第五十三話 激戦を終えて
「おーい、お───い、起きろーロベリアー」
自分を呼ぶ声と共に、何度か肩を叩かれる。それでようやくロベリアは目を覚ました。
「ん……ここは……?」
寝起きである故、少し意識がおぼつかない。
一番最初に視界に入ったのはアランの姿。最後に見た虹色の刻印は皮膚から消え、魔法陣が刻まれていた青色の両目もいつもの黒色に戻っている。
アランは屈んで、壁にもたれて倒れてるロベリアの顔を見ていた。
「ここは闘技場のフィールドだ。試合終わったんだよ。お前が気絶したから」
「そうか……ということは、やはり」
「あーえっと、一応俺の勝ちではある」
遠慮気味にアランは答えた。
現状を見て予想できていたので驚きはしなかったが、改めて自覚するとやや悔しく思う。
「はぁ……全く、我ながら馬鹿みたいだ」
「え、何が?」
「お前に少しでも勝てると思っていた自分がだ。宣戦布告までしておきながら、お前に聖装具を使わせるどころか、最後まで傷一つ付けることすら出来なかった。勝負にすらなっていなかったな」
「いやそんなことねぇだろ。『真髄』使われた時は割とガチで焦ったんだぞ」
「無傷で私の《鋼鉄世界、響くは果てなき破壊劇》を耐えておきながらよく言う」
言いながら、ロベリアは立ち上がった。体は少し痛むが、特に怪我をしている感覚はない。
「お前、もしかして治療してくれたのか?」
「したよ。最後に殴り飛ばした時に何本か骨折れてたからな、流石に放置する訳にもいかないだろ」
「それは手間をかけたな。それにしても、最後にお前が使った技、あれは新技か?今まであんな技は使って無かったはずだろう」
「《その名は完全無欠の絶対王者》は俺がアリシアに負けた後に作った新技だ。俺に不足している戦闘能力を補うための切り札だな」
「不足だと?お前のどこが不足していると言うんだ」
遠距離戦で真正面からロベリアをねじ伏せ、さらに最終奥義を無傷で耐える始末。序盤こそロベリアと拮抗していたが、中盤以降はロベリアはただアランに圧倒されていた。
あの光景のどこから戦闘能力が不足していると言えるのか。
「足りてないよ、俺はまだ足りていない。俺がお前に勝てたのも偶然みたいなモンだ。偶然、俺の調子が上がってくれたからお前を超えることが出来た」
「調子とは……どういうことだ?」
「お前に魔導器壊された時からかな。急に頭がスッキリしてさ、おかげで思う存分戦えたよ」
「あぁ、なるほど」
思えばアランの実力が爆発的に上がったのは、彼の武器を破壊した後だった。
あの瞬間を境にアランは実力も性格も豹変した。ロベリアが相手にならないほどの圧倒的な実力を発揮し、さらに普段の態度からは考えられないほど冷徹な性格を見せていた。
その光景を思い返して、今更ながらロベリアは気づいた。
アランの雰囲気が元通りに戻っている。今、目の前にいるアランは悪意に満ちた冷徹な暴虐者ではない。
いつも通りの、面倒くさがりだが人並みに優しい異端者ことアラン・アートノルトがそこにいた。
「お前、本気になると性格変わるタイプだったんだな」
「偶に言われるよ。俺は全くそんな気はしてないんだけど……そんなに変わってた?」
「お前が実は二重人格者なのではと本気で疑いたくなる程には変わっていたぞ」
「そこまで言う?」
周りから、特にアリシアから戦闘中に性格が激変することがあると偶に言われるのだが、俺は全くそんな気はしていない。
実力が大幅に上がっているのは自覚している。頭は冴え、いつもは出来ないような事が当たり前のように出来てしまう。
出来るなら常にこの状態でいたいものだが、残念ながらそれは出来ない。
俺は意図的にこの状態を引き出せない。過去に意図的にこの状態を引き出して維持できないかと色々試してみたが、一度も上手くいかなかったので諦めた。
