌々風紀委員だけ動かしたって感じだし。もう諦めるしかないよ」


やや諦めを感じながら、皆は食堂を去るのだった。


***


そうして数分後……


「……はぁ……はぁ……流石に二人がかりでの地中移動は疲れるな」


言いながら、とある部屋の床を貫通して這い上がってきたのはアラン・アートノルト。

彼は粗い息をしながら、這い上がってきた床に未だ突っ込んでいる手を引っ張り上げる。


「よいっしょ!」


手を引き上げると、床からもう一人の少女、リデラ・アルケミスが這い上がってきた。


「はぁ……本当どうなるかと思いましたよ。にしても地中なんて初めて潜りましたけど、あんな感じなんですね。私もこの魔法覚えようかな……」


「覚えておくに越したことは無いが、あまりこの魔法の使用はお勧めしない。魔法で地中を進むにはかなり体力を消費するし、もし失敗したら最悪地中に生き埋めになる」


「やっぱ()めときます」


「そうしておけ」


床から出てきた二人は立ち上がる。地中を通ってきた割には特に汚れている様子は無い。魔法の便利なところだろう。


「それで、ここってどこなんですか?」


言いながらリデラは周囲を見渡す。部屋の中央には一つの机、机を挟むように置かれてるのは二つの大きなソファ。そして部屋の奥には大きな事務机ある厳かな部屋だ。

教師や生徒会役員でも無ければ、ここに来る者はほとんどいないだろう。尤もアランは例外だが。


「ここは学園長室。その名の通り、この学園の学園長のための部屋だ。少なくともここに風紀委員(アイツら)が入ってくることは無いし、これ以上追われる心配はしなくていいだろう」


「いや、それは分かりますけど……勝手に入っていい部屋じゃないですよね?絶対学園長に知られたら怒られますよ!だってここの学園長って……!」


「問題ねぇよ。今回に関しては正当な理由があるし、そもそも『あの人』はこの程度でとやかく言うような人じゃない」


一息つくと、アランは遠慮無くソファに腰掛けた。


「い、いくら何でも遠慮がなさ過ぎじゃ無いですか?」


「疲れてんだから座るのは当然だろ。お前も座ったらどうだ?」


「そうだぞ。疲れているのなら無理をすることは無い」


「ッ!?」


突如聞こえてきた第三者の声にリデラは振り返る。気づけば学園長室の扉から誰かが入ってきていた。

銀の長髪に大人びた顔つき、アリシアとはまた別の風格を漂わせているこの女は。


「にしてもお前の礼儀知らずは相変わらずだな。後輩にまで悪影響しないといいが」


「生憎礼儀作法は教わっていないんだ。文句があるなら自分を恨みな『学園長』」


学園長、シリノア・エルヴィンス。この学園どころかこの国、いや何ならこの世で彼女の名を知らない聖装士はほとんどいないだろう。

この世には『大聖者』と呼ばれる地位がある。大聖者とは聖装士の最高到達点、歴史上でも未だたったの三人しかいない規格外の存在だ。その力はこの学園トップの実力を誇るアリシアやアランほどの実力者ですら足元にも及ばないと言われるほど。

そんな大聖者だが、現存している大聖者はたった一人だけ。そしてその一人というのが彼女、シリノアである。

部屋に入ってきたシリノアは何やら資料を手にしながら事務机に向かっていく。


「え、なんでタメ口……って、いやそれよりも、すみません学園長!勝手に入っちゃって……その」


「安心しろ、別に怒こってなどいない。好きにくつろげ、アランが連れてきた客なら歓迎しよう」


「きゃ、客?」


困惑するリデラをよそにシリノアは事務机の椅子に座る。何が何だか良く分からないが、とりあえずリデラもソファに座ることにした。


「それでアラン、今度は何があった?」


「食堂にリデラと一緒にいたら風紀委員に包囲されたから《浸透(フォール)》を使って逃げてきた」


「え、あの人たち風紀委員だったんですか?」


「そうだけど?」


「ええ……風紀委員に追われるって、先輩何やらかしたんですか。絶対に私に責任(なす)り付けないでくださいよ?」


「そんなことしねぇよ……そもそも俺悪くねぇし、むしろ俺の方が正当だし」


「ならどうしてお前が風紀委員に追われることになるんだ。()()風紀委員長と喧嘩でもしたのか?それとも学園の規則に触れたのか?」


「どっちでもねぇよ。昼飯の時にアリシアが今晩の交流会に参加しろって言ってきたから逃げたんだ。そしたらアイツが風紀委員を動かして俺を捕まえにきた。多分王女権限でも使ったんだろうな」


「なるほど、随分面倒なことになってるんだな。というか何故(なぜ)お前も逃げるんだ。そのくらい参加したらいいだろう?」


「単純に今日はもう疲れたんだ。あと今はあまり新入生と会いたくない、絶対に質問攻めにされる」


「それは問題を先延ばしにしているだけだと思うが……まぁ交流会に関しては自由参加だからどうするもお前の勝手だ、私は口出しはしない。それはそれとしてだアラン、お前この後の他のレクリエーションはどうするつもりだ?」


「休む」


「そうか。なら私からその旨を伝えておこう」


かの大聖者であるシリノアを相手に、アランは当たり前のようにタメ口で会話する。もはやリデラは目の前の現実について行くことが出来なかった。

シリノアは事務机の上に置かれたカップを手に取る。中に入っているのはコーヒーだ。コーヒーを一口飲むと、息を吐く。

そして、


「それでリデラ・アルケミス。君はどうするつもりだ?君はコイツと違って新入生だ、まだ参加すべきレクリエーションがあるんじゃないか?」


「そ、そのことなんですが……私も少し休もうかと思います。ちょっと今は色々と考えたくて。ただ先生には既に連絡はしているので、休む許可はいただいています」


「おお、そうか。さすが新入生代表、行動が早くて何よりだ」


どうして一階でリデラと遭遇したのかずっと疑問だったが、アランは今のを聞いて納得した。

おそらくリデラは教員室にでも行っていたのだろう。そこで教師に休む旨を伝えて教員室から戻ってきたところでアランと出会い、ああなった。

随分な偶然だが、結果こうしてある程度仲を深められたことを思えばある意味幸運だったとも言えるだろう。まぁリデラについて行ったせいで風紀委員に襲われはしたが。


「なら君もここで休んでいくと良い」


「え、良いんですか?」


「構わん、いつもアランがここに入り浸ってるからな。今更一人増えようが同じようなものだ」


「言うほど入り浸ってるか俺?」


「ほぼ毎日来てるだろう」


「そ、そんなに……先輩、あの大聖者様と一体何をしてるんですか」


「……まぁ、色々と」


「まぁた隠し事ですか。もしかして先輩ってミステリアスなキャラでも気取ってるんですか?」


「そんなつもりはねぇよ。勝手に周りがそう思い込んでるだけだ。俺はそんな御大層な人間じゃねぇ」


「いや、学年次席というだけでも十分凄いと思いますが……」


「別に俺は学年の全員と戦って学年次席の座についたわけじゃない。中には不戦勝だって含まれてる」


「不戦勝!?」


信じられないと言わんばかりに声を上げるリデラ。まさか誇り高き聖装士の中に最初から試合を放棄するような輩がいるとは思わなかったのだろう。


「コイツの学年はここ数十年で見ても特に優秀な奴が多い代なんだが、同時に変人の多い代でもあってな。特に学年実力序列トップ4の生徒たちに関して言えば、アリシア以外の全員がサボリ魔という異常事態まで起きている。強い奴ほど癖が強いということかな」


「なるほど、そしてその一人が先輩と」


「違ぇよ。俺は講義にはちゃんと出てるからな、そもそも学園にすら来ない『シエル』と『ミハイル』よりはずっとマシだ」


「だが与えられた役割からいつも逃げようとする辺りお前も五分五分だぞ?」


「仕方ねぇだろ面倒くさいんだから。そもそも俺はただの学年次席だ、委員会に所属してるわけでも高貴な身分というわけでもない。そんな俺に特別な役割を課そうとする方がおかしいんだよ」


「それは暴論なような……ていうか今更思ったんですが、先輩の生まれって貴族ですか?アートノルト家なんて聞いたことはありませんが、あれだけ強いなら血統的にも……」


「さぁ?俺も知らん」


「それ絶対嘘ですよね?」


自分の生まれを知らない者などいない。いるとすればそれはもはや記憶喪失だ。

誰にでも分かる嘘をつきながら、アランはソファに寝っ転がる。


「先輩、まさかここで寝るんですか?」


「寝るけど?」


「じ、自由過ぎる……」


目を閉じるアラン。大聖者を前にして当たり前のように眠る男と、それを平然と許容しているシリノア。入学初日からどうしてこんなにも奇妙な目にばかり遭っているのか。

リデラが困惑すること数秒、アランの寝息が聞こえてきた。どうやら本当に寝てしまったらしい。

どんな精神構造をしているんだこの人は。


「君は寝ないのか?リデラ・アルケミス」


「いえ、私は別に眠くないので。それに色々と考えたいこともありますし……」


「ほう?歓迎試合でアランに負けて思い悩んでいるということか?」


「……まぁ、そんなところです」


俯きながらリデラは答える。今まで築いてきた功績、努力、自信それら全てが、アランに負けたことで崩れてしまった。

所詮は井の中の蛙だったのだ。世界を知らず、真の強者というものを知らず、ただ狭い価値観で自身を強者と豪語していただけの少女だった。

その事実を理解したからこそ、リデラは悩む。これからどうすれば良いのか、本当に自分は強くなれるのかと。


「ははっ!良いじゃないか、実に学生らしい悩みだ」


リデラの答えに、シリノアは笑った。


「成功や失敗、様々な経験を重ねながら己と向き合い、己を高める。この学園はそういう場所だ。だから君も思う存分失敗し、思う存分悩め。なに、まだ学園生活は始まったばかりなんだ。時間はいくらでもある。焦らずじっくり強くなればいい」


「……そうですかね」


意外と学園長らしい言葉を言うシリノア。不思議な人だとは思ったが、彼女の言葉はリデラにはしっかりと響いた。

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