第9話
さてどうするか。
三人の間に沈黙が走ると、波瀬が「あたしが行きます」と自信満々にカウンターから出ていこうとするので千奈津と如月は慌てて止めた。
「ちょっと待って、もう少し考えない?」
「俺もそう思う」
このまま女子高生を見逃して、マネージャーには「女子高生たちが足早に退散したので話しかけることができませんでした」と報告したい。
二人の思惑を波瀬は読み取ることはできず、困り顔をつくった。
「でも、このままだと逃げちゃうのであたし行ってきます。大丈夫です、ちょっと前まであたしも女子高生だったので、あたしなら彼女たちと話せるかもしれません」
ちらっと千奈津に視線をやった後、二人に背を向けた。
千奈津に向けられた一瞬の視線が「重森さんには無理ですけど、あたしならできます」と物語っていた。
私も数年前まで女子高生だったんだけど。あなたと歳は一つしか違わないけど。
千奈津は心の内で言い返した。
「どうしよう」
如月は波瀬の背中を目で追いながら呟いた。
千奈津も如月同様に、どうしようと思った。
普段の波瀬の接客は普通だ。つくった笑顔を客に見せて普通の接客をしている。抜き出て接客がいいわけではないが悪いわけでもない。
ただ、先日のクレーマーの件でもそうだったが、不愉快だと感じたらそれを表に出す傾向がある。嫌な客相手にいい接客ができないのが波瀬だ。
「波瀬さん絶対直球勝負するでしょ。如月くん応援に行ってよ」
「そうやって俺ばかりに押し付けるのはどうかと思う。たまには千奈津ちゃんがやってよ」
「嫌だよ、絶対面倒じゃん。あの女子高生と波瀬さんをどうにかしないといけないんだよ」
万引き娘たちと波瀬。好ましい化学反応が起きるとは思えない。
「千奈津ちゃん、俺と波瀬さんに任せて閉店時間になったら帰るつもりでしょ」
ぎくり。
頭の隅にあった計画を言い当てられたが「そんなことないよ」と言うしかない。
いやしかし、二人に押し付けて帰るのは人としていかがなものかと思うので、さすがに実行するつもりはなかった。
「あ、波瀬さんついに背後をとったよ。喧嘩になったらどうしよう。その時は如月くんが止めてよ」
「そこは同じ女子の千奈津ちゃんが行くべき」
「イケメンが間に入った方が落ち着きそうじゃん」
「全然関係ない」
面倒事の押し付け合いをしていると、波瀬が女子高生に「ちょっといいですか」と声をかけた。
ついに接触した。
千奈津と如月はごくりと喉を鳴らして成り行きを見守る。
「昨日万引きしましたよね?」
最初にかける言葉は何にしよう、と迷う余地なく直球で勝負に出た。
予想通りではあるけれど、せめて最初は変化球で挑まんかい。
「は、ハァ?」
女子高生たちは訝しげに目を細めた。波瀬を敵と認識した証拠である。
初手が悪かったため、十秒も経たず険悪な空気になっている。
「波瀬さんってあんなに空気読めない子なんだね」
「如月くんの前だから、いいところを見せようとしてるんじゃない?」
「いいところ? あれがいいところ?」
「万引き娘に怯まず物を言える自分を見てほしいんだよ、知らないけど」
「どうやって収拾しよう」
「もう少し様子見しましょ」
女子高生たちの反応を窺っていると、一番気の強そうな子がひくりと口元を上げる。
「わたしたちがやったっていう証拠でもあるの?」
「あそこに監視カメラがあるの、見えない?」
「で?」
「で、証拠はばっちり撮れてるのよ」
「で?」
「盗んだイヤリングの代金を払いなさい」
「はぁ、うっざ」
波瀬は失笑され、苛つく。
正しいことを言ったのは自分なのに、何故か馬鹿にされている。
「いいから、こっちに来なさい」
「帰ろ帰ろ」
盗んだことを指摘されても動揺せず、三人は波瀬を振り切って店から去ろうとする。
あれは常習犯だろうか。
千奈津は三人の態度から推測した。
「行こうか」
如月は渋々、千奈津と一緒に女子高生の視界に入る。
最近の高校生は可愛い。化粧を施しているのか、していないのか分からないくらい綺麗な肌をしていて、瞳は大きく、髪には艶がある。
自分が高校生の頃はこんな可愛い子学年に一人いれば噂になっていたものだ。
三年前まで女子高生だった千奈津は、女子高生の顔を間近で見ることによって年月を実感した。
千奈津と如月がやってくると、女子高生は怯えるように後退った。
店員の人数が多いと怖気づくものなのかもしれない。
特に如月が気になるようで、恐々と美形に視線を送っている。
それに一早く気づいたのが波瀬だった。
「ちょっと、あたしの話聞いてました?」
ちらちらと如月を気にしている女子高生の意識を戻そうと、波瀬は刺々しく言う。
「まあまあ」と如月が間に入ると、波瀬は大人しく身を引いた。
「ここで話すと目立つから、裏へ行こうか。ね?」
如月は笑顔付きで優しく話しかけると、三人は小さく頷いた。
それがまた波瀬を苛つかせる。
波瀬を相手にしたときと、如月を相手にしたときでは女子高生の反応がまるで違う。
如月が美形だから女子高生たちはしおらしくなった。その事実が波瀬を刺激する。
文句を言いたくなり口を開くが、その前に如月から「波瀬さんは店をお願い」と言われてしまい、呆然とする。




