第二十三話 それぞれの心情
アランたちが転移したのは遺跡の入り口。辺りは森に囲まれており、目の前には遺跡の入り口がある。
周囲には生徒や教師が集まっていた。探索を終えたグループや、この後探索に入る予定だったグループが待機している。
「これは……やっぱり転移魔法か」
「ああ、そうだよ」
アランは立ち上がった。しかしその顔には疲労が見られる。
転移魔法──それは空間と空間を繋ぎ、繋いだ先の空間に転移する魔法。
転移魔法は数ある魔法の中でも最高難易度に位置する。これを使える者は極少数、超高度な魔法技術を持つ者しか使えない。
「驚いたな、君が転移魔法まで使えたとは」
「一応覚えてたんだよ。ただやっぱり燃費は悪いな……めっちゃ疲れた」
転移魔法の欠点として燃費の悪さがある。一度発動すれば魔力も体力も大きく消費するため、連続で使えない。
需要はあるが燃費が悪い上に発動まで時間がかかる、それが転移魔法である。
そんな魔法をアランが覚えた理由は、師範であるシリノアが覚えさせたから。
『戦闘で使えないんだから覚えても仕方ないだろ』とアランは言ったが、『転移魔法に使う技術は他の魔法にも応用出来るから覚えるだけでも価値はある』とシリノアに言われアランは渋々転移魔法を覚えた。
実際、転移魔法から得た技術は他にも応用できてるから覚えた価値はあったが。
「俺は今から先生の所に事情話しに行ってくるから。お前らは休んでてくれ」
「いや先輩の方こそ休むべきじゃ……」
「良いんだよ、これも引率役の役目だ」
疲労感を漂わせながら、アランは集まっていた教師たちの元に向かった。教師たちも慌ててアランに近づいて来る。
アランは教師たちに事情を話した。今まで何があったのか、この遺跡がどんな場所なのか。
話すアランと教師たちを目にしながら、
「アラン先輩、凄いですね。あれだけ頑張った後なのにまだ動けるなんて」
「それには同感だよ。アランは本当に凄い奴だ、まさか転移魔法まで使えるとは思わなかったけど」
今まで何度もアランの力は目にしてきたが、改めて見るとやはり彼の凄さを実感する。
そこでエレカはふと疑問に思った。
「リオ先輩。一つ聞いても良いっすか?」
「ん?なんだい?」
「リオ先輩は師匠に勝てますか?」
「僕が、アランに……?」
言われて数秒黙ると、
「はははははっ!無理無理無理無理!天地がひっくり返ったって僕じゃアランには勝てないよ!戦ってもアランを『本気』にさせるのがやっと。その後はボコボコにされて終わりだね」
リオは派手に笑った。清々しさを感じさせるほどハッキリと、自分は勝てないと断言した。
「リオ先輩でもそうなの?」
「ああ、これは一度アランと戦ったからこそ断言出来る。僕じゃ絶対にアランには勝てない。仮に僕がアランと百回勝負したら百回全部アランが勝つ」
「そこまで言う程なんですか……」
二人が共闘する光景を見ていた限りでは、あまり実力差があるようには見えなかった。むしろ同等だからこそ肩を並べて戦えていたのだと思っていた。
「言っておくけど、さっきの黒い奴と戦ってた時のアランが本気だと思ってるなら、それは間違いだ。本気のアランはあんなものじゃない。アイツは正真正銘のバケモノだよ」
「バケモノ?」
「まぁアランに限らずあの五人………『学園最高戦力者』に関しては全員もはや人間じゃ──っと、アランが戻ってきたね」
その時、アランがリオたちの元に戻ってきた。先程よりも疲労感は強くなっているように見える。
「どうだった?アラン」
「とりあえず全員待機って事らしいが、遺跡探索は間違いなく中止になるだろうな。これ以上の探索は危険すぎるし……ったく誰だよ、この遺跡を遺跡探索の行き先に選んだ馬鹿は。絶対帰ってから文句言ってやる」
「それでアリシア様が選んだとかだったらどうするんだ」
「あぁ?文句言うに決まってんだろ」
「まったく恐れ知らずだな、君は」
「礼儀知らずの間違いでは?」
今のアランに礼儀などという言葉は通じない。アランは少しイライラしている。
