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聖装士学園の異端者  作者: 綿砂雪
第二章
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第五十四話 不器用ながらの親孝行

フィールドを出てすぐのこと。

闘技場の廊下を歩いていると、アランはある人物に会った。


「……え、師匠?」


そこに居たのはアランの師匠にして育ての親、シリノア・エルヴィンスだった。


「なんで居るんだよアンタ」


「弟子が勝利を収めたんだ、祝いの言葉くらいは言ってやろうと思ってな」


「嘘つけ、絶対にそんなこと言う気無いくせに」


今までシリノアが誰かに勝ったことを祝ってくれたことなど無い。むしろ『私の弟子なんだからこれくらい出来て当然だ』と言われたくらいだ。


「いやいや、言葉にしないだけで心ではちゃんと賞賛してるんだぞ?」


「じゃあ言葉にしてくれ。俺には他人の心を読む力は無いんだから」


「そうか、なら……」


言いながら、シリノアはアランの頭に手を置いた。なんとそこからアランの頭を撫で始めた。


「ちょっ、なんで撫でるんだ!」


「なに、これが私なりの褒め方というだけだ」


「俺はガキじゃねぇんだぞ!?」


流石に恥ずかしかったのか、アランはシリノアの手を払いのけた。


「私からすればお前はいつまで経っても弟子であり我が子のようなものだ」


「子供持ったこと無いくせによく言う」


「特に子を持つ気が無かったからな。昔は両親に『いい加減誰かと結婚しろ、家の跡を継げ』と口酸っぱく言われたが、面倒だったから家を飛び出した」


「アンタを娘に持ったご両親の気苦労が知れるよ」


今では三百年以上生きているシリノアだが、一応彼女も人間だ。

とある貴族の元で生まれ育ち、そして実家で暮らすのが嫌になったから独り立ちして旅に出た。

その後は世界各地を転々とし続けた。途中で気づいたら史上三人目の大聖者と呼ばれるようになったりと色々あった。

そうして三百年ほど経った頃、当時エルデカ王国の山の中で隠居していた彼女はアランに出会い、彼を育てることになった。


「それはそうとアラン、お前あの技を使ったのか」


「《その名は完全(アルティメット)無欠の絶対王者(オーバードーズ)》か。ちょっと試し撃ちしたかったんだよ。使い勝手は悪く無かったが、まだ調整が必要だな。今後しばらくはアレの改善に努めることに…ふぁぁぁ…なりそうだ」


「なんだ、眠いのか?」


「そりゃ疲れたからな。今日はもう帰って寝る。なので俺の自室まで転送して欲しい」


「はいはい、転送してやるからさっさと寝てこい」


そう言った直後、突然アランの姿が消えた。

聖装能力でアランを転送したのだ。今頃アランは学生寮の自室の中だろう。




アランの新技を見たら思い出した。あれは今から数ヶ月前、アランが序列戦でアリシアに敗北した後のことだ。

アリシアに負けた後、アランはしばらく行方をくらませていた。講義に出席しないどころか学園にも姿を見せず、一時期学園では騒ぎになっていた程だ。

アランのことだから負けたショックでどこかへ消えたということは無いだろうが、流石に心配になってきたので、シリノアはアランを探した。

アランが消えてから三日目。王都の隅から隅までアランの魔力反応を探した結果、アランが居たのは王都にある大図書館だった。

そこへ向かったところ、アランは大図書館の個室に引きこもっていた。

個室に用意された机の上には大量の魔法書が置かれており、さらに大量の紙が散乱していた。


「何をやってるんだ、アラン」


「……あ、師匠?」


個室に入って声をかけると、アランはやや朧げに返事をした。

顔色も少し悪いし、疲労が溜まっているように見える。マトモに休んでいないのだろう。


「なんで居るんだ?」


「お前の方こそなぜここに居る。心配したんだぞ。しかもその顔……さてはお前、最近休んでないだろ」


「ははっさすがにバレるか」


「私でなくとも気づくさ」


アランの隣の椅子に座ると、シリノアは話を続ける。


「それで話は戻るが、お前は何をしにここに来たんだ?それにこの紙は……」


「今新技の考え中なんだよ」


返ってきたのは少し意外な答えだった。


「前から分かってたけど、やっぱり俺は単純な戦闘能力が足りてない。実際俺がこの前アリシアに負けたのもそれが原因だ。皆みたいに聖裝能力で馬鹿げたことが出来ない分、どうしても単純なステータスの差が出てしまう」


