第一話 聖裝士一の異端者
『聖裝具』──それは生まれ持った魔力量を含め、特別な才能を持つ者だけが扱える特別な武具。その種類は剣や鎌に杖やら戦斧、果てには一見武具とは思えないような物まで様々あり、それを持つ者は『聖裝士』と呼ばれ重宝される。
何故聖裝士が重宝されるのかというと、それは聖裝士には特別な力──『聖裝能力』があるからだ。
聖裝能力とは聖裝具を持つ者だけが魔力を用いて行使できる力のことだ。その力は強大で、同じく魔力から行使できる『魔法』では到底再現できないような現象を扱える。
そんな凄まじい存在である聖裝具とそれを持つ聖裝士だが、もちろんそんな聖裝士を育成するための場所も存在する。
その一つがここ『エルデカ王国』に存在する『エルデカ王国立聖裝士学園』。聖裝士だけが通うことを許された学園であり、この少年──アラン・アートノルトが通う学園でもあった。
そして現在……
「あぁぁぁぁぁぁ……マジで棄権したい……」
これでもかと言わんばかりの弱音を吐き出しているアランがいるのは、学園内にある闘技場のフィールドの入場扉前。
アランのすぐ側には扉があり、そこを通ればフィールドに入れるようになっている。
では、何故アランはこんな場所にいるのか。それはアランがこの後行われる新入生歓迎試合に出場しなくてはいけないからだ。
新入生歓迎試合とは入学式の後に行われるこの学園の伝統行事の一つだ。新入生の代表生徒一名と二年生、もしくは三年生の代表生徒一名が出場し、試合をすることになっている。
試合の主な目的としては『新入生に今どれだけ自分が未熟なのか、そしてどれだけ伸びしろがあるか』というのを学園の先輩との実戦から理解してもらうということなのだが。
何を隠そう、アランはその代表生徒に選ばれてしまったのだ。なのでこの後試合に出場して新入生の代表生徒と戦わなければいけないのである。
本来であれば歓迎試合の代表生徒に選ばれることは名誉あることなのだ。なにせ代表に選ばれたということは、それだけ学園側から評価されている証拠。喜ぶことこそあれど、不快に思うことはない。
ならば何故アランは今こんなにもネガティブなのか。その理由は単純で、新入生に負けた後が怖いからだ。
もし先輩である自分が新入生に負けたら、今後暫くは学園中でネタにされるかもしれない。アランはそういう立場の人間だからだ。
『全校生徒の前で新入生に負けた先輩』───もしそのようなレッテルを貼られるようなことがあれば、明日から不登校になる自信がアランにはある。
そういうわけで、アランはずっと歓迎試合に消極的だったのだ。
もちろんアランだってどうにかこの役割から逃げようとした。手当たり次第に学園の実力者に『代わりに出場しないか』と頼み込んでみたが、返答は全員共通して『ノー』。誰も引き受けてはくれなかった。
よってアランに逃げ場はなく、醜態を晒すことに怯えながらこの試合に出場するしかなかった。
「はぁ……今から逃げようかな、本当に…」
壁にもたれながら叶いもしない願いを呟いた、その時。
「本当に相変わらずですね貴方は。その自己肯定感の低さは一体どこから来るのですか?」
アランの横から声がした。
──ああ来やがったよ、この現状を生み出した大元が。
自身の不機嫌を隠すこともなく、アランはため息をついて横を向いた。
「何の要だアリシア。まさか冷やかしに来たのか?」
「そんなわけないでしょう。少し様子を見に来ただけです」
アランが顔を向けた先にいたのは一人の少女。
美しい白金の長髪と整った顔立ち、そして並外れた威厳と風格を漂わせるこの少女の名はアリシア・エルデカ。
彼女には多くの肩書があるが、何より語るべきは彼女の身分。
アリシアはこのエルデカ王国の王女、つまるところ正真正銘のお姫様なのである。
ただ王女とは言っても、アリシア自身この学園で王女として振る舞うことは滅多にない。あくまで一人の学生として周りと接しているつもりだが、他の生徒は違う。大多数がアリシアを王女として見ている。
アリシアに敬語で話したり、『アリシア様』と呼んだりと、そうした態度を取るのが普通なのだが、見ての通りアランはそちら側の人間では無かった。
別にアランにアリシアへの敬意が無いというわけではない。身分の差は自覚しているし、不敬罪にならない程度には弁えているつもりだ。
だがこの時だけは、不満を堪えることができなかった。
「何やら緊張している様ですが、そこまで緊張する必要はないと思いますよ?別に負けたところで成績に影響するわけでも、先生方から悪評をつけられるわけでもないのですから」
「そうだな、確かにその辺の影響は無いだろうよ。だが生徒まで同じとは限らない。もし俺が負けた時には、アイツらは間違いなく俺をバカにする!新入生に負けた惨めな男だって学園中でネタにする!!そうなったら俺はもう……耐えられない……!」
「それはさすがに被害妄想が過ぎると思いますが……」
「いいやそんなことない。俺はアンタと違って高貴な身分というわけでも、万人に好かれる良き学生というわけでも無いんでね。今回の試合だって負けたら面倒事が起こるに違いない」
「なら勝てば良いではないですか」
「俺がそんな簡単に勝てるわけねぇだろォォォォッ!!」
怒りのままに叫ぶアラン。
勝てば良い?何を言っているんだこのお姫様は。自分が強すぎるあまり感覚がバグっているのか?