最初は引率役に成る気など無かった。そこからシリノアからの手紙の内容を見て気が変わり、引率役に成ったものの、最後には『封印指定クラス』の相手をさせられる始末だ。
こんな馬鹿みたいな事のために今日という休日を捨てたのでは無いのに……。
「はぁ……とりあえず俺は少し休む──っと」
その時、アランの体がふらついた。体の力が抜け、一瞬倒れかける。
咄嗟にリデラはアランを支えた。
「大丈夫ですか先輩!?」
「いやぁ、大丈夫じゃないかもな。『封印指定クラス』と戦ったし、その前も色々あったし、最後には転移魔法を使ったし。残り魔力も半分切ってる……リオ、お前は大丈夫なのか?」
「僕はちょっとしか仕事してないからね。黒い奴との戦いも後ろから少し援護してただけだし、体はまだ万全だよ。とにかく君は早く休んだ方が良い」
「なら私が救護テントまで連れて行きますよ」
「マジ?じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」
リデラに支えられながら、アランは予め用意されていた救護テントの元まで向かった。
テント内には治療道具が入ったバッグやベッドが置いてある。
アランはベッドの上に寝転がった。
***
「あぁぁぁぁぁぁ極楽ぅ〜」
「そんな良質なベッドでは無いと思いますけど……」
「疲れた状態だとどんなベッドもふかふかの高級ベッドに匹敵するんだぜ」
「そ、そうですか……」
ベッドの傍らに立つリデラは、顔を俯かせていた。
俺からはリデラの顔は見えないが、どこか悩んでいるように思える。
彼女が何を考えているのかは、口にせずとも予想できた。
「……お前が『封印指定クラス』相手に戦力にならないのはおかしな事じゃない、むしろ当たり前だ」
「な、なんでそれをッ!?」
「聞かなくても分かるっての。んでもって言わせてもらうが、お前は考えすぎだ。『封印指定クラス』の力は単体で国一つを滅ぼせるレベル、王家直属聖装士団ですら討伐には犠牲を伴う程だ。いくら天才で新入生代表のお前でも限界はある」
「でも先輩は戦えてた。リオ先輩だって……」
「俺とリオは二年生だからな、学園の講義やら序列戦やらでお前らより鍛えられてんの。だからお前らより強いのは当然だ、そしてそれらの過程を受けていないお前らがあの怪物に敵わないのも当然だ。むしろ入学したてホヤホヤの状態でそんな力を持ってたらコッチの立つ背が無い」
俺たちとリデラの差は単純。積み重ねてきた時間の差だ。
努力や経験を重ねるための時間。たった一年の差でも、その影響は大きいものだ。同じくらいの才能を持つ者同士であれば、その差は尚更顕著になる。
俺は聖装具が使えないから才能で言えばマイナスだが、大聖者シリノア・エルヴィンスの教えを受けているので、才能差があっても何とかやっていけてる。
「あ、そうは言ってもお前が弱いって言ってるわけじゃ無いからな?今のお前でも十分プロの聖装士にも匹敵する実力はあるからな?来年の今頃にはきっと俺たちと同じかそれ以上の聖装士に──」
「もういいです。先輩に褒められても嬉しく無いです」
「え、なんで……」
「だって先輩、歓迎試合でまったく本気出して無かったんでしょ」
「……は?」
予想外の言葉に呆然とした。
「学園長が言ってましたよ。歓迎試合で先輩は半分以下の力しか出してなかったって」
「学園長がいつそんな……」
「入学式の日に私たちが学園長室に逃げ込んだ後、先輩が呑気にソファで爆睡してた時です」
「あ〜あの時かぁ」
師匠め、余計なことを……って、ん?
「あのさ、もしかしてお前が俺のことを『嘘吐き』呼ばわりしてたのって」
「そういうことです。食堂であんなことを言ってたくせにその実まったく力を出して無かったから、私は嘘吐きと言ったんです」
「やっぱりか」
何故リデラが不機嫌だったのかがようやく理解出来た。どうやら全ての原因は師匠にあるようだ。後で絶対文句言ってやる。
だが今はそれよりも。
(とにかく弁明を!)
