第三十七話 天譴の執行者
教会の扉が開いた直後、教会の中から誰かが凄まじい勢いで飛び出してきた──否、吹き飛ばされてきた。
その者は他でも無い、ヴィル・カルマースだった。ヴィルはバルドラートの真横に着地した。
「戻ったか、ヴィル」
「はい、なんとか戻りました。にしても随分酷い有様ですね、やっぱり負けたんですか」
「まぁな。それより『リヴァイアサンの断片』は手に入ったのか」
「一応手に入りましたよ、今ちゃんと持ってます。ただ……」
困ったような顔しながら、
「同時に、ヤバいものに触れちゃったみたいです」
教会の入り口を見つめながら、ヴィルが言った直後だった。
「はぁ……突然学園長に呼ばれたかと思えば、まさかお前の手助けとは。今日は厄日だな」
響き渡る男の声。その声の主が教会の中から姿を現す。
出てきたのは茶髪の少年だった。アランよりも身長は少し高い。そして羽織っている黒のローブはアランの物と同じ、つまり彼はアランと同じ学園の生徒だ。
彼は右手に大剣を持っていた。太陽のような橙の刃の縁は、焦げ跡のように黒く染まっている。柄は黒と青が混ざった外見だった。
大剣は彼の背丈と同じかそれ以上の大きさはある。外見からも凄まじい重量であることが窺えるが、彼は軽々と大剣を担いでみせる。
「チッ……よりにもよってお前が来たか。これはハズレだな。いや、学園長のことだからわざとか」
彼の姿を見るや否や、アランは舌打ちした。同時に一気に不機嫌な雰囲気を醸し出す。
アランは彼とはとことん仲が悪い。おそらくアランが人生で初めて嫌いになった人間は彼だ。
「ハズレだと?それは俺のセリフだ。何故お前の手助けなどしなくてはならないのだ」
「文句言うなら学園長に言え。俺はあくまで増援を呼んで欲しいと頼んだんだ。お前のような堅物を寄越せとは言ってねぇよ」
「誰が堅物だ、狂人め」
「そうやって何でも自分の価値観で決めつけるからお前はいつまで経っても頑迷なんだろうが。なぁグレイさんよ」
「……やはりお前は嫌いだ、どこまでも気に食わん」
「気が合うな。これは明日は空から槍が降ってくるかもしれない」
アランと似たような態度をとりながら、少年はアランの傍らに立つ。
そう、彼こそがグレイ・フォーリダント。アランと同じ『学園最高戦力者』にして『国家最高戦力者』が一人。
学年実力序列第五位、風紀委員長、与えられた異名は『天譴の執行者』。
エルデカ王国が誇る『王家直属聖装士団』の現団長の実の息子であり、次期最有力団長候補でもある聖装士だ。
「ヴィル、これはどういう状況だ。まさか教会内で待ち伏せしていたのか」
「いやぁよく分かんないんですよねぇこれが。入った時は誰もいなかったんですけど、『リヴァイアサンの断片』を奪った瞬間に急に出てきたんですよ。まるで瞬間移動したみたいに。おそらくアラン・アートノルトが保険として用意していたんでしょうね」
劣化の魔装能力でバルドラートに付いた氷や冷気を除去しながら、ヴィルは言う。そして実際、彼が言ったことは当たっている。
今回『リヴァイアサンの断片』を護衛するに当たって、アランは保険を用意していた。
『リヴァイアサンの断片』は筒状の封印魔導器の中に収納して封印されている。そしてその封印魔導器は教会の地下室にて厳重に管理されている。アランが仕込みを加えたのはそこだった。
学園を出る前にアランはシリノアに話をつけていた。その内容は、万が一『リヴァイアサンの断片』が奪われた際に増援を呼んでもらうというものだ。
封印魔導器が最初に置かれていた場所から動かされた場合、あらかじめ仕込んでいた魔法罠が発動する。その効果でシリノアの元に魔力の信号が送られ、シリノアはそれに応じて聖装能力で増援を送る手筈だった。
