第五十話 学年次席の本性
学年実力序列第五位、天譴の執行者、グレイ・フォーリダントはアランについてこう語った。
「アランはどういう奴……か。控えめに言って『クソ野郎』だな。戦い方がどうという話ではない。アイツの性格に問題があり過ぎる。これでも俺は王家直属聖装士団の現団長の息子だ。それなりに悪人は見てきたし、悪というものに敏感である自覚もある。その上で言える、俺はアラン・アートノルトを超える邪悪を知らん。どんな凶悪犯や魔装士よりも、アイツの心は悪意に染まっている。普段は表に出ることはないから気づきにくいが、節々にそれを感じる時がある」
直近の例で言えば以前、依頼を受けてロマーシュアに『リヴァイアサンの断片』の護衛に向かった時だ。
グレイは途中から増援として呼ばれ、アランと共に魔装士の相手をしていた。
最終的にはバルドラートがその場の警部隊員を瀕死にしたことで彼らの注意を引かせ、その隙に逃げられてしまった。この時アランは警備隊員の治療を、グレイはバルドラートの分身から警備隊員とアランを守っていた。
その時も、そして魔装士たちを逃してしまった後も、確かにグレイは見た。
敵の逃亡を許し、誰かの不幸を前にしながら───アランが密かに笑みを浮かべていたところを。
「アイツは気づいていないのだろうが、時折アイツの悪意が漏れ出てる。百万歩譲って聖装具を使わない事を許容しても、危機に陥っている者がいるなら、必死になるのが普通だろう。特にアイツはそういう性格だ、あくまで普段のアランに限るが。おそらくアランが本気を出すのは極限まで追い詰められた時、つまりは必死になっている時だ。だがアイツは他人の危機を前にしても本気を出さない。それはつまり、他人の危機ではアランの本気を引き出すには足りないということ。心の底からというわけでは無いだろうし、全員に対して同じとも限らない。実際アイツも人並みに善性はあるからな。だがアランはその程度にしか他人という存在を捉えていない。だからこそ俺は思う。アイツは──」
学年実力序列第四位、超越の機巧者、シエル・グレイシアはこう語った。
「アラッチはどんな人かってぇ?そりゃぁもう、ゴリゴリの戦闘特化人間だぁよ。なんて言うかぁ、本当に『戦うために生まれた存在』ってぇ感じ。アラッチは戦闘者とぉして完成し過ぎてるんだぁよ。身体能力、戦闘技術、精神、頭脳、その他諸々、戦闘に必要な要素はぁ全て完璧ぃ。特に目を引くのはぁ頭脳だぁね。頭脳戦ってぇ優れた頭脳さえあれば出来るものじゃぁないんだぁ。それ相応の経験が無いとぉ本当の最適解は分からないしぃ、戦闘中に冷静に思考できないからぁね。その点で言えばアラッチは最高レベルだぁよ。おまけに魔法の精度も馬鹿げてるからぁね」
魔法のメカニズムは積み木で例えられる。
積み木のブロックと言う名の『魔法術式』を組み上げることで、一つの作品を作り上げる。その作品を『詠唱』によって名を冠することで存在を定義し、作品として完成させる。
あとは魔力をエネルギーとして支払えば、完成した作品を具現化、つまりは魔法を発動させることが出来る。これが魔法のメカニズムだ。
「聖装能力もそうだけど、魔法の発動ってぇ頭が肝なんだぁよ。高度な魔法になると術式も複雑になるしぃ、魔法を混合させないといけなかったりもぉする。その過程を効率良くこなせぇるのはぁ、それだけ優れだ頭脳がある人だぁけ。アラッチはぁその技術がぶっ飛んでるんだぁよ。私の超技術をもってしてもぉ難しいレベルの処理を淡々とこなしてぇるし。アラッチの『奥の手』とかぁ、正直私でも解明するのがぁ難しいよねぇ。とにかぁく、アラッチはぁ──」
学年実力序列第三位、万色の聖奏者、ミハイル・ラッドマークはこう語った。
「え、アートノルトがどんな人かって?うーん、僕は去年の序列戦すっぽかしちゃったからね。実際のアートノルトの実力までは分からないけど、彼が変人だってことは分かるよ。芸術家としての感性から言わせてもらうなら……彼は天邪鬼とでも言うべきかな」
