第10話
店をお願い、と波瀬に言い残し、如月と千奈津は女子高生を連れてバックヤードへ行ってしまう。
「ちょ、あたしも行きます」
慌てて後を追うと、如月は困ったように眉を下げた。
「でも、一人は店にいないといけないから、波瀬さんお願い」
「別にあたしじゃなくても……重森さん、代わりますよ」
なんとしてでも話し合いに同席したい。
万引きの連絡をマネージャーにしたのは自分だし、マネージャーから頼まれたのも自分だ。万引き娘に声をかけたのも自分なのに、最後の美味しいところだけ千奈津に渡したくはない。
それに、あの女子高生たちが如月に色目を使わないよう監視をしたい。
如月が女に囲まれるなんて嫌だ。
そんなことを言えるはずもなく、波瀬は千奈津に交代を申し出た。
千奈津は店にいようが裏で話し合いに参加しようが、どちらでもいい。
一人で店をまわすなんて無理、と頭を抱えるような忙しさとは無縁なので店にいてもいいのだが、如月から放たれる無言の圧を無視できない。
万引き娘を相手にするなんて面倒この上ないのに、その上面倒な波瀬も一緒なんて絶対に嫌だ。そんな訴えを感じる。
「いや、大丈夫だよ。波瀬さんは接客をお願い」
千奈津が言い放つと、波瀬は唇を噛みしめ、恨めしそうにする。
これは後からねちねちと嫌味を言われそうだ。
ちくちくと背中に刺さる視線の棘を抜くことはできず、扉を閉めた。
女子高生三人を椅子に座らせると、これから尋問が始まる空気が流れ、三人は身を硬くして緊張していた。
如月はその緊張を解すように柔和な笑顔をつくる。
三人はその笑顔に惚れ惚れするも、後ろめたいことがあるので気まずそうに俯いた。
「監視カメラにね、二五二五円のイヤリングを盗ったところが映ってたから、お金を払ってもらいたいんだ」
慎重に言葉を選ぶ。
雰囲気を和らげるためでも謝罪の言葉を口にすれば立場が逆転してしまう。
払ってもらっていいかな、などと下手に出るのもよくない。
普段やる気のない如月だが、そういうことは理解しているようだ。
「でも、今、手持ちがないし……」
手持ちがあれば払う、というニュアンスに千奈津はほっとする。
しかしここで口を挟むといい方向には転ばない。彼女たちは如月という美形と話しているからこんなにも素直なのだ。と、思う。
千奈津は喋らないように気をつけ、如月にすべてを託す。
「今日中に払ってもらわないと、警察を呼ぶことになるんだ。だからすぐ払ってもらいたいんだけど、親御さんと連絡はつく?」
警察、と聞いて途端に顔色が変わった。
三人は鞄から財布を出し、いくら持っているかを確認し始めた。
波瀬と話していた時と比べると、とても素直だ。
柔らかい雰囲気を纏う如月からはなんでも受け止めてくれそうな包容力を感じる。その上美形である。つい大人しく、素直に従ってしまうのだろう。
それに、警察が介入するのは彼女たちにとっても喜ばしい事ではない。
もしも駄々をこねるようだと、最終手段として「警察が学校にまで行くけどそれでもいいの?」と脅そうかと思っていた千奈津は一安心した。
「わたし今日、千円しか持ってない……」
ぽつりと呟いた真ん中の子は、泣きそうな顔で如月に「明日じゃだめですか?」と聞く。
それは難しい、と如月はやんわりと伝えた。
「ねぇ、サキは今日一万円持ってたよね? それでわたしの分も払ってくれない?」
「えっ」
「あ、わたしもお願い。今日小銭しか持ってないから」
「えー……」
サキと呼ばれた子に頭を下げるが、本人は了承しない。
「だって絶対返してくれないじゃん」
「返すってば」
「だってこの前の焼き肉代の三千円もまだ返してもらってないよ」
「忘れてたの。その三千円もまとめて返すから、ね?」
「嫌だ」
友情にヒビが入りそうだ。
千奈津と如月は不穏な流れを察した。
「じゃあ、わたしの分は払ってくれる?」
「えー、やだ。ていうか、盗もうって言ってきたのはユズキじゃん。わたしは嫌だって言ったのにさ」
「サキだって乗り気だったじゃん」
「仕方なくやったに決まってるでしょ。ユズキがあんなこと言わなかったら、こんなことになってなかった」
「何それ、全部わたしのせいなの?」
「とにかく、誰の分も払わないから」
サキと呼ばれた子は一万円札を取り出し、如月に手渡した。
「すみませんでした。わたしが盗った分のイヤリングは買い取ります」
「あ、うん……」
受け取った一万円札を千奈津に渡し、「会計してきてくれる?」と頼んだ。
することがなかった千奈津は頷き、踵を返した。
「いいじゃん、わたしの分も払ってよ、お願い!」
「じゃあ三千円を先に返して」
「わたしはお金借りてないじゃん、いいでしょ!」
「こうなってるのはユズキのせいだから、嫌だ」
三人の揉めている会話を背中でキャッチしながらレジの前に立つと、波瀬が眉間にしわを寄せて睨みつけてきた。
そろそろ閉店の時間が近いので、店内に客はいない。
千奈津は波瀬に何かを言うでもなく、黙って会計をしていると、我慢できなくなった波瀬にどんな様子かと問われた。
「代金を払うことでちょっと揉めてる」
「やっぱり。あたしも一緒に行きます」
「大丈夫だから」
「でも、心配なんです」
「波瀬さんはここにいて」
「なんで重森さんに命令されないといけないんですか?」
波瀬は千奈津の指示に従いたくない。
むすっと不機嫌を隠すことなく思ったことをぶつける波瀬に、千奈津は溜息を吐きたかった。
そういうところが、同席させられない理由だ。
「あたしの方が女子高生たちと歳が近いので、話しやすいと思います」
どの口が言っているんだ。
千奈津は愛想笑いで誤魔化し、釣銭を持ってバックヤードへ戻った。
「重森さん、生意気ですよ」
私の方が年上なんだけど、忘れているのかな。
波瀬の言葉に苛つきながら苦笑を見せて、扉を閉めた。