「その差を埋めるための手段を模索中ということか」


「そゆこと。だから(しばら)くは学園に行く気はない。少なくとも何かしらの案が見つかるまではな」


アランは再び作業、もとい新技の模索に戻った。魔法書を手に取ってはパラパラとめくり、紙に何かを書き足している。

だが明らかに手の動きが悪い。アランの身体に限界が来ている証拠だ。


「お前いつからこんなことをしていた?」


「アリシアに負けた後から。すぐにこの図書館に直行して、ずっとこうやってる」


「……そうか」


アランはまだアリシアとの戦いで溜まった疲労が抜けていない。すぐにでも休むべき状況だが、それでもアランは作業を進めている。

何故かは分からないが、アランは新技の模索に躍起になっているようだ。


だが今のアランをさらに成長させられる技なんて簡単に思い付くはずがない。シリノアですらすぐには思い付かない。

既にアランはシリノアから見ても十分な実力を手に入れている。聖裝具が使えないという縛りを抱えながらも、エルデカ王国でも指折りの実力者にまで成り上がった。


しかし、それでもまだ足りないと、アランは言う。

もっと強くならなくてはいけないと、そう言わんばかりの態度で作業を続けていた。


「……なぁアラン、せめて一度休んでからでも」


「嫌だ」


「だがお前の体はもう限界だぞ。魔力も体力も残ってない、どうせ食事も(ろく)に摂って無いんだろう。今のお前は起きていることも困難な状態だ。そんな状態で新技を考えることなんて──」




「嫌なんだよッ!!」




その時、アランは声を荒げた。彼がこのような姿を見せることなど滅多にない。

十歳の時からアランの面倒を見てきたシリノアですら、ここまで声を荒げているアランを見たのは初めてだった。


「俺だって分かってる!体が限界だってことくらい!でもこのまま終わりたくないんだ!負けっぱなしでいたくないんだよ!だから頼むから……放っておいてくれよ……」


目尻に涙を浮かべながら、懇願するようにアランは言う。


「……悔しかったのか」


「悔しかったよ!悔しかったに決まってる。でもそれ以上に俺は……辛かったんだ……!」


「辛かった?何が辛かったんだ」


「……だって」


そっぽを向きながら、数秒黙ったかと思えば、



「……俺が負けたら、師匠まで負けたような気がするから」



「…………え?」


あまりに予想外の返答に、シリノアは硬直してしまった。


「アンタは最強だ。誰よりも強くて、誰よりも凄い聖装士だ。なのに俺が……弟子である俺が負けたら……なんだかアンタまで負けたような気がして……アンタは誰よりも凄いのに……俺のせいで評価を落とすような……そんなことになって欲しくなくて」


「……だから負けたくなかったのか?」


「そうだよ。もちろん俺だって分かってる、別に俺が負けたからってアンタの評価が下がったりしないことくらい。俺がアンタの弟子だって知ってる奴は俺たち以外にこの世にはいない。だから気にする必要なんて無いって……そう思うべきなんだろうけど……」


それがどうしても、アランには出来なかった。


「俺はアンタにずっと迷惑をかけてきた。聖装具すらマトモに使えない落ちこぼれの俺を、ここまで育てて強くしてくれた。だけど、結局俺は半端者なんだ。聖装士としては論外、そう言えるような異端者だ。だからせめて……アンタの……大聖者の弟子に相応しいって言えるような、強い聖装士でいたいんだ」


