第四十八話 激化する超常決戦
試合開始から約二十分、未だに彼らの戦いは拮抗していた。
ロベリアは幾度となく異界の軍事兵器を顕現させては馬鹿げた弾幕を放ち続ける。その威力も手数も何もかもが異次元、まさに人間の常識を超えていた。
対するアランも余裕を崩すことなく攻撃に対応する。どれほどの銃弾や砲弾、果てにはミサイル弾に晒されようとも、全てを完璧に凌いでいく。それどころかタイミングを見計らってロベリアとの距離を詰め、優位な近接戦闘に持ち込もうとしている。
聖装具を使わずしてこれだけの実力を発揮できる者など、アラン以外にこの世に存在しないだろう。彼もまた人間の常識を超えていた。
まさに二人の戦いは常識外れ。観客席からは常に驚愕の声と歓声が飛び交っていた。
「凄い……あれがロベリア先輩の実力」
観客席に座るリデラは、試合を見ながら呟いた。
先程から試合を見ていて嫌でも理解できた。間違いなくロベリアは自分より何倍も強い、聖装士としての格がまるで違う。
扱う聖装能力が強力だから、というのもあるだろう。だがそれ以上に目を見張ったのはロベリアの技量だ。
地上、空中、さらには近距離まで。敵がどこにいようとも、ロベリアは完璧に対処してみせる。膨大な数の兵器を的確に操り、確実に相手を狙い撃つ。
彼女の実力は聖装能力だけで語れるものではない。他でもないロベリアの圧倒的な技量があるからこそ、実現されている戦い方であった。
「アランの奴、よく耐えてるな。迎撃と防御を上手いこと使い分けて凌いでる。相変わらずとんでもない対応力だな」
「だけど凌いでるだけで肝心の攻撃ができてない。せっかく近づいてもロベリアさんの範囲攻撃で引き離されてる。しかもロベリアさんは自分の聖装能力だと負傷しないから、いつでも高火力の範囲攻撃が使える。あれだと魔法で動きを抑えても意味が無い」
「近距離戦の対策はやっぱり固めてるね。アランも頑張ってるけど、ロベリアさんの対策がそれ以上に強固だ。何よりあの圧倒的な攻撃性能と相性差がアランの思惑を封じてる。これは簡単には崩せないね」
戦況はアランの思うようには進んでいない。
ロベリアの攻撃力だけでも十分過ぎるほど厄介だというのに、さらにロベリアとの相性差がアランの戦い方を抑えていた。
ロベリアとの序列戦が決まって以来、アランは常々彼女とは相性が悪いと言ってきた。その理由は他でもない、ロベリアの聖装能力にある。
ロベリア・クロムウェルの聖装具──《破壊の君主》の聖装能力は『異界のあらゆる軍事兵器を使役する力』だ。
彼女が扱う軍事兵器は別世界の代物。当然この世界に生きる者は、別世界に存在する物質など知らないし、理解もできない。それはアランとて例外ではない。
ロベリアの扱う物質は全てがアランにとっては完全に『未知の存在』だ。全く知らない常識外の物を予想するのは困難、故にアランはロベリアの手札を正確に予想できないのだ。
加えてロベリアの手数は膨大だ。扱える兵器の種類は千を超える。
その圧倒的な手数から編み出される行動パターンは、もはや把握しきれたものではない。
この二つの要素こそが、ロベリアが『頭脳戦の天敵』と言われる所以だ。
頭脳戦とは相手のことを理解していなければ成り立たない。相手の能力の性質、得意と不得意、行動傾向から持っている技の種類まで。それらを理解していなければ最適な策は生み出せない。少しでも認識にズレがあれば簡単に策は破られる。
だがロベリアの聖装能力は全てが未知である上、技の種類も膨大。相手の手札を把握することも、行動を予想することも困難となれば、もはや策の立てようがない。
相手の動きを誘導するにしても、ロベリアの膨大な行動パターンからどうやって狙った行動を引き当てればいい。
魔法による拘束や環境操作、罠の設置もある。だがその程度の小細工など、ロベリアの圧倒的な火力の前では容易く消し飛ばされてしまう。
しかもロベリアは自身の聖装能力では負傷しない故、どんな攻撃でも場所を問わずに撃ち放題だ。もはや策以前の問題である。
そしてアランの得意分野は頭脳戦。場合によっては相性差や実力差すら覆し得る戦法だが、ロベリアには通用しない。
アランも色々と予想は立てて来たが、それも『多分こんな行動を取るんじゃないかな』くらいの大雑把な予想だ。
明確に相手の行動パターンを予想し、効果的な策を用意するには至らない。だからと言って、戦闘中に相手を観察しながら策を立てるのも難しい。
いくらアランと言えども、千を超える兵器を全て把握し、そこから行動パターンを見抜くのは不可能だった。