ヴィルは『リヴァイアサンの断片』を奪取するために封印魔導器を動かした。その結果罠が発動してシリノアに信号が届き、この場にシリノアの聖装能力によってグレイが送られてきた。
グレイは元々アランとは別の依頼で学園外に出ていたが、昨日の夜に学園に戻っていた。だが先程、唐突に目の前に現れたシリノアから簡単な事情説明だけ告げられ、準備する暇もなくこの教会の地下室に転移させられた。
そうして転移した直後、ヴィルを見つけたグレイは指示通り『リヴァイアサンの断片』を取り返すために戦闘になった。そのまま戦いながらヴィルを追っていたら、教会の外に出ていたというのが事の経緯だ。
いや、普通に考えたらこう思うだろう。どうしてグレイを呼ぶのかと、シリノア本人が来たら良いのではと。
シリノアは現存する唯一の大聖者、そして正真正銘の『世界最強の聖装士』。その実力は『学園最高戦力者』などもはや比にならない。正直、彼女が来れば一瞬で全てが解決すると言っていい。
実際アランもそう思った。だからこそ最初はシリノアに助けに来てほしいと頼んだが、シリノアは『面倒だから嫌だ』と普通に拒否したので、増援を送るという形に落ち着いた。
「とりあえずグレイ、お前は今どれくらい現状について理解している」
「『リヴァイアサンの断片』を護衛するアランの手伝いをしてきてくれ、とだけ言われて急にここの地下室に転移させられた。だから正直なところ何が何だか分からん。ただあの白髪の男が目の前で封印魔導器を持っていたから、とりあえず攻撃した」
「それで戦ってたらここまで来たと……相変わらず適当だなあの人」
アランは十歳の時からシリノアと同居し、育てられてきた。アランの性格の大半はシリノアから受け継いだものと言っても過言ではない。
アランが面倒くさがりなのは、シリノアが同じく面倒くさがりだからだ。カエルの子はカエルという言葉を良くも悪くも体現したのがアラン・アートノルトとシリノア・エルヴィンスという師弟であり、親子だった。
「まぁお前が来てくれたならもう安心だな。あとよろしく」
言いながらアランは教会の入り口付近まで下がろうとする。グレイはアランのローブを掴んで引き留めた。
「待て、お前何をする気だ」
「え、全部お前に任せよっかなって。ほら、俺もう連戦で疲れてるし」
「何が『疲れてる』だ。聖装具を抜きにしても四割未満の力しか出していない奴が何を言っている」
「はぁ!?こっちは真面目にやってるっての!確かに調子は上がらないけどさ」
「…………」
「おい、なんだその顔は。言いたい事あるなら言えよ」
「いや、そうだったな……お前はそういう認識だったな」
「は?」
「気にするな、言っても無駄だからな。それより『疲れてる』だったか。お前の体力事情など正直どうでもいいが……確かにお前が連戦しているのも事実か」
仕方ないかと、ため息を吐きながらグレイは前に出る。
「一分だ。一分だけ俺が前に出てやる。その後はお前も加われ」
その言葉を聞いた直後、アランは驚愕の表情を見せながら言った。
「……お前、人の意見を聞き入れることって出来たんだな」
「何か言ったか?」
「いや、何も」
言って、そそくさとアランは後退する。代わりにグレイがヴィルたちの前に立った。
「そうわけだから、ここからは俺が相手だ、罪人ども。大人しく降伏すれば、多少の減刑の余地は──」
「ッ!!」
グレイが言い終えるよりも早く、ヴィルが動く。
一瞬でグレイとの距離を詰めた。そして右手の《朽魂の呪爪》を振りかぶると、グレイの喉元に刺突した。
触れれば朽ちる呪いの魔爪。人の首など容易く貫通することが出来るだろう。
