第五十五話 魔法は無限大!
「それで、君が最後に使ってた魔法はなんだったんだい?」
その日の夜、自室でくつろいでいたアランのもとにリオとアシュリーが訪ねてきた。
「そもそもあれは本当に魔法なのかい?遂に君の聖装具が力を発揮できるようになったとかじゃなくて?」
「あれは魔法だよ。《その名は完全無欠の絶対王者》は発動中、『俺が想像した理想を具現化できる』技だ」
「「は?」」
「より正確に言うなら、発動中俺が扱える全ての魔法が全自動で働いて、俺の理想を擬似的に具現化してくれる。だから叶えられる理想はあくまで魔法で実現できる範囲に限られる」
「いやいやいやいやいやいやちょっと待てちょっと待てちょっと待て!なんだよ『理想を具現化できる』って!君はとうとうミハイルの専売特許すらも我が物にしてしまったのかい!?」
「確かにアイツの聖装能力も参考にしたけどさ」
「全自動ってことは、詠唱とか術式構築も必要無いの?」
「無いぞ。代わりに発動中は俺の体に刻印を刻む必要があるけどな」
「刻印……あの皮膚に刻んでた虹色のヤツと君の目が青くなってたヤツか」
「あれでどうやって術式構築と詠唱の過程を省略できるの?」
「魔導器や聖装具と仕組みは同じだ。物に刻まれた術式を魔力をこめることで起動させ、事象を再現してる。それを真似た」
「つまり、アランが使える全部の魔法の術式を連結して刻んでるってこと?」
「大体そんなところだ。まぁ流石に術式全部刻んでたら、とても発動できないからな。実際はかなり省略した術式を刻んでる」
簡単に言うが、それはとんでもない行いだ。手動で体に術式を刻み込むなど正気の沙汰ではない。少しでも誤れば術式が作動しないのは勿論、身体を傷付ける可能性もある。
「えっと……《その名は完全無欠の絶対王者》だっけ。それっていつ作ったんだい?」
「アリシアに負けた後だ。俺は単純な戦闘能力で劣りがちだからな。その差を埋めるための技がアレってわけ」
「確かに理想を具現化できるなら、技の規模は格段に上がりそうだけど……それって体の負荷は大丈夫なの?術式を自分の体に刻み込むほどだし、負荷も魔力消費も凄いでしょ」
「実際その通りだよ。《その名は完全無欠の絶対王者》の最大の弱点は負荷がとんでもないことだ。俺の体全てを魔法の発動装置にしているからな。魔力消費が多いのは言わずもがな、体の負荷も尋常じゃない。今の完成度だと使えても五分程度、それ以上使うと過剰負荷で体が動かなくなる。たとえ時間内でも一度打ち止めすれば同じく反動が来る。あとこれは発動するのに膨大な術式構築と緻密な魔力操作が必要になるから、調子が良い時じゃないと絶対に使えない」
「つまり《その名は完全無欠の絶対王者》はこれからの君にとって、正真正銘の最後の切り札になるのか」
「そうなるな。普段使いは出来ないけど、使えるってだけで一つの安心材料にはなるからな。会得した甲斐はあったさ。完成度はまだ七割ってところだけど」
「アレでまだ未完成なのか……」
この技が実用可能になったのも一ヶ月ほど前のことだ。それから少しづつ完成度を上げていき、今でようやく七割。
完成すれば最高の切り札になるだろうが、そうなるにはあと一ヶ月以上はかかりそうだ。
「魔法だけでそんな凄い技を編み出せるのに、なんで聖装具の方は今もボロボロの石剣なの?」
「俺が聞きてぇよそんなの。どんなに頑張っても真価を発揮してくれないから、仕方なく魔法一筋でこっちはやってんだ」
「だからって魔法一つでここまで強くなれるものなんだね……」
「まぁ魔法は無限大だからな!その気になれば対象を原子分解できるし概念も封じられるし理も破壊できるし理想も叶えられる!」
「それ出来るのアランだけだから。一般論みたいに語らないで欲しい」
「理論上はお前らでも出来るはずだぞ?特に俺の《封印領域解放》とか封印魔法の応用だし」
「封印魔法で概念干渉するのはもう応用の領域じゃないんだよ」
魔法は魔力さえあれば誰でも使える技だ。なので理論上は、アランの戦い方は誰でも真似できるのだ。実際に真似できた者は一人もいないが。
《封印領域解放》──これは封印魔法の超発展版のようなもので、一定範囲内の指定した概念を封印することが出来る魔法だ。
