第二十五話 カッコいい、すなわち至高
生徒会室を出たアランは学園長室に向かっていた。
学園長室の前に立つと、扉を『トトン、トン、トトン』と規則的に叩いた。数秒経つと中から「入っていいぞ」と返事が来たので、アランは扉を開けた。
扉を開けた先ではいつも通りシリノアが事務机にて仕事をしていた。
「来たか、アラン」
「ああ。来たぞ師匠」
シリノアもアランが来ると分かっていたかのような対応だった。
アランがここに来たのはアリシアから渡されたシリノアの手紙が理由だ。事務机の前まで来ると、アランは言う。
「さて、本題に入る前に色々と言いたんだが……とりあえず師匠、アンタあの遺跡にあのバケモノがいるって知ってたな?」
言い放ったのは衝撃的な一言。だがそれはデタラメでも適当でもない、確信を持って告げていた。
「いや、知らなかったぞ?『パレスの地下遺跡』は事前情報が少なかったからな。何か事情があるとは思っていたが、まさか『封印指定クラス』がいるとは思わなかった」
「確かに事前情報は少なかった。だがアンタは違う。アンタの聖装能力ならあの遺跡の全容くらい簡単に知ることが出来たはずだ。それどころか遺跡の内部を弄ることも出来る」
「つまり私があの遺跡に何か手を加えたと?」
「加えてるさ。例えば五階層で遭遇したゼルヴァータだ。ゼルヴァータは本来地下にいる魔法生物じゃない。それにゼルヴァータは最初はまだ黒い奴の影響を受けてなかった。他の魔法生物は影響を受けて支配されてたのに、例外がいるのはおかしい。だがもしゼルヴァータが最近あの遺跡に現れたばかりの新参者だと仮定すれば合点がいく。要するに時間の問題、ゼルヴァータが黒い奴の影響を受ける時間が無かったって話だ」
「なるほど。確かに筋の通った話だが……ゼルヴァータが偶然そうだっただけかもしれないぞ?」
「そこは確認済みだ。昨日遺跡探索に参加してた他の知り合いにも話を聞いて、影響を受けてない普通の魔法生物がいたか調べてみた。そしたらいくらか例外がいた。影響を受けていない以上、それらは新参者。だが同時期に何体も魔法生物が同じ遺跡に集まる事なんてない。あるとすれば、それは誰かが遺跡に魔法生物を追加投入したという可能性だ」
「そしてそれを実行したのが私ということか」
数秒だけ目を瞑り、アランの答えを噛み締めると、
「つまりお前は私がただでさえ『封印指定クラス』がいるにも関わらず、さらに後付けで難易度を上げた遺跡に生徒を送り込んだ鬼畜だと言いたいのか?」
「え、違うのか?」
「…………ふふっ」
アランの指摘にシリノアは笑った。それはアランの言葉を肯定しているのと同義だった。
「ああ、そうだ。全部知っていたよ。その上で私が全てを仕組んだ」
一切悪びれる様子もなくシリノアは断言した。
やっぱりか、とアランはため息をついた。
いくら面倒くさがりとは言え、シリノアは学園長だ。生徒を送り込む遺跡の内情くらいは知っておいた方がいい。それが謎の多い遺跡であれば尚更だ。
そしてシリノアには一人で遺跡の全てを調べ上げられる力がある。その力で調べた結果、あの遺跡には『封印指定クラス』の怪物とその影響を受けた魔法生物がいることに気づいた。
マトモに考えたらこの時点で遺跡探索の行き先を変えるべきだろう。しかしシリノアはそうしなかった。それどころか自ら難易度を上げるというあり得ない行動に出た。
理由は単純、その方が生徒たちの良い訓練になるから。
とても安全面を考慮しているとは思えない判断だが、それがシリノア・エルヴィンスの考え方だということはアランが一番よく知っている。アランもそれで過去に散々な目に遭ってきたから。
「敢えて危険に晒す手法。俺だけが対象なのかと思ってたけど、誰が相手でも変わんないのな。師匠のやり方は」
「いやいや、死人は出ないよう様子見はしていたんだぞ?お前たちが遺跡に入っている間、私はここからずっとお前たちの動向を見守っていた。本当に死人が出そうになった時には介入するつもりだったさ」
「ならリデラが最下層で黒い奴に一度殺されそうになったのも知ってたのか」
「知ってたさ。だがお前なら助けに入ると思ったから放置した。そもそもお前をリデラ・アルケミスたちと組ませたのもそのためだからな」
「どう言うことだ?」
「あの子は一年生の中でも特に才能がある。だから良い刺激になればと思い、敢えてリデラ・アルケミスを最下層に続くルートに向かわせた。あの怪物と接敵させるためにな。だがいくらリデラ・アルケミスと言えども『封印指定クラス』には敵わない。そこを対処させるためにお前を付けたんだ。お前も久々に良い運動になっただろう?」
「……アンタ、自分が何言ってるか分かってるか?」
「分かっているが、このくらいは対処してもらいたい。仮にも聖装士なのだからな」
生徒が死の危険に陥っていると分かっていながら、シリノアは敢えて放置していた。
誰かが知ったら大問題になるだろう。少なくとも学園長のすることではない。
──まぁこの人なら誰かが死んでも『その時は生き返らせるから大丈夫』と言うだろうが。
「今更だから俺は何も言わねぇけどよ、もうちょい自分の立場とか考えたらどうだ?」
「考えた上での行動だ。むしろ大聖者としての力があるなら、その力を大いに活かした企画をしなくては」
「この先アンタの被害を受ける奴らが可哀想でならねぇよ」
シリノアが学園長を続けている限り、また誰かが似たような被害に遭うのだろう。
未来の被害者たちを憐れみながら、
