第九話 お姫様からのお呼び出し
『聖装具』──それは選ばれし者のみが手にすることが出来る特別な武具。今となってはその存在も人々の常識となっているが、実は聖装具について詳細なことは未だはっきりしていないことが多い。
代表的な問いは『聖装具の起源』についてだろう。ほぼ全ての聖装士は『聖裝契約の儀』で聖装具を手にするが、果たしてその聖装具はどこから来ているのか。そもそもとして聖装具は如何にして誕生しているのか。
今でも度々議論される話題だが、一応有力な説は存在する。
まず『聖装具の誕生』についてだが、これに規則性というものは無い。何者かが作ったであろう物もあれば、環境の状態が奇跡的に噛み合ったことで自然生成された物もあるし、果てにはこの世の文明では理解できない物まで、ありとあらゆる種類が存在する。
故に考えられる可能性としては、聖装具は最初から聖装具として生まれたのでは無いということ。聖裝具足りうる性能を秘めた武具が聖裝士の資格を持つ者の手に渡ることで、初めて聖装具と認められるのだ。
次に『聖装具の出自』についてだが、これはなかなかにぶっ飛んだ仮説が立てられている。
それはずばり、『聖装具はあらゆる世界、あらゆる時代から』来ているという仮説。前述したが、聖装具にはこの世の文明では理解できない物もある。
そんな物の出自があるとすれば、それは『今のこの世界』とは違うどこかだ。遥かな過去か未来か、それとも異なる世界からか。考えれば考えるだけ可能性なんて湧いてくる。
随分と超常的な仮説だが、むしろそれでこそ聖装具というもの。特別であるというのは何も性能面だけの話では無い。その出自から製法まで、超常的だからこその聖装具であり、そんな代物を我が物として扱えるからこそ聖装士とは強力なのだ。
まぁ、ここに一人例外がいるわけだが。
「ふぁぁぁ……」
学園の講義室を出て一番、派手にあくびをかましたのは、その例外ことアラン・アートノルト。
彼の聖装具はまさしく例外。聖装具であるはずなのに、その実態は『ボロボロの石剣』だ。切れ味無し、耐久力無し、挙げ句の果てには聖装能力も無いという聖装具としてあるまじき代物。その辺りで売ってる安物の武器の方がずっと上等と言えるほど無価値な聖装具。
アランも出来るならすぐにでも捨ててやりたいくらいとは思っているが、残念ながら聖装具は一度契約したが最後、死ぬまで契約放棄は出来ないため、聖装具の変更というのは出来ない。
ちなみに契約主が死亡した後は、聖装具は契約主の元から消滅するように出来ている。
「ああ〜ダメだ。まだ眠い」
気怠そうにしながら眠い目を擦ると、背後から声をかけられる。
「大丈夫かアラン。さっきの講義ほとんど寝かけていただろう?」
アランとは反対に声の主──リオ・ロゼデウスはシャキッとしている。美しい青髪と蒼眼を携えたその端正な顔立ちには一切の曇りも無い。
「仕方ねぇだろ。あのおっさんの声眠くなるんだよ。マジでアレ新手の魔法だろ」
「魔法だとしても君には効かないだろう?なにせ君には唯一無二の得意技、『魔法崩し』があるんだからな」
「じゃあ聖裝能力のせいだ」
「そんなくだらないことに聖裝能力が使われてたまるか。単純に君が悪い」
「チッ……」
責任転嫁失敗。どうあがいても、先ほどの講義で居眠りをした責任はアランにある。それは不変にして絶対の事実だ。
「それにしても、最近居眠りが多くないか?もしかして疲れてるのかい?」
「疲れてる……か。まぁどっちかと言えば疲れてるよ。なんせ入学式の日からほぼ毎日のように新入生が押しかけてくるからな……はぁ……」
ため息をつくアラン。毎日ちゃんと睡眠はとっているし、肉体的な疲労は回復しているはずなのだが、精神的な疲労は拭えない。
入学式があった日から既に二十日。あれからアランたちはいつも通りの日々に戻っていた。
学園に通い、講義を受け、暇な時には友人たちと談笑する。そんないつも通りの平穏な日々に戻っていた───のだが。
