第38話
千奈津が井上と初めて会った翌日から今日まで、一度も井上とシフトが被ることはなかった。
基本的に朝に出勤すると本人は言っていたが、井上が追加されたシフト表には夕方も何度か出勤予定になっていた。そのメンバーを見ると、必ず波瀬がいる。
つまり、波瀬は正式な教育係になった。自分は教育係(仮)だったことを知り大きく安堵したものだ。
波瀬は大変だろうな。
他人事のように笑い出勤すると、波瀬が如月に「もう!」と怒っていた。
波瀬が如月に怒ることがあるのか。
千奈津は驚いて挨拶もせず連絡ノートを開き、今日の出来事を確認する。
「本当に、もう!」
如月に怒っているものだと思ったが、二人を見ているとそうではないらしい。
波瀬は頬を膨らませ、両手をぶんぶん振り、時には小さくジャンプして地団駄を踏んでいる。
如月は苦笑し、「そうなんだ」と優しく相槌を打っている。
誰かの愚痴を如月にしているのか。
あの波瀬が如月に愚痴るのは珍しい。
連絡ノートに目を通していると、波瀬の愚痴の原因が記載されていた。
文字を追っていくと、波瀬と井上が昼から出勤したところ、またしても井上の暴走が始まったらしい。
連絡ノートによると、波瀬が教育係として井上に検品のやり方を教えたところ、在庫について意見したという。
波瀬は検品の手順を今まで何度も教えていたが、本日もまた教えを乞われた。
単純作業なので何度も教えることではなく、メモを取ることすらしない井上に苛立ち、いい加減に仕事を覚えるよう叱責した。すると井上は反省をするどころか、ふてぶてしい態度をとり、いくつも重なっている段ボールを開けて波瀬に「こんなにも在庫があるなんて、非効率です。無駄に場所を占領していますので、即刻本部に送り返すべきです」と言い返した。
検品の話であったはずが、在庫を邪魔だと主張し、指示に従わない井上に波瀬は激怒した。
井上はとどめを刺すように「マネージャーに連絡を入れておきます」と電話をかけようとする。波瀬は電話を取り上げ、井上を厳しき叱責するが、本人はしれっとしている。それが波瀬の怒りにふれ、たまりにたまった鬱憤を晴らすべくマネージャーに報告し、その内容を連絡ノートに書き連ねた。
連絡ノートに「井上」と名前があった瞬間に井上の暴走だと断定してしまったが、波瀬も波瀬で暴走したらしい。
小さな字でノートを埋め尽くしているが、内容としては連絡ノートに書くようなものではない。大袈裟である。
「井上さん、真面目なのは伝わってくるんですけど、せめてメモくらいは取ってほしいです」
「そうだね」
「何度言っても、記憶力がいいからといって、メモ帳すら持って来ないんですよ」
「後から見返すために必要だよね」
「そうなんです! もう! 井上さんはあたしが年下だと思って、馬鹿にしてるみたいです」
両手を上下に振って怒りをアピールする波瀬に如月は笑顔で肯定する。
波瀬が井上の教育係になってからというもの、波瀬は如月に井上の愚痴ばかりを披露する。
如月は相槌を打ちながらも右から左へ受け流す。
井上の癖強話は面白いが、波瀬の話に興味を示しすぎると変な誤解をされてしまう。
その線を越えないよう気をつけながら首を縦に振る。
今日はもう波瀬と如月はニコイチで動くな。
千奈津はそんな予感がし、二人の邪魔をしないよう存在を消し、静かにクーポンを切り取る作業をひたすら行った。
休日故に客は平日よりも多いかと思いきや、学校は試験期間ということもあり、女子中高生の客は少ない。
波瀬と如月は談笑をし、千奈津は無心でA4用紙を切っていく。
その時間が続いていると、電話が鳴った。
三人の視線が電話にいき、波瀬は千奈津を見ながら顎をくいっと動かした。電話に出ろ、という意味だ。
はいはい、と鋏と紙を置いて電話を取る。
「それでー」と波瀬は中断していた話を再開させた。