魔爪が迫る。しかしグレイは動かなかった。アランも後ろで壁にもたれてリラックスしながら眺めている。
グレイはただその場に立ったまま、ヴィルの攻撃を身に受けた。
「チッ……」
直後、ヴィルは舌打ちした。
ああ全く、なんだこのバケモノは。『学園最高戦力者』には人間を辞めた奴しかいないのか。
「なんで生身で魔装具止められんだよ……」
もはや笑うしかない。
なにせヴィルが放った魔爪は、グレイの皮膚に食い込むことすら出来ていなかったのだから。
確かに魔爪はグレイの首に当たっている。だがそれ以上進まないのだ。
どれだけ力を込めようとも、魔爪はグレイを傷つけるには至らない。
「学習能力が無いんだな。お前のような悪人の攻撃が俺に効くわけがないだろう」
吐き捨て、今度はグレイが大剣を振りかぶる。大剣は熱を帯び、より強い輝きを放つ。
「裁け──《正義の天譴》」
グレイは、大剣──《正義の天譴》を思いっきり横薙ぎに振るった。大気を引き千切りながら、巨大な刃がヴィルの首に迫る。
「くッ……!」
咄嗟にヴィルは体を逸らし、ギリギリで刃を回避した。あと一瞬でも遅れていれば間違いなく頭が切り飛ばされていた。
空振った刃はその拍子に斬撃を放った。それは魔力で放ったものではない、ただ大剣を振るった勢いで生じた空気の刃だ。
その異常さに冷や汗を流しながら、ヴィルは地を蹴り飛び上がる。そしてグレイから距離を取った。
だが、
「遅い」
直後にはヴィルの目の前にグレイがいた。
とても大剣を担いでいるとは思えないほどの速度だ。少なくともヴィルは目で追えなかった。
グレイは振り上げた大剣をヴィルへと振り下ろす。ヴィルは魔爪を胸元で交差させ、大剣を受け止めた。しかしこの圧倒的な威力は防げない。
ヴィルは地面に叩き落とされた。その後を追って落下するグレイだが、そこをバルドラートが阻む。
「《鏡身無尽投影》!!」
唱えた瞬間、出揃ったのは十人のバルドラート。バルドラートたちは空中のグレイへと攻撃を仕掛ける。
今はアランの『魔法崩し』が発動していない。故にバルドラートは魔法が使える、すなわち本来の戦い方が出来る。
四人のバルドラートは《身体強化》と《結界》を唱え、向上させた身体能力と結界を用いて近接戦闘を仕掛ける。
三人のバルドラートは氷魔法と雷魔法でグレイの動きを封じにかかり、また本体を含む三人のバルドラートは魔装能力で遠距離攻撃の準備をする。
四方を攻撃に囲まれたグレイはまず付近のバルドラートを切り払うために大剣を振りかぶった。そして同時に、それはバルドラートの狙い通りの行動だった。
バルドラートの分身は受けた外傷を傷つけた相手に返すことができる。おそらくアランはそのことをグレイに伝えていない。
何も知らないグレイはただバルドラートに切りかかる。このままではグレイはバルドラートの魔装能力の餌食だ。
それを止められる者がいるとすればアランだけだが───なんとアランは全く動いていなかった。
それどころか目を瞑って悠々と壁にもたれかかっている。
「邪魔だ」
大剣が金色の炎を帯びる。グレイは空中で回転し、大剣をぶん回した。
燃え盛る刃が周囲のバルドラートの横腹に食い込む。この先にあるのは自身が魔装能力によって両断された未来と知らずに、グレイは大剣を振り抜いた。
刃が貫通する。魔力で出来たバルドラートの分身の身体は無傷のままで、傷を返されたグレイの上体が切り飛ばされている──
「…………は?」
──はずだった。
バルドラートは思わず驚愕する。無傷のはずのバルドラートの分身は、見事に両断されていた。
一方、両断されているはずのグレイの身体は依然無傷のままだった。
(私の魔装能力が効いていないだと!?)
