第二十四話 最強最大の問題児
遺跡探索の次の日、アランは生徒会室に来ていた。
生徒会室の接客用のソファに座りながら、溜め込んでいた愚痴を吐く。
「アンタに言うべきことなのかは分かんねぇけどよ、この国の遺跡調査団の体制もうちょい見直した方がいいと思うぞ」
「そうですね。こればかりは本当に申し訳ないとしか言いようがありません。いくら事前情報が少なかったとは言え、『封印指定クラス』の魔法生物の存在を見逃すとは……」
生徒会長ことアリシア・エルデカ。彼女はアランの愚痴を受け止めていた。
今回の件はアランは文句を言って当然の立場だ。
事前情報と遺跡の内情が違う。ハプニングも連発する。最終的には『封印指定クラス』の怪物と戦わされた。
遺跡探索の企画者の一人であるアリシアに、このクレームから逃れる権利はない。
「ですがさすがはアラン君ですね。『封印指定クラス』を聖装具を使わずに一人で張り合うとは」
「一人じゃねぇ、リオもいた。むしろ今回勝てたのはアイツの貢献が大きい。礼を言うならアイツに言ってくれ」
「もちろん。後で彼にもお礼を言いに行かせてもらいます。しかし『封印指定クラス』が相手でも聖装具を出さないとなると……貴方は一体何が相手なら聖装具を出すのですか?」
「相手が強い弱いの問題じゃない。誰が相手でも聖装具を使えない事情があるって今までにも言っただろ」
なにせ相手が誰でも何の役にも立たない聖装具なのだから。
「俺が聖装具を使う時があるとすれば、それは聖装具が力を発揮出来る状況が来た時だけだ」
「それは聖装具ではなく聖装能力に於ける話でしょう?確かにこの世には特定の条件下でなければ効果を発揮しにくい聖装能力はありますが、それでも武器として聖装具を使うくらいは出来ます。それは貴方も同じはずです」
「いやいや、まだ俺の聖装具が武器型だと決まったわけじゃ……」
「いいえ、貴方の場合は明白です。『聖裝契約の儀』にて聖裝具と契約する際、聖裝具は契約主の本質や才能に最も適した物が選ばれる。ある意味、聖裝具は契約主の写し鏡のような物です。そして貴方の戦いの主軸は多彩な魔法と武器を活かした近距離戦闘。貴方の『最後の切り札』でさえその類だったのです。それだけ近距離戦闘に長けた才能を持っていれば、聖装具も貴方の才能に寄って武器型となる可能性が高い。違いますか?」
(うーん、反論のしようが無い完璧理論)
アリシアが言ったことは全て正しい。
聖装具には契約主の本質や才能が大きく反映される。近距離戦闘に長けた天才なら、リオのような物理的攻撃性能に優れた武器型の聖装具。遠距離戦闘に長けた天才なら、リデラのような魔力増幅と能力操作に優れた聖装具が選ばれやすい。
アランは長距離でも戦えるが、普段から近距離戦闘を優先的に選択する。これらの理由から、この学園の大半の者がアランの聖裝具が武器型だと見抜いている。
「そもそも、どのような聖裝能力でも常にある程度の効果は発揮しますからね。貴方の聖装具や聖裝能力がなんであれ、貴方が聖装士としてあるまじき行動を取っていることは変わりません。貴方はもう少し聖装士としての自覚と努力を──」
「おっと、そういやこの後用事があるんだった」
面倒事の気配を感じてそそくさとアランは立ち上がる。
もちろん急ぎの用事など無い。適当に考えた言い訳だ。
「相変わらず逃げる判断は誰よりも早いですね」
「それが俺の取り柄だからな。必要とあらば別の国まで逃げてやる」
「貴方なら本当にやりそうなのが恐ろしいところですね」
こんな面倒くさがりでも学年次席。その気になれば他国に逃げ込むことも容易だろう。
「そんじゃあ言いたい事も言ったし俺はこのへんで。忙しいとこ邪魔して悪かったな」
生徒会室の扉を開けようとするアランに、アリシアは言う。
「その前に一つ、聞いてもいいですか?」
「聖装具の事以外なら」
「聖装具の事ではないので安心してください」
「なら答えよう」
昨日リデラにも使った軽口を叩きながら、アランはアリシアの方に振り返った。
「……貴方は、学園長と何か関係があるのですか?」
「が、学園長と?」
予想外の質問に呆然とした。
質問の意図は分からないが、真実を言うわけにはいかない。
「いや、別に関係なんて……ただの生徒と学園長としか」
「そうですか……」
「そうだよ。それ以外に何があるってんだ」
聞き返されて、アリシアは少し考えると、
「……師弟関係、などでしょうか」
「ッ!?!?!?」
一瞬心臓が止まりかけた。
──勘が良過ぎるだろこの王女。まさか気付いたのか?いや違う、アリシアはまだ確信していない!