概念に干渉する魔法である故、効果範囲内の者は誰であっても基本的にこの魔法に対抗することは出来ない。強制力も効果も超強力だが、その代わり二つデメリットがある。
一つは発動の負荷が大きいこと。発動には複雑な魔法術式を含め、膨大な情報量を必要とする。
それらを処理して発動するだけでも脳に多大な負荷がかかる。
普段のアランでは連発はできない。一度使えばその後三十秒ほどは反動で魔法の発動速度と効果が低下する。
だが調子が上がった状態、つまり本気を出した状態のアランであれば負荷無しで連発が可能だ。なのでこのデメリットはそこまで気にする必要はない。
問題のデメリットは二つ目、《封印領域解放》はある程度の公平性を持たなくてはいけないこと。指定した範囲内の概念を封印する際、その効果がアランだけに一方的に有利なものであってはならないのだ。
なので『聖装具の概念を封印して相手の聖装具を使えなくする』ような事は出来ない。この場合、アランに一方的な有利があるからだ。
ある程度の公平性さえ守れば、大抵の概念は封じられるのがこの魔法。汎用性が高い上にほぼ対処不可能なので、今ではアランの切り札の一つになっている。
なおロベリアの最終奥義である《鋼鉄世界、響くは果てなき破壊劇》を耐えた時も《封印領域解放》を使っていた。
『負傷』の概念を封印することで絶対に負傷しない状態を作り、砲撃を防いでいた。その間にロベリアの聖装能力を解析していたのだ。
「はぁ……これでまた君との差が開いちゃったか。元から追い付ける気なんてしてなかったけど、尚更勝てる気がしなくなったね。君は一体どこまで強くなるつもりだい?」
「少なくともアリシアたちに確実に勝てるくらいには強くなりたいよな。そのためにも、早いとこ《その名は完全無欠の絶対王者》を完成させて、聖装具も使えるようにならないとな」
「でもアランって今更聖装具使う必要あるの?今でも十分過ぎるくらいの切り札が揃ってるし、聖装能力があっても使う価値はそこまで無いと思うけど」
「それは聖装能力次第だが……流石に使うとは思うぞ。俺の切り札はどれも欠点が目立つからな。何より調子が良くないとマトモに使えないものばかりだ。その点、聖装具は低いリスクと負荷で莫大な力が使える。《真髄解放》まで会得できれば、今よりもっと強くなれるはずだ。俺の課題は今も昔も変わらねぇよ」
強大な魔法を扱えるようになったからと言って、聖装具を諦めるわけではない。
聖装具を使えるようになる。そして聖装士として、シリノアの弟子として、胸を張って生きられるようになる。これはアランにとって永久の課題だ。
「まぁ今のところ微塵も聖装具が使えるようになる気がしないんだが……何が悪いんだろうなぁ。まだ器じゃないって事か?」
「力を扱う体は整ってるはず。知識もあるし、戦闘技術も十分……そうなると、やっぱり精神的な問題?」
「聖装具は僕たち契約者の本質を濃く反映しているからね。聖装具を使うなら、精神的な要素は重要だよ」
「うぎぎぎ……ますます分からなくなってきた。何をどうしたら良いんだ?死も痛みも恐れない不撓不屈の覚悟でも求めてんのか、このガラクタは」
アランは自身の聖装具を手元に顕現する。
刃渡り一メートル以上の両刃の剣。剣は全体が一切の漏れなく『石』で出来ていた。石の刃には光沢も剣の鋭さも無く、石の柄は掴むだけで手にパラパラと石屑がついてくる。しかも剣のあちこちにヒビが入っていた。
「流石にそんな事は無いと思うよ?重要なのは君の本質……君がどういう人で、どう在りたいのか。それを自覚した上で、聖装具に向き合うことだと思う」
「尚更分かんねぇ。そもそも何から何まで抽象的過ぎるんだよ!本質とか精神的要素とか!もっと魔法みたいにシンプルになればいいのに……」
「複雑だからこそ、聖装具は強くて特別な存在。アランがそこまで頑張っても聖装具を使えないってことは、それだけ特殊な聖装具なんだよ。だから使えるようになった時には、それに相応しい性能を発揮してくれる……はず」
「おい急に落とすなよ。最後まで確信持って言ってくれよ」
不安と切迫感を抱きながら、アランは困ったように聖装具を見る。
果たして聖装具は彼の期待に応えてくれるのか。大聖者に相応しい弟子になるという彼の願いは叶うのか。
それは誰にも分からない……。