だから俺はこの状態を『稀に出てくるめっちゃ調子が良い状態』と解釈しているのだが、周りはそれだけとは思っていないらしい。
「まぁ今日は良い経験になった。どうやら私では、お前たち『学園最高戦力者』には到底及ばないみたいだ。エルデカ王国トップ5の称号は伊達ではないな」
「とか言って、諦めるつもりは無いんだろ?」
見れば分かる。ロベリアの目に挫折の意思はない。まだ上を目指そうという強い意志が感じられる。
「もちろんだとも。これからもっと強くなってやるさ。尤も、お前たちに追いつける気はしないがな」
実際に『学園最高戦力者』と戦うのは今日が初めてだったが、それだけで理解できた。自分では彼らには追いつけないと。
強くなろうとは思うが、彼ら程の高みを望むことは出来なかった。
「……あ、そういえば」
そこでアランは不意に気づいた。
「今更だけど、お前の制服……」
「ああ、これか」
ロベリアの制服は既に傷だらけだ。至る所が破れ、穴が空いている。
アランの攻撃を受けている内にこうなっていた。
「気にするな。戦いだからな、これくらいのことはある。後で修繕所に持って行って直してもらうさ」
この学園では負傷なんて日常茶飯事、その中で制服が破損することなんて当たり前だ。
なので破損した制服を直すサービスも存在する。
「なんか、ゴメン。仮にもお前女なのに……」
「ッ!?!?!?」
「どうしたお前、なんでそんな驚いた顔してんだ?」
「……いや、お前」
(私を散々痛めつけたことは謝らないのに、私の制服を傷つけたことは謝るのか……!?)
試合中、ロベリアがアランから受けた負傷は凄まじいものだった。
光線で体を抉られ、所々が貫通して穴を開けた。その他にも蹴っては殴られで骨も折られたし内臓も傷ついた。果てには刀で斬られたり刺されもした。
だがアランはそれについては何も言わなかった。今でこそ罪悪感を感じているような表情をしているが、それはロベリアの制服を傷つけたことに対してだ。
ロベリア本人を傷つけたことに関しては、なんとも思っていないのだろう。
「はぁ……まぁいい」
「何が?」
「気にするな、お前に言っても無駄だろうからな」
「別に質問があるなら言ってくれて良いんだぞ?聞かれて困るようなことはそんなに無いし」
「なら聖装具──」
「聖装具に関する質問は一切受け付けていておりませんのでご遠慮ください」
「言うと思った。なら試合中にお前が見せた馬鹿げた所業について質問でもしたい所だが……どうせ教えてくれないのだろう?」
「そりゃもちろん、企業秘密だからな。貴重な切り札の詳細を教えるわけにはいかない」
「隠し事しかないじゃないか、お前」
先程の発言とは真逆を行く秘密主義な態度にため息を吐いた。
「……と、そろそろ戻らなくてはいけないな。いつまでもここにいるわけにはいかない」
「そうだな。んじゃ俺は帰ってさっさと休むとするよ。お前も今日はよく寝ろよー!」
アランは背を向け、フィールドの出入り口へと向かっていく。ロベリアも反対側の出入り口へと向かった。
今日はボコボコにされたが、それはそれで良い経験になった。改めて己の未熟さを自覚したし、だからこそより強くなりたいと思った。
とは言え、アランに追いつける気は全くしない。
聖装具を用いずしてエルデカ王国トップ5に君臨する異端の聖装士。さらに実力だけでなく、その精神性も異常と来た。
正直、同じ人間とは思えない。アレは狂っている。文字通りの暴虐者だ。
普段はあたかも常人のような顔をしているが、一体その内側でどれほどの悪意を溜め込んでいるのか。
どんな生き方をしていたら今のような歪んだ人間に成り果てるのか。
「全く……とんでもないバケモノを抱えてしまったな、この国は」
嘆息しながら、ロベリアは制服の代えを取りに学生寮の自室へ向かうのだった。