なら今すぐ否定しなくては……!
「……はははっ俺が学園長と師弟関係って?ないないない、アンタもあの人の事知ってるだろ?シリノア・エルヴィンスは弟子を取らない。過去に何人も弟子入りを志願したが、全員すぐに断られたって話じゃん。そんな学園長が俺なんかを弟子にとる訳ないだろ」
「むしろ貴方だからこそあり得そうな気がしたのですが……さすがに違いましたか」
納得したような、そうでもないような。微妙な顔をしながら、
「引き止めてすみません。もう行っていただいて構いませんよ」
「そうか、ならまた今度」
アランは足早に生徒会室を去った。廊下に出てから、ようやく息をつく。
──マジでビビった、本当にビビった。まったくアリシアも心臓に悪いことを言わないで欲しい。
「ふぅ……とりあえず行くか」
額を流れる冷や汗を拭うと、アランは次なる目的地に向かって歩き出した。
***
「ふむ……」
アランがいなくなった後も、アリシアはソファに座っていた。
アランとシリノアの関係について考えていたのだ。アランは特別な関係は無いと言っていたが、あの二人が無関係とは思えない。
師弟関係だと疑っているわけではないが、何か特別な関係はある。そんな気がするのだ。
そう思い至ったきっかけは一週間前、アリシアがシリノアと遺跡探索について話していた時のことだった。
***
その日、アリシアは学園長室を訪れていた。
学園長室の扉をノックすると、中から「入っていいぞ」と声が聞こえたので扉を開く。
室内では、シリノアが部屋奥の事務机で業務に勤めていた。
「アリシア・エルデカか。今日はどうした?」
「今度の遺跡探索について一つお尋ねしたいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか」
「ああ、構わない。とりあえず座ってくれ」
部屋の中央に置かれた接客用のソファーにシリノアは移動する。アリシアもシリノアの対面に座ると、話し始めた。
「それで、聞きたい事というのは何かな?」
「遺跡探索の引率者についてなのですが、先生方だけでは足りない分を生徒の中から選んで補うという話でしたよね」
「そうだな。生徒の方は君に任せるつもりだったが……まだ決まっていないのか?」
「いえ、そうではないのです。候補は既に決まっています。何名か声もかけているのですが……少し問題がありまして」
「問題?」
困ったような顔をしながら、アリシアは言う。
「今回向かう『パレスの地下遺跡』は未だ不明な点が多い場所です。なので念のために最低でも一名は『学園最高戦力者』を向かわせようと思っているのですが……」
「あ〜そういうことか」
その一言でシリノアは全てを理解した。
アリシアの意見は分かる。彼女の判断には大いに賛成だ。だがそれを実現する上で大きな障害が存在する。
「私は時間の都合上、引率者には成れないので、残っているのは四人。グレイ・フォーリダント、シエル・グレイシア、ミハイル・ラッドマーク、そしてアラン君。その中でもグレイ・フォーリダントは当日も風紀委員長の業務があるので、候補から外すとして、残っているのは三人」
「だがその三人は……」
「はい、少なくとも遺跡探索の引率役を引き受けることはないでしょう」
アリシアはよく知っている。シエル、ミハイル、アラン、この三人が如何に面倒くさがりか。あの三人が引率役を頼んだところで素直に首を縦に振ってくれるはずがない。
「三人の中で一番現実的なのは……おそらくアラン君でしょう。彼はいつも『学園外からの依頼』も引き受けてくれていますから、まだ話を聞き入れてくれる可能性はあります」
「だが引率役はアランだけが候補じゃない。代役とは至らずとも、他にも候補となる生徒はいる。それに危険度もそこまで高くない。故に必ずしもアランが出向く必要がない。これではアランを引率安にするのは難しいな」
アランは必要性を感じない事には関わろうとしない。
代役がいる、もしくは代役になり得る者がいるのなら、必ずしもアランが出向く必要はない。なにせアランがいなくても事が解決するのだから。