今のアランがロベリアに有利を取れる要素があるとすれば、それは近距離戦だ。本来ならロベリアにも体術と聖装能力を混ぜた近接戦闘もあったが、それは身体強化魔法などの支えがあってこそのもの。
『魔法崩し』を扱うアランの前ではロベリアの近接戦闘能力は大幅に落ちている。それを分かっているからこそアランも接近を試みるが、ロベリアはそれを許さない。むしろ近づいた瞬間を利用して仕留めようとすらしている。
現状アランは耐え凌いでいるだけと言っていい。特に不利には陥っていないが、このままでは勝利はないだろう。
「だけどロベリア先輩もこのままだと勝てないんじゃない?あれだけイカれた攻撃をしてもパイセンは平気で耐えてる。範囲攻撃で攻めても物量で攻めても隙を突いてもパイセンずっと無傷だし、決定打が欠けてるのはどっちも一緒みたいだね」
「それにロベリア先輩もこんな高火力を連発してたらその内魔力に限界が来るはずです。このまま長期戦を続けてたらアラン先輩に有利が傾くのでは?」
「あり得るかもだけど、それくらいはロベリアさんも想定してるはずだ。ロベリアさんも短期決着をつけるための手段くらい用意してるはず。それにロベリアさんはきっとアレを会得している側だ。持久戦が正しいとは一概に言えない」
「けどアランにだって限界点はあるし……どっちが先にタイムリミットを迎えるか」
***
ロベリアの周囲に現れる無数の銃器。そこから大量の弾丸が放たれる。
初動と同じ攻撃だ。アランもまた《風域結界》と《水抱障壁》を展開して弾丸を逸らしていく。
アランの視界はほとんど弾丸と巻き起こった砂塵で埋まっている。故に本来なら気づけなかっただろう。
この弾丸の雨の中に異物が混ざっていることに。
「逃すかよ、《灼熱砲火》」
連続で熱線を放ち続ける。熱線は弾丸の雨を突っ切って、ある物と衝突した。
直後にアランの先で爆発が起こった。それは弾丸の雨に紛れて放たれていた、砲弾と衝突して発生したものだった。
(既に使った手口を使うことで俺の行動を誘発させ、紛れ込ませた別の攻撃を当てるつもりだったか……考えたな)
ロベリアも無意味に同じ技を使ってきたわけではない。既に見せた技というのは対策されやすいが、その対策を逆に利用する手段もある。
魔力探知を隅まで行っていなければ直撃していただろう。その後も魔力を探りながら熱線を放ち続けるが、
「っ!」
その時、アランは微かに後ろを向いた。
背後の空間からミサイル弾が発射されようとしているのが見える。
ロベリアの軍事兵器は何処からでも顕現可能だ。アランの意識を前方に向けさせたところで背後から不意打ちを仕掛ける事も可能だ。
「まぁそう来るよな」
このような技の使い方をしてくる事は想定していた。
アランは落ち着いて左へ跳躍し、発射されたミサイル弾を回避した。
だが全てが予想通りとはいかなかった。
アランがいない、ミサイル弾の右側の空間。そこから新たな砲弾が放たれた。
砲弾は横からミサイル弾に激突した。その衝撃によってミサイル弾は連鎖的に爆発を起こす。
「え、マジ?」
まさかの回避を見越した二段構え。アランもこれは想定していなかった。
目の前で起こった大爆発を躱す暇は無い。爆発の衝撃によってアランは吹き飛ばされた。
体が宙を浮き、背中から地面に打ち付けらそうになったところで手を付いた。地面を押して宙返りを決め、無事着地を成功させる。
「結界無かったらヤバかったな……」
すぐに体勢を立て直す。それと同時に上空から魔力反応を感じた。
上からミサイル弾が降ってきていた。それに続くように、次々にミサイル弾が現れる。
この数に直撃しては結界があっても無傷ではいられない。
「チッ、面倒くせぇな!」
後方へ跳躍し、降ってきた一発目を回避する。続けて数発のミサイル弾を回避したところで、さらに威力を上げた熱線を上空へ発射。
熱線はミサイル弾を貫通し、空中で大爆発を起こした。それに連鎖して他のミサイル弾も爆発。ようやくミサイル弾が片付いた。
だがまだ安堵はできない。今度は横合いから数発の砲弾が飛んできた。熱線を放ってこれも相殺したところで、次は背後から魔力反応。
ソレはアランの顔の真横を通り過ぎ、アランの目の前に現れた。筒状の小さな爆弾のような物だ。
込められている魔力量は少ない。爆発しても威力は低いはず。張っている結界だけで十分事足りるだろう。
おそらくロベリアの目当てはその後に生じる爆煙だ。視界を封じられることに備えて、風魔法の術式構築を計ったその瞬間。
───ッ!!
