第40話
プープー、と規則正しい音がすると、千奈津は脱力した。
波瀬のせいで面倒なことになった。
「波瀬さんの何についてだったの?」
電話相手が波瀬に謝罪を求めるほどのことを、波瀬がやらかした。それ以上のことは、如月には分からない。
千奈津は苦情の内容を丁寧に話した。
「あぁ、そういうことか。え、それって俺のせい?」
「やっぱり波瀬さんの八つ当たりは如月くんが原因だから、如月くんも当事者だね」
「嘘だろ!?」
「冗談だよ」
「心臓に悪いな」
いやしかし、波瀬がマネージャーに「如月先輩がずっと若い客の相手ばかりしていて、嫉妬したからそんな対応をしてしまいました」と波瀬が伝えたら、巻き添えを食らってしまう。如月はマネージャーから叱責される場面が目に浮かんだ。マネージャーは如月を好んでいないことは、なんとなく雰囲気で察していた。それを勢いづけるように波瀬から「如月先輩が~」云々の話をすれば「やっぱり女好きでチャラチャラした不誠実な奴」と印象付けてしまう。
果たして波瀬が、如月への想いをマネージャーに打ち明けるのか。
如月は、面倒事に巻き込まれないよう祈った。
顔を天に向けてぎゅっと目を瞑っている如月を放置し、千奈津はマネージャーに連絡をした。
事情を聞いたマネージャーはすぐに店舗へ向かうから波瀬にもこのことを話しておくように、と告げて電話が終わった。
今回は波瀬が悪い。
クレームが入ったのは千奈津のせいではない。
何を言われても自分は悪くない。
そのスタンスで波瀬に伝えよう。
如月は波瀬と交代し、店に出た。
バックヤードに踏み入れた波瀬の顔には皺が刻まれており、深刻そうだ。
波瀬は投げやりに「なんですか?」と千奈津に目を向けず問う。
その態度に苦情が入ったんだよ。
そう言ってやりたい。
いつもは波瀬に言いたい放題言われ、面倒だからと特に言い返すことはせずにいたが、波瀬に言える機会が巡ってきた。
客の親からの言葉を波瀬に聞かせると、目を見開いて静止した。
これは千奈津の本心ではなく、客の親が言っていたことであるので、「親御さんがそう言ってて「親御さんが言うには」「親御さんが怒り心頭で」と「親御さん」を強調し、千奈津の言葉ではないことを主張しつつも、オブラートに包むことなくずばずばと口から出る棘で波瀬を刺す。
徐々に青ざめていく波瀬に気づくも、口は止まらない。
マネージャーが来ることを最後に伝えると、波瀬の視線は床に向けられた。
「そ、それ、如月先輩も知ってるってことですよね」
「うん、そうだね」
「なんで先輩に言ったんですか? あたしへの配慮はないんですか?」
こんな時でも波瀬は波瀬である。
「私一人だとどうすればいいか分からなかったから」
「じゃあ、あたしに聞けばよくないですか?」
波瀬より如月が頼りになる上に、波瀬は苦情の的である。
配慮したからこそ如月を頼ったわけだが、この小娘は如月を巻き込んだことが気に入らないらしい。
「そうだね、次からそうするよ」
暗に、似たクレームが次もあると言ってみたが意図は伝わらなかった。
話が終わったので店に戻ろうとするが、波瀬はその場から動こうとしない。疑問に思った千奈津は波瀬が動くまで待っていると「ここにいます」と、低い声を出した。
「あ、そうなの」
「だって、その親がもしかしたら来るかもしれないじゃないですか」
「はぁ、そうだね」
「だからあたしはここにいます。他のお客さんに迷惑をかけるのは嫌なので」
モンスターペアレントと対峙したくないのは十分に理解しているので、千奈津は頷き扉を閉めた。
如月は波瀬の反応が知りたいようで「どうだった?」と興味を隠さない。
「あの親が来たら嫌だから、隠れてるみたい」
「ふうん、まあ、モンペの行動なんて読めないもんね」
「私たちには関係ないね。マネージャーが来たら二人でどうするか話し合うでしょ」
「謝罪しに来いって喚いてなかった? 今日行くのかな?」
「行くとしても、住所を聞かないといけないから、またあの親と電話で話すことになると思うよ」
如月は「えっ」と千奈津を振り返った。
「千奈津ちゃん、住所聞かなかったの?」
「謝罪に来い、って言うなら住所も併せて言うはずでしょ。なんでこっちから訊かないといけないの?」
「うわぁ。マネージャーは菓子折り持って誤りに行くだけかと思ってたら、先に電話しないといけないんだ」
「電話番号はちゃんと聞いたから、電話ならかけられるよ」
「千奈津ちゃん意地悪だねー。住所も聞いてあげたらよかったのに」
「私もそうしようかと思ったけど、忘れてた」
「絶対嘘じゃん」
嘘である。
千奈津はマネージャーを嫌いではないが好きとも言えない。
それは千奈津がマネージャーから受けた扱いが根っこにあるからだ。
今は普通に話しているが、一時期マネージャーが嫌いだった。