もとより面倒くさがりな性格に『自分が居る必要がない』という要素が拍車をかけ、それが要求を拒否する原因となる。
ただし、これにも例外はある。自分抜きでも解決するような案件でも、放っておけば死傷者が出るような話ならアランは動く。
面倒くさがりとは言え、アランの感性は『部分的』に常人の部類だ。誰かの不幸を無視するような真似は、『普段』はできない。
「ちなみに君が王女としてアランに命令するのは?」
「おそらく無駄ですね。以前にそれを試した事がありますが、逃げられました。後で生徒会役員の一人に話を聞きに行かせたところ、『知らないところで命令されても聞く義理はないから逃げた』と答えたそうです」
「訳が分からん……」
入学前までは地位権力とは縁遠い山の中で暮らしていたが、王女相手にそのような屁理屈を唱えるとは思わなかった。
『封印』の影響もあるだろうが、面倒だからと礼儀作法を何も教えなかったのが災いしたかもしれない。
どうすればアランを動かせるか。悩むアリシアを目にし、シリノアはソファから立ち上がった。
「学園長?」
「少し待ってろ。今良い案を思いついた」
──この手はあまり使いたくなかったが仕方ない。生徒のためだ。師匠としての特権を使うとしよう。
事務机に戻ると、机の上にあった適当な白紙にペンで何かを書いた。それを何度か折りたたみ、縦長の封筒の中に入れてアリシアに渡した。
「これを持っていけ。交渉材料になるものだ。もしアランが引率役を断ったらそれを見せろ。そうすればアランも引き受けてくれるはずだ」
「は、はぁ……」
困惑しながらアリシアは受け取った。
妙に自信ありげなシリノアの表情を見るに、交渉材料となり得るのだろう。
ローブの懐に封筒をしまいながら、
「……あの、学園長」
ふと思った疑問を口にしてみる。
「この手紙が彼への交渉材料になるということは、この手紙には彼にとって有益な話が書かれているということですよね?」
「そうだな。少なくともアランの興味を惹く話だと思うぞ」
「では何故、学園長はその話が彼を動かし得ることを知っているのですか?」
「……それはだな」
(んー!やっぱりそう来たかぁ……)
口を閉じて悩むシリノア。
アリシアのことだから勘付くかもしれないと思っていたが、いざ聞かれると厄介だ。
当たり前だが、他人の興味を惹く物を的確に用意するには、それなりにその者の趣味嗜好について知っておく必要がある。
シリノアはアランの興味を惹くものを用意した。それが出来たということは、シリノアはアランの事をそれなりに知っているということ。
では何故シリノアはそこまでアランの事を知っているのか。二人が師弟関係だと知らぬ者なら当然それを疑問に思うはずだ。
シリノアもこうした状況は過去に想定していた。何かの拍子にアランとの関係がバレそうになった時の言い訳は用意してある。
「これでも私は長生きしてきた身だからな。多くの人間を見てきた分、相手の性格や考えを見抜くのは得意なんだ」
「だから彼の興味を惹く物が分かったという事ですか」
「そういうことだ」
既に知れ渡っている事だが、シリノアの年齢は余裕で百歳を超えている。具体的な年齢は彼女自身もおぼえていないが、三百歳から四百歳ということは分かる。
人間ではあり得ない寿命の長さだが、シリノアは人間だ。彼女が寿命の限界を超えているのは、大聖者になるに当たって身体構造が変化した結果である。
過去存在した二人の大聖者も同様に長生きしていることから、これが大聖者にとっての普通なのだろう。
アリシアはそれ以上その場で二人の関係を問うことはしなかった。
実際に納得出来たわけではない。だが言い訳したという事は、答えたくないという事と同義。
さすがのアリシアもシリノアの事情について踏み入る勇気はなかった。もしシリノアの機嫌を損ねるようなことがあれば、どうなるか分かったものではない。
***
「はぁ……また謎が一つ増えたという事ですか」
考え過ぎな気もするが、アランならあの大聖者と特別な関係があってもおかしくないと思ってしまう。
謎多き友人の真実について思いを馳せながら、アリシアは残りの業務を片付けるべくソファから立ち上がった。