「それはそれとして、もう一個本題の前に聞いておきたい事がある。アンタ、アリシアに俺との関係がバレるようなことを言ったのか?」
アリシアが突然シリノアとの関係について尋ねてきたのは偶然ではない。間違いなく何か理由がある。
少なくともアランには思い当たる節はない。アランはアリシアの前でシリノアとの関係について話題に上げたことなど一度もない。
ならば消去として、原因はシリノアにあると考えられる。
「別に何かを話したわけじゃないさ。ほら、お前にアリシア・エルデカを経由して渡した手紙があるだろう?アレをアリシア・エルデカに預けた時に聞かれたんだ。私とお前の関係について」
「あ〜なるほど」
理解した。シリノアが交渉材料を持っていることに対して疑問に思ったアリシアが尋ねたのだろう。
「適当に言い訳はしておいたが、疑念は晴れていないだろう。後はお前がどうにかしろ」
「また厄介事を……」
「何が厄介事だ。元はと言えばお前が素直に動かないからだぞ。お前が素直に言うことを聞けば、私も報酬を用意せずに済んだのだ」
「無茶言うなよ。これはビジネス、頼み事をするなら相当の対価を用意しろってね」
「お前も面倒な性格になったなぁ」
「面倒くさがりな人に育てられたモンで」
蛙の子は蛙というヤツか。育ての親であるシリノアが面倒くさがりであった時点で、アランが面倒くさがりに育つことは決まっていた。
「まぁ聞きたいことは聞けたし、そろそろ本題だ。今回俺は頼み通り引率役を引き受け、終いには『封印指定クラス』のバケモノと戦わされたわけだが……約束通り相当の報酬は用意してあるんだよな?」
「言われずとも用意してるさ」
シリノアは事務机の下に手を伸ばす。そして床に置いていたナニカを掴むと、それを事務机の上に置いた。
「これが約束の魔導器だ」
置かれたのは鞘に収められた一本の刀だ。鞘は黒を基調とした配色で、メカニカルなデザインをしている。
アランはすぐに刀を手に取り、鞘から刀を引き抜いた。
刀の柄は灰色。刃は半分が黒く、もう半分が結晶のような作りをしている。こちらも鞘と同様にメカニカルなデザインだ。
一部の者には良く刺さるデザインをしている。俗に言えばカッコいい。
「これは魔導器『機巧刀第五式・七輪』。お前もよく知ってるブランド、フロイト工房の限定品だ。見た目だけでなく、性能も武器型魔導器の中では一級品。七属性全てに対応した魔導器で、付与可能な魔力量も多いから大体どこでも使えるとのことだ。まだ世には出回っていないが、これを正規に買うとなると相当な値段が……」
そこでシリノアは気づいた。アランが全くシリノアの話を聞いていない事に。
アランは刀の方だけを見ている。しかもその目は輝いていた。
欲しい物を手に入れた子供のように、刀に夢中になっていた。
「はぁ……まったく」
やれやれ、とシリノアはため息をついた。先程まで文句を言っていたくせに、武器を与えればすぐこれだ。
アランは戦闘用に多くの武器を集めているだけあって、武器収集が一つの趣味と化している。
何の特性も無い通常武器から武器型魔導器まで、その種類は様々。所有している武器の本数は百を超える。
もちろんシリノアはアランに武器収集の趣味があることを知っている。なのでアランを引率役にするために、シリノアは報酬としてアランの興味を惹く武器型魔導器を用意した。
『引率役を引き受けてくれたら報酬にフロイト工房製の限定品の魔導器をやろう』アリシア経由でアランに渡した手紙にはそう書いてあった。そして手紙を見たアランはその報酬に釣られたのだ。
アランは武器収集が趣味だが、その中でも武器型魔導器には目がない。
聖装具には及ばないが、武器型魔導器は通常武器よりは強力だ。さらに武器のデザインも凝ったものがあったりする。実際に魔導器のブランドが存在するくらいには。
如何に学年次席とは言え、アランも所詮は一人の少年だ。カッコいいデザインの武器にはどうしても惹かれてしまう。
聖装具という特別な武具の使い手が集まっている環境に身を置いていれば、尚更その憧れは強くなるだろう。
そして今渡された報酬こと武器型魔導器はまさにアランの好みを突いていた。
シリノアはこの刀を買ったわけではない。大聖者として世界中で知られているだけあって、シリノアには多くの著名な知り合いがいる。その中の知り合いから最近この刀が貰える機会があったから、アランが欲しがるだろうと思い貰っていた。
「どうやって使おっかなぁ。そのまま使ってもいいけど、あんま傷つけたくないし、観賞用にとっておくか?いやいや、こんな良い性能してるんだから改造してもっと使いやすくしても……」
「……はぁ」
師匠としては弟子に物で動くような人間に成って欲しくないのだが、本人が楽しそうだから良いだろう。
アランが十歳の頃から面倒を見てきたためか。シリノアはどうしてもアランには甘くなってしまう。
アランがシリノアを親として見ているように、シリノアもアランを我が子として見ている節があるのだ。
(私も甘くなったな……まったく)
刀に夢中になっている弟子を目にしながら、シリノアは一人苦笑した。
***
「結局さ、アンタどれくらいあの遺跡に手を加えてたんだ?」
「えーっと、まず『封印指定クラス』を放置したことだろ。それと魔法生物を追加投入して……罠も老朽化してるところがあったから補強するついでに数も増やして……あとちょっとだけ遺跡内の構造も変えたな、迷いやすくなるように」
「もうそれ『パレスの地下遺跡』じゃなくて『シリノアの地下遺跡』に改名した方が良いだろ……」