アランだけは、あの日から未だに問題を抱えていた。
入学式以来、毎日のように新入生が押しかけてくるのだ。理由は皆各々分かれていて、アランの聖装具について尋ねてくる者もいるし、講義の疑問点についてアランに尋ねてくる者もいるし、アランに魔法や体術を教え欲しいと頼んでくる者もいる。
「なぁんでどいつもこいつも講師じゃ無くて俺のところに来るんだよ」
確かに新入生から見れば俺は先輩だ。そして先輩とは何かあった時に頼ることの出来る相手であり、だからこそ新入生たちが尋ねてくる。それは正しいし、否定はしない。
だが、しかしだ。何故どいつもこいつも俺の元に来るんだ?聖装具の件はともかく、講義の疑問点は講師に尋ねればいいし、魔法や体術も他を当たればいいだろうに。
「入学式からもう二十日だぞ?いい加減新入生たちの俺に対する意識も薄れてくる頃だと思ったのに……」
「やっぱり君が交流会に参加しなかったのがいけなかったんじゃないか?新入生たちは皆あの場で君に会えることを期待していた。なのに来ていないとなれば、それはもう後日に会いに行くしかないだろう」
「つまり過去のツケが回ってきたってわけか」
「そういうことだな」
あの時は面倒くさいの一点張りで交流会から逃げ出したが、今はその行いのせいで苦労している。アランは少しだけ過去の行いを悔いた。
「あぁもうなんか考えるだけでも嫌になってきた。早く昼飯食いにいこうぜ。アシュリーも多分今頃食堂だろ」
「そうだな。だけど昼休みの後の講義って実践講義じゃ無かったか?」
「あーそうだな。確か武器の実践講義をとってたはず……」
「ならあまり食べ過ぎるのは良くないな。でないと体を動かした時に胃がやられてしまう」
「それもそうだな。なら軽めの頼むかぁ」
この後の予定を思い返し、食堂へと歩を進めた───その時。
「すみません」
背後から声が聞こえた。振り返って見れば、そこにいたのは三つ編みの黒髪を肩にかけた少女──生徒会書記ことシーファ・ルーヴァスがいた。
「シーファさんか。どうしたこんな時に?」
「突然で申し訳ないのですが、アランさん。今お時間ありますか?」
「時間?まぁ、あるけど」
「でしたら生徒会室に来ていただけませんか?アリシア様がお呼びです」
「えぇ……アリシアぁ?」
一気に倦怠感が湧き上がる。
アリシアが呼ぶ時というのは決まって俺に何かしらの役割を与えようとする時だ。きっと今回も同じだろう。
「良かったなアラン、アリシア様がお呼びだ」
「良くねぇよクソが」
「クソって……アランさん、やっぱりアリシア様のことがお嫌いなのですか?以前も交流会の一件で逃げ出していましたし」
「いや嫌いじゃないよ。むしろ友達みたいなモンだと思ってる」
「では何故……」
「単純にメンドイからだよ。だってアイツ絶対に俺に面倒なことやらせるために呼んでるじゃん」
「それくらい我慢したら良いじゃないか。ちなみにシーファさんは、どうしてアランが呼ばれてるのか聞いているのかい?」
「いえ、特には。ただ連れてきて欲しいと言われただけです」
「しっかり対策してやがるなあの野郎」
「対策?何の対策だ?」
「事前に俺が要件を聞いたら、その場で話を受けるか否か判断できるだろ。それでもし内容が俺にとって不都合なものなら、俺はアリシアに会う前に逃げることができる。アイツはそれを避けたいんだろ」
「まるで前科があるかのような物言いだな」
「実際アランさんは過去に何度か逃げてますよ。私が要件を話した瞬間に適当な言い訳を残して逃げるものですから、その対策にアリシア様は自分から要件を話すことにしたのです」
「それも逃げられないようあらかじめ罠を張った生徒会室の中でな」
「よくそこまでやって不敬罪にならなかったな……」
