第三十一話 いつか見た誰かの世界
それはいつかの誰かの記憶。
多種多様な花が広がる花畑に、一人の少年と少女がいた。
どちらも見た目は四歳ほど。髪色も同じ黒色で、それ以外の特徴も似ていた。
そう、彼らは双子だ。生まれた時から毎日を共に過ごしてきた兄妹。
互いに仲も良く、暇な時にはこうして外に出て共に遊んでいた。
「良い天気だね!お兄様!」
空を見上げて、少女は言う。
今日の天気は雲一つない快晴。澄み渡る青空はどこまでも続いている。
外で遊ぶにはうってつけの天気だ。
「何しよっか、今日も綺麗なお花探しする?」
少女の誘いに、少年は頷いた。
遊び道具など持っていない彼らには、ここで出来ることなどそれくらいしかない。だが退屈はしなかった。
この程度のことでも、彼らには十分な幸福だった。
花畑に屈んで、少女は花を見て回る。その姿を後ろから見て、少年は微笑んだ。
幸せだった。両親は少し厳しいけど、妹がいるから大丈夫。
妹がいる限り、少年はどんな日々にも耐えられた。そして少女もまた、兄がいる限りどんな日々にも耐えられた。
互いに支え合い、幸福を享受しあう、まさしく理想的な兄妹関係と言えるだろう。
どちらも世界のことなど知らず、人の悪意というものも知らず。小さな平和な世界の中で築き上げた儚い常識と価値観で生きてきた。
この幸福がいつまでも続くものだと信じていた。今でこそ両親も少し厳しいが、それは両親が自分たちに期待している証拠だ。
きっと自分たちが両親の望む存在になれば、彼らも喜んでくれる。そう考えていた。
「お兄様!見て見て!綺麗な青いお花があったよ!」
少女が言った。少年は少女に歩み寄ると、少女が指差した花を見た。
少女が言う通り、そこには綺麗な青い花があった。尤も、この頃の二人には花の種類など分からなかったが。
「お兄様は何か見つけた?」
少女の問いに少年は首を横に振った。正直なところ妹の姿ばかり見ていて、花のことなど見ていなかった。
「そっかぁ。じゃあ私が探すの手伝ってあげる!」
言って、少女はまた別の方向へと走り出した。少年も慌ててそのあとを追う。
今度は少年も共に花を探していた。さすがにいつまでも妹の姿ばかり見ているわけにもいかない。
真面目にやらなくては、妹に怒られてしまう。
「あ、そうだ」
花を探す最中、妹が思い出したかのように言う。
「私ね、お兄様に一つ聞きたいことがあったの!」
こちらに顔を向ける少女。その表情に澱みはなかった。
どこまでも無邪気で、無垢で、その他一切の感情を交えていない。
ただ『一つ』の感情に染まっていた。
「どうして……」
空気が澱み、花が枯れる。
澄み渡る空を黒い雲が覆い、光を閉ざす。
地面が端から掻き消えていき、世界がどんどん小さくなっていく。
そうだ、これは世界の終わり。かつて誰かが見たはずの脆く儚い幸福な時間、その終点。
「どうしてお兄様は……」
視界が霞む。世界の崩壊を間近に、最後に少年が耳にした言葉は───
「どうしてお兄様は、私を■■■■■」
「っ!?」
その時、弾かれるようにアラン・アートノルトはベッドから体を起こした。
「はぁ……はぁ……あ、あれ、俺何やってんだ?」
記憶はない。だが、気づいたら体が起きていた。
一体何があって俺はこんな状況に至っているのか。微かに頭痛がする頭で考える。
「えっと……確か昼に寝たんだよな。それで今の時間は……」
部屋の壁に掛けられた時計を目にした。時計が示す時間は……
「えーっと……十一時!?やべっ!もうそろそろ警備隊来るじゃん!」
夜は十一時、朝は七時に警備隊が報告に来る。もうそろそろ夜間警備前の報告に来る時間だ。
手早く服を着替えて準備を済ませると、アランは部屋から出ようとして───
「…………?」
その気配を、感じた。