同時刻、エルデカ王国から離れたとある場所にて。
薄暗い暗い廊下を二人の黒装飾の男が歩いていた。
「いやぁ危なかったですね。あそこで死んじゃうかと思いましたよ!やっぱ戦いには運も必要だって改めて感じましたね」
「我々のような者が幸運に救われるというのは、なかなか皮肉な話だが。実際その通りだったな」
陽気な声で言うのはヴィル・カルマース、その隣を歩いているのはバルドラートだ。
「『リヴァイアサンの断片』は手に入った。欲を言えば『パレスの地下遺跡』にいるとされていた『封印指定クラス』の魔法生物も回収したかったが、片方あれば十分だろう。計画は実行可能だな」
「じゃあ僕たちも『リフレイム』に行ってひと暴れ──」
「出来ないぞ。これは私たちの任務ではないからな」
「ちぇっ……ケチですねぇ」
「我々も次の任務がある。『リヴァイアサンの断片』は彼女が上手く使ってくれるだろう」
「僕たちに休みはないんですね……世知辛い職場です」
「どうしても休みが欲しいのであれば、風邪でも引いたらどうですか?」
その時、二人の後ろから女の声が聞こえた。
彼女もヴィルたちと同じ服装をしている。顔もフードを被っていてよく見えない。
「さすがに病人に働けと言うほど、我々も鬼畜ではありませんよ」
「お、戻ってきてんだ」
「ええ、つい先程。ところで、『リヴァイアサンの断片』は回収できたのですか?」
「回収した。いつもの保管庫に置いてあるから、後は好きに使ってくれ」
「なるほど、ご苦労様です。しっかりと有効活用させてもらいますよ」
そこで女は一度、ヴィルとバルドラートの体を眺めた。
二人の体はかなり回復しているが、それでもまだアランとグレイとの戦いの跡が残っている。
「それにしても、随分こっぴどくやられたようですね。誰が相手だったのですか?」
「アラン・アートノルトとグレイ・フォーリダントだ。どちらも学園最高戦力者の一人、実力もその称号に違わぬものだった」
「そうでしたか。ちなみに、その二人だとどちらの方が強いと感じましたか?」
「そうだな……単純な戦闘能力で言えばグレイ・フォーリダントだな。奴はおそらく『外部からの干渉を無効化する』ような聖装能力を持っている。証拠に我々の攻撃や魔装能力が一切効かなかった」
「そのような馬鹿げた聖装能力が存在するとは。エルデカ王国トップ五の肩書きは伊達ではありませんね」
「正直人間と戦ってる気はしなかったな。仮に我々が全力で戦ったとしても、勝率は低いだろう」
「でも僕的にはアランの方が強かったと思いますよ。彼、とんでもなく頭が切れるみたいですし。それに精神面がイカれてます。殺傷行為に躊躇がなく、自分が傷つくことも厭わない。文字通り殺戮兵器みたいな人です。いろんな経験してきたんでしょうね〜」
「聖装士がそのような境遇に至ることなど無いと思いますが……あり得たからこその異端者ということですか」
「ああ、だから警戒した方がいい。これから大暴れする予定があるなら尚更な」
「ははっ肝に命じて起きますよ」
その言葉を最後に、女は廊下の先へ進んで行く。
さらなる厄災の到来は目前だ。世界は密かに苦境に立たされようとしていた。
《第二章・完》
深夜二時を過ぎた頃、黒髪の少年は目を覚ます。
ベッドから体を起こすと、彼の赤い双眸に見慣れた学生寮の自室が映る。少年は立ち上がって部屋の窓を開けた。
窓の外には夜闇の中で静まり返った王都の街並みが見える。
「……微妙な景色」
彼女はあまり人集りを好まなかった。人が好きではないからだ。
等しく憎い。誰も彼もが有象無象であり塵芥。本音を言えば皆殺しにしてやりたいくらいだ。
「あの人も分からないな。感謝はしてるけど、なんでここに連れてきたんだろ。こんな環境にいても意味無いと思うけど」
──あの人の教育方針は理解できる。今までの事を考えれば、ソレが最良の選択だと自分も思った。
だから彼を任せた。実際そのおかげで彼は正しく育っている。歪んだところは修正できていないが。
そんな事を考えながら夜風を浴びること数分、少年は窓を閉めた。
今日は疲労が溜まっているようだ。早く休ませてやらなくては明日に影響する。
少年はベッドに戻り、そのまま意識を落とす。すぐに小さな寝息が聞こえてきた。