「まぁアイツが頼んでくることは本来どれも受けるか否か自由に決めていい案件ばかりだからな。だから俺には拒否する権利がある……はずなんだが。アイツは絶対に俺にその役割をやらせようとする。それが嫌で逃げてるんだから、俺の行いの方が正当と見られるんだよ。むしろ俺の自由意志をぶち壊しに来てるアリシアの方が不当だ」
「そうやって逃げ出すたびに重苦しい空気になる私たち生徒会のことも考えて欲しいのですがね……」
「それはスマン」
なお改める気は無いものとする。
「それでアランさん、結局来てくれるのですか?」
「逃げたいけど、まぁ行くだけ行くよ。無視した後でアリシアが襲ってきても怖いし」
実際そうやって無視した結果、アランは過去に何度かアリシアに追い回されている。入学式の時はアリシアがレクリエーションの進行で忙しかったらからこそ風紀委員会が代わりに捕まえに来たが、アリシアに用がない限りは基本アランの首根っこを捕まえるのは彼女の役目だ。
というより、実力的にアリシアくらいしかアランを捕まえられる生徒がいない。可能性があるとすれば他の学年序列トップ5の生徒だが、彼らは面倒くさがりか堅物かのどちらかなので、アランを捕えるために動くことはまず無い。
そんなわけで、リオを置いてアランはシーファと共に生徒会室に向かった。
***
そして数分後……
「来てくれてありがとうございます、アラン君」
生徒会室の来客用のソファに腰掛けたアランにそう言ったのは、対面のソファに座る生徒会長ことアリシア。彼らの間にあるテーブルには二人分の紅茶が用意されていた。
「悪いな、もてなしてもらって」
「いえ、こちらが呼んだのですから当然です。さぁ、ぜひ飲んでください。最近仕入れた良い茶葉を使っておりますので」
「じゃあお言葉に甘えて」
言って、アランは紅茶を飲む。
確かに美味しい。普段あまり紅茶を飲むことの無いアランだからあまり的確な表現というのは分からないが、とりあえず美味しいということだけは分かった。さすがはアリシアが用意させただけのことはある。
「お口に合いますか?」
「ああ、美味しいよ。普段あまり紅茶なんて飲まないから的確な表現は分からないけど」
「おや、そうでしたか。となると……普段はコーヒーを?」
「まぁそうだな。少なくとも毎日一杯は飲んでる」
「なるほど、そうでしたか。これでまた一つアラン君のことが知れましたね。覚えておきます」
「いや忘れろよ。こんなどうでもいい事覚えておかなくて良いから」
ちなみにだがアランはコーヒー派だ。その理由は単純で、アランの師匠にして育ての親であるシリノアがコーヒー派だからだ。
シリノアの元で暮らしていた頃、ほぼ毎日のようにシリノアが作ったコーヒーを飲んでいたアランは、いつしかコーヒー派に成っていた。
(そういやあの人、コーヒー淹れるのだけは上手いんだよなぁ……)
料理は下手なくせに何故コーヒーを淹れることだけは上手いのか、甚だ疑問だったアランである。
「それよりアラン君、何故その手袋をつけているのですか?」
アリシアが見たのはアランの両手。いつの間にかアランの両手には黒い手袋───魔導器『虚空の手』が付けられていた。
「その手袋は確か、貴方が戦闘時にいつも身に付けている魔導器でしたよね?何故今それを?」
「…………いや、特に意味は無いよ?」
「本当ですか?」
「そうそう、何も怪しい理由は無いよ?ただちょっと手元が寒いなぁって思っただけだから」
嘘である。もしアリシアの要求が面倒なもので、そしてその要求をアランが断った時、アリシアが武力行使に出てきても即対応できるよう身につけているのである。
ただそれを教えるわけにもいかないので、アランは無理やり話を進めた。
「……それで、今日はどうして俺を呼んだんだ?学園外からの依頼か?それともまた学内行事か?」
「今回は学内の方です。ひとまずこちらを見ていただければと」
言って、アリシアは一束の資料を差し出した。アランはそれを受け取ると内容に目を通していく。
そして、
「これは……」
その内容は、アランも一度聞いたことのある内容だった。