矛盾を抱えながら生きている歪な人間。それがミハイルから見たアラン・アートノルトという人間だった。
「これでも指揮者やってるからね。人の波長って言うか、感情とか読み取るのが得意なんだ。アートノルトの波長は実に特殊だよ。なんて言うか、いつも何かに怒ってるように見えるんだよね。どこで得たものなのか分からないけど、ずっと心の奥底に悪意を溜め込んでる。でもそれが表に出ることは滅多にない。出るとすれば、彼が本気を出した時だけだ。普段の温厚な性格が抑えてるんだろうね。じゃあその温厚な性格もどこから来たんだって話だけど、これも良く分からない。自分の性格を偽ってる様子はないんだよね。常に悪意は抱いてる、だけど心の底から常人のつもりでいる。まるで調律がズレたピアノのような人だ。つまるところ、僕から見たアートノルトは──」
学年実力序列第一位、極光の神格者、アリシア・エルデカはこう語った。
「アラン君がどのような人か……ですか。良い人だとは思いますよ。面倒くさがりという欠点はありますが、親しみやすい性格ではありますし、なんだかんだで困っている人を放っておけない優しい人です。意見がぶつからない限りは良き友人になってくれますよ。これだけなら善人に思えるのですがね……どうやら彼の内情はそこまで単純ではないようです。今でも覚えています、序列戦で初めて彼と戦った日に感じた恐怖を」
それはアリシア・エルデカが人生で初めて抱いた強い恐怖。
骨は何度も折られ、砕かれた。身体中を武器でズタズタにされ、一部を切り飛ばされ、内臓も壊された。
あらゆる苦痛を、アランはアリシアの全身に叩き込んだ。
戦闘中の負傷は聖装能力で治療した。だが痛みと恐怖は体に残ったままだ。
とにかく終わらせたかった。この試合を。
故にアリシアも必死に戦った。アランと同じく殺すくらいのつもりでアランを攻撃し、必死に倒そうとした。
しかしアランは倒れない。
痛覚が存在しないのか。それとも負傷に慣れているのか。
一瞬にして負傷を魔法で治し、何事もなかったかのように攻撃を繰り出す。
どれ程の怪我を負っても、アランが止まることはなかった。
あの時の彼の目には殺意しかなかった。勝つためなら何も厭わない。その過程で誰がどうなっても構わない。そう言わんばかりの気迫を感じた。
常軌を逸した戦い方を前に恐怖しながらも、最終的にはアリシアは全力を出すことでなんとか勝利を収めたのだ。
「あの時、私は心の底から彼に恐怖しました。どんな形でも早く試合を終わらせてしまいたいと思った程に。ですが、あの時はまだこう思っていました。偶然あの時だけ、アラン君はあのような無慈悲な性格になっていたのだと。しかしそれが違うとすぐに理解させられました」
きっかけはある日、アリシアがなんとなくアランと序列戦の話をしていた時だった。
アランはアリシアに対して自分がしたことを覚えていた。その上でアランは笑いながら言ってのけた。
『良いじゃん別に、どうせ治るんだから。逆になんでアンタまだ生きてんだよ。ホントに人間?』
「あの言葉を言われた時、私は理解しました。彼は『殺傷行為を何とも思っていない』のだと。あの時の狂気は偶然ではなく必然、あれが彼の本性なのでしょう。人を救おうとする善性を持ちながら、殺傷行為をなんとも思っていないなどと。矛盾し過ぎている。彼はあまりにも歪な人間です。人としてあるべきものが欠落している。総じて評価するなら、アレは──」
それら全てをまとめて、彼ら四人は揃ってアラン・アートノルトをこう評した。
「アイツはもはや人間ではない。人間のフリをしたバケモノだ」
「アラッチはぁもう人間辞めてるよぉ。アレは人間を模ったバケモノだぁね」
「アートノルトはもう人間じゃないかな。強いて言うなら、人間を演じているだけのバケモノだね」