「弁明は不要です」
「ハイ……」
コイツは人の心でも読めるのか?おかしいな、リデラの聖装能力は『炎霊を使役する力』だったはずなんだが。
今の所、俺がリデラと仲良くなるなれる希望が全く見えない。反論の余地も許さない程だ。多分リデラは俺に相当怒ってる。
なるべく後輩とも仲良くしたかったが、こうなっては……。
「だからと言って、先輩に怒ってるわけじゃありません」
「え?」
考えていたところに再び予想外の発言が飛んできた。
「歓迎試合の趣旨に則るために手加減せざるおえなかったのは知ってます。そもそも先輩の実力をその程度しか引き出せなかった私の力不足も原因にありますし。先輩の戦い方に文句を言う筋合いは私にはありません」
その声に俺への怒りは無かった。むしろ怒りを向けているのは自分自身、己の力不足を悔いていた。
「そ、そうか……」
初めて会った時は自信に満ちた少女だったというのに、知らぬ間に随分自己評価が落ちていたようだ。
だがそれは一概に悪い事とは言えない。リデラが新しい価値観を得た証拠でもあるのだから。
新しい世界に踏み入り、学び、経験して。己の力不足に立ち返ることが出来たのだ。
その無力感こそリデラの成長の原動力となってくれる。リデラはこれからもっと強くなるはずだ。
「先輩、一つ聞いても良いですか?」
「聖装具以外の事なら答えるぞ」
「先に選択肢を潰さないでくださいよ……まぁ良いです、聞きたいのはそこでは無いので」
「ほほう?それ以外か」
今更聖装具以外で聞かれるような事なんて……残ってたか。むしろ聞かれることしかないか。
今度は何を聞かれるのか。予想していると、リデラは言った。
「先輩はどうして、そこまで強くなったんですか?」
その質問は予想外だった。俺が隠してる事情のうちのどれかを聞かれるかと思っていたが。
「先輩がなんで聖装具を使わないのかは分かりません。きっとそこには予想も出来ないような事情があるのでしょう。でも、先輩はそれでも強くなった。聖装具が無くても学年次席になれるくらい、とんでもない力を身につけた。少なくとも理由無しにそんな力は身につけられません」
「だからその質問をしたのか……」
確かにリデラからすれば気になる話だろう。
原動力の有無は人の成長速度や成長幅を大きく分ける。それは戦闘に於いても例外ではない。
俺もそうした理由はあるが、このくらいは話しても構わないか。バレて困ることじゃないし。
「色々と理由はあるけど……一番の理由は『夢』があったからだよ」
「夢?」
「そう、夢だ。ちょっとした目標があって、それを目指して俺は強くなった」
聞いているリデラは信じられないと言わんばかりの表情をしている。
「信じられないか?」
「信じられません。なんですか、次の大聖者にでもなるつもりですか」
「そこまでデカい目標は掲げてねぇよ。俺が大聖者に成れるとは到底思えない」
実際に大聖者の教えを受けているから分かる。俺がどう頑張ったとしても、絶対に師匠には追い付けない。
今でも毎月一、二回くらい手合わせするが、全く勝てる気がしない。近づくことすら出来ずに終わることが大半だ。
「先輩ほどの人でも大聖者には届かないんですか」
「もちろん。うちの学園長を見てたらよく分かる。あの人は正真正銘『世界最強の聖装士』だ。全てに於いて次元が違う。大聖者を目指すくらいならエルデカ王国を転覆させる方が百倍マシだ」
「先輩なら本当に出来そうなのが怖いですね……」
「冗談だ。流石に国家転覆なんて出来ねぇよ。やる意味も無いし」
そう言って、リデラから顔を背けた。
「それじゃあ俺は眠くなってきたから寝る。おやすみリデラ、後はよろしく」
「急過ぎません?」
「………Zzz」
「え、まさかもう寝たんですか?そんなすぐ寝れますか普通?」
どうやら既に寝てしまったようだ。学園長室の時と言い、相変わらず寝るスピードが早い。
だがアランは疲弊している。五階層で床が崩壊した時からずっと、自分たちを守るために命懸けで戦ってくれたのだ。
リデラはアランがゆっくりと眠れるよう、救護テントから出て行こうとして、
「…………」