それがアラン・アートノルトが勝利に固執し続けた理由。そしてアリシアに負けたことを何よりも辛いと思った理由だった。


「…………」


シリノアは驚愕のあまり言葉が出なかった。

予想もしていなかった。まさかここまでアランに思われていたとは。


「な、なんだよ。なんか言えよ。このままだと一人で叫んで泣いてるみっともない奴になるだろ……」


急に黙られて、アランが困惑していると、


「……くっ…はははははははっ!!」


シリノアは笑い出した。我慢ならないと言った様子で、思いっきり。


「なんで笑うんだよ、そんなおかしなこと言ったか」


「いや、おかしなことなど一つも言っていないさ。ただこれは、少しばかり予想外でな。お前の気持ちはよく分かった。そういう話なら私も手伝ってやる。もとより私はお前の師匠だからな。弟子が強くなろうとしているなら、手を貸さない理由は無い」


「だったら──」


「だが、それでもだ」


シリノアはアランの頭を掴むと、そのまま自身の膝へと引っ張った。

突然引っ張られて抵抗できなかったアランは、シリノアの太ももに頭を預けてしまう。


「ちょっ、何すんだよ!?」


「今は休めというだけのことだ。そんな体では思い付くものも思い付かないだろう」


「いやだから──」


「文句は言うな。これは師匠命令だ。逆らったらお前の意識を無理やり落とす」


「……分かったよ」


流石にそこまで言われては抵抗できない。そもそもアランの抵抗など、シリノアの前では意味をなさない。


「だけど膝枕は辞めてくれ。この歳でこれは恥ずかしい」


「そうかぁ?満足そうに見えるがな、私は」


「気のせいだ!今更膝枕で癒されっかよ」


「昔はよく一緒に寝たじゃないか。夜中に『一人だと寝れない』と言って私の部屋に入ってきて」


「それアンタと同居し始めたばっかの頃の話だろ!?」


「十二歳になるまでは一緒に寝ていたと、私の記憶にはあるがな」


「あーもう黙れ!寝れねぇだろ!」


「分かった分かった、なら静かにしておいてやる」


その後はシリノアは喋るのをやめた。代わりにそっと、アランの頭を撫でていく。

一分もしない内にアランの寝息が聞こえてきた。これは暫く起きることは無いだろう。


「……偶にはこういうのも悪くないな」


呟き、シリノアは机の上の紙を流し見る。

そこには膨大な量の文字や式が書き並べられている。その全てが新技について書かれていた。

三日で考えたにしては随分具体的なところまで考えられている。これなら意外と案が固まるのは早いかもしれない。



***



(あれから二ヶ月くらいで、もう《その名は完全(アルティメット)無欠の絶対王者(オーバードーズ)》を使えるようになってたからな。まだ完成度で言えば七、八割ほどだが、よくやるものだ)


自分で育てておいてだが、正直ここまで強くなるとは思わなかった。魔法一つでここまで強くなれた者などアランが史上初だろう。ある意味彼は大聖者よりも凄い存在だ。

だがその成長は他でも無い、アランの『強くなりたい』という意志があってこそのものだ。


今まで弟子など面倒だからと一度も取ったことが無かったが、実際に持ってみるとこれが案外悪くない。

自分の手で誰かを育てるのはなかなか面白い。それがアランような少年であれば尚更。


「すまないな■■……私も色々やってる方なんだが、お前の■■■はまだ魔法一筋でいたいらしい」


これでも少しは『封印』も緩めているのだが、この分だとまだ()()()()ことは無さそうだ。

だがアランが今のままでいたいと言うなら、強制することもない。

アランには自分のやりたいように生きて欲しい。その道を最後まで支え、寄り添うこと。それがシリノアが決めた生き方だ。



アラン・アートノルトの本質は善良な人間だ。それは今の彼を見ればよく分かる。

人並みに優しく、時に誠実で、誰かのことをここまで思うことが出来る。とても暴虐者なんて肩書きは似合わない。

そんな人間にアランは育つはずだった。無差別に誰かに悪意を向けることなどない、優しい立派な聖装士に育つはずだったのだ。


だからこそ、シリノアは思う。




ああ、本当に───






「───この世界は腐ってる」

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