今回戦う相手は仮にも新入生の代表なのだ。新入生と言えども選りすぐりの聖裝士であることは変わらない。
よって相手には相応の実力があるわけで、アランにも十分敗北の可能性がある。だからこうして現在進行形で怯えているというのに、この女は……。
「はぁ……はぁ……そ、そもそもとして、何で俺が出なくちゃなんねぇんだよ。アンタが出たら良いだろ?学年首席なんだし適任じゃん」
「それは前にも言ったはずです。今日一日はプログラムの進行のために忙しいから試合には出られないと。ですので諦めてください。恨むのなら自身の実力の高さを恨むことです」
「生まれて初めてそんなこと言われたよ俺」
「私も初めて言いましたよ」
実力の低さを恨むことはあれど、実力の高さを恨むことは滅多にないだろう。
世にも奇妙な現象を目の当たりにしながら、アリシアは息をつく。
そして、
「それと一つ、質問してもよろしいですか?」
一気に雰囲気が変わる。これ以上穏やかな会話をする気はないらしい。
「答えられることなら答えるが……何が聞きたいんだ?」
顔をアリシアから逸らすアラン。フィールドの入場口を向きながら、アリシアの質問を待った。
「今回も、聖装具を使うつもりはないのですか?」
「…………」
やっぱりそれか。予想通りの質問にアランは数秒の沈黙を挟む。
どいつもこいつもそればかりだ。確かに周りからすれば理解できないだろうが、そこまで追求することでも無いだろう。
そう思うがしかし、何も言わないわけにもいかない。納得できる返答をしない限りは立ち去らない、言葉にせずとも伝わるほどの圧をアランはアリシアから感じた。
「……状況次第、としか言いようがない」
「状況次第?それは聖装具を出し渋るということですか?」
「出し渋るわけじゃない。何度も言っただろう。俺の聖装具はおいそれと使えるものじゃないって」
「つまり貴方の聖裝能力が原因と?」
「……そうだとしたら?」
「だとすれば、貴方の返答は答えになっていませんね。仮に貴方がどのような聖裝能力を持っていようとも、武器として聖裝具を出すくらいはできるはずです」
「ならそれすらしない俺は聖裝士として失格ってか?」
「ええ、聖装具とは聖装士にとって誇りであり最高の武具。それを使わないなど、それでは聖裝士である意味がない。むしろ聖裝士としては邪道です。それを理解して尚、貴方は───!」
『開始時刻になりましたので、これより新入生歓迎試合を開始します。両選手はフィールドに入場してください』
放送が闘技場に鳴り響く。いつの間にか開始時刻になっていたらしい。
「……どうやら時間が来ちまったみたいだな」
「……そのようですね」
明らかに不服そうな声を漏らすアリシア。今彼女の心中に渦巻く思いはさぞかし複雑なものだろう。
だがこれ以上問答をしている暇はない。アリシアは答えを得ることを諦めた。
「それでは私は戻らせていただきます。アラン君も頑張ってくださいね、応援していますよ」
その言葉を最後に、アランの前から去っていった。
「……ようやく戻ったか」
遠のくアリシアの気配に安堵する。
今回はやけにしつこかった。最悪この場でアリシアと本気で喧嘩することになるのではと思ったが、開始時刻が来てくれて助かった。
「まぁ俺がバカにされるか否かはこれから決まるんだけどなっ!ハッハッハッ!」
そんな自虐をしながら入場扉の前に立つ。取っ手を掴んで扉を開いた。
直後に闘技場の観客席から生徒の声が響いて来た。それが戦いの前触れを感じさせ、よりアランの緊張を強くする。
「ふぅ………」
遂に始まる、いや始まって欲しくなかったが、新入生歓迎試合が始まるのだ。
今後の平穏な学生生活のために、『新入生に負けた男』として全校生徒のネタにならないために。
「よし……やれるだけやるか……!」
覚悟を決めたアランは、闘技場のフィールドへと足を踏み込んだ。
***
一方その頃、アリシアは闘技場の廊下を進んでいた。
その顔には明らかな不機嫌が見られる。アランとの問答に不満を感じている様子だった。
「はぁ……」