「アレはもはや人間ではありません。人間の皮を被ったバケモノです」
***
アランが暴虐者へと変貌した後、今まで拮抗していた戦況が嘘のように変化した。
現状の彼らの戦い方は極めてシンプル。アランは魔法、ロベリアは聖装能力にて互いに遠距離攻撃を連発している。
どちらも規格外の攻撃力を誇っていた。毎秒ごとに数百発に及ぶ弾幕が放たれ、激突していく。
今までであれば、この勝負はロベリアが制していただろう。ロベリアの遠距離攻撃力は圧倒的だ。アランのそれなど遠く及ばない。
故に遠距離戦闘で競うなど、アランにとっては以ての外であったはず。
だというのに、今は。
「くっ……!」
苦悶の声を漏らすロベリア。展開した数十丁の銃器を、アランの光線が一瞬にして粉砕した。
恐ろしいほどの精度と速度。しかし暴虐者の御業はそれだけに留まらない。
五十の銃器を展開すれば五十の光線が放たれ、粉砕する。百の砲弾を放てば同じく百の光線が放たれ、相殺する。
ならばと二百のミサイル弾を放ったとしても、放たれた二百の光線がそれらを一瞬で破壊した。
この状況になってから、ロベリアの攻撃は一度もアランに届いていない。先程まではロベリアに圧倒的な有利があった遠距離戦闘を、アランは真っ向から覆していた。
これほどの馬鹿げた事象を起こしていながら、アランは一切顔色を変えない。その場から一歩も動くことなく、魔法を放ち続ける。
その様にロベリアは恐怖を感じた。彼の瞳から放たれる視線はあまりに冷たかった。
底の見えない暗闇を宿した彼の瞳は、感情というものが欠けていた。
もはやアランはロベリア・クロムウェルという中身を見ていない。見ているのは目の前に倒すべき敵がいるという現実だけで、その他一切に興味を示さない。
故にただ一言、どうでもよさそうに呟いた。
「…………弱い」
「ッ!?」
その言葉が聞こえたわけではない。だがアランがロベリアに失望していることは、その態度から感じ取れた。
それはロベリア・クロムウェルにとって初めてのことだった。
彼女はこれまで多くの勝利を重ねてきた。それと比較すれば些細なものだが、敗北の経験も積んできた。
その中で一度として、彼女を弱者と蔑む者はいなかった。
当然だ。ロベリアは正真正銘の強者。彼女の実力は既にエルデカ王国最強の聖装士集団、王家直属聖装士団に属する聖装士に匹敵する。
そんなロベリアを、今この男はハッキリと弱者と言ってのけた。
彼女にとってこれほどの侮辱はない。戦いに熱意も抱かないような者に蔑まれるなど、彼女のプライドが許さない。
「舐めるなよ……アートノルト!」
怒りを滲ませながら、ロベリアはさらに聖装能力の出力を上昇させる。
砲撃はより苛烈になった。もはや魔法で対処できる次元ではない。聖装能力をもってしても、これを超えられる者などごく僅かだ。
あらゆる守りを砕き、あらゆる攻撃をねじ伏せる。無慈悲なまでに圧倒的な大砲撃が、あらゆる方向からアランを襲う。
だがそれでも、これ程の攻撃に晒されてなお、アランに傷がつくことはなかった。
ロベリアの戦意を見て、アランもさらにギアを上げる。その力はロベリアの想定を遥かに超えていた。
速すぎる。放たれる光線は展開された兵器を攻撃の時間すら与えずに破壊する。兵器は何も出来ずに散らされていくだけだった。
どんなに優れた兵器も攻撃できなければタダの置き物だ。その現実を示すように、アランは次々にロベリアの兵器を破壊する。
それでもまだ余裕があるのか。兵器の破壊と並行して、ロベリアにも光線を放ち始めた。
「なんなんだ……なんなんだお前は……!」
恐怖した。声だけでなく、身体中が無意識に震えていた。
アランの実力は天井知らずに上昇していく。ロベリアが力を上げれば、さらにその上を行く実力を見せつける。
完全に常軌を逸していた。そしてその馬鹿げた光景に驚愕していたのは、ロベリアだけではなかった。
「な、なんですかアレ……あれが本当に魔法なんですか!?」