足を止めた。振り返って、寝ているアランの姿を目にする。
言うべきなのは当然で、だけどその言葉を面と向かって言うのは少し恥ずかしかったから。
「……助けてくれてありがとうございます、先輩」
そっとその一言を言い残して、リデラは今度こそ救護テントを去った。
***
テントを去ったリデラは再びナタリアの元に戻っていた。
「あれ、リオ先輩とエレカは?」
「リオ先輩は先生の所、エレカは他の一年生の所に行っちゃった。なんでもパイセンとリオ先輩の勇姿を広めたいらしいよ」
「エレカらしいですね……にしても、貴方はどこにも行かなかったんですね」
「行く場所がないからねぇ〜」
ナタリアはリデラとエレカを除けば、同学年との関わりがあまり無い。
人と関わるのが苦手というわけではないのだが、興味が無い相手とはあまり関わりたくないらしい。
逆に興味がある相手にはナタリアは積極的に関わりに行く。アランがその代表例だ。
「それでリデラ、パイセンとなんか話したの?」
「まぁ少しだけ。意外な話も聞けました。相変わらずよく分からない人ですけど……意外と普通な所もあるんだなって」
アランは『夢のために強さを求めた』と言った。とても信じられない理由だったが、語る彼の表情は本当に何かに憧れているように見えた。
だから思った。その答えはきっと本当なのだろうと。
尤もその夢の内容は未だに不明だが。
「ふーん。じゃあリデラはパイセンの過去の話とか聞いた?」
「いえ、聞いてません」
「聞いてないのかぁ」
珍しく何か考え込むような様子を見せるナタリア。
「ナタリア、どうかしましたか?」
「んー?いやぁちょっと思うことがあってさ」
「思うとは?」
「う───ん」
ナタリアはなかなか続きを話そうとしない。言うべきかを迷っている、もしくは言葉を選んでいる。そんな様子だ。
一体何を悩むことがあるのか。疑問に思うリデラに、今度はナタリアが尋ねた。
「ねぇリデラ、パイセンの事どう思う?」
「どう思うって……」
「難しく考えなくて良いよ。優しいとか、強いとか、気難しいとか、怖いとか、そんな普通の感想で良い」
「……そうですね」
改めてリデラはアランという人間について考える。
常に隠し事だらけ理解できない事だらけ、おまけに性格も不真面目で面倒くさがりと来た。だけど同時に強くて、頼りになる時は頼りになって、それでいて意外と優しい。
要するに、
「変人……ですかね」
「変人?」
「ほら、先輩って性格自体は至って普通じゃないですか。だけど実力は規格外、それでいて常に隠し事だらけという要素もある。まったく理解の及ばない人ですが、悪い人じゃない。むしろ良い人の部類です」
「なるほどぉ、だから変人ってことか」
「納得出来ましたか?」
「うんうん、良く理解出来た。変人、確かにその通りだね。パイセン以上にその言葉が当てはまる人はいないよ」
「そうですか。それで、どうしてそんな質問を?」
リデラはそう尋ねてみるが、
「ん〜なんとなく気になっただけ」
ナタリアは適当にはぐらかすだけだった。
「なんとなくってなんですか。なんとなくって」
「ふふ〜ん、なんだろうねぇ」
「貴方までミステリアスなキャラを目指さなくていいんですよ……」
リデラの訴えを聞き流しながら、ナタリアは何も考えていないような顔で空を見上げた。
もちろん本当に何も考えていないわけではない。頭の中では考え事を続けていた。
確かにリデラが言った通りだ。アランは理解出来ない点があまりに多いが、それ以外は至って普通の人間だ。
不真面目で、面倒くさがりで、人並みに優しくて、時には誠実で、学年次席の称号に違わぬ実力と頼り甲斐がある。
その点については疑いはない。アランの日頃の態度に嘘偽りがあるとは思っていないし、アランも自身の性格を偽っているようには見えない。
真実、心の底からアラン・アートノルトはそういう人間だ。
故に、だからこそナタリアは思う。
(おっかしいな…………あの人、最低でも数百人以上は殺してるはずなんだけどなぁ。じゃないとあんな戦い方出来ないし)
──心優しい虐殺者という、その矛盾を。