爆弾は炸裂した。だがその攻撃方法はアランの予想とは大きく違っていた。
爆弾から凄まじい閃光が放たれた。目を開いていたアランは、光を直視してしまった。
「ぐッ、なんだこれ!?」
目が見えない。閃光を直視した事で視覚や思考能力が一時的に機能低下を起こしているのだ。
治療魔法で治したいところだが、そんな暇をロベリアが与えてくれるはずもない。
「流石のお前も、これは予想できなかったか?」
ロベリアが言い放った瞬間、アランを囲むように魔力反応が現れた。
目が見えない上、思考が鈍って魔力探知能力が低下したアランには攻撃の詳細が掴めない。魔法の術式構築も同じく低速化している故、すぐに反撃を繰り出せない。
仕方なくアランは上空へ退避した。直後に下側から響いてきた轟音を耳にしながら、《治療》によって受けた影響を回復させる。
瞬時に視覚は復活し、思考速度も元通りになった。
そして目を開いたアランが空中で見たのは────全方位から自身を取り囲む大量の軍事兵器だった。
「はっ……やってくれるじゃん」
乾いた笑いを溢した直後、軍事兵器は稼働した。
まず突っ込んできたのはロケット弾。《跳躍》で上へ移動して回避するが、その先にはミサイル弾があった。
アランは身を捻り、ミサイル弾の直撃を躱す。空中で回転斬りを放ち、ミサイル弾を一刀両断。さらにミサイル弾に足を着け、それを足場に移動した。その直後にミサイル弾は爆発した。
超人的な動きをアランは何度も繰り返す。魔法で防ぎ、衝撃波で払い除け、双剣で両断し、銃器や弾幕を足場代わりにして移動する。
観客席の生徒たちは何度も驚愕の声を上げた。地上からアランの動きを見上げているロベリアも内心では驚愕していた。
これだけの情報量を的確に捌き、迷うことなく次手を決めて実行する。分かっていたが、やはりアランの対応力は尋常ではない。
(……面白い)
好戦的にロベリアは笑った。
聖裝具を用いずして聖裝士を超える力を発揮する常識外れの聖裝士、やはりその肩書きに狂いはない。
アランが聖裝具を使わないことに不満を感じなかったと言えば嘘になる。舐められているとは多少なりとも思った。
だが、むしろそうであるからこそ燃えてきた。必ずあの男の聖裝具を引き出させてやると、強く心を滾らせて、
「どうしたアートノルト!跳ね回っている私には勝てないぞ?」
「そう焦るなよ!まだ二十分ちょいしか経ってないんだから。それとも、お前の体にガタが来たか!?」
「まさか。私はまだまだやれるさ。そうだな、今のペースなら少なくともあと三時間以上は戦える。お前が望むのであればそこまで付き合ってやってもいいんだぞ?尤も──」
銃剣にさらに魔力を込める。それが聖装能力のさらなる力を解放させた。
「──それまでお前が耐えられたらの話だが」
銃剣を刃先を上に向けると、アランの前方の空間が大きく波打った。
そこから現れたのは巨大な砲身。口径は一メートル以上、砲身長は十メートルを超える。込められた魔力量も今までの比ではない。
「なんだこりゃ!?」
思わずアランも驚愕した。ここまで巨大な兵器が異界には存在するというのか。
もしコレが攻撃を放てば、その威力は凄まじいものになるだろう。おそらくこのフィールド全域に届く回避不能の一撃となる。
しかし幸いなことに、まだコレが攻撃を放つ気配はない。溜めが必要なのだろう。
攻撃を阻止する猶予はある。今すぐにでも砲身を破壊したいところだが、
「チッ!」
先程から砲撃は続いたままだ。全方位、特に砲身の周辺から襲い来る大量高威力の弾幕が、アランの『阻止』という選択肢を封じていた。
その間もあの砲身には魔力が込められていく。あと数秒もあれば溜めは終わるだろう。
今の状況では直撃は不可避だ。
(仕方ないか……!)
この後に支障をきたしかねないから、なるべく温存しておきたかったが、もはや躊躇っている暇はない。
一度衝撃波を全方位へ放った。ほんの一瞬ではあるが、押し寄せる弾幕の波に間隙が出来た。
その隙に───。
「《封印領域解放・万象静染停結世界》」
直後、世界がモノクロに変わった。