驚きの声を上げるリデラ。アランの雰囲気が変わったかと思えば、その実力まで変化した。今までとは比にならないほどに。
先程からロベリアの攻撃が一切アランに届いていない。対するアランはあれほど激しい攻撃を相殺してなお、ロベリアに攻撃する余裕もある。
次元が違う。そうとしか言いようがなかった。
「あれも魔法らしいんだよね。ただかなり特殊なものではあるらしいけど」
「特殊?」
「僕も一度聞いたことがあるんだ。なんで君の魔法はそんな強いのかって。アランの魔法はいくらなんでも強すぎる。あれは魔法の領域なんてとっくに超えている。そしたらアランは言ってたよ。なんでも『他人の聖装能力の術式を組み込んでいる』らしい」
「え!?そんなことが可能なんすか!?」
「さぁ?僕たちには絶対に無理だけど、アランには出来るんじゃないかな。それだけの知識の知恵があるからね。聖装能力を徹底的に分析し、その原理や術式を解明する。そこから模倣できそうなものがあれば自分の魔法術式に利用して、魔法を強化してるって聞いたよ。アランは『改良魔法』って呼んでいたね」
自分で語っていながら、リオも言っている事が理解できていなかった。アランがやっている事はあまりにデタラメが過ぎる。
聖装能力とはその聖装具と契約した者だけが扱える力だ。力の仕組みを理解できるのは力の所有者だけ。他者が解明できるようなものではない。
だがその絶対の常識をアラン・アートノルトという人間は超越してみせた。
「一応、これには欠点があるらしくてね。聖装能力から汲み取った術式を利用した魔法は確かに強力だけど、その分めちゃくちゃ術式が複雑らしい。極限まで集中しないと使えないから、普段使いはできないんだって」
「その集中した状態ってのが、今のアラン先輩ってことですか」
そこでリデラは一つの疑問に至る。
「でもその条件ってただ『集中するだけ』ですよね?今までのアラン先輩もずっと戦いに集中してたはずですけど……なんで今まで使わなかったんですか?」
試合が始まってから常にアランは戦いに集中していた。一瞬たりとも油断することなく、真剣に戦いに臨んでいた。改良した魔法を使う条件は既に満たしていたはずだ。
「それはその通りなんだけど、普通に集中するだけだとダメらしい。使えるのは今の状態のアランだけだ」
「なら戦う時だけ今の状態になったら良いのでは?」
「それがね、アランは今の状態を意図的に引き出せないんだ。今の状態は……アランにとっては『凄く調子が良い状態』らしい。極限まで追い詰められる、もしくは戦闘に全てを注げるくらい高いモチベーションがあって、必死になれた時だけ出てくる凄く調子がいい状態。そんなふうにアランは今の状態を解釈してる。この状態じゃないとアランは本気を出せないんだ」
「つまり師匠の実力は運で上下してたってことっすか!?」
「まぁそう言えないこともないね」
状況に依存する故に自発的に本気を発揮できない。それがアランが抱える欠点だった。
その代わり、本気を出した時にどれだけの実力が引き出されるのかは、現状が示している。
アランが普段見せていた実力など、本来の実力の一端でしかなかったのだ。
「アランは分からないことだらけだ。頭脳も実力も何もかも、僕らの理解が及ぶ領域を超えている」
「だとしても、他人の聖装能力を分析して自分のものに出来るってのは意味不明だけどね」
「この学園は何百人も聖装士がいるからね。言い方はアレだけど、アランにとってはここは『サンプルの宝庫』だ。これだけ参考資料があれば、それだけ聖装能力への見解も深められる。アランからすれば僕らの実力なんて、精々参考資料止まり。本当の意味で僕らがアランの敵になるなんて不可能だ」
それが『叡傑の暴虐者』、アラン・アートノルトという人間。全てが理解不能の悪意に染まった聖装士。
彼らの常軌を逸した戦いは、徐々に決着の気配を見せていた。