柄にもなくため息をつく。だがこうも上手く行かないと、ため息の一つくらいは出てしまう。
アリシアはこれまで全ての勝負に真剣に挑んできた。一国の王女として、そして一人の聖装士として、恥じない生き方をしてきたと自負している。
だが彼は───アラン・アートノルトは違う。
彼は常に本性を隠している。相手が誰であっても、どんなに危機的状況でも、彼は絶対に底を見せない。
故に理解できない、アラン・アートノルトという人間が。
彼が普段何を思い、何のためにこのような生き方をし、そして何が彼を今の彼に至らしめたのか。
どれだけ考えても答えは出ず、かと言って本人に尋ねみてもいつも適当にはぐらかされるだけ。
王女という立場を利用して尋ねることも出来るが、それは私欲でやっていいことではない。何よりその行為はこの学園において自身が重んじる対等性を捨てる行為だ。
「結局、知る術は無いということですか……」
これでもアリシアはアランとは比較的親しい方なのだ。友人と言ってもいい。
実力が近かったというのもあって、学園に入学して以来彼とはそれなりに関わってきたし、勝負だってしてきた。
だがそれでも理解できない。どれだけ関わっても底は掴めないまま、気づけば一年が経っていた。
果たしてアラン・アートノルトを理解できる日は来るのか。そんなことを一人考えながら、アリシアは自身の持ち場に戻っていった。
***
その頃闘技場内では……
『開始時刻になりましたので、これより新入生歓迎試合を開始します。両選手はフィールドに入場してください』
生徒たちの喧騒の中に放送が響いた数秒後、闘技場の両端に設置された入場扉が開け放たれた。
観客席の生徒たちが今か今かと待ち侘びる中、遂に選手が入場する。
先に現れたのは一人の少女。ヘアリボンのついた金色の長髪に、炎の如く赤く染まった赤眼。堂々と歩くその姿は自信に満ちていた。
「おお!あれがあの『烈火の女帝』か!」
「リデラちゃん可愛い!あれでさらに強いとかもう無敵じゃん!」
「凄い魔力量…非戦闘時でこれって、どんな才能してたらこうなるの……?」
生徒たちが一斉に少女のこと話し始める。まだ入学したばかりだというのに既にこの知名度、さすがは代表に選ばれただけのことはある。
この少女の名はリデラ・アルケミス。才能にも聖装具にも恵まれた文字通りの天才で、『烈火の女帝』の二つ名で知られている聖裝士だ。
彼女こそが今年度の新入生の代表者であり、この試合の出場者。凛とした佇まいで、対戦相手を待ち構える。
そんな彼女に応えるべく、もう一方の入場口からその者は現れた。
現れたのはもちろんアラン・アートノルト。先ほどまでの弱々しい雰囲気はどこへやら。今のアランはまさに代表生徒の肩書に相応しく、堂々と闘技場を歩いている。
「来たぞ来たぞ!我らが学年次席のお出ましだ!」
「やっぱりいつ見ても不思議な人だよね。今日こそ聖装具使ってくれるかな?」
「いやいや無いでしょ。アリシア様にすら聖装具無しで戦ったアラン君だよ?こんな試合じゃ使わないでしょ」
リデラに続き、今度はアランの話で観客席は盛り上がっている。
まだ試合は始まってすらいないというのにこの熱気。よほど彼らはこの試合を楽しみにしていたようだ。
「おお……思ったよりアラン落ち着いてる」
「一周回って吹っ切れたんじゃないか?多分今はどれだけ綺麗に負けるかについて考えてるよ」
「確かに、アランならあり得る」
盛り上がる観客席の中にはもちろんリオとアシュリーもいる。
二人はアランの抱える事情を知っている数少ない人間だ。学園全体では謎多き男として知られるアランだが、学園に入学してから早い段階でアランと仲良くなっていた二人には、アランの考えていることは大体分かってしまうのである。
苦笑を浮かべながらリオたちが見守る前で、アランとリデラは動き出した。
二人は闘技場の中心へと歩んで行く。やがて中心に着くと、二人はその場で向かい合い、
「初めましてアラン先輩。今日はよろしくお願いします」
挨拶と共にリデラは手を差し出す。