一体どんな手品を使ったのか。考える暇もなく、空中にいた全てのバルドラートが大剣によって両断された。
グレイは地に降り立つ。次いで残ったバルドラートたちが遠距離攻撃を放った。
雷撃や氷河がグレイを襲い、動きを封じる。その上で魔装能力による光線がグレイに直撃した。
爆発音が響くと同時に、爆煙が広がる。間違いなく直撃した。防御なくしては到底耐えられない威力だった。
それを身に受けても尚、グレイは───
「まったく……ここは教会だぞ。埃を立てるな」
爆煙が晴れる。現れたグレイはやはり無傷だった。それがグレイの聖装能力による仕業であることは言うまでもない。
「ヴィル、奴の聖装能力が何か分かるか」
「分かんないです。ただこれまでの流れから一個だけ言えるのは……」
一泊を置いて、ヴィルは言う。
「アレは無敵です。魔法も物理攻撃も魔装能力も通じません。僕の劣化の力に触れても効果がありませんでした。バルドラートさんの魔装能力が効かなかったのを見るに、やっぱり無条件に無効化するみたいですね」
「無敵か……ここにきてとんでもない奴が出てきたな」
言いながら、バルドラートはフードの下で眉を顰めた。。
グレイ・フォーリダントの聖装能力は『正義』を司る。より具体的に説明するなら、『自身にとってのあらゆる障害を無条件で突破できる力』と言ったところか。
己の正義を絶対とするグレイの人間性を表象したかのような力だ。彼の心が折れない限り、彼は如何なる影響も受け付けない。
あらゆる障害を突破し、己の正義を貫き通す。それが天譴の執行者の聖装具──《正義の天譴》が宿す聖装能力だ。
「さぁ、次は俺の番だ」
再びグレイが動く。目にも止まらぬ速度で駆け出し、ヴィルの目の前にて大剣を振るう。
魔爪と大剣が交差する。さらに連続して刃を交えるが、彼我の力の差は歴然だった。
威力も速度もグレイが上回っていた。劣化の魔装能力をものともせずに、圧倒的な力を見せつける。
すぐにバルドラートが加勢した。全方位から剣撃や弾幕が襲いくるが、それでもグレイは止まらない。
もはやグレイは攻撃を弾きもしなかった。なにせ弾かずとも彼には通用しないのだから。
グレイは防御を捨て、ヴィルとバルドラートに切り掛かる。圧倒的にして理不尽なグレイの暴力は、一方的にヴィルたちを押していた。
この状況が続けばグレイが勝つことは目に見えていた。元よりアランとの戦いでヴィルたちは疲弊している。グレイの攻撃に耐えるだけの余力も無い。
「おいアラン、もう一分だ!そろそろ戻ってこい!」
攻防の最中、グレイは叫ぶ。
「え〜お前一人でも全部解決するじゃん。俺が入る意味ある?」
「確かに俺一人でも解決するが、それでも役割くらいは果たせ。元々これはお前が受けた依頼だろう!」
「受けたっていうか受けさせられただけなんだけど……まぁ仕方ないか」
このままグレイに任せるのが一番楽だし、何より嫌いな相手に加勢などしたくないのだが、グレイの言っていることも正論だ。
壁に立てかけていた『波零剣シモナギ』を握ると、アランは渋々壁から背を起こした。軽く背伸びをして、戦場へと歩を進める。
アランが加勢すればヴィルたちの状況はさらに悪化する。
彼らの目的は『リヴァイアサンの断片』を奪取し、逃げること。既に『リヴァイアサンの断片』は手に入った、後は二人の前から逃げるだけだが、とてもじゃないが逃げられる状況ではない。
最悪どちらか一人が残って囮になるか。アランの加勢を寸前に、二人は苦渋の決断をしようとしていた。
───その時だった。




