第五十六話 国王様はお悩み中
それはある日の晩のこと。
エルデカ王国の王城の一室。その中に置かれた椅子に一人の男が座っていた。
彼の名はローヴェン・エルデカ。このエルデカ王国の現国王である。
明かりも点いていない暗い部屋の中で、彼は考え事をしていた。
彼には悩みがあるのだ。それは難しい政治的な問題でもなければ、解決しなければ今後の国営に影響するような話でもない。
しかし、それは彼にとってはとても重大で、同時に解決し難い問題であった。
その悩みとは───。
「娘が……強すぎるッ!」
彼の愛娘、アリシア・エルデカが強すぎる事だった。
アリシアはエルデカ王国が誇る学園最高戦力者の一人にして頂点。大聖者シリノア・エルヴィンスを除けば、彼女こそがエルデカ王国最強の聖装士と言っても過言ではない。
もしこの国に戦力が必要になった時、まず彼女は起用されるだろう。
それに彼女は強すぎるあまり、王族なら誰もが付ける護衛を付けられない。逆に護衛が彼女の足手まといになるからだ。
この事の何がローヴェンを悩ませているのか。それは単にアリシアが心配だからだ。
彼は家族を愛している。無論、彼の娘であるアリシアも例外ではない。
生まれた時から蝶よ花よと大切に育てていたら、気づいたらとんでもなく優秀な少女に成っていた。
娘が立派に育ってくれた事はとても嬉しい事なのだ。しかし、今のアリシアは誰も付いて行けなくなっている。
ローヴェンとしてはアリシアには平穏かつなるべく安全に過ごして欲しいところだが、今のままでは真逆の道を行きそうというのが現状だった。
これはとても解決し難い問題だ。アリシアより強い聖装士など、今後数年どころか数十年は現れないだろう。
エルデカ王国の長い歴史で見ても、彼ら学園最高戦力者ほどの実力を持つ聖装士は稀だ。
最悪の場合、今後一生アリシアに護衛を付けられないだけでなく、彼女を国の最高戦力として起用し続けることになる。
「どうしたものか……リフレイム皇国に派遣するにあたり、少なくとも一人は護衛を付けたいものだが」
彼女を守れる者がいるとすれば、それは彼女と同じ学園最高戦力者だけだ。
グレイ・フォーリダント、シエル・グレイシア、ミハイル・ラッドマーク、アラン・アートノルト。この四人しかアリシアに並ぶ聖装士はいない。
彼らの中からアリシアの護衛を選ぶという選択肢もあったが、おそらくそれは不可能だ。
あの四人は全員、他人の頼みなど素直に聞かないような問題児だからだ。
『天譴の執行者』、グレイ・フォーリダント。王家直属聖装士団の現団長の息子であり、次期最有力団長候補でもある。
彼は自身の正義を絶対とするだけあって高い善性を持つ。危機に瀕した者がいるなら、迷わず助けるような人間だ。
ここだけ見ればとても素晴らしい善人だが、残念ながらそうはいかない。彼は自身の正義に忠実過ぎるのだ。
少しでも自身の理想に合わない行いであれば、彼は絶対にやらない。誰にどう頼まれようとも、彼が納得しない限り動くことはあり得ない。
要するに融通が効かないのだ。まさに堅物である。
『超越の機巧者』、シエル・グレイシア。彼女の難点はなんと言っても、凄まじい面倒くさがりということだ。
学園の講義もほとんど出席せず、一日の大半をどこかしらで寝て過ごす。その睡眠時間は幼児のそれに匹敵する。
シエルは自身を技術者と誇っているので、物の修理や開発など、技術を発揮できるような分野であれば他人の依頼でも引き受けることがある。なので当然、護衛などという技術に関係しない分野には無関心だ。
文字通り怠惰の権化と呼ぶべき存在。『学園最強のサボリ魔』の渾名は伊達ではない。
『万色の聖奏者』、ミハイル・ラッドマーク。学生でありながら、エルデカ王国で大人気の音楽団体『レーヴェル交響楽団』の指揮者を務めている。学生の身でそのような事が許されているのは、他でもない彼の才覚ゆえだろう。
聖装士としての才能はもちろん、音楽家としての才能も十二分にある。その中で彼が優先した才能は後者、音楽家としての道だった。
彼は音楽家としての道を志すあまり、聖装士としての人生をほとんど捨てている。誰かに戦力になるよう頼まれても、引き受けることはあり得ない。
戦う暇があるなら音楽に浸っていたいと考えるような、根っからの芸術家だ。
『聖装士一の異端者』にして『叡傑の暴虐者』、アラン・アートノルト。
彼は聖装士でありながら聖装具を使わず、魔法一つで戦い抜いてきた異端者だ。聖装具の正体や聖装具を使わない理由など、多くの事を隠している謎多き人物でもある。
もちろん彼もまた他三人に引けを取らない問題児。基本的に不真面目かつ面倒くさがりなので、気が乗らない限りは他人の頼みは引き受けない。
さらにローヴェンは、アランは精神に異常を抱えているとアリシアから知らされている。だからこそ彼を戦力として起用する場合は注意して欲しいとも言われた。
そのような危険人物に何かを任せる事はなるべくしたくない。特に一時的とは言え、愛娘の護衛をさせるような事はしたくない……のだが。
「はぁ……仕方ないか」
他三人と比べれば、アランは比較的融通が効く人物とも聞いてる。ならば頼めるのは彼しかいない。
今後の予定について考えながら、ローヴェンは深いため息を吐くのだった。