眼を見るだけで彼女の燃えるような闘志が伝わってくる。今にも攻撃を繰り出してきそうだ。
「こちらこそ、いい試合にしよう」
アランもリデラの手を握り返す。このまま手を握り潰されるのではと内心ヒヤヒヤしたアランだったが、リデラは何もしなかった。
数秒を手を握ると、二人は手を離して再び闘技場の端まで戻っていく。
『両選手試合準備が整いましたので、これより新入生歓迎試合を開始します』
放送が響く。観客席の生徒、そして選手であるアランまで。
皆が緊張と高揚の空気を漂わせる中───
『それでは…………試合、開始ッ!』
ついに試合開始の放送が鳴り響く。
まず動いたのはリデラ。右手を横に突き出すと、
「来なさい───《炎天の霊杖》」
呼びかけに応えてリデラの手に現れたのは一本の大きな杖。
赤い装飾が刻まれた美しい銀の杖だ。先端には円形の枠が付いており、その中に装飾が付いた真紅の宝石がある。太陽を彷彿とさせる外見だ。
「これが私の聖装具、《炎天の霊杖》です。それで……私はこうして聖装具を出したわけですが、アラン先輩は聖装具を出さないのですか?」
聖装士であれば聖装具を使うのが当たり前だ。むしろ聖装具を使わなければ聖装士である意味が無い、それではただの魔力が多いだけの人間である。
だがアランはその常識に従わない。
「使いたいのは山々なんだが、俺にも事情があってな。聖装具は使えないんだ」
ただその代わりに───と、言いながらアランはズボンのポケットからある物を取り出す。
それは黒い手袋だった。アランは手袋を両手にはめると、
「コイツで相手をさせてもらおう」
両手を上から下へ軽く一振り、するとどうしたことか。
次の瞬間、アランの両手には剣が握られていた。
まるで掌から生えてきたかのような現れ方だった。アランは慣れた様子で双剣を構えると、笑みを浮かべる。
その様にリデラもまた笑った。
「なるほど。噂通り、本当に聖装具を使わないんですね」
アランの態度は彼女にとっては侮辱に他ならない行為だったに違いない。
聖装士でありながら敢えて聖装具ではなく別の武器を使うなど、『お前には聖装具を使う価値はない』と言っているのと同義だ。
「なら結構です。先輩が聖装具を出す気がないというのなら……」
杖を地面に突き立て、聖装能力を発動させる。
地面にリデラを中心に巨大な魔法陣が出現し、
「私自らの手で、使わせるまでです!」
宣言した瞬間、魔法陣のあちこちから炎が立ち昇ったかと思えば、そこから炎の狼が現れた。
五十匹はいるであろう狼たちの体長は、どれも二メートルほどはある。
「なるほど、使役系の聖装能力か」
聖装能力には大まかだが種類がある。その中でもリデラの聖装能力は使役系。自身の生成物を従えて戦うタイプの聖装能力のようだ。
しかしさすがは『烈火の女帝』というべきか。これだけの数を一斉に出しておきながら、リデラにはまだまだ余裕が見える。
彼女にとってこの程度の芸当は朝飯前ということか。アランは素直に心の中で称賛した。
「さぁ、行きますよアラン先輩。聖装具を出し渋るのは先輩の勝手ですが、それを負けた時の言い訳にしないでくださいね?」
「安心しろ、間違ってもそんなことはしないさ。君はただ全力でかかって来いッ!」
嘘ですめちゃくちゃ手加減してほしいです。自分絶対に負けたくないんです。
真逆の本音を胸に抱きながら、アランはリデラに叫んだ。
今更だが紹介しよう。
この少年の名はアラン・アートノルト。エルデカ王国立聖装士学園の二年生で、その実力は学年内の実力序列で第二位に位置する。
これだけでも十分すぎる肩書だが、彼を異質たらしめているのはそこではない。
アランは今まで一度も聖装具を使ったことが無いのだ。誰が相手でも、どんな状況でも、聖装能力の使用はおろか聖装具すら出したことがないのである。
故にこの学園にいる者のほぼ全員はアランの底を知らない。聖装士でありながら聖装具を絶対に使わず、それでも強者揃いのこの学園で学年次席に位置する常識外れの実力者。
故に皆はアラン・アートノルトをこう呼ぶ。
『聖装士一の異端者』